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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第一章:入学の日
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第八節:式典の後で

 担任であるラティルの先導で、ケルティス達は回廊を進み、学院の中央部にある大講堂へと足を踏み入れた。


 大講堂には、初等部・中等部・高等部の生徒である――およそ三千人前後の子供達が集合している。

 初等部・中等部・高等部のそれぞれ一年生となった生徒達が、講堂の前方に用意された席へと着いて行き、一方でそれぞれの二年生と三年生は講堂後方の座席に着いて行く。


 間もなくして、生徒の一同が席に着き、入学の式典は始まった。



  *  *  *  



「新たにこの学舎へ入学した生徒諸君、初等部・中等部より上位の学部へと進学した生徒諸君、入学、そして進学おめでとう。

 そして、各学部にて上の学年へと進級を果たした生徒諸君、進級おめでとう……

 これから君達は、セオミギア大神殿学院の学び舎にて様々な知識を身に付けて貰うことになる……」


 式典が始まり、今の講壇には学院の長を務める老爺――ギルダーフ学院長による祝辞が述べられている。新入生への祝いの言葉を皮切りに、様々な教訓を含んだ長い講釈が始まる。


 最初は緊張もあって、新入生達は粛々とした様子で学院長の講釈を傾聴していたが、徐々に退屈の虫が頭をもたげ、欠伸や隣同士での雑談をする生徒達が、あちらこちらで散見され始める。



 そんな不心得者が半ばを占めぬ内に、学院長の講釈は一段落を向かえる。


「……それでは、儂の話もこれくらいにしておこうかの……

 最後に、生徒諸君……改めて、おめでとう。これから始まる学院での学びの日々が実りあるものであらんことを……」


 そう言って、ギルダーフ学院長は一旦、言葉を途切れさせる。そして、生徒達の列の左脇に並べられている教師達の席へと首を巡らす。

「さて、今朝の各学年の組分けを確認し、自身の学級の担任とは顔合わせを済ませていることと思うが、ここで改めて講師の方々を紹介することとしよう。

 まずは…………」

 そうして学院長たるギルダーフ翁は、講師を務める学院の神官達を、次々と紹介して行った。



 そうして、式典は滞りなく進み、全体で1刻(2時間)ばかりの時間を経て、式典は終了して散会となった。

 散会する際に、生徒達は各々の教室へと一旦戻ることと言い渡された為、生徒達は三々五々と言った様子で教室へ続く回廊を歩き去って行く。



  *  *  *  



 教室へと戻ったケルティス達は、程なくしてやって来た担任――ラティルの指示の下で各々が席に着いた。生徒一同が席に着いたことを確認したラティルは、小さな頷きを見せた後に生徒達へと声をかけた。


「はい、皆さん。式典の参加、ご苦労様でした。

 皆さんはこれから、この学び舎で、この教室を中心に講義や授業を受けて貰います。

 さて、皆さんの中には初等部からこの学び舎で勉学に励んでいた方々もいる様ですが、中等部での授業の形式は初等部とは少々異なります」


 そう言った後、彼女は講義についての説明を続ける。


「初等部では、学級それぞれの担任を務める講師の方が、全ての科目の授業を行っていましたが……

 中等部以降では、各科目に応じて、各々の担当を務める講師の方々が、それぞれ講義や授業を行う形になります。」


 そう言うと、手元に残った生徒に配った紙片の一つを掲げて、説明の言葉を続ける。


「今、皆さんに配った紙片には、中等部一年となった貴方達が受けることの出来る科目の一覧が記載されています。

 ご覧の通り、その科目の数も初等部よりも増えています。この中には、生徒全員が受講する必須科目もありますが、幾つかの講義は選択科目となっています。そんな選択科目に関しては、自分が興味のある講義や授業を選んで受けるようにして下さい。

 明日から一巡り(8日間)の間は、選択科目の講義を選ぶ猶予期間となっています。この間に、よく考えて自分が受ける講義を選んで下さい」


 穏やかに笑みを浮かべた面持ちで、ラティルは講義についての説明を切り上げる。

 そして、明日より始まる学院学舎での生活に関する注意事項などを述べて行く。



  *  *  *  



 やがて、一通りの説明を終えたラティルは、本日の課業の終了を告げ、教室より退室した。


 ラティルの姿が扉より消えると、生徒達の間に漂った微妙な緊張感が緩む。そんな緩んだ空気の中で、生徒達は各々が帰宅の為の支度を行い始める。

 そんな賑やかな雰囲気の中で、ケルティスは机に置いた幾つかの帳面を右手で手早く集めて席を立とうと顔を上げる。


 そんな彼の目に、教室へと入って来た一人の男子の姿が目に入った。その人物は制服を身にまとっており、この学舎の生徒と思われる。しかし、ケルティスには見覚えのない人物である。

 誰だろうか、と首を傾げるケルティスであったが、当の人物は見る間に彼の方へと近付いて来た。そして、ケルティスの前で仁王立ちとなったその人物は、尊大な態度と口調で言い放った。


「貴様が、今年入学したと言うコアトリア家の者か?」


「…………は、はい……そうですけど……」


 いきなり尊大に言い放たれた問いかけを耳にして、戸惑いに目を数度瞬かせた後、ケルティスは気圧された様子ながら答えを返した。

 そんな返答の様子に、問いかけた人物は鼻を鳴らして言葉を続けた。


「フン……どんな奴かと見に来たが、大したことのない奴だな……」


「…………な……!

 何ですって! 失礼じゃないですか!」


 紡がれた無遠慮な言葉に、隣の席に着いていたニケイラが立ち上がって叫ぶ。だが、そんな彼女に、彼は胡乱な視線を返す。


「ん?……なんだ、無礼な女だな……誰だ、貴様は?」

「無礼ですって……私の名前は、ニケイラ=ティティスです。無礼と言うなら、名乗りもせずにそんな言い方……貴方こそよっぽど無礼です! 何様だと言うんですか!」


 怒りに口調が些か荒くなったニケイラの様子に、一瞬怪訝な面持ちを見せる。


「……ティティス?……聞いたことのない家名だな…………

 ん?……俺の名か?……俺の名は、キエガフ伯爵ディケンタル家の嫡男――デュナンだ! 分かったら、口出しをするな」


「……っ!」

 尊大な態度を改めることなく、見下すように言い立てる彼――デュナンの言葉に、ニケイラは激昂しようと息を呑んだ。だが、そんな彼女の肩を誰かが掴んだ。


「…………カロネアさん……?」


 振り向いた彼女の目には、ゆっくりと頭を横に振るカロネアの姿があった。カロネアの様子に毒気を抜かれてか、ニケイラは開こうとしていた口を閉ざす。



 幾分か冷静さを取り戻したニケイラは、ディケンタル家と言う単語の意味を思い出していた。その名――家名は、セオミギア王国にて有数の名立たる家柄として知られるものの一つである。



  *  †  *  



 第三紀初頭に建国されたセオミギア王国において、貴族の家門に名を連ねる家々は、周辺諸国のそれに比べて長い歴史を誇る家柄であるものが殆どである。

 そんな家々の中にあって、王国建国以前――古代紀より連綿と続き、セオミギア王国建国にも大なり小なり関わりを持ち、貴族として家格や権勢を保持している家となれば数は限られる。


 この様な長い歴史を持つ名家は、大陸西方域の諸王国の中でもよく知られている。“漆黒の姫将軍”――セイシア=コアトリアの実家であるミレニアン家もその一つであり、子の少年が示して見せたディケンタル家もまたその一つであった。



  *  †  *  



 そんな彼の出自に気圧された訳ではないが、肩を叩いたカロネアに場を譲るように半歩下がる。そんなニケイラと入れ替わる様にして、カロネアが言葉を紡ぐ。


「……デュナン様、でしたか……名門ディケンタル家のご子息とのことですが、それにしては物言いに些か品がない様にお見受けしますが……?」


 ニケイラに割って入る形で呟かれたカロネアの言葉に、デュナンは眉を顰めて声の主である青い髪の少女を睥睨する。その姿を暫し眺めた後、彼は嘲る様に口元を歪ませる。


「……フン……その肌の色、生粋のユロシア人ではないな……オセ系か……?

 そんな下衆の輩が、この名門出のこの俺に生意気な口を利くのか?」


「確かに、私は生粋のユロシア人ではなく、都市南西……下町の出身ではあります。ですが、私の出自と、貴方の品性の有無は関係がないのでは……?」


 傲然とした態度で侮蔑の言葉を投げかけたデュナンに対し、カロネアはそれを軽く受け流すように言葉を返す。その様に、顔を紅潮させ、激昂に怒声を上げる。

「!……下賎な身の癖に、口答えするな!

 コアトリア家の後楯にミレニアン家が付いていると知って強気に出ているのだろうが、我がディケンタル家の権勢(ちから)をもってすれば……」




「……白貴主義(ユロシア人至上主義)に……自国優越主義……それと、傲然に過ぎる態度…………まさに、“ユロシアらしい”態度だな……」


 激昂する少年――デュナンへ予期せぬ方角より声が投げかけられる。そこに含まれていた揶揄の響きに、デュナンは紅潮した顔を声がした方へと巡らせる。



  *  †  *  



 “ユロシアらしい”……それは、この場合において賛辞であろう筈はない。


 “ユロシア”と言う単語は、北方大陸を指す場合もあり、大陸西方域を指す場合もあり、大陸西方域を流れる大河を指す場合もある。しかし、その中でも大陸西方域(ユロシア地域)より生じ、北方大陸(ユロシア大陸)を制覇し、世界四大大陸中三つをその版図に加えた古代帝国の名として広く知られる。


 上記の“ユロシア”とは、特に古代帝国のそれを指すものである。魔法にのみ価値を置き、魔法を使えぬ異民族を虐げて、奴隷の如き圧政によって世界を席捲した大帝国――“ユロシア魔導帝国”……その名は、ユロシア地域以外の世界各地で「邪悪な国家」の代名詞として、しばしば名の挙がるものである。


 とは言え、古代帝国が滅びて既に千年近い年月を経ている現在、ユロシア地域以外の者が想起する“ユロシア(邪悪な帝国)らしい”気質を持つユロシア人など殆どいないと言えることであろう。



  *  †  *  



 振り向いた彼が見付けたのは、眼鏡をかけた痩身の少年の姿だった。


「貴様は、誰だ!」

「名家であることを鼻にかける以外に、することがない様な人間と話すつもりはない」

「貴様……それ以上の愚弄は許さんぞ!」


 嘲弄の色が漂う少年の言葉に、デュナンはその顔を更に紅潮させる。

 しかし、そんな彼の様子に、些かも表情を変えた様子も窺わせず、眼鏡の少年は言葉を返した。


「愚弄と言うなら……貴公が、そこのコアトリア家の子息に対して行ったそれを愚弄と言わぬのか……?」


「……ぬぬぬ……」


 涼しい顔で言い返された言葉に歯軋りするデュナンの様子を気にすることもなく、眼鏡の少年は席を立って教室から出て行った。


 後を追おうと数歩駆け出して、本来の目的を思い出したのか振り向いたデュナンは、ケルティスに怒気を纏ったまま詰め寄る。

「貴様等……何処の馬の骨とも知れん輩の癖に、俺を馬鹿にしおって!」

 怒鳴るデュナンに対して、暫し口を閉ざしていた少女――ニケイラより声が上がる。

「何で、そこでケルティス君に詰め寄るんですか! それって、八つ当たりもいいとこじゃないですか!」

 その声に、彼は少女を睨み付けて、怒声を吐く。

「煩い……!」

 そして、怒鳴るだけ怒鳴って、ある意味で落ち着きを取り戻せたのか、彼――デュナンは改めてケルティスの方へ向き直りながら侮蔑や嘲弄と言った感情を含ませた言葉を紡ぎ出す。

「だいたい、こいつの家――コアトリア家と言うのはミレニアン家の後楯があるのを良いことに、好き勝手に振舞っている輩ではないか!

 それに、俺は知っているぞ……コアトリア家に、今年中等部入学する様な年頃の子弟はいなかった筈だ。どうせ、魔法使いとして知られるティアス猊下が手遊びにでも作った人造生命体(ホムンクルス)の類なのではないか……?」


 デュナンの言葉に、真っ先にケルティスが反応する。


「僕は、人造生命体(ホムンクルス)などではありません!」


「「「…………!」」」


 先程まで気弱な反応しか見せなかった少年――ケルティスが、声を荒げて反論する様子に、少年の脇にいた二人の少女だけでなく、教室で彼らの遣り取りを聞くとはなしに聞いていた者達も、驚きからその視線を少年に集中させる。



 予想外の反応に、教室の中は一瞬の沈黙で満たされた。



  *  *  *  



 だが、その沈黙から逸早く立ち直ったのは、デュナンであった。彼は意地の悪い笑みを浮かべて、ケルティスに向けて言葉を紡ぐ。


「……フッ……そこまで、声を荒げるとは、やはり疚しいことを…………」


 しかし、その言葉は紡ぎ終える前に、背後より肩を掴んだ腕の持ち主によって遮られた。


「………………おい……それ以上、馬鹿な話を喋ってんじゃねぇ……」


 デュナンの背後に立つ人影の姿を目にしたケルティスは、その見知った人影の名を呟く。


「……レイア……さん…………それに、フォルン……さん……」


 デュナンの背後に立っていた者……それは、憤りの余りに目の据わったレイアと、彼女の背後で冷やかな視線をデュナンに向けるフォルンの姿であった。



 新キャラ登場回……尊大かつ偏見持ちなデュナン君の登場となります。

 もう一人のことは後々の回にて紹介できるでしょうから、少々お待ち下さい。


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