18・那智の休日 2
私たちは吹雪ちゃんの親が経営しているファミレス“サイオン”で軽食を摂ることにした。“サイオン”をチョイスするあたり、吹雪ちゃんもがめついというか経営にしっかり貢献しているところがエライ。
私と愛梨ちゃんはサンドイッチとフライドポテトの盛り合わせを二人で分け合うことにし、海道兄弟はオムライスとスープのセットで、吹雪ちゃんはカツ丼を和膳セットで注文していた。
(男性陣よ。それは最早軽食ではないよ。普通に食事だよ)
注文が来る前に、記念として愛梨ちゃんと写メを撮った。お兄ちゃんは制服以外の私服も可愛い愛梨ちゃんを見たことはないだろうから、帰ったら見せてあげようと思う。
がっつり軽食、もとい食事を摂って腹ごしらえをした後はゲームセンターへ向かった。
みんなでクレーンゲームに挑戦したんだけど、海道兄弟の腕前はなかなかのものだということが判明した。狙った獲物を少ない金額で確実にゲットしていくのは、見ていて気持ちが良い。
取れた景品を二人は愛梨ちゃんに献上し、彼女が持つゲームセンターのロゴ入りの大きなナイロン袋はすぐに満杯になってしまった。
私もご相伴に預かり、スナック菓子のうまうま棒の詰め合わせをもらった。(やった、ラッキー。家に持って帰っておやつに食べよう)
反対に吹雪ちゃんは全然ヒットなしで、「アーム弱すぎ、何ですぐに落ちちゃうのよ!」と文句を言っているのが見ていて面白かった。(高いところにあるバナナを取れないサルみたい。ぷくくっ)
忍び笑いをしていると、「何よ、あんたもやってみなさいよ」と睨んできたので挑戦してみたら、なんと三百円で景品をゲットすることが出来た。(けへへっ。私の腕前もなかなかのものだろう? 偶然だけど)
ドヤ顔をすると、吹雪ちゃんは悔しそうな顔をして「チビッコのくせに」と呟いた。
私がゲットした景品は黒いウサギのヌイグルミで、片目に眼帯を付けて手にはポップな血の形のキルティングが縫い付けられているクッションくらいのサイズの大きなものだった。服はロリゴシック調の黒いドレスを纏っている。
取ったのは良いものの、こんなゴシックな出来のヌイグルミは趣味じゃないのでどうしようかなと頭を悩ませる。
(誰かにあげようかな)
愛梨ちゃんは既にたくさんの景品を双子からもらっていたので、こんな大きなウサギのヌイグルミをもらっても困るだろう。
私の表情を察してか、海道兄弟が瞳をキラキラとさせてこちらを見てくる。晃太先輩の方は特に「くれたら尻尾振るよ?」とでも言いそうな空気を漂わせている。
けど、双子のどちらかにあげるというのも微妙な気がした。片方にあげるとその片方を贔屓しているように取られかねないし、どちらかにあげるとしても格別にあげる方を贔屓したいわけでもなかったからだ。
物が一つしかないとき、双子ってのは不便だなと感じた。
「吹雪ちゃんいる?」
私はウサギのヌイグルミを吹雪ちゃんに差し出した。元々これを狙っていたのは吹雪ちゃんだったので、それが妥当だと思った。吹雪ちゃんに遭遇したお陰で今日の時間つぶしができたようなものなので、そのお礼の気持ちもあった。
海道兄弟は、欲しいなら自分でゲットすればいいと思う。クレーンゲームの腕前は確かなんだし、もう片方のために私がもう一個取るとか無理。今のだって偶然取れたようなものなので、自分で頑張ればいいと思う。確実に私が取るよりも楽に少額で取ることができるだろう。
「彼女へのお土産にしたら?」
「あら、いいの? それじゃ遠慮なく」
初めからそのつもりで狙っていたらしく、吹雪ちゃんは差し出したヌイグルミをあっさりと受け取ってくれた。
「ナッチーが取ったヌイグルミ、ボク欲しかった」
晃太先輩は肩を落としていたけど、そんなに欲しかったんだろうか。そういえば、吹雪ちゃんにあげたヌイグルミは“眼帯ウサ吉”として一部では人気のキャラクターだった。
(落ち込むくらい“眼帯ウサ吉”が好きだったんだ……)
それは悪いことをした。今度、何かのオマケに付いていたら晃太先輩にあげようと思った。
ゲームセンターを堪能しているうちに時刻は十五時を過ぎ、吹雪ちゃんは用事があるからと帰ることになった。
「アタシそろそろ帰るわ。寄りたいところもあるし。あんたたち、あんまり帰る時間が遅くならないようにするのよ。学園の生徒が補導されるようなことになったらアタシに迷惑なんだからね」
こちらを心配しているようでしていない発言をすると、吹雪ちゃんはさっさと帰っていった。あれで生徒会役員をきちんと纏めあげているのは、吹雪ちゃんなりのカリスマ性ってやつなのかもしれない。
帰るにはまだ早いけど、特にすることもなかったので私たちも解散することにした。
「星太先輩は那智ちゃんを送ってあげて」
愛梨ちゃんが気を利かせて、星太先輩にお願いポーズをとる。美少女のお願いポーズに星太先輩は笑顔で「うん、いいよ」と応えていた。
「え、いいって。まだ明るい時間帯だし、大丈夫だよ」
日も長くなってきているし、日暮れまではまだまだ時間がある。聞けば、海道兄弟の家は私の家とは反対方向にあるらしい。明るい時間帯に送ってもらうほどか弱い子のつもりもなかったので、私は遠慮して断りを入れた。
「この間あんなことがあったばかりだから、私が心配なの」
愛梨ちゃんは人差し指を私の鼻にちょんと付けて言った。美少女のダメ出しって何か断りづらい。押し切られる形となって、わたしは首を縦に振ることになった。
「星太、どうせならボクが」
「じゃあ愛梨ちゃんのことは晃太先輩が送ってあげてください。お願いします」
私が送ってもらっておいて、美少女の愛梨ちゃんが一人で帰るとかないだろう。ナンパとか痴漢にあったらどうするんだ。そう思って愛梨ちゃんの送迎は晃太先輩にお願いした。
「う、うん……」
自分たちのお気に入りの愛梨ちゃんを送り届ける役目を請け負ったはずなのに、晃太先輩の返事は煮え切らないものだった。
私の家までは街から電車で二駅分。そこからは徒歩で五分程歩いたところにある。
帰りの道中では、星太先輩が見たアクション映画の話をしてくれた。
身振り手振りを加えつつ明るく、それでいて分かりやすい話の流れで映画の内容を教えてくれる星太先輩は、やはり可愛いだけじゃなく機知に富んだ人なんだと感じた。
人に飽きさせない会話をするということは、結構頭を使うことだと思う。星太先輩の話に引き込まれて、私は帰るまでとても楽しい時間を過ごすことができた。
「送ってくれてありがとうございます」
家の前まで来たところでお礼を述べる。
「ううん。ナッチーとお話できてボクも楽しかったよ」
話をしていたのは、ほとんど星太先輩の方だ。私は聞き役。
本当は愛梨ちゃんの方に行きたかっただろうに、それでも楽しかったと言ってくれる星太先輩は、明るくて面白い人に加えて優しい人だと思う。
「じゃあ、また学園で」
「はい、また今度。気を付けて帰ってください、海道先輩」
手を振って帰るはずだった星太先輩は、そこではたと動きを止めた。
「ナッチーは……晃太のことは晃太先輩って呼ぶのに、ボクのことは海道先輩って呼ぶんだね」
「あぁ、はい。晃太先輩には名前で呼んで欲しいって言われているので」
二人でいたら区別するために下の名前で呼ぶこともあるけど、単独なら苗字で呼ぶ。星太先輩には特に何も言われていなかったので苗字で呼んだ。
だって、名前呼びを希望したのは晃太先輩であって、星太先輩じゃない。
いくら双子でも、どのような呼ばれ方を好むかは各自違ってくるだろう。片方が名前呼びを希望したからといって、もう片方もそうであるとは限らないのだ。
苗字で呼ぶことが失礼に当たることはさすがにないだろう。
「ふうん、ナッチーって変わってる」
「そうですか? 私は普通だと思ってるんですが……」
何がどう変わっているのか不思議に思ったけれど、星太先輩は教えてくれなかった。
「ナッチー、一つ教えてあげる」
「はあ……」
「普通な子は自分のことを普通とは言わないんだよ。でもボクはそんなナッチーって嫌いじゃないな」
星太先輩は片目をつむってウィンクすると、「じゃあね」と去って行った。
「……よく分かんない」
分かったことといえば、星太先輩は単独だと幾分テンションが低めで落ち着いているということくらいか。晃太先輩みたいに、単独でもすぐ人に触りたがるところがないところは好感が持てた。
星太先輩の姿が見えなくなるまで玄関先で見送ってから、私は家の中に入った。
「ただいま」
家の中に入ってそう声に出しても、返ってくる言葉は何もなかった。
玄関にはお兄ちゃんの靴があったので、出掛けているということはないだろう。自分の部屋で音楽でも聴いているのかもしれない。でもそれにしては家の中は静かで、誰の気配も感じられなかった。
靴を脱いでリビングの方に向かう私の足音がやけに大きく響く。
廊下の扉を開けて中に入ると、リビングに置かれたソファの上に健やかな眠りに付くお兄ちゃんの姿があった。やわらかな春の日差しを受けて、先端の黒髪が茶色に透けている。お兄ちゃんは深い眠りに落ちているみたいで、私が扉を開けた音にもピクリともせず、傍に寄っても起きる気配を見せなかった。
(珍しいな。お兄ちゃんがここまで深く眠ってるって)
普段なら例え眠りについていたとしても、私がリビングに入ってきた段階で起きてくる。それは人に隙を見せることを好まないお兄ちゃんらしい性格の表れでもある。
ソファの前の机には、読みかけの小説が開かれて置かれていた。他にも数冊の本が背表紙を上にして置かれていたので、この読みかけのもの以外は今日のうちに読破したんだろう。
私はお兄ちゃんが眠るソファの脇に座って、その読みかけの小説を手に取った。それは推理小説で、お兄ちゃんが開いていたページはちょうど探偵が犯人を指摘する場面に切り替わっていたところだった。全部を読むつもりはなかったので、パラパラとページをめくって最後の部分だけを読む。
こんな山場で眠気が襲ってくるって、どんだけつまんない小説なんだと思ったけど、最後の部分を見た限りでは面白そうな話だと感じた。文章も堅苦しいものでなく、スラスラと読み進めることができるものだったので、お兄ちゃんが読み終えたらお願いして読ませてもらおうと思った。
そんなことを思いながらページをめくっていると、ツンツンと私の髪が引っ張られる感覚がして、振り向くと目を覚ましたお兄ちゃんが私の方を見て微笑んでいた。
(ご、後光が差してる……)
その微笑みは柔らかく、いつもの何倍もの破壊力を秘めているように感じた。学園では後ろに女子とかがいて破壊力の目安になったりするのだが、今回は私の主観のみの判断にはなる。それでも破壊力抜群と判断できるのだから、どれほどのものか分かるだろう。
(うぅ、目がチカチカする)
この微笑みにクラクラするよりは、条件反射で「何企んでるんですか」という思いで頭がグラグラするのだから、私はやっぱりお兄ちゃんを「扱いが面倒な人」と日々身に沁みて実感しているのだと思う。
今度も腹の内では何を考えているんだろうか、とそういう目で観察してみたところ、とりわけて機嫌が悪いとか何か含んでいるということはないように見えた。
(じゃあ、ただ笑ってるだけ?)
もしかしたら寝起きは多少の気持ちの油断があって、こういった顔になるのかもしれない。無防備な顔がこれって、犯罪だと思う。私じゃなかったら鼻血吹いてる。
「おかえり、那智」
目をしばしばさせる私に、お兄ちゃんはさっき返されなかった「ただいま」の返事をくれた。
「ただいま、お兄ちゃん。よく眠ってたね」
私は元あったページに戻して本を置いた。
お兄ちゃんは私の髪をクルクルと捻って遊びながら笑う。もう頭は起床スイッチが入ったみたいで、いつも通りの外面の良い笑顔に戻っていた。
(良かった。目が潰れるところだった)
「うん、夢を見ていたんだ」
どこかぼんやりと夢の中に意識を向けるお兄ちゃんは儚げな美形に見える。どんな表情をしたところで綺麗さを保てる美形は本物の美形だと思う。遺伝子の差を見せつけられたみたいで納得がいかない。何でお母さんはもっと美人に産んでくれなかったのだろう。
「夢に那智が出てきたよ」
(はーい、センセー! 麗しのお兄様にこんなことを言われた私は、何と返したらいいですか?)
私は体をお兄ちゃんの方に向けて、ソファに頬杖を突く。
「……へぇ」
この間、三秒。
「どうせ出てくるなら愛梨ちゃんが出てくれば良かったのにね」
夢に出たと言われたところで、「わーい、嬉しい」という気分にもなれないので、無難なところでそう返した。
「そう悪い夢でもなかったよ」
(はい、良い夢でもなかったよ、ってことですね)
立て続けに返答に困る台詞に言葉を詰まらせていると、お兄ちゃんはポンポンと私の頭を叩いて立ち上がった。
「喉が渇いたからお茶を淹れよう。那智も飲むよね」
お兄ちゃんは要領良くお茶っ葉を取り出して準備していく。家事もこなすなんて、本当にできた美形だ。これで扱いが面倒臭くなければ、何て優良物件だろう。
見ているだけなのも悪いので、私はお茶菓子として双子からゲットしたうまうま棒を取り出した。
「ありがとう、那智」
取り出したうまうま棒に律儀にお礼を言ってくれるお兄ちゃん。お兄ちゃんはただ立っているだけでも絵になるけど、こうやってお茶を淹れる姿も絵になると思った。
(完璧すぎてなんかムカつく)
私は急にお兄ちゃんの困った顔を見たくなった。何かないかな、と部屋を見回すと、ソファの前の机に置かれた読みかけの推理小説が目にとまった。
「お兄ちゃん、あの読みかけの小説の犯人教えてあげようか? 犯人は――」
「犯人は被害者の弟、でしょ?」
「ちぇっ。何だ知ってたんだ」
「中盤辺りで分かったよ」
お茶の入った湯飲みが私の席に置かれる。
(話の中盤で犯人が分かるとか、何だその推理力。私の演技には気付きもしないくせにっ)
イタズラに失敗した私は、ズズッと熱いお茶をすすった。
「あ、熱っ!」
よく確かめもせず口に含んだお茶の熱さにビックリして、私は湯飲みをひっくり返してしまった。
今日は厄日だ。吹雪ちゃんには絡まれて脅されるし、お兄ちゃんの無駄に後光が差した笑みで目はチカチカするし、お茶はひっくり返すし……。
一日の終わりがこんな形になってしまったので、休日に私服も可愛い愛梨ちゃんに会えたことだったり、三百円でクレーンゲームの景品をゲットできたことなどの良い出来事はそっちのけでそう思った。
ついでに言うと、「悪いことは重なるもの」「無料より高いものはない」という言葉の意味を私は身を以て体験することとなる。
後でお兄ちゃんに見せてあげた愛梨ちゃんとのツーショット写メの後ろに、小さく吹雪ちゃんの姿が映ってしまっていたことに気が付いていなかった私は愚かとしか言いようがない。
可愛い愛梨ちゃんが映っていることよりも、何故吹雪ちゃんが映りこんでいるのか細かく追求されて、「無料でも吹雪なんかに付いていくんじゃありません」と怒られてしまった。
私を怒る口調は柔らかかったのに、瞳は妙な迫力があって恐かった。やれとは言われていないけど、体が勝手に動いて正座してお説教を受けた。
怒られついでに、帰りは星太先輩に送ってもらったことを白状させられた私は、誰かに送ってもらうくらいならお兄ちゃんに連絡を入れることを約束させられた。
それに関しては、お兄ちゃんを煩わせるくらいなら一人で帰ろうと思っていると、
「やっぱり止めた。一人でも連絡して。迎えに行くから」
と言われてしまった。
(人の思考を読み取るとかエスパーか。連絡? しないよ。一人で帰れるってば)
「それが嫌なら、出掛けるときは僕も付いていくから」
私の思考を読み取ったような言葉に、今度こそ私は神妙に頷いた。
(人の思考を読まないでよ。ってか何で休日まで兄妹一緒にいなきゃいけないのさ?)
神妙に頷きながらもこう考えた私がいけなかったのか、湯飲みを片づけていたお兄ちゃんの手が止まる。
「ん? 何か言った?」
(いや、だから人の思考は読んではいけませんってば。ダメ、絶対)
私は血の気が引く勢いでぶんぶんと首を振った。
こうして、良いことと悪いことの重なりでプラマイゼロな私の休日は夕暮れを向かえたのだった。
どんどん晃太がヘタレになっていく不思議…。
同日3/16、活動報告にて、お気に入り登録4000件突破記念として小話入れます。
よろしければ読んでみてください。
兄が見た夢の話です。




