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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
閑話ノ四
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余章ノ四:“虹髪の賢者”、神仙と面談す

 “神殿都市”セオミギアにとって、夜闇に覆われた時間帯とは、単に皆が眠りに就く静かな時とは言い難い。


 “セオミギア大神殿”は信徒達に対して、朝日と共に目覚めて仕事に就き、夕暮れと共に身体を休めて眠りに就く、と言う生活を推奨してはいる。

 しかし、古代魔法王国時代の文明を限定的ながら継承しているこの都市は、市街の各所に街灯が灯されており、“闇の太陽”を中天に頂く深夜の時間であっても、真なる暗闇の中に覆い尽くされることはなく、そんな仄かな街の灯りの中で時を過ごす者達も少なからず存在している。



 そんな一般の者達は眠りに就き始めつつも、未だ眠ることなく時を過ごす者達が多く残る時……都市の大通りの先に設置された都市の大門の外に一騎の人影がやって来た。


 時は既に夜半に迫り、大門の扉は固く閉ざされ、何人の都市の出入りを許さぬとばかりに聳え立っている。

 そんな巨大な扉を一時感慨深げに見上げていた一騎は、次の瞬間一切の音を響かせることなく大きく大地を蹴った。大地を蹴った獣は、そのまま虚空を飛翔するかの如く跳躍し、5尋(約9m)程度の高さを誇る城壁を悠々と飛び越え、都市の内部――大通りの入り口の辺りへと着地した。


 驚異的な跳躍をしたその一騎は、幸いにしてか否か誰にも見付かることもなく、人気の無い大通りを真っ直ぐ北へと進んで行った。大通りを進むその一騎の姿は、一般的な騎馬に乗った人物と言う訳ではない。それは巨大な狼の上に座る杖を手にした老爺の姿をしていた。



  *  *  *



 ともあれ、その一騎は大通りの途上から都市の東側へと続く路地の一つに入り、その路地の先へと歩みを進めて行った。やがて、路地を進む老爺を乗せた巨狼は、とある屋敷の前で立ち止まった。


 彼の一騎が門の前に立ち止まると、然程の間を置かずして門は内側より開かれた。門を開いたのは、一人の侍女――赤味の深い飴色の髪と、白目と黒目の境界を持たない銀色の眼を持つ人ならぬ女性であった。扉を開いた木質人メタル・ヒューマノイドの侍女は、門前に立つ一騎――老爺と巨狼に向けて(うやうや)しく頭を下げた。


「いらっしゃいませ……両猊下とも、お久し振りでございます」


 首を垂れる人外の侍女に向けて、老爺より声がかけられる。


「ふむ……久し振りじゃのう、メイ殿。其方の主殿は、いまだ起きておるかな……?」


「はい、猊下のご訪問をお待ちしております。どうぞ、ご案内致します」


 そう言うと木質人メタル・ヒューマノイドの侍女は、老爺と巨狼の一騎を屋敷の中へと先導する様に歩を進めた。彼女の先導に、老爺を乗せた巨狼は屋敷の中へとその身を進めた。



 屋敷に入った老爺は、騎乗していた巨狼から降り立ち、手にした杖を突きつつ侍女の後を追うべく、歩を進める。そして老爺を乗せていた巨狼は、歩む老爺の数歩後方を徐ろに続いたのだった。


 そうして老爺と巨狼は、屋敷の一室――応接間に通された。両者を応接間へと案内した侍女は、部屋の入口に留まったまま両者――一人と一頭に向けて頭を垂れた。


「ただいま、旦那様を呼んで参ります」


 そう言って、彼女は部屋を後にした。



 彼女が応接間を後にして間もなく、老爺の傍らにあった巨狼は立ち上がった。


 立ち上がり二本足で立った狼は、立ち上がる間に人間の男性の姿へと変わり果てていた。そこには精悍な体躯を持つ一糸も纏わぬ男性の姿が立っていた。


 時を置かずして、男は短く何事かを呟く。すると次の瞬間、彼の手には一式の衣装が現れていた。男は無言で現れた衣装に袖を通す。そうして男は、一般的な庶民が纏う様なシャツとズボンに、毛皮製のベストを羽織った姿へとその装いを変えていた。


 その一連の変化の間に、老爺は応接室の長椅子に腰を下ろしており、男はそんな老爺の斜め後ろの位置に立って、屋敷の主の到来を持つことにしたのだった。



  *  *  *



 侍女が部屋から退出し、二人の訪問者が各々の位置に落ち着いてから然程の時を置かずして、部屋の扉を叩く音が響いた。それは、屋敷の主の到来を報せるものであった。



 そして、応接室には併せて四人の“人”があることとなった。


 一人目は、この屋敷を訪ねた老爺……


 二人目は、その老爺を乗せていた巨狼より変じた男……


 三人目は、両者を応接間へと案内した木質人メタル・ヒューマノイドの侍女……


 最後の四人目は、この屋敷の主にして、この家の当主でもある“虹髪”の人物……



 応接間の卓を挟んで来訪した老爺と屋敷の主人は向かい合う形で長椅子に座る。

 そして、屋敷の主を連れて戻った木質人メタル・ヒューマノイドの侍女は、その手に持っていた盆を卓に置き、そこに載せられていた茶器類を用いて香草茶を茶杯に注ぎ、それらを来訪者の老爺と男に向けて差し出し、次いで自らの主人へと差し出した。そうしてから、彼女は主が座する長椅子の斜め後ろに控える。


 木質人メタル・ヒューマノイド侍女が主の背後に控えた後、“虹髪”を持つ屋敷の主人よりの勧めと老爺の了承の言葉もあって、老爺の背後に控えていた男は老爺の隣に座った。そして、老爺と男は侍女の淹れた香草茶を口にする。



 暫しの時、香草茶の味と香りを楽しんだ三人は、それ程の間を開けずに茶杯を空けて卓へと置いた。

 茶杯が卓に置かれた音が小さく響く中、屋敷の主人が徐ろに口を開いた。


「……我が屋敷へ御出で頂けるとは、光栄の至りですが……どの様な御用でいらっしゃったのでしょうか、仙王猊下……?」


「……ホッホッホッ……まぁ、其方とは浅からぬ縁を持っておるからのぅ……ただ、気が向いたから立ち寄った……と言うのでは、いかんかね、ティアス殿……?」


 長く伸びる白鬚を扱きつつ老爺は笑みを含んだ言葉を返した。そんな老爺の返答に、傍らに座る男は苦笑を漏らしつつ声をかけた。


「……師匠、そう言う意地の悪い物言いをしなくとも良いんじゃないですか?」


「意地の悪いとは何事じゃ……勿体を付けておるだけじゃよ……」


「……それはそれで、性質の悪い話に違いないじゃないですか……」


 老爺の切り返しに、男は何処か芝居がかっても見える憮然とした姿をして見せる。そんな男とのやり取りで踏ん切りを付けたのか、老爺は屋敷の主――ティアスに向けて言葉を紡ぎ直した。


「実はな……其方の末息子――ケルティスと言ったかな……?

 その子のことを小耳に挟んでな……少しばかり話を聞いてみようかと、思ってのぅ……」


 そこまで口にした老爺は、それまでの好々爺然とした面持ちから一転して、峻厳とした面持ちと鋭い視線で、屋敷の主人――ティアスに向き直った。


「……しかし……何故、今になって“分枝体”を産み出したのじゃ……?」


 老爺の鋭い視線を受け、その姿勢を正しつつも怯んだ様子を見せることなくティアスは言葉を返した。


「“分枝体”を産み出すことは、以前から考えていたことなのですが……」


 そう語るティアスの顔には微かに苦笑の色合いが滲んでいた。



  *  †  *



 さて、コアトリア家を訪問した老爺は、その名をウィルザルドと言う。


 より正確には、ウィルザルド=ディア・ユロシア――セオミギア大神殿の創建者にして初代法院長にして、ユロシア魔法王国の建国王でもあるウィルザルド一世とも称される人物である。


 今を遡ること三千有余年の遥かな昔に、“虹翼の聖蛇”エルコアトルの御許で“編纂魔法”を学び、神々が立ち去った後の渾沌とした世に降り立ち、人々の拠り所たる国――“ユロシア魔法王国”を打ち建てた人物である。

 ちなみに、彼の建国した“ユロシア魔法王国”は、後に北方大陸(ユロシア大陸)全土に拡大し“ユロシア魔導帝国”となり、この帝国の版図が他大陸に拡大する中で“チュルク精霊王国”や“アティス機械王国”を成立させている。そして、これら古代紀に繁栄した三国は、北方大陸(ユロシア大陸)東方大陸(チュルク大陸)西方大陸(アティス大陸)に存在する人間の国家の母体となっている。


 それは、現在の人間社会の礎を築いた人物の一人と言っても過言ではないだろう。



 さて、三千年以上前の人物がこの場にいられるのは、実の所、至極単純な理由からである。それは彼が“人間”ではないからだ。


 とは言っても、別に長命な亜人種である訳ではない。彼はミギア人――後にユロシア人と称される民族の人間として生を受けた人物である。だが、単身で“聖蛇山脈”を登り、“虹翼の聖蛇”の許で修業を積み重ねることで、神代紀が終焉して初めて“昇仙”することが叶った人物となったのだ。即ち、地上に生きる最も長命な“神仙”なのである。


 そして、“昇仙”を果たした彼は、自らがその礎を築いた「“編纂魔法”に連なる魔法系統」と「“ユロシア魔法王国”に連なる国々」の守護者たる“神仙”として、北方大陸(ユロシア大陸)の各地を人知れず放浪している。



  *  †  *



 ともあれ、話を戻そう。


 ティアスの言葉にウィルザルド翁は相槌を打つ様に首肯させた後、問いかけの言葉を呟く。


「……ふむ……何故かの……?」


 その問いの呟きに、ティアスは返答の言葉を紡ぐ。


「私は元々、“聖蛇”エルコアトルによって“無性体”の身体で育っていました。

 天使(エンジェル)族とも交流もありましたし、自らの子を授かる為には、『分枝体創造』を体得せねばならないと思っていた頃もありましたしね……」


「……ふむ……そうであるなら、“両性体”の身体に戻り、子を産み育てた所で、敢えて“分枝体”を創造する必要はあるまい……?」


 翁より続けられた問いかけに、ティアスは幾分苦笑染みた微笑のまま答えの言葉を返す。


「敢えて言うなら……自分の力を、人に(とど)める為に……でしょうか?」


「人に(とど)める、か……“聖蛇”エルコアトルの後見を受けている其方であれば、即座に“昇仙”することなぞ難しくもなかったであろうに……」


「……そうかも、知れませんね……

 ただ、この“神殿都市(セオミギア)”へと降りてより気付いたのですが……私は幼い頃から“聖蛇”猊下や“竜王”陛下、それに“公竜”殿下と言った神々の方々の御許で育っていた影響でしょうか、自らの持つ尺度が人のそれよりも神々のそれに近いらしいのです……」


「……ふむ……」


 “虹髪”の神官の紡ぐ言葉に、神仙たる老爺は長い鬚をゆっくりと扱きつつ相槌の言葉を返す。


「今まで幾許かの歳を重ねて参りましたが……それは、人の身では過ぎた考えだと思えるのです」


「…………」


 黙したまま次の言葉を待つ老爺に、“虹髪”の神官は言葉を続けた。


「……だからこそ私は、人として、人の中で、生きて行きたいのです……」


「…………人として、生きる……か……」

「…………」


 ティアスの返答に、仙翁とその弟子は感慨深くも苦笑の滲む表情を覗かせた。

 それは、二人は人としての生から、神々の末席にある者としての生を送ることを選んだ者達だったからだろうか……


 少し微妙な表情を見せた二人に向けて、ティアスは敢えて言葉を付け足す。


「ご承知のこととは思いますが……別に“神仙”として地上で過ごすことに異を唱えるつもりは毛頭ございません。しかしあくまで、私は“人”として生を全うしたいのです」


 そんな彼の言葉に、翁は数度頷きを見せた後で言葉を紡ぎ返した。


「……なるほどのぅ……あくまで“人”として生きるか……」


「はい、人として生き、人として死ぬ……その様な生涯を送った上で、天上に昇って聖霊となりたい……と、そう思っているのです」


「……ふむ……それは、つい“先頃までの其方”には難しいことであったろうしのぅ……」


 ティアスの言葉に、ウィルザルド翁より得心の唸りと共に苦笑染みた声が返される。



  *  †  *



 ティアス=コアトリアと言う人物は、“虹翼の聖蛇”エルコアトルの薫陶を受け、全ての系統の魔法を習得している。それのみならず、“聖蛇”の御許でも、そこを離れた後の“大神殿”に身を寄せて以降でも、各々の魔法の研鑽を怠ることなく磨き上げていた。


 それは即ち、全ての系統の魔法を極め尽くしていたと表現して過言ではなかった。彼は地上に存在するあらゆる物質を原初の魔力の状態にまで『完全分解』することも可能であったし、六種に分かれる上位精霊の(ことごと)くを『完全支配』することも可能であり、自らが崇める女神たる“知識神”を自身へと『降臨』させて奇跡を振るうことを願うことも出来たであろうし、“白竜王”やその眷属の『招来』を願って大陸西域(ユロシア地域)の大半を永久凍土と成さしめる程度のことも出来ないことではなかったろう。だが、それは既に“人の技”の領域を逸脱したものとも言えたであろう。


 要するに、そんな超越的なまでの魔法の技量(うで)を持つ彼はいつ何時“昇仙”してもおかしくはない状態ではあったのだ。



 だが、“分枝体”を産み出すことで、ティアスの魂と肉体は削り取られ、最盛期の尋常ではない能力は鳴りを潜めることとなっていた。


 もっとも、そうであっても人の尺度から見て、その知識や魔法の才は十二分に伝説級と形容して全く問題のない水準であることには違いないのだが……



  *  †  *



 そんな老爺が苦笑染みた声を漏らした後、そのやり取りを黙って聞いていた黒髪の偉丈夫より問いの言葉が漏れた。


「……それにしても、人として生きたいと願うお前さんが、未だに魔法の修練を欠かさないと言うのは、何故なんだろうな……?」


 その問いかけに、一瞬キョトンとした面持ちとなったティアスは、直後至極当然と言った様子で言葉を返したのだった。


「自らの心身を鍛錬・練磨して神々の高みへと目指すことは、人の――いえ、この世界に住む生きとし生ける者達の使命ではありませんか……?」


 その返答に、“神仙”たる二人は頷かざるを得なかったのだった。



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