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2・委員長と私

 ジリリリッ


 布団の中からモゾモゾと腕を伸ばして、起床を促す目覚ましを止める。

 起き抜けからパッチリ目が覚めるタイプではないので、寝ぼけた頭でトントンと階段を降りていくと、ダイニングでは既に香ばしいコーヒーの香りが立ち込めていた。

「おはよう那智」

「おはよー。お兄ちゃん」

 私が起きるころには、お兄ちゃんは新聞を読みながら朝一のコーヒーをたしなんでいる。

(今日もウザいくらい輝かしい笑顔で那智疲れるよ。寝起きくらい、その完璧さを崩してもいいのに。今更そんなことできないってか。そうだよね、家でもパーペキがお兄ちゃんだもんね)

 お兄ちゃんは家族の前だからと油断してはくれない。寝ぼけたお兄ちゃんなんて、一度も見たことがない。一度も見たことがないが、お目にかかりたいわけでもない。そういったことは、お兄ちゃんの彼女になった人にだけ見せていればいいと思う。


(けど、お兄ちゃんが彼女だからってその完璧さを崩したりするわけないか)


 優雅な姿勢でコーヒーを飲むお兄ちゃんを見ながら思う。自分を偽って腹の内を見せない割に、今まで何人か彼女がいたことはあるのだ。長続きはしなかったが。

 別れ際は大抵「私のこと、本当に好きなの?」の台詞から始まる。

 彼女になれたのは良いものの、付き合っていくうちに分からなくなるのだ。お兄ちゃんはこのとおり見た目もすこぶる良いので、近寄ってくる女は多い。来る者は拒まず、誰に対しても平等に接する彼氏に、特別の場所を得たはずの自分に自信を喪失していく。

 面倒になってくると、お兄ちゃんは私にべったりになって彼女と距離を取るものだから、ますます悪循環となり向こうから「もういい」と振られてしまうのだ。


(そのときの彼女さんの私を見る目って、すっごく怖いんだから。私を巻き込むなよ。あー、面倒だから早く本命彼女作ってくんないかな。そうしたら、私も安泰なんだけど……)


「ふあぁぁ」

 大きな欠伸をして髪を掻きながら洗面所へと向かった。

 顔を洗わないとイマイチ本領(ブラコン(仮))が発揮できない。パシャパシャと顔を洗い、頭を目覚めさせる。タオルで丁寧に水気を取って、化粧水、クリームをペタペタ塗る。お肌のお手入れは大切だ。

 私はまあまあ可愛い方だ。(自己評価だけどね)

 目はパッチリ二重。お肌はツルツル(これは三日に一度の保湿パックの威力)。爪は綺麗に形を整えて磨いている(私ってそんなに器用じゃないから、時間かかるんだよね)。


 これはひとえに私の努力の賜物である。


 お兄ちゃんの妹になりたての頃、お兄ちゃんの取り巻きの女の子に言われたのだ。

「へー、妹ちゃんはフツーなんだね」

(美の追求よりも遊ぶことへの情熱を傾ける小学生にだよ? それはなくね? フツーの何が悪いのさ)

 当時、男子と混じって野原を駆け回って遊んでいた私にとっては衝撃だった。

 家に戻って鏡を見る。日に焼けた小麦色の肌(とても健康的でした)。ザンバラの髪(短い上にドロだらけだからね)。

 お兄ちゃんは気を使って「那智は可愛いよ」とフォローを入れてくれたが、それが逆に私のやる気を引き出させた。

(だから、んな心にも思ってないフォローとか余計に惨めだからね!)

 それから私は努力した。日焼けしないように日焼け止めを塗って、髪を伸ばして、おバカすぎてもだめだから勉強もして……。

 とにかく、バカにされたことが悔しくて、色んなことを頑張った。お兄ちゃんの横に並んでもおかしくない妹になろうと努力した。お兄ちゃんの妹でなければ、ここまで頑張らなかったと思う。これに関しては、母の再婚によって兄妹になれたことは私にとってプラスになったと思う。

 そういえば、あのセリフを吐いた女の子はどうしたんだっけか。確か手痛い報復を受けていたような気もするけど……やめておこう。今は思い出したくない。


「那智、もういいかい?」

 私が顔を洗っている間に着替えを済ませたお兄ちゃんが入ってくる。

「うん」

 髪のセットだけはお兄ちゃんまかせだ。薄茶色に染めた髪をヘアアイロンで器用に巻いていくお兄ちゃんの姿を鏡越しに見る。そうしながら、私の中のスイッチが切り替わっていく。

(これが私のお兄ちゃん。今から私はお兄ちゃんが大好き(仮)な妹になる)

 巻いた髪を二つに分けて、お下げにする。仕上げに黒いリボンを括りつけたら完成だ。

 幾らなんでも高校生になってまでリボンはないよ、と思うのだが、お兄ちゃんの「那智のこの髪型にはリボンが似合うから」の言葉に押し切られて、こうして毎日のようにリボンをつけられるのだ。

「はい、完成。今日も可愛いよ」

(お前はホストか!? いやいや、これがお兄ちゃん。これが通常使用。はい、今日も頑張りましょー!)


 これが我が家のいつもの朝の光景だ。


 ※ ※ ※


 朝の登校はいつもお兄ちゃんと一緒。

 お兄ちゃんはとにかく人気者なので、女の子達が寄ってきやすい。その盾として私を横に置くのだ。あんまり激しすぎるときは、わたしはお兄ちゃんの腕にひっついて威嚇してあげる。女の子達をはべらすよりは、本心では可愛いとは思っていない妹でも置かないよりはましなのだ。と、そういう認識で間違っていないと私は思っている。


「あ、そうだ。お兄ちゃん。写メ撮っても良い?」

 ゴソゴソと鞄の中から携帯を取り出して構える。

「え、良いけど別に」

 そんなことを言っても、本当は撮られたくないことを私は知っている。

(本当は嫌なんだよね。はいはい、すぐに済ませるからチョット我慢してね)

「はーい、笑って、笑って」

  パシャ

 お兄ちゃんの笑顔を写真に収め、すばやい手つきで操作する。

「えへへ、写メがあればいつでもお兄ちゃんと一緒にいられる気分になれるでしょ?」

(そう思うのは私じゃないがな)

 昨日、約束を反故にした友人達へ一斉送信をはかる。お兄ちゃんの写メ(しかも笑顔)は貴重だ。人には写真を撮らせたがらないお兄ちゃんが、唯一それを許すのが妹である私だからだ。こういう得点が付いてくるからこそ、友人も私の我が侭を許容してくれるのだ。

「ありがとね、お兄ちゃん」

「那智がそれで喜んでくれるなら良いけどね」

 苦笑して再び歩き出すお兄ちゃん。ほんの少しだけ崩れたその顔が私には好ましいものに映る。いつもの完璧さのほんのわずかの隙間。その隙間に入り込んでいける彼女が出来ることを切に願う。


(そう、例えば……)


「おはよう、那智ちゃん! おはようございます。恭平先輩!」

(そう、例えばこの水野 愛梨ちゃんとか)

 お兄ちゃんと仲が良くなったとはいえ、クラスメイトである私に先に声を掛けてくるのは私の中で大きなプラスポイントだ。こんな彼女だからこそ、是非ともお兄ちゃんの彼女になって欲しいのだ。(お兄ちゃんに好意のある女子は私の存在なんて眼中に入れもしないから)

「おはよー、愛梨ちゃん」

「おはよう、愛梨」

 お兄ちゃんの声に喜色が混じる。

「お兄ちゃん、那智先に行ってるね。愛梨ちゃん、また後で」

(お邪魔な妹はさっさと退散っ! ほほほっ。後は若い者2人でどうぞごゆるりと登校して下さいませ!)

 仲人のおばちゃん気分で、満面の笑みでその場を去ることを選択。


(この選択は間違っていないはず)

 良い選択をした、そう思って小走りで学校の方へと走っていった。


 ※ ※ ※


(良い選択をした、それは間違ってなかったみたいだね)

 校門を抜け、靴箱まで向かう道のりでそれは起こった。


「けど、こういう意味じゃなかったんだけどな……」


 校舎横に植えられた木の下を通りかかったとき、

  バサバサッ

 数冊の何かが私の目の前に落ちてきた。拾い上げると、それは誰かの教科書で、それが誰の教科書かというと、裏返してみると「水野 愛梨」の名前が書かれていた。

「いじめ?・・というより嫉妬によるイヤガラセかな」

 愛梨ちゃんは良い子でモテるから、妬む気持ちから起こしたのだろう。

 私は愛梨ちゃんが来る前に落ちてきた教科書を拾い上げ、何事もなかったように彼女の机に戻すことにした。彼女がこれを知ってしまったら、きっとショックを受けてしまうだろう。そして、ショックを受ける彼女を見て、お兄ちゃんは怒り狂うだろう。それはもうねちっこい仕返しを満面の笑みでこんなことを仕出かした子に向けて返すはず。二度とそんなことを起こそうという気持ちが起きないように……。

(そ、それはイカン。私の精神衛生上、お兄ちゃんに仕返しはして欲しくない)

 その想像にブルブルと総毛立つ鳥肌を押さえて教科書を拾い集めた。

「これで全部かな」

 落ち度がないか確かめる。周囲にはもう落ちているものはない。

(いや、まだあった)

「あちゃー、一冊木の上にひっかかってるわ」

 取りこぼしの一冊が悲しいことに木の上に引っかかっていた。辺りを見渡す。人の姿はまばらだ。私は余裕を持って家を出るので、結構早く学校に到着するのだ。登校のピークにはまだ早かった。

「上る……しかないかな?」

 グズグズしていると愛梨ちゃんが来てしまうだろう。他の人に頼みに行くより、自分で取りに行った方が早い、そう判断して木を上り始めた。


「うー、あと少し」

 木の枝の先に引っかかっているので、私の体重ではこれ以上は進めない(私の体重が重いとかじゃないからね)。腕を伸ばして指の先に引っ掛ける。

「おっし、届いた!」

 パキッ

 届いた瞬間、体重をかけていた枝が折れた。

(やっぱ、もうちょう体重落としとくべきだった!?)

 体勢を直す間もなく、私の体は重力に従って下へと真っ逆さまに落ちていった。これは腕か足の骨折コースかな、そう思って地面に打ち付けられる衝撃を覚悟したときだった。

 トスッ

 私の体に打ち付けられる衝撃は走らず、その代わり暖かい腕が私の体を包んだ。


「大丈夫か、桂木 那智」


「あ、委員長」

 私を受け止めたのは、学級委員長である岩田 蔵乃介だった。一年生にして剣道部のエース。短い黒髪に鋭利な目、身長が高くて、鍛えているため身体付きはがっしりとしている。言葉少ない彼が人の名前を呼ぶときはいつもフルネームだ。

 服装が道着であることから、朝の稽古が終わったところに通りかかったのだろうということが予測できた。


 彼もまた我が学園に存在するたいそうモテなさるイケメンのうちの一人だ。中等部の頃から、彼には水面下のファンが存在している。

(因みに、私は中等部からこの学校に通っていて、愛梨ちゃんは高校からの途中入学である)

 彼のファンは大人しめの文系女子が多い。彼に密やかに熱い視線を向ける彼女達の大きな目標は、彼に名前を呼んでもらうことなのだそうだ。

 聞いたところによると、言葉少ない彼に名前を呼んでもらえたら、その日一日を幸せに過ごせるというジンクスがあるらしい。

(うちのクラスなら普通に呼んでもらえるけどね)

 そんな彼はまた、愛梨ちゃんと親しい男の子の一人でもある。

 教師に資料運びを任された愛梨ちゃんの荷物を代わりに持ってあげている姿をよく見かける。そのときばかりは、普段あまり笑わない彼が口元を和らげていることがあるので、愛梨ちゃんをお兄ちゃんの彼女候補としてみなしている私としては、彼は要注意人物であったりする。


「木に登って何をしていたんだ」

 委員長の目が、かろうじて掴むことに成功した教科書に向く。

「水野 愛梨の教科書?」

「いや、これはね、教室でふざけてたら落ちちゃって」

 事を大きくしたくないので、愛梨ちゃんがイヤガラセを受けているという事実は伏せておいた方が良いと思い、咄嗟にそう口にした。

「今、登校してきたばかりのように見えるが?」

 木の傍に置いていた鞄に視線を移して委員長が口を開く。

「あ、ええっと……」

「……」

 無言なのに尋問されている気分になる。

(まだ高一のくせに、何だその迫力は)

「あのね、内緒にしておいて欲しいんだけど……。愛梨ちゃんにイヤガラセしてる人がいるみたいで。彼女にはバレないように処理したいんだ。お願いだから、表沙汰にしないで!」

 両手を合わせてお願いポーズを取る。お兄ちゃんに通用するように、硬派な委員長にこれが通用するかどうかは分からないが、女の子からのお願いを無下に断ることはできまい。

「愛梨ちゃんがこれを知ってショックを受けたら可哀想だから」

 ついでに小首を傾げておく。

(あー、お兄ちゃん以外にこれをするって、なんか抵抗があるな……)


「分かった」


 短い言葉ながらも了解の意を得られたので良かった。そうなれば、もうこの場に居続ける理由もないので立ち去ろうとすると、

「俺も一緒にする」

 何故かいらない言葉が付いてきた。

「へ?」

(何を?一緒にするんですか?…って、この場合「処理」ですか?)

「処理するんだろう? 俺も加わるから」

「えっ、いいよ別に。私一人で出来るから」

 首を振ったが、委員長はもう心を決めてしまったようだった。

「女一人は危ない」

 その言葉に私の身を案じてくれているのだと感じ、これ以上断るのも悪いかなと思い、

「ふうっ。分かったよ。でも、付いてきてくれるだけでいいからね」

 溜め息一つで、委員長の介添えを受け入れることにした。


 委員長は着替えに戻るそうなので、彼とはここで別れて私は愛梨ちゃんの教科書を抱えて教室へと向かった。


 遅れてきた愛梨ちゃんが、

「あー、木の下のイベントフラグ回収しそびれちゃった。残念」

と呟いていたのは、私の耳にはもちろん誰の耳にも入りはしなかった。





硬派な委員長との絡みでした。

次回もまた新たなキャラとの絡みです。

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