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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
イベント乱立編
12/63

11・鬼ごっこ 2

主人公出てこないです。

「先生っ。少しかくまってください!」


 爽やかな春の風を連れて国語科準備室に侵入してきたのは、黒髪の愛らしい美少女、水野 愛梨だった。

 走っていたのだろうか、息はきれ、さらさらの黒髪も少し乱れている。彼女は入ってくるなり、入り口からは見えない壁際に設置された棚の陰に隠れて、荒れた息が漏れないよう口に両手を当てた。

 それと同時に扉を開けた男子生徒、確か2Aの双子、海道兄弟のどちらであるか分からないが、彼は入り口から顔を覗き込ませてキョロキョロと室内を見渡した。

 胸には赤字で「鬼」と書かれた紙を張り付かせている。

「せんせー。ここに誰か入ってこなかった?」

 それに国語科教師である木村はプリントの整理をしながら応えた。

「いや、誰も来てないが? さっきからドタバタ騒がしいけど、何をやってるんだ?」

「えへへ、ボク達鬼ごっこしてるんだ。おかしいなぁ。こっちにアイリちゃんが来たような気がしたんだけど……」

 ちぇっとつまらなそうに口を尖らせる双子の片割れは、きらりと瞳を輝かせて木村を見た。

「せんせーも一緒にする?」

「しねぇよ。んな疲れること。ほら、ここには俺以外いないんだからさっさと行け。仕事の邪魔。あと、廊下は走るな」

 しっしと手を振り、追い払う。

「はーい」

 カタンと音を立てて扉が閉められ、パタパタという廊下を走り去っていく音が遠くへ消えていった。たった今「走るな」とクギをさしたばかりというのに走るのは、こちらの注意を聞く耳をまったく持っていないからだろう。わざわざ追いかけてまで注意しに行くほど熱血な教師ぶるつもりもないので、引き続きプリントの整理に取り掛かった。


「先生、ありがとう」

 隠れていた彼女は、ふうっと溜め息を吐いて壁を背に座り込んだ。

「あー、心臓が止まるかと思った」

 胸を押さえてぎゅっと制服を握りこむ姿に、本当に気分でも悪いのかと思い近寄る。うつむく小さな頭に「苦しいのか?」と伸ばした手が触れそうになった位置で、彼女は首を横に振って顔を上げた。

「先生、私……今すごくドキドキしてる」

 頬は紅潮し、肌は薄桃色に染まっているのがこちらを煽っているかのように感じた。身体の変化の割にその顔はあどけなく、子供らしい無邪気さを持って笑っている。そのアンバランスさが思春期特有の女の子らしいと感じ、同時に愛らしさを感じた。

「それは俺にってこと?」

 ニヤリと笑ってさらさらとした黒髪に指を絡める。触れた黒髪はとても触り心地が良い。いつまでも触れていたいと思わせる質感に引き寄せられる。

(もっと傍に)

 そう思って顔を近づけると、

「アハッ。そういう風にとられちゃうんだ・・・。違いますよ。今のドキドキは先生にドキドキしてるって意味じゃないです。もちろん、先生のことは素敵な人だと思ってますけど」

 彼女は再び否定の意味で首を振った。振ったことで絡め取った髪がスルリと指から逃げ去ってしまう。それが自分を拒否しているようで、少し残念に思いながら指を引っ込めた。

 けれど、彼女は己こそ拒否された対象かのように眉を少しだけ下げた。拒否されたのは自分の方なのに、何故そんな顔をするのだろう。

 彼女は心臓に当たる位置に手を置いてそっと目をつむった。長いまつ毛が影を作る。自分の鼓動を確かめているのだと、そう思った。

「水野、お前……」

 声に出そうとしたところで、今度は落ち着いた様子で、まるで何かを思い返すような静かな瞳をしてこちらを見る。


(どこを見てるんだか)


 彼女の瞳は、自分を通してずっと遠くを見つめていた。

「こうして心臓がドクドクと脈打ってるのを感じるのが好きなんです。今は特に一杯走っちゃったからよく響く……私、生きてるって」 

 最後に呟かれた声は、小さく、けれど確かに実感がこもった言葉として耳に届いた。青春を謳歌する子供が実感を伴ってそんな発言をするのを不思議に感じた。こういった年頃では、「楽しい」と表現することはあっても「生きてる」とは表現しないだろう。

 言葉はこちらに向けられているようで、彼女自身に向けられているのではないか。今、自分は生きている。そう言い聞かせているみたいだ。


(これがガキのする目か?)


 彼女の目、それは何かを経験して乗り越えて来た者のする目だ。

 那智も時々そんな目をすることがある。自分を外界から切り離して、冷静に物事を理解し整理するときにそんな目をしている。世界の外側の傍観者の瞳だ。だが、それはまれにだ。大抵はあどけなさを持った子供らしい目をしている。

 目の前に座り込む水野は、那智よりも頻繁にそんな目をしているときがある。これでも教師だ。教え子の様子はつぶさに観察しているつもりだ。だからこそ気にかけてちょっかいを掛けているのだが。

 彼女の瞳は、那智が時々見せる世界の外側の傍観者の瞳をしていた。


(いや、水野は那智よりももっと外側に立っているかもしれない)


 那智はせいぜい他者の一歩外側に立つ程度なのだが、もっと離れた位置に立っているのではないか、そう感じさせる瞳だった。周囲を見渡す目で、もっと先の未来を見ようとしている瞳に思えた。

 何が彼女をそうさせるのか分からないが、とても興味を引かれた。

「水野」

「ごめんなさい、先生。いつまでもここにいたらお邪魔ですよね。それにあんまり近付かないほうが良いですよ。私、汗かいてるし」

 それは汗臭いということだろうか。そんなものは全く感じない。むしろ彼女の匂いを例えるなら、いつまでも傍にいてほしいくらいの彼女らしい柔らかな春の香りだ。女の子ってやつは分からない。他者はどうとも思わない事を深く気にするのは、この年代ではよくあることだと首を振った。

 彼女はそれに小さく笑い返し、立ち上がろうと膝に力を込めた。

「さあて、息も整ったことだし、鬼ごっこの続きに行ってきますか」

 手を貸そうとして出した手は取られず、彼女は自分の力で立ち上がった。

 彼女はか弱い見た目の割に、こうしたことでは手をわずらわせようとしない。女子生徒の中には、気を惹こうと腕に寄りかかってきたり、逐一こちらの手を握ってこようとするのに、それをしない彼女には好意を持てる。

 感じた違和感は、これまで以上に水野 愛梨という人間に対する興味を引き立てた。

 今までは「よく気の付く気立ての良い見目の綺麗な子」だったのに対し、さっき見せた瞳の真意を探りたいという欲求がふつふつと湧いてくる。

 理解したいと思うのは、相手が自分の勤める学園の生徒だからなのか、それとも水野 愛梨という個人だからなのか、今はまだ判別が付きにくい。

 けれど知りたいと思った。

「水野、何か気がかりなことがあるなら俺に相談してくれていいんだぞ」

 外へ出ようとする彼女を自分と扉の間に挟みこんだ。ドアノブにかけられた手に自分の手を重ねる。細く長い白い指は、手触りも絹のように滑らかだ。包み込んだ手は、動揺の欠片もなく微動だにもしなかった。それを少しだけ不愉快に思うのは、少しはこちらを意識して欲しいと思っているからなのだろうか。


「じゃあ……」


 香るのは汗でなく、やはり甘い春の香り。「相談」を名目に近づいた己に返ってきた言葉は淡々として、熱の伴う余地もないものだった。


「離してもらえますか?」


 振り返ってニッコリと笑う顔は、子供ではなく、余裕のある大人の顔をしていた。


「先生――っ」


 綺麗な顔が近づいて耳元に生暖かい風が吹く。桜色の唇が囁いたのは、甘美な恋のセリフなどではなかった。


「私のこと、好きにならないでくださいね」


 感情の抜け落ちた凍った声だった。そして少しだけ寂しさのこもった声。普段の彼女らしい優しい春の暖かさを持った声とはまったく違った口調だった。

 そのほうが、より胸をかき鳴らすことに彼女は気付いていないのだろうか。

 困ったように笑う顔が、より力になりたいと、抱きしめたいと思わせることに気付いていないのか、彼女はドアノブを回して出て行った。

 去っていく背中を追いたいという衝動を「ここは学校だ」と理性が押さえ込む。

「あぁ、これはちょっとヤバイかも」

 那智には悪いが、ちょっと手を出すつもりだったのが、のめり込んでいきそうな予感が胸を打つ。ガラにもなく跳ねる鼓動に「沈まれ」と胸を押さえた。




 鬼が来ないことを確認しながら、静かな廊下を足音を立てないようにして進む。

「あーあ、何であんなこと言っちゃったんだろう」

 ふうっと吐くため息は、男子生徒なら思わず頬を染めてしまいそうに艶やかだ。

(イベント関連以外では、もう行かない方がいいかな)

 逃げ込んだのはたまたまだった。国語科準備室に漂う紙の香りが好きだったから、その嗜好が自分を誘導したのかもしれない。自分でも予期せぬ行動に出てしまったことに後悔する。

 そこに前触れなく手の平の中に紙がふっと現れた。

「なに、さっそく文句?」

 二つ折りにされたうす桃色の便箋を開いて受け取ったメッセージを確認する。

「えっ、ウソ……」

 その内容に彼女は驚きで目を見開いた。


 ※ ※ ※


「晃太捕まえたっ!」

 三年の教室が並ぶ一階の廊下にて、佇む背中に飛びついたのは、彼と同じ顔をした明るい金髪の男子生徒だった。

「残念でした。星太、ボクも鬼だよ」

 胸に張られた紙を指す。赤字で書かれた「鬼」の文字に「ちぇ、つまんないの」と口を尖らせる片割れに彼は肩をすくめた。

「星太は誰か捕まえた?」

「うーん、途中までアイリちゃんを追ってたんだけど、見失っちゃった。晃太は?」

「ふふっ。ボクはね、逃げられちゃったけど捕まえたい逃走者がいるんだ」

 特定の誰かを捕まえたいと言う彼に片割れは不思議そうな顔をした。最近の二人のお気に入りは水野 愛梨だ。彼女以外の誰を捕まえたいと言うのだろうか、そう思っているのは双子である晃太には言葉にされなくても分かった。

 できれば今は聞かないで欲しかったけれど、やはり面白そうな話題に敏感に反応した片割れは、瞳を輝かせて食いついてきた。

「えーっ、だれだれ?」

「えへへっ。なーいしょ」

 自分達双子は普段から意識の共通化を計っている。特にそれをしたがる兄が弟の知らない誰かを思って面白そうにするのを星太は奇妙に思っているのだろう。教えて反応を見るのも面白いかもしれないけど、教えない。不思議そうにする星太に唇に人差し指を当ててウィンクをして返した。


 ※ ※ ※


 小さい頃、ボクたちは今みたいに何でもかんでもそっくり同じじゃなかった。「晃太(ボク)」と「星太(ボク)」が「ボクたち」になったのはいつの頃からだろう――。


 父の仕事の関係でフランスで知り合った両親は一目合ったときからもうお互いにラブラブのべた惚れ。今でも週一で小洒落たレストランに二人で食事に行ったりするほどだ。

 そんな二人の間に生まれたボクたちは、母親そっくりの金色の髪に青い瞳のハーフ。両親からはとても可愛がられたけれど、閉鎖的な日本という社会では当然他の子供からイジメられた。黒髪の集団の中で、いかにもなハーフが、しかも二人。イジメられてはよく二人して身を寄せ合って泣いた。

 イジメの格好の標的となったボクたちは、けれど二人だけの世界に留まることで終わりはしなかった。嫌われないために努力することにした。

 双子であることを強みに、仕草を統一し、声を統一し、逐一明るく振舞った。いつしか、イジメられないようにするという目標は、明るく楽しく、誰にも嫌われないようにするという目標に切り替わり、それがボクたちの行動の基盤となっていった。今では明るく振る舞うことが板について底抜けに明るい自分が地になっちゃったけど。それは功を奏し、ボクたちは自分たちで言うのもなんだけど、人気者になっていった。


 だから、誰かに嫌われるということはボクたちにとってものすごいタブー。そのタブーに触れそうになる人には、なるべくこっちを好きになってもらえるように働きかける。

 今回も、「ボクたちのことが嫌い?」と哀しげに瞳を伏せると、相手はオロオロとうろたえて訂正に入った。

(よし、掛かった)

 その子はいつもどこか冷めた様子でこちらを見てくるような子だったので、これを機に好きになってもらえたらいいな、という思惑があった。

 けど、返ってきた言葉は予測していたものとまるで違ったものだった。


「聖人君子じゃあるまいし、誰にでも好かれることなんて出来ませんよ」


 ボクたちのことを見抜いてるみたいな言葉だった。誰にも嫌われないように、誰からも好かれるように行動してきたことを否定されたような気分になる。

「うん、そうだよね。誰にでも好かれるなんて無理だよね……」

 今度こそ本当に悲しくなってうつむく。直接「嫌い」と言われるよりも、よっぽど落ち込む。

(誰にでも好かれることなんて無理なんだって、そんなこと本当は分かってるんだ)

 それにしても彼女の発した言葉は胸に痛く鋭い矢のように突き刺さった。

「で、でも、あのっ、みんなじゃなくても海道先輩たちのことを好きな人は多いと思いますよ。面白いし、楽しませてくれるし……だから、」

 何か言い訳めいたセリフが飛んでたけど、ソレは落ち込んだボクの耳を素通りしていく。

「何が言いたいかというと」

(もういいよ。それ以上言われると、本気で浮上できなくなりそう)

 ここは明るく笑って、相手に飛びついて「鬼」に変えてしまおう。少々イヤがられたって気にするもんか、そう思って彼女がこれ以上言葉を出してしまわないように動こうとした時だった。

「あー、もうっ。私は嫌いじゃないですっ! 晃太先輩も星太先輩も二人ともっ」

 動きが止まる。

「それって……好きってこと?」

 期待を込めて言った。

(誰かに嫌われるのはイヤなんだ)

 それに返ってきた言葉は、胸に突き刺さった矢をいとも簡単に溶かした。


「勘違いしないでください。す、す、す、好きとかじゃなくてっ、嫌いじゃないってことですっ!」


 言葉に絡め取られたせいで動けないボクを置いて、彼女は顔を真っ赤なトマトのように赤く染めて靴箱の方へと猛ダッシュした。

 さっき鋭い痛みを訴えかけた胸は、また違った痛みにうずく。直に「好き」と言われたわけでもないのに、「嫌いじゃない」と顔を赤くしてまで言ってくれたことに喜びを覚える。

(ナッチー……それって、好きって言ってるのと同じだからね)

 嫌いじゃなかったって分かったくらいで何でこんなに暖かい気持ちになるんだろう。



 後から来た星太には悪いけど、「ボク達」じゃなく「晃太(ボク)」が狙いをつけた獲物の名前は教えたくない。

(ま、ボクのことだから、星太ならすぐに分かっちゃうかもだけど……)

 もう少しだけ黙っておきたくて、「だれだれ?」と聞いてくる星太に唇に人差し指を当てて「なーいしょ」と片目をつぶった。


「時間内に捕まえられるかな……」

「そんなに逃げ足が速いの?」

 首を傾げる星太に、逃げた彼女の姿を思う。

「逃げ足か……。どうだろ? 速いかも」

 ゆっくりと近づいて捕らえないと、距離に敏感なあの子はすぐに逃げ出してしまうだろう。

「でも、捕まえられなくてもいいや。時間はまだたっぷりあるんだし」

 一時間じゃ足りない。そんな短い時間じゃ、彼女を捕らえることなんて到底無理だ。もっともっと時間を掛けて徐々に追い詰めないと、触れることすらできないかもしれない。

「へぇ、晃太にしては気長なことだね」

「まあね」

 もう一度片目を閉じて、訳が分からないと首を傾げる星太にウィンクして返した。





言動が矛盾する愛梨。

後半は双子兄が那智の言葉に過剰に反応した理由でした。


晃太:

とにかく人に嫌われたくない。双子で同じ行動を取ることで、相手を和ませて自分達に好意を持ってもらうのが行動の基盤。

那智にはちょっと嫌われてるかな、とか思ってたところに「嫌いじゃない」と言われて嬉しかった。

そしてターゲットロックオン(笑)

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