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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
イベント乱立編
17/63

16・対面

 

 生徒会室の応接用のソファに座って待つこと数分。


「で、仲直りはできたの?」


 直すほど崩れてもいないような顔の化粧直しを終え、私が待つ生徒会室に入ってきた生徒会長はそう尋ねてきた。

「仲直りって……」

 元々仲良くなんてなかった関係性だ。どのようなやり取りになるかなんて、説明しなくてもお互いに気まずいことこの上なかったということくらい考えなくても分かるだろう。

 言葉に詰まる私を置いて、尋ねてきた本人は生徒会室に設置されたポットで紅茶を淹れ始めた。値段の張りそうな茶器に慣れた手付きで淹れる姿はお嬢様。でも男。


 彼は一人分の紅茶を淹れると、私の向かいのソファに腰を据えて優雅にすすった。


 ここで「一人分って自分の分かよ」と言ってはいけない。即効で「アタシの淹れた紅茶を飲めるほど、あんたは功績をあげたわけ? 一日アタシの手足となって働いてくれるって言うなら、淹れてあげないこともないわよ。因みにミルクと砂糖は自分で用意しなさい」と鬼畜発言が飛んでくるから、間違ってもそんなこと言ってはいけない。

 この人がタダで紅茶を淹れる人は少ない。

 数少ないうちの一人が私のお兄ちゃん。けど、お兄ちゃんが進んで淹れてほしいと願い出るわけもなく、彼の淹れる紅茶を飲むくらいなら私が適当にダバダバ淹れた紅茶を飲む方がマシだと思っているくらいには彼はお兄ちゃんに毛嫌いされている。

 多分自分の淹れた紅茶を飲んでもらえなくて、目の前で妹の私が淹れた紅茶をすすられても、彼なら「カップを持つ手がス・テ・キ」と言うと思う。(あぁ、気持ち悪い)


 言わなくてもわかると思うけど、このお兄ちゃんの自称親友は本当に気持ち悪い。ことお兄ちゃん関連になると、「女装の変態」に加えて「気持ち悪い」がプラスされる。

 たとえば朝のシーン。「恭平クン、おっはよー」と語尾にハートマークが付きそうな勢いでこの生徒会長が来るとする。抱きつかれたくないお兄ちゃんはスッと身を避ける。ズザザッと音を立ててそのまま地面と接吻したとしても、彼は「ウフフ」と艶やかな笑い声をあげて身を起こすだろう。

 次の言葉は、そういった場合の一例である。

「もうっ。つれないんだから。でも、そんなところがス・テ・キ」 

 他にはこんな言葉も。

「恭平クンの愛は痛いけど、アタシしっかりと受け止めるわ」

「アタシたち親友でしょ。ハグくらいいいじゃない。もうっ、恭平クンなんて知らないんだから。プンプン」    

 この場合は本気で置いていかれる。後ろで「って、待って。置いていかないで。知らないってウソよ。冗談よ。アタシを捨てないで」とか言ってくるけど、お兄ちゃんの歩みが止まることはない。

 幾つか例をあげたけど、どの場合も目が恍惚としている。本当に気持ち悪い。本気すぎて引く。こんな人だから、お兄ちゃんも普段の外面を取って冷たくあしらう。お兄ちゃんがそんなふうにするのは、後にも先にもこの人くらいのものだろう。


 どんなに見た目美女でも気持ち悪いものは気持ち悪い。なんて残念な美形女装家なんだろうと思う。

 この人はお兄ちゃんのことが本当に好きだ。冷たくされても好きだ。

 見返りなんて求めず、ただ好意を向けるこの人に、けれどお兄ちゃんは冷たくしても本気で排除しにかかろうとしたことはない。お兄ちゃんは無償の好意を向けられることにどう対応したらいいのか分からないのだと思う。

 と、それくらいお兄ちゃんのことが好きな彼だけど、私のことが好きかと言うと全然そんな気持ちはないようだ。むしろ私への扱いは酷い。私のことを「チビッコ」呼ばわりはするし(これはもうある種のあだ名と解釈している)、さっきみたいにプチ窮地に陥れることなんて通常仕様だ。

 通常仕様とはいえ、易々と受け入れる私ではないので、一言文句は言っておきたい。

「何が仲直りだか。吹雪ちゃんが私を置いてったおかげで、かなり場の空気が気まずかったんだけど?」

 私は姿勢を正して、優雅に紅茶をすする生徒会長を睨んだ。

「ふん、そんなのあんたへのイヤガラセに決まってるでしょ。それで、恭平クンが後で恨まれるようなこと言ってないでしょうね」

 彼が落としていた視線を上げる。まつげが長すぎてバサッと音がしそうだ。(ホント美女だな。男のくせに。ムカつく)

「言うわけないでしょ。ちゃんとフォローは入れたよ」

「あんたのことだから、どうせ自分に矛先が向くようにしたんでしょうね」

 呆れたような物言いにむっとする。

「そのつもりで私を置いていったのに何言ってんだか。吹雪ちゃんこそ。大声であんなこと言って、あの子たちだけが悪いんじゃないって吹聴してたくせに」

 彼は大声で叱り飛ばす言葉の中に、何故彼女たちがそういった行動に出たのかを織り交ぜていた。彼女たちがイヤガラセに走ったのは、お兄ちゃんへの恋心ゆえ、振り向いてもらえなかった悲しみゆえからの行動であること。そしてきっかけは妹の私に焚きつけられたこと。その事実を言葉にすることで、通りかかる他の生徒に彼女たちが根っからの悪い人間ではないことを吹き込んだ。

 察しの良い人なら、それらの言葉から状況は掴めるだろう。彼は彼女たちの今後の学生生活に支障が出ないように、さりげないフォローを入れてあげたのだ。

 吹雪ちゃんは紅茶の入ったカップをカタンと置いた。その指が白く長く綺麗で、私はまたムカつくと思った。


「学園の生徒が過ごしやすい空間を作るのも生徒会長の役目なのよ。あんなことをしたとしても彼女たちも学園の生徒であり、楽しく学園生活を送る権利があるの。そしてアタシは学園の生徒が笑って過ごせる空間を作る義務がある」


 だから彼のことは嫌いになれない。彼は彼女たちに一方的な非は無いということを示したことで、彼女たちへの今後の風当たりがきついものにならないようにした。今回のことはしばらくはヒソヒソと言われるかもしれないけど、人の噂もなんとやらで、きっとそのうち忘れ去られる出来事になるだろう。

 きちんとお仕置きを受けた彼女たちに、それ以上の罰は必要ない。彼はそう言っているのだ。


「その一端として私を使うとか、さすがお兄ちゃんの親友だけあるよね。腹黒い」

 嫌味のつもりで言った言葉は、「親友」という一言を添えるだけで彼の機嫌を向上させたらしい。

「もう、やだぁ。親友だなんて。当たり前じゃない。なに言ってんのよこの子は」

 照れながら体をクネクネと動かす姿に、どんだけうちのお兄ちゃんのことが好きなんだよとも思わないでもなかったけど、「腹黒い」の部分をあっさりスルーされた私は「もう用事は済んだよね?」と立ち上がって部屋を出ることにした。


「あ、ちょっと待ちなさい。もう一つ言い忘れてたけど、あんまり恭平クンに心配かけさせんじゃないわよ? あんたは向こう見ずなとこがあるんだから」


 その言葉に私のことも心配してくれたんだということが分かった。彼女たちに向き合わせたのは、私のことを案じたためという部分もあったらしい。「仲直り」という言葉には「きちんとケリを付けなさい」、そういう裏の意味もあったのだろう。(うまくいったかどうかは分かんないけどね)


「吹雪ちゃんは厳しいのに優しいよね」


 私はソファの後ろを通って、見た目美女な彼の背中から首にぎゅっと腕を回した。


「心配してくれてありがと」


 私に厳しく接してくれるのは彼くらいのものなので、周りから甘やかされている私としては彼の存在は貴重な存在だ。私という人間に偏らず、公平な目で状況判断をしてくれるこの人は、正しい私の立ち位置を再認識させてくれる。

 今回のことに関して、私は悲劇のヒロインなんかじゃなかった。自業自得で敵を作って被害にあっただけのこと。自分ではよく分かっていたけど、他の人もそう分かってくれているということが嬉しかった。自分のズルイところを知ってくれている人がいる。諒ちゃんなんかも分かってくれている人の一人なので、私には厳しく叱ってくれる兄のような存在が二人もいるということになる。(片方は性別が微妙だけど)

 贅沢な環境だな、と思う。甘えだしたらきりがなくなりそうだ。だから、私はなるべく人に態度では甘えたとしても、心底甘えないようにしている。浸りきったら、きっと溺れて抜け出せなくなる。

 

(でも今はちょっとだけ。吹雪ちゃんてば、あんまし甘えさせてくれないんだもん)


 しばらくそうしていると、抱きついた相手は私の腕を叩いて言った。

「そろそろ離しなさいよ。こんなことされてたらゆっくり紅茶も飲めないじゃない」

 見た目美女の女王様然とした言葉は、それでもいつものようなきつい物言いではなく優しさの含まれただった。

「ホント厳しいんだから。でも、今回はご迷惑かけました。ごめんなさい」

 私は腕を解く前に、もう一度ぎゅっと抱きついて彼らしい華やかな香水の香りを吸い込んだ。今度どのメーカーを使っているのか聞いてみよう。きっと「この香りを纏うなんて、あんたには百万年早いわよ」と言われるだろうけど。

 彼の美女たる姿は私にとってある種の憧れがあるのだ。言ったら「オーホッホッホ。アタシが素敵な人間だなんて当然でしょ。大いに崇めなさい」と天狗になること請け合いなので絶対に言ってやんない。言ったら負けた気分になる。

 私は褒める代わりに好意の言葉を口にした。 


「吹雪ちゃん大好き」


 私がその言葉を発した丁度そのタイミングで、生徒会室の扉が開かれた。


「吹雪、今度の新入生歓迎会で使う小道具なんだけど」


 ガチャッと開かれる扉の音と同時に聞こえてきた声に、私も入ってきた彼も動きを止めた。


「あ、お兄ちゃん」

「吹雪、何をしてるの?」

 重なった声に私はさっと抱きついていた体を離した。お兄ちゃんの目が瞬時に氷の目に変わったからだ。

「ただの変態だからと放置していたのは間違いだったかな」

 お兄ちゃんの綺麗な口から出た声はとても冷たかった。

「あーん、変な誤解しないで! アタシ、このチビッコに首を絞められてたのよっ」

 けれど、あろうことかこのバカは立ち上がって私に罪を擦り付けてお兄ちゃんに駆け寄った。


 ゴンッ


 ま、当然抱きつけるはずもなく、床に沈められたけどね。(うあ、痛そう)


「那智」

「違う違う。誤解だから。今回のことでごめんなさいとありがとうを言ってただけだから」

 ただ名前を呼ばれたというだけで、矛先がこちらに向かったと判断した私は顔面蒼白になって首をぶんぶんと振った。言っておきながら、私は何のために弁解しているのだろうと思った。相手が変態の女装家とはいえ、それなりに顔を知っている人なので犯罪者じゃないし、ましてや恋愛感情を持っていたとしても(持つわけないけど)お兄ちゃんには関係のないこと。

「おいで」

(いや、関係ないってことはなかったですね。相手はお兄ちゃんの毛嫌いしている吹雪ちゃんでしたね。そんな相手に那智が近付くどころか、同じ空間にいたってだけで腹立たしいんですよね)

 にっこりと微笑まれることが、私には死刑宣告のように感じられて胃がキリキリと締め付けられる思いがした。

「はぁい」

 今のお兄ちゃんに近寄りたくはないけど、近寄らざるを得ない状況に沈んだ声を出す。怯えながら近寄った私に、だけどお兄ちゃんは優しく声を掛けた。

「大丈夫だった? 変なことされてない?」

 その声が私には「こんな変態に近付いてんじゃないよ。お仕置きされたいの?」に聞こえた。

「どうしたの。震えてる」

 肩に手を置いたお兄ちゃんの声に更に殺気が篭る。(こ、凍る。触れられた肩から凍るから。その殺気を鎮めてください! なんかピリピリする)

「ううん、何でもないよお兄ちゃん。ただ……ちょっと(お兄ちゃんの殺気が)怖かっただけ」

 私は自分の保身のために、お兄ちゃんにすり寄った。この際、吹雪ちゃんには犠牲になってもらおう。(うん、それがいい。私の身の安全のためにはそれがベストだ)

 私はここで吹雪ちゃんに助け舟を出すよりも、後で吹雪ちゃんに恨まれる方を選んだ。


「僕は吹雪と少し話があるから、那智は外で待っててくれる? 終わったら一緒に帰ろう」


 そう言って生徒会室から私を追い出すと、お兄ちゃんは吹雪ちゃんとの話し合いを始めた。

 ガタンゴトンという大きな音が鳴ったけど、両耳を塞いだ。想像してはいけない振動が体を揺らしたけど、考えないことにした。

「だからチビッコに関わるとロクなことがないのよ! チビッコなんて大嫌いよー!」

 雄叫びのような叫び声が塞いだ耳に入ってきたけど、聞こえない振りをした。その後、またガタンと振動が響いたけど、これまた気にしないようにした。


「さ、帰ろうか那智」

 

 そう言って生徒会室から出てきたお兄ちゃんの顔は、春の澄んだ青空のように晴れやかだった。




兄は吹雪でストレス解消。


吹雪にとって那智は手のかかる妹分。

あんまり仲良くすると兄が怒るので必要以上に近寄りたくない。

兄が出来が良いのに生徒会に入らなかったのは吹雪がいたから、という裏設定があったりします。

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