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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
イベント乱立編
20/63

閑話:吹雪、変化の切っ掛け

他者から見た兄妹の話です。

 自分がいくらつぎこんでも取れなかった“眼帯ウサ吉”のヌイグルミがいとも簡単に吊り上げられていく。

 クレーンに意識を集中させる横顔は子供っぽく瞳がキラキラと輝いていた。


 思えばこの少女との付き合いも数年に及ぶ。

 最初の頃は、あの優しく賢く完璧な彼の妹がなんでこんなきゃぴきゃぴしたぶりっ子なんだろうと理不尽に思っていた。




 出会いは中学の頃。


 その頃はまだ女装への憧れを自覚してはいたが、普通の男子生徒として生活していた。わずかな憧れの片鱗として、肩に届くくらいに伸ばした髪を後ろで一つに括ってはいたけれど――。


 中学三年生で自分は生徒会長、恭平は副会長の役職に就いていた。


 ある夏のこと。数人の女子に連れられて校舎裏に向かう少女を見かけた。どう見ても不穏な空気に隠れて観察し、問題行動に出ればすぐに動こうと後を追いかけた。

 すぐに止めなかったのは、ああして注意を受けて過剰なブラコンが少しは収まればいいという打算があったから。

 けれど少女は囲まれても怯えの欠片すら見せず、熱い目をして頬を染め、いかに自分の兄が優れているかを語りつくした。それは噂通りの頭のネジの緩い女の子に見えた。

 延々と話し続け、「もうお腹いっぱいです」と彼女をここへ連れてきた女子達がうんざりとした顔で去った後、彼女は一人ぼそっと呟いた。


「……とまあ、ここまでがお兄ちゃんのキャラ設定なわけなんだけど」


 その声はこれまでの熱の篭った声質とは違った低いもので、理知的なものに聞こえた。


「いったいあなた達はお兄ちゃんの何を見ているんだろうね……」


 夏の日差しにミンミンとセミが忙しなく鳴く中、髪に巻かれた黒いリボンが風に揺れる。それだけが彼女の存在を軽やかに見せていた。 


「そう思いませんか? そこでコソコソ隠れている西園寺先輩」


「あれぇ、気付いてた? さすが恭平クンの妹だけあるね、妹チャンは」

 指摘され、しゃがみ込んで隠れていた植木から頭を出す。この頃は学園の顔を知っている程度の先輩後輩の関係で、今のように互いを「吹雪ちゃん」「チビッコ」ではなく、「西園寺先輩」「妹チャン」と呼んでいた。

「気配、というか秋波がすさまじかったので。それに私の話の途中でふんふんと頷いていましたから……」

 こっそりと隠れていたつもりだったが、ついつい声が出てしまっていたらしい。

「いやぁ、恭平クンの個人情報がゲットできるチャンスと思うとつい」

 冗談めかして言ったけれど、返された視線は変なものを見る目をしていた。

「マジで変態ですね。メモまで取るって、どんだけうちの兄が好きなんですか」

 手にしていたシャーペンとメモ帳を見て引く少女に言い訳がましく言葉を連ねる。

「恭平クンはなかなか心を開いてくれないからね。メンバー同士下の名前で呼ばせてるんだけど、恭平クンてば表面上だけで全然馴染んでくれないんだもの。親友としては心配なんだよ」

 それは本当だった。

 表面上では誰にでも和やかに接してくるのに、芯の部分では冷たく凍てついている。そんな彼が気にかかり、素を出して欲しいのにそれが叶ったことは今のところない。


「自分を晒してもいないのに心を開けなんて無理でしょ」


 容赦ないツッコミに苦笑いする。

 正しくは自分のことを知らないだろうに、的確な分析に舌を巻く。自分を見せていない相手に素を見せるほど恭平は甘くない、そういうことなのだろう。


「そうかもね」

 

 その場は短い言葉で濁すに留めた。これ以上返す言葉もなかった。

 言われた言葉は重く胸に圧し掛かっていた。





「きゃあ、すごーい。恭平くん」

「一位だって。今度勉強教えてよ」

「私も教えてほしいな」

 定期試験の結果として張り出された紙を前に恭平が数人の女子に囲まれていた。 

 きゃっきゃする女子に囲まれた彼は、言葉では「ありがとう」と返しながらもつまらなそうな目をしていた。一位になったところで何の感慨もないのだろう。

 自分だって成績が上位になることは単純に嬉しい。けれども、恭平は上位に名前が載ったことをつまらなそうに、しかし表向きには誰にも悟らせないように微笑むのだ。

「何がそんなにつまらないんだか」

 その目が冷ややかなものをたたえていることに、彼を囲む彼女達は気付きもしない。

 

「お兄ちゃん、一緒にコンビニに行こうよ。新発売のチョコが今日発売なんだ」

 群がる女子をかき分けて彼の腕に抱き着いたのは(くだん)の妹。

 彼女は成績表が張り出されていても目もくれずに、ただ兄の傍に寄った。

 むっとする女子の視線に晒されながらも気付く様子はない。あるいは気付いていても無視してるのかもしれない。

 妹の登場をうとましく思っても、目当ての人物がいる前では面と向かって文句も言えず、周囲の女子は道を譲る。

 それを分かっているのかいないのか、妹は兄の腕を引っ張って人ごみから彼を連れ出した。

 


 校門を抜けた先で見たものは、腕を組んだままで帰宅する兄妹の姿。


「あ、見て見て! ネコがいるよ。カワイーっ!」

 スッと腕を解いた妹は兄から離れて駆けていく。どう見ても頭のネジが緩い子のようにしか見えない。

 追う彼女に驚いたネコは跳ねるようにすばやい動きで走り去った。

「あーあ、残念。逃げられちゃった」

 しゃがんだ体勢で唇をとがらせる彼女に恭平は苦笑いしつつ近づく。

「那智、コンビニに行くんじゃなかったの?」

「あー、あれね」

 さっき言ったことすら忘れてしまったのか、彼女はそういえばそんなことを言ったかもとでもいうような顔をして、対する兄に両手を合わせてごめんのポーズを取った。

「ごめんね、お兄ちゃん。よく思い返したら発売日って今日じゃなくて明日だったよ。明日改めて友達と行くから、今日はいいや。このまま帰ろう」

 そう言って笑う顔は、邪気のないものだった。あの校舎裏の出来事がなければ、きっとその表面のままに受け取っていただろう。恭平と同じく、周囲に悟らせない笑みに随分と年期の入ったものだと感心する。

 その後、彼女がもう一度兄の腕に絡みつくことはなかった。わずかに距離を開けて歩く二人。それが本来の桂木兄妹の距離なのではないか、根拠はないがそう思った。

 

 これが初めてではなかった。度々見かける二人は、人目がなくなればすぐに離れた。それは絶妙なタイミングで、敏い彼に気付かせもしない妹の機転には感嘆するばかりだった。

 すべてが計算の上で行われているなら、なんと賢いことか。けれどその計算はすべて彼のためで、彼の愛情を求めるものでないように思えた。ただ彼が過ごしやすくするためだけの計算。


 何とも奇妙な家族愛だ。

 彼女は「自分を晒さなければ心を開いたりはしない」と言ったのに、彼の前では完全に素の自分を隠している。

 自分を偽る兄に自分を隠す妹。


 くっ付かれることを時折うっとうしそうにしながらも恭平は妹を遠ざけることはしなかった。

 嘘ばかりなのに、二人はそれでバランスを取っていて、恭平が妹に向ける目は周囲に向けるそれよりも幾分和らいでいるように感じた。


「いいなぁ。妹チャン」


 優しい顔を向けられる彼女に嫉妬心を覚える。

 以前に言われた言葉を思い出す。

「自分を晒す、か……」

 二人は今のままで良くても、他人ではそうはいかない。



 出した結果は――、


「自分を晒せとは言ったけど、吹雪“くん”から吹雪“ちゃん”になれとは一言も言ってないんだけど……。しかも私より美人とかムカつく」

 女子の制服を着て現れた自分に「変」とか「おかしい」ではなく「ムカつく」と返すこの小さな後輩に好意を持つ。

 好意と言っても、恭平に思慕を寄せる仲間意識的なものだが。


 自分の本質を出すようになってから、恭平には煙たがれるようになったけれど、それでも以前のままでいるよりずっと良かった。

 この格好になってから、前より素の彼で接してもらえるようになったからだ。


 最初はうとましく思っていた後輩だが、今では可愛い後輩だ。

 

 最近は二人の奇妙なバランスが少しずつ変化してきているように感じる。

 妹が高校生になり恭平の意識が変わってきたのか、表面上だけでなく素の部分でも可愛がるようになってきているみたいだ。

 その変化の一端となった美少女も今日は一緒にいる。

 複雑なことにならなければいいがという危惧はあるが、恭平に害がない分には笑って見ているつもりだった。

(バランスが崩れても面白いんだけどね)

 ストレスの捌け口になりそうな予感がひしひしとする。

 つい数日前にも変なことに首を突っ込んで体育倉庫に閉じ込められるということになってしまった後輩。フォローしたのにも関わらず、恭平にはサンドバックにされてしまった。

 今後もそんなことがありそうだ。


 渡されたウサギのヌイグルミを見つめる。

 奇妙なバランスを取る兄妹を思い返すうちに、急に愛しい彼女の顔を見たくなってきた。恭平と戯れるのは好きだが、痛いのは嫌いだ。少々やさぐれた気分になってしまったので心の栄養補給がしたい。


「アタシ達は見かけは百合だけど、あっちに比べたらまだ精神的に健全よねぇ」


 同意を求めるように話し掛けたけれど、眼帯を付けたゴシックな出来のウサギは当然沈黙を保ったままこちらを見返した。




吹雪…どんだけ恭平が好きなんだよ、という話でした。

相手が好きでも、首を突っ込まないで見ているだけに留めるクールさも兼ね備えている人です。

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