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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
イベント乱立編
14/63

13・鬼ごっこ 4

那智を助けに行くまでのアレコレ。

 

 那智の救出には二十分ほどの時間を要した。

 広い校内とはいえ、体育教官室は体育館からさほど離れた距離ではない。行って戻ってくるのに三分とかからないはずだ。

 どうしてそんなに時間がかかったのか。


 何故なら鍵がなかったから。


 体育教官室に向かったとき、鍵はその定位置に置かれていなかった。そこにいた教師に鍵の在り処を尋ねるが、その教師は鍵がなくなったことに気付いてもいなかったようだ。

「あれー、おかしいな。誰も貸りに来てなんかなかったはずなのに……」

 ポリポリと頭を搔きながら机の上を漁ったりしていたが、鍵はどこからも出てこなかった。

 鍵の定位置は扉を開けてすぐ横の壁際。木製のボードに打ち付けられた釘に引っ掛ける形となっている。鍵を借りるには、そこにいる教師に必ず一声掛けてからと決まっているので、これは誰かが勝手に拝借していったと考えるのが順当だろう。静かに扉を開ければ、中に入らずとも腕を伸ばせば鍵だけ取っていくことも可能だ。

「あの子たちを探さないと」

 まだ室内で鍵を探す教師に一礼して、頭に浮かんだ生徒達の顔を探すべくきびすを返した。


 鍵を持ったまま帰るということはさすがにないと思いたい。このまま鍵が開かずに日が暮れて暗くなってしまったら、とネガティブな思考が頭をよぎる。

(そんなことになったら那智が……)

 暗い部屋で起きたときの怖さを知っている。たった一人で世界に取り残されてしまったような感覚。そのまま消えてしまいそうで、不安で怖くて何度も吐きそうになって、傍にあったコールボタンに手を伸ばしたあの感覚――。

 自然と親指が何かを押すような形をとって動いていた。

 心の深い位置に眠らせている感情がプカリと浮かんできそうになって、慌てて首を振る。

(今はそんなこと考えてる場合じゃないでしょ)

 那智の感覚と通ずる部分がある自分としては、なんとしても明るいうちに助け出したい。

「私がしっかりしないと」

 両手でパンッと頬を叩いて活を入れた。


 気がしっかりすれば、後はひたすら彼女達を探すだけ。

 念入りに校舎内を巡って二人の姿を捜しながら、顔を知っている人には声を掛けて一緒に探してもらった。胸に「鬼」や「逃」の紙を貼った人にも、鬼ごっこ仲間として声を掛けて捜索に加わってもらった。

 

 二年生の教室が並ぶ廊下で出会った海道兄弟にも声を掛ける。

「え、ナッチーが!?」

「大変じゃん。すぐ見つけないと」

 焦った顔で状況を説明すると二人はすぐに反応してくれた。みんなで手分けして探していることを告げると、双子たちも各自バラバラになって探し始める。

「待ってて、ナッチー」

 兄の晃太の方がそう呟いていたが、今の自分に気にする余裕はなかった。


 双子とはそこで別れて三階へと向かう。

「あ、恭平先輩にも声を掛けておかないと」

 制服のポケットから携帯を取り出して彼の番号を押す。二度のコール音に引き続き、出た声は優しい響きを持っていた。

「はい」

 彼の声は凪いだ海のように静かだ。それが表面上作られたものであっても、今の自分にとっては焦った気持ちを落ち着かせる安定剤のように感じられた。

「恭平先輩、那智ちゃんが――、」

 簡潔に状況を伝える。彼はうんうんとこちらの説明を相づちを打ちながら聞いてくれていたけれど、最後にこう付け加えた。

「分かった。僕も探すから。見つけたら僕のところに連れてきて」

(うわっ、めちゃくちゃ怒ってる)

 背中に冷たい汗が垂れた。たった今落ち着いた心臓は、別の意味で動悸を始める。

「絶対だよ」 

 電話越しだというのに、その冷たい声は冬の凍った湖みたいで、まるでそこに自分が落とされてしまったように感じた。


 通話を終えた携帯を見つめる。

「ごめん、犯人さん。知らせてはいけない人に知らせちゃったみたい」

 手の中の携帯は固い金属の冷たさを手のひらに伝えてきて、暖かさなど欠片も感じられなかった。


 ※ ※ ※


 切れた携帯をしまって歩き出す。

 犯人は始めは愛梨にイヤガラセしようとしていて、途中で標的を那智に変えたと彼女は言っていた。どうしてそうなったのかは分からないが、ここしばらくの那智の早朝登校はそれに関与していたに違いない。

 友達と小テストの勉強をするだとか、ダイエットのため走ると言ってジャージで登校したりだとか、手に傷を負って帰ってきた日もあった。コソコソ隠そうとしているので、あえて追求せずに放置していたが、それがまずかったかもしれない。


「那智って本当に無邪気でバカなんだから」


 人を助けて自分が苦手とする暗がりに閉じ込められるハメに陥る妹はなんてバカなんだろう、と思う。そんな彼女だからこそ、もたらされる害悪から遠ざけてきたというのに。

 本来ならすぐに飛んで行って「大丈夫」と声を掛けたいところだが、鍵が掛けられているというのなら犯人を捕まえなければどうしようもないだろう。

 明るいうちに犯人が見つからなかったらどうしてやろうか。愛梨はまだ那智は落ち着いているようだと言っていたが、本格的に暗くなってきたらパニックを起こしてしまうだろう。

 呼べばバカみたいに「お兄ちゃん」と寄ってくるその笑みが、他者の悪意に暗く染まるのが許せないと思った。



 那智がこの場にいたら、自分の方が「勘弁してやってください」と土下座してしまいそうな笑みを浮かべて、彼は犯人を探して校内を巡った。

 

 外は少しずつ日が傾き始めていた。


 ※ ※ ※


 あらかた声を掛け終わると1Cの教室へと向かった。犯人の所属する教室だ。女神から得た情報によると彼女達の席は教壇の目の前だったはず。

 席にはまだ鞄が残っていた。鍵を持ったまま、どこかで時間をつぶしているのかもしれない。

 窓の外を見ると日が傾き、空に浮かんだ雲がうっすらと夕日に紅く染まり始めていた。

(時間がない。早く助けてあげないと……)

 焦りで拳を握る。

(知らなかったとはいえ、あの子を暗がりに閉じ込めるなんて)

「悪質なんだから」

 不安に駆られているだろう那智を想って唇を噛んだ。


 教室を出ようとしたところで、誰かが扉を開けた。相手と目が合う。何でここに、とでも言いたげな相手の後ろにいた子の手には、この年代の子が持つには少々古びた感じのする鍵が握られていた。

「あなたたち……」

 手を伸ばす。スッと伸びた背は同じくらいの身長なのに、どこか凛として相手を畏怖させる雰囲気を発していた。

「鍵、持ってるよね。出して」

 固まった顔は次の瞬間には「ヤバイ」という顔に変化して、彼女達は廊下側へと飛び出した。ここで見失うわけにはいかない、とすぐに後を追いかける。逃げる彼女たちは階下へと通じる階段を一段飛びに駆け下りていった。


「あっ……」


 二人のうち前方にいた子の動きが突然止まった。後ろの子がその背中にぶつかって止まる。

 階下から恭平がゆっくりと階段を上ってきた。その顔に浮かぶのは限りなく綺麗な笑みで、けれど確実に相手に恐怖心を与える見た者を凍りつかせる笑みだった。


「僕の大切なモノが体育倉庫に置き去りになってるみたいなんだ。外へ出したいから鍵を渡してくれないかな?」


 現実世界でこんなに綺麗な笑顔で相手を脅迫できる人がいるのだと初めて知る。口調は押さえているが、その背からは黒いオーラが立ち込めているように見えた。

「私たち……桂木先輩のことが好きで」

 一人がかすれた声で言い訳を始める。

「そんなこと聞いてないんだよ。君たちが持っている鍵をこちらに渡してくれって言ってるんだけど」

 お願いに見せかけた脅しが彼女たちを怯えさせる。好きな相手に嫌悪に満ちた視線を送られて、もう修繕の余地もない(元から良い関係性などないが)と判断したのか、鍵を持っていたほうの女子が暴走した。

 

 後先を考えない最後のイヤガラセとして彼女が取った行動とは、持っていた鍵を窓の外へ放り投げるという暴挙だった。

 鍵がキラキラと放物線を描いて飛んでいく。

 チャリンという金属音が小さく耳に入ってきた。


 慌てて窓に駆け寄って見た先には、偶然か必然か1Aの学級委員長である岩田がいた。部活帰りなのだろうか、竹刀を入れた長細い袋を肩に掛けている。

「鍵?」

 彼は目の前に落ちてきた鍵を不思議そうな顔をして見つめている。

「岩田君っ。それ拾って! 体育倉庫に那智ちゃんが閉じ込められてるの。すぐに行って助けてあげて!」

「……分かった」

 地面から拾い上げた鍵を持って、体育館の方に向かって歩き出す委員長にほっと息をつく。息をついたついでに窓枠にかけていた手がゆるむ。その隙間に慣れた紙の感触を感じた。

 開いてみると、『委員長向かわせた。今回だけ特別よ。私ってばなんてナイス女神!』とメッセージが書かれていた。

 委員長は無意識に女神の意思に引っ張られて来たらしい。やったことはスゴイことなのかもしれないが、軽い内容の文面に脱力する。

「何がナイス女神よ」

 小さく文句を告げ、便箋を握りつぶした。見られないように窓の外にすべらす。それは地面に到達する前に跡形もなく消え去った。


 振り返ると、恭平の威圧感に負けて腰の抜けた二人がへなへなと床に崩れ落ちていた。

 今のことで恭平の怒り度が一気に上がってしまったみたいだ。少し目を離した隙に、その威圧感は更に増していた。

 那智の様子も気になるが、ここに残される二人も自業自得とはいえ哀れに感じて残ることにする。自分がいることで、完全に怒りが溶けなくても多少の沈静にはなるだろう。

「恭平先輩……」

 そっと腕に手を置く。

 恭平は一瞬気まずそうな顔をして、それでも怒気を下げてくれた。深く息を吐いて、床に座り込む彼女達を一瞥する。

「君たちに僕は直接手は下さない。裁定は生徒会長の吹雪に一任することにするよ。もう視界に入ってこないで。でないと僕、何をするか分からないよ?」

 それを最後通牒として恭平は階段を下りていく。すすり泣く声が聞こえてきたが、その顔が二度と彼女たちを振り返ることはなかった。



 階段を下りきったところで、ようやく恭平が振り返る。

「愛梨……そんな顔しなくても大丈夫だよ。少し取り乱しかけたけど、傍にいてくれて助かった。ありがとう」

 そんなに不安そうな顔をしていただろうか。自分の頬をペタペタと触ると、緊張して強張っているのが分かった。恭平の顔は少しだけ困ったふうに、でもいつもの笑顔に戻っていた。

 強張った顔をほぐそうとしてグニグニと引っ張っていた手を取られる。

「汗をかいてるね。それに手も。妹のためにここまで一生懸命になってくれたんだ」

 取られた手の平は、倉庫の扉を力一杯引っ張ったせいだろう、うっすらと赤くなっていた。手を拭く暇もなかったので、扉の赤茶色のサビも付着している。

 その手の平を恭平の形の良い指がなぞる。ぞわっと鳥肌のような何かが体を駆け巡った。

「せ、せせ先輩っ。私の手、汚れてるんで。早く那智ちゃんのところに行ってあげないとっ」 

 失礼に当たらない力加減で手を振りほどいて先へと進む。


(いやいや、不意打ちでその色気はマズイから。耐えられないから。無理だから。それ系の耐性ないんですってば。さっきの木村先生のは警戒してたから対処できたけど、ちょっと今のは不意打ちすぎ。何その色気。全部アイツのせいよっ。あのバカ女神っ!)


 内心ではそんな思いが嵐のように吹き乱れていたが、表には出ないように歩き出す。

「愛梨、手と足が同時に出てる」

 失敗したらしい。しっかり態度に出てしまった動揺を恭平は笑って肩に手を置いて、リラックスさせるように軽く叩いた。

「ごめん。ありがとう、って伝えたかっただけなんだ」


 その笑顔は優しく、いつもの笑顔より幾分柔らかく感じた。こちらを気にかけてくれる優しさに安堵して、ほっと息を吐いた。





頑張った愛梨にちょっとご褒美。

それぞれが動いた結果、那智を直接助けることになったのは委員長。


次回、やっと那智救出です。

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