魔王陛下のお祖母様
魔族の住まう王国――――ドラクニア。
そこは、別名 夜の王国と人間に呼ばれ 吸血鬼が収める国だと 恐れられておりました。
太陽を恐れ 闇の中を潜む種族。
血に飢えた 獣ような者達。
数多くの魔族を従え 人を襲う化け物。
夜な夜な 人の血を吸い 奴隷にしていくと。
けれど 実際は、違っていました。
なぜなら 魔族達は、平和を好んでいるのですから。
長い時を過ごす中で 誰も、無意味な争いを好んでいないのです。
若い者達は、血が盛んで 人間に喧嘩を売ってしまっているかもしれません。
けれど 人間達が思い描いているような 残忍な所業はしていなませんでした。
それらは、みんな 人間達の都合によって 言い伝えられている事柄なのですから。
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王宮では、妙な問答が繰り広げられていた。
「お願いだ………どうか オレの妃になってくれ」
「何を言っているの。そんなの 無理に決まっているじゃない」
懸命に土下座する男とそれに対し 溜息する女。
その光景は、不思議で堪らない。
けれど 周囲の者達は、微笑ましげに見つめている。
「どうして………オレの気持ちを受け入れてくれないんだ?」
「当たり前じゃないの。あたしの姿を見て………納得できるはずじゃない」
女は、肩をすくめて 遠い目ををしているようだ。
けれど 男は、諦めない意思を瞳に宿し 女を抱きしめた。
「止めときなよ。あたしは、アンタの祖母なんだよ?」
年こそ 年頃な少女位の見た目だが もう 何千年も生きているのだ。
男は、その半分も満たしていない。
血の繋がりこそはないが 自分にとっては、実の孫のように思っているのだ。
まさか 告白されるなんて 思いもしなかったが。
「あたしにとっては、アンタは 実の孫なのよ。あの人の血を、最も 引き継いでいるアンタが、愛しい。命がけで 逃がしてくれた トランシィーレ様のこと あたしは、決して 忘れない。あたしは、トランシィーレ様の眷属妃である 百合の宮だもの」
そう呟き リリーリアの脳裏に浮かんだのは、勇猛な愛しい人の最後の姿だった。
誰よりも強くて 誰よりも優しかった至高の王。
人間で 死にかけていた 自分に 新たな人生を与えてくれた。
帰る場所もなかった リリーリアに 眷属妃という身分を与え 居場所を用意してくれた あのお方。
彼のお蔭で 血の繋がりこそないけど 子供達の母親になることができたのだ。
今は、子供達もそれそぞ 家族を持って 少し 寂しいと思うようになっていた。
まさか 孫に 愛の告白されるなど 思いもしなかったが。
「とにかく………キース?あたしは、トランシィーレ様だけなの。アンタは、もっと 自分に合う相手を娶りなさい。若くて 綺麗な魔族を。その方が、正しいことなのよ」
リリーリアは、そう言い残して その場を去る。
キースは、ただ 立ち尽くして 彼女の背中を見つめていた。
その瞳の色は、まるで 獲物を見定めた獣の目。
「絶対 諦めないッ!必ず リリーリアをオレの妃にしてみせる!」
リリーリアがこの時 彼の言葉を聞いていれば 逃げおおせていたかもしれない。
彼女が それを後悔したのは、結婚の誓いをする為 祭壇の前に立っている時だった。
「な………どういうことなんですかぁ―――――ッ!」
リリーリアの声は、反響するが 参列者達の祝福の歓声によって かき消されてしまう。
隣に立つ キースは、甘い笑みを浮かべて 至福の喜びを浮かべている。
その後 ドラクニアは、先々代の魔王の治世に並ぶ 繁栄していったと 歴史に刻むことになりました。
王の傍らには、先々代の眷属妃であった 百合の宮が、寄り添っていたそうです。
登場人物
リリーリア
元人間。眷属妃となった。位は、王妃の次に身分の高い 百合の宮。クーデターで トランシィーレと死に別れ たった1人で 残された王族達を守り抜いた。
キース
リリーリアの義理の孫。次期 王として 有望。幼い頃から 両親ではなく 祖母である リリーリアに懐いた。物心がついた時から 彼女を愛していると公言している。トランシィーレ再来と人々に慕われているらしい。
トランシィーレ
先々代の魔王。リリーリアの夫であり クーデターによって 子供達を逃がす為 命を落とした。賢王として 慕われていたらしい。