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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第一章:入学の日
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第六節:青い髪の少女

 心配な面持ちのケルティスと、少し困った様子のラティルは暫しの時、互いを見詰め合う。


 そんな二人の背後に、何者かの気配が現れる。

「「…………!」」

 驚きに大仰に振り向いた二人の眼前には、一人の少女が立っていた。


「……あ……これは、失礼を致しました」


 ラティル達の反応に、一瞬身を硬くした少女は、次の瞬間には謝罪の言葉とともに頭を垂れる。

「……い、いえ……こちらこそ、驚かせてしまったようで、すみません」

 頭を垂れる少女に向けて、ラティルは謝罪の言葉を返す。その姿に慌ててケルティスも頭を下げた。


「それでは、失礼します」

 互いに下げた頭を上げると少女は、二人に向けて軽く会釈した後、レイア達が騒ぎながら覗き込む掲示板の方へと歩み去って行った。

「………………」

 ケルティスは何処か呆然とした様子で、歩み去る少女の背中を黙って見送った。



 ケルティス達の傍らを通り過ぎた少女は、何処か不思議な雰囲気を纏っていると言う印象を、ケルティスに感じさせていた。


 年の頃は十歳前後で、纏う衣服は学院生徒のそれであり、ケルティス達と同じく学院中等部の生徒と思われた。色鮮やかな紺青から毛先に行くに従って薄青色に移り変わる不思議な色合いを持つ長い髪を持ち、セオミギア王国では然程多くはない小麦色の肌をしている。

 それに加えて、その瞳は髪の色に負けぬ深い紺青にして、顔立ちは十人中十人が美少女と呼ぶだろう程に美しく整っている。その容姿は、人目を惹き付けるに充分な要素を備えていると言えるだろう。

 だが、それだけでは、少女の印象を言い表すには不足気味に思われた。それは妖艶さと淑やかさが調和した麗しさと言う女性的な魅力を、この少女が歳不相応な程に纏わせていたからだ。


 少女の纏う雰囲気は、ケルティスに、母に当たる女性――セイシアのことを想起させた。彼女は女性的な妖艶さと男性的な精悍さを共存させた魅力を備えた人物である。そんな彼女は、戦場の様な騎士として立つ場においては、その精悍さや凛々しさが際立つ武人としての雰囲気を纏う反面で、社交の場の様な貴族夫人として立つ場においては、妖艶さや麗しさの際立つ美女としての雰囲気を纏わせており、異なる場面で全く違う面を垣間見せると言う印象がある。


 ケルティスが見詰める青き髪の少女は、そんなセイシアが女性としてみせる嫣然とした雰囲気に似たものをその身に纏っている様に感じられたのだ。それは、姉に当たるレインや女性時のラティルでも身に帯びていないものであったから、余計にケルティスの目を惹き付けることになっていた。



 何処か呆然として、青い髪の少女の背を見詰めているケルティスを、ラティルは暫し見下ろす。そして彼女は、ケルティスへと声をかけた。

「……ケルティス君、君も組分けの表を見に行ってみたら如何ですか?

 私はこれから、講師詰所に向かいますから、教室へはレイア達に案内して貰って下さいね」

 そう言うと、彼女は少年の肩を叩いて、掲示板の方へと促した。彼女の声に応える様に、小さく頷いて、ケルティスはレイア達の傍らへ向かって歩き出した。



  *  *  *  



 ケルティスを送り出し、その背を見送っていたラティルは、少し視線をずらして青い髪の少女の姿を捉える。彼女の異名の一つの由来――その目に輝く“虹の瞳”は、常人に捉えられぬモノを視界に捉えていた。いや、常人のみならず、並みの神官でも視界に捉えるのは困難ではなかろうかと思われる。


 そんなことを思う彼女に、軽い調子の声が降りて来る。

『……聖霊……それも夢幻神の眷族ですか……』

 その声に振り返った彼女の目には、自身の傍らの虚空に漂う一人の人物が映っていた。派手な意匠に飾られた鍔広帽にマントを纏い、その手に竪琴を抱えたその姿は吟遊詩人のそれである。しかし、その背には薄緑色に輝く二対四枚の翼がマントの脇より拡がっている。


 彼の名はリュッセル……かつて西方大陸(アティス大陸)にて吟遊詩人として活躍したと言う人物であり、死後昇天して知識神の眷族たる聖霊の一柱となっている。そして言葉を付け加えるなら、彼はラティル=コアトリアを生涯に亘って見守る役目を負った守護聖霊でもある。


 自らの思った事柄を、自身の守護聖霊に告げられたラティルは、虚空に浮かぶ彼に向けて言葉を漏らす。

「……夢幻神の聖霊とは珍しいですよね。それに、敢えて、その姿を覆い隠して寄り添うなんて……」



  *  †  *  



 天地を創造した八大神と称される神々は、それぞれに眷族たる千億とも数えられる聖霊と呼ばれる下位神族を従えている。そして、神代の終焉と共に肉体を喪失した神々が鎮座する神霊界と呼ばれる霊的世界にて、彼等聖霊達は暮らしている。

 しかし、そんな彼等は、知恵ある生き物の魂として地上界に降り立って、その一生を過ごすとされている。ちなみに、そんな地上に降りた同胞を見守る縁深き者が、守護聖霊の役割を務めると言われている。


 だからこそ、地上に生まれる人々となる聖霊は、自らを主宰する神と縁深い場所に生まれ出でる傾向にある。そして、セオミギア王国は、文字通り“知識神”ナエレアナ女神のお膝元の地であり、一方で“夢幻神”イーミフェリア女神の鎮座地は、遙か彼方の南方大陸(フェルン大陸)にある。そうしたことを踏まえれば、夢幻神の守護聖霊を伴う人物がこの国にいること自体が比較的珍しいことと言えるだろう。

 しかし、それだけなら驚く程珍しいとは言えない。例えば、セイシア=コアトリアの守護聖霊を務めるのは“戦神”ミルスリード神の眷属たる戦乙女の一柱である様に、ユロシア地域(北方大陸西域)とは言え“知識神”ナエレアナ女神とは異なる神の守護聖霊を持つ者も多くはないものの少ない訳ではない。


 だが、守護聖霊は、普段から常に守護対象たる庇護者の傍にいる訳ではない。時に神霊界より見守り、時に庇護者の縁者・友人を見守る。多くの人々にとって、守護聖霊を視認することが出来ぬこともあって、常に寄り添い、助言や忠告を与えると言う訳には行かないからだ。

 むしろ、庇護者へ重要な直感を与え、邪霊の誘惑を退け、異なる神霊の眷族たる聖霊による過剰な干渉を妨げる等と言った、常人の目に触れず、気付かれることもない役割を果たしていることの方が多い。これらの役割は、通常は神霊界においてなされ、余程の状況でない限り地上界に直接降り立つことは少ないと言われている。


 しかし、そんな事柄にも例外はある。聖霊の姿を見て、聖霊の声を聞くことの出来る者――神官・巫女の素養を持つ者達……特にその素養を秘めた幼子の傍らには、守護聖霊は常日頃より寄り添う傾向が強いと言われていた。



  *  †  *  



『夢幻神は、夢や幻……それに偽りを司る神……他の聖霊に比べても隠行が得意な傾向にあると耳にしますが……なかなかなものですね』

「えぇ……そうですね。私も女性体でなかったら見逃していたかもしれませんね。

 それにしても、敢えて姿を隠すのは異教の神殿に入ると言う遠慮からでしょうか?」

『かもしれませんね……まぁ、古代の“禁教令”の様に、問答無用で処刑される訳ではないでしょうが、気付いた神官達の機嫌を悪くすることもありますからねぇ~

 しかし、それでも敢えて聖霊が傍にいるってことは……興味深いですよねぇ……』

 古代の南方大陸(フェルン大陸)にあったミヌログ帝国で布かれていたと伝わる悪法を例に揶揄する様に語るリュッセルは、興味深げに青い髪の少女を見詰めていた。


 しかし、少女を観賞し続ける暇がある訳でもないラティルは、程なくして広場を退出して講師詰所に続く回廊へ徒歩を進めたのだった。



  *  *  *  



 一方で、掲示板へと向かったケルティスは、組分け表を前に喜色に賑わうレイア達の下に辿り着いた。


 先程すれ違った青い髪の少女は、掲示板を一見してすぐに立ち去ったらしく、その姿は既に見られなくなっている。しかし、レイア達はケルティスのことを待っていたらしく、一同が近付く彼を見詰めていた。

「来たな、ケルティス!……喜べ!

 お前とニケイラが一緒の組になってるぞ!」

「改めて、よろしくお願いしますね、ケルティスさん!」

 近付くケルティスに、開口一番で喜色が浮かぶ大声をレイアが放つ。そして、レイアに続いて笑顔を浮かべたニケイラの元気の良い声が彼の耳に届く。


 その声を確かめるように、ケルティスは掲示板へと目を走らせる。程なくして、その中に自分の名とニケイラの名を見付け、改めて彼女達の方へ向き直る。

「こちらの方こそ、よろしくお願いします、ニケイラさん」


 そう言って互いの手を取り合った。そんな中、その輪から少し下がった場所にいたフォルンが茶化す様に声を漏らす。

「まぁ、二人が一緒の組だったのは良かったけど、僕が姉さんと今年も一緒だったって所は、あんまり嬉しくないなぁ」

 その声に胡乱な目でレイアが振り向く。

「あぁ~ん?……このあたしと一緒の、何が気に喰わないんだ?」

 凄みを利かせて睨み付けるレイアに怯むことなく、フォルンは肩を竦めて憮然とした調子で言葉を返した。

「だって、始終授業をサボって抜け出す姉さんのお蔭で、去年はまともに授業を受けることが出来なかったんだよ。姉さんが逃げ出す度に、僕が連れ戻す役を押し付けられて、都市中走り回らされる羽目になってたんだからね。

 また今年も、そんな追いかけっこをしなきゃならないかと思ったら……ねぇ」

 そう言って、フォルンは同意を求める様に、ケルティスとニケイラを見詰める。


「「…………」」


 その彼の視線に、同意を返すべきか否かと二人は困惑の面持ちのまま互いを見返すことになった。



 一頻り騒いだ後、一同は広場を後にして教室の並ぶ学舎の方へ向かうことになった。

 まず向かうのは、一年灰組……ケルティスとニケイラが、この一年過ごすことになる学級の教室である。



  *  *  *  



 広間を出て今までよりも細い廊下を進んだケルティス達は、教室の並ぶ区画へと踏み込んだ。そんな教室が並ぶ廊下を幾許か進み、彼等は目的とする教室――中等部一年灰組の教室の前まで辿り着いた。

「……一年、灰組……っと、ここだな」

「うん、そうだね」

 教室の入口の記述を確認し、口々に言葉を漏らすレイア・フォルン姉弟は、後に続く二人――ケルティスとニケイラの方へと振り返る。

「ここが一年灰組だね。それじゃあ、僕達は自分の教室に向かうから……」

「まぁ、入学の式典が終ったら、こっちに来てやるよ。学院のあちこちを案内してやるからさ!」

 二人――レイアとフォルンはそんな言葉を残し、廊下の奥へと歩み去る。


 残された二人――ケルティスとニケイラは、一時歩み去る二人を見送った後、教室の中へと入ることにした。先程通った廊下では、教室に向かう生徒の姿は見受けられなかったこともあって、二人が教室への一番乗りかも知れないと、少し心躍らせつつ教室の扉を開いた。


「「「……あ……」」」


 しかし、二人の予想に反して教室は無人と言う訳ではなく、無人でなかったことを驚く二人と不意に入ってきた二人に驚く一人の声は、期せずして同じ言葉を同時に漏らした。


 その教室にいたのは一人の少女……先程、ケルティスの脇を通り抜けた青い髪の美少女であった。予期せぬ再会に目を瞬いて動きを止めたケルティスに対して、ニケイラは臆面のない様子で少女に声をかけた。

「……おはよう。私達が一番乗りかと思ってたんだけど……

 私はニケイラ=ティティス……これから一年、よろしくね」

 そう言って、青い髪の少女に向けてニケイラは右手を伸ばした。その様子に、青い髪の少女は席を立ち、ニケイラの方へと近寄って、差し出された右手を取って握手を交した。

「……こちらこそ、よろしくお願いしますね。私はカロネア=フェイドルと言います。

 所で……こちらの方は……?」

 ニケイラと握手を交したカロネアと名乗る少女は、ニケイラの背後で呆けた様子を見せるケルティスの方へと視線を移した。自分に視線が移ったことに気付いたケルティスは、数度瞬いてカロネアへと視線を合わす。

「…………ケ、ケルティス=コアトリアです。よろしく……」

 そう言ってお辞儀をするケルティスに対し、カロネアもお辞儀を返した。

「こちらこそ……コアトリアの姓と、その髪の色……もしや、“虹の一族”の方ですか?」

「え……えぇ、そうです」

「それでは、セイシア様のお孫様になるのかしら?」

 カロネアの問いに出た名前に、ケルティスは軽い驚きで目を見張る。そして、一拍の間をおいた後、問いの答えを返した。

「い、いえ……セイシアは、僕の義母(はは)……です」

 その答えに、今度はカロネアの方が驚きに目を見開き、呆然と口を開ける。

「…………お母様……でしたか、それは失礼しました。セイシア様のご子息になるのですね。そんな方と同級生になれるなんて光栄ですわ」

 一時の驚きから立ち直ったカロネアは、ケルティスに優雅な微笑を浮かべて言葉を続けた。見る者を惹き付けずにおれない笑みに、微笑を返す。


 しかし、そんな彼の視界に、笑みとは違う表情を浮かべる顔が目に入った。それは驚愕の形で表情が固まった様子のニケイラの姿である。硬直している様にも見えるニケイラに彼は声をかけた。

「…………ニケイラ……さん……?」

「あ、あの……私もてっきり、レイアさん達の弟さんだとばかり……」

 その言葉に、ケルティスは苦笑を浮かべて言葉を紡ぐ。

「……実は、あの二人は年上の姪と甥に当たるんです。でも、ずっと年上になるので、僕にとっては姉と兄の様な人達ですよ」

「レイアさんと言うのは、何方のことでしょうか?」

 彼の説明の言葉に、今度はカロネアの方から問いの言葉が漏れる。


 そうして、ケルティスは自分の家族に関する簡単な説明を二人に述べることになるのだった。



 カロネア嬢の登場回……主役を差し置いて、(副題ながら)タイトルロール(?)……を務めるとは、如何なものかと思わなくはないのですが……

 あと、もう少し短くまとめる予定だったんですが……少々長めの文章になりました。


 それと、聖霊の存在と設定を紹介できました……ようやく、この世界の魔法に関する設定の一端を披露することが叶いました。

 これより、ファンタジー的な設定を巧く披露しながら、物語を進められると良いのですが……

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