第四十六節:茶会と驚嘆と……
ケルティス達を乗せた馬車は、やがて王城の離宮に入る大門を通って行った。
そして、丁寧に整えられた石畳を豪奢な箱馬車は進んで行き、離宮の手前へと辿り着いた。
離宮を前にして停止した馬車は、外より扉が開かれた。扉の外では同道していた二人の騎士と数人の従卒士が整列して待機している。そんな騎士達の列を横目に、セレシア姫と招待された少年少女達は離宮に向けて歩を進めて行った。
そうして、進んだ先の玄関は従卒士の先触れがあったのか、内側より開かれた。
その内側――離宮の玄関口には侍女らしき装いの数人の女性が控えていた。そして、彼女等の中で上役と思しき年長の女性が姫君に向かって声をかける。
「おかえりなさいませ、姫様。お茶会の準備は既に整ってございます」
「そう……ありがとう。
では皆さん、中庭の方へ向かうとしましょうか」
「「「……は、はい……」」」
優雅な仕草で侍女達へと労いの言葉をかけた姫君は、次いで自身の背後に続く学友達へと声をかけ、中庭に続くと思しき方向へと歩を進めて行った。
そうして歩き始めた姫君に続いて、馬車に付き添った二人の騎士達が従って行く。そして、来賓であるレイア達へと先へ進む様に促した上で、出迎えに来た侍女達も姫君の後に続く。
そんな情景を目にしたケルティス達は、驚きに目を丸くしながらも、慌ててセレシア姫等の後を追ったのだった。
* † *
セオミギア王国の王城は、“セオミギア大神殿”の東隣に位置しており、“神殿都市”セオミギア北東部のかなりの領域を占めている。
しかしながら、“セオミギア大神殿”が都市に占める割合から比較すれば、王城のそれは小さいと言わざるをえない。
そんな王城の中にあってセレシア姫の住む離宮は南西の外れに位置する場所となっていた。その大きさは、上級貴族の邸宅に比べれば一、二回り小さい程度ではあるが、コアトリア家の屋敷等に比べれば十分大きな代物と言えた。
* † *
ともあれ、幾つかの廊下や回廊を通ったケルティス達は、屋敷の中に囲まれた中庭に辿り着いた。
その中央には瀟洒な四阿があり、そこに卓と椅子が用意され、卓の上には香茶の瓶や杯に菓子類等が並べられている。
セレシア姫はそのまま四阿へと向かい、卓の上座に当たる位置に腰掛ける。そうして、席に座った姫君は、中庭や四阿の様子に目を丸くする一同へと席を勧めた。
「どうぞ皆さん、席に着いて下さいな」
「「「……は、はい……!」」」
その声を聞いて、ケルティス達は慌てて返事の声を上げて席へと近付いたのだった。特に、その中でも王城離宮の様子に気後れしていた者であるケルティスやニケイラ、ルベルトと言った者達だったろう。
姫君と共に卓を囲んだ少年少女達は、姫君付きの侍女達によって、彼等の目の前に香茶やお茶請けとしての様々な菓子が配膳されて行く。
「「「…………!」」」
香茶から立ち上る薫りや、甘い馨しさと美しく艶やかな彩りの見た目を持つ高級そうな菓子を目にして、少年少女の一部は物珍しさなども相俟って並べられた品々を食い入るように見詰めていた。
「さぁ、皆さん。どうぞ、召し上がれ」
「「「は、はい……戴きます」」」
姫君の勧めに、彼等は姫君へと返事をした後、ある者は香茶を口に含み、ある者は並ぶ菓子の一つをつまんで口へと運んだ。そうして、
「「……美味しい……」」
その茶の香りや菓子の甘味に、ケルティスやニケイラは素直に感嘆の言葉が漏れる。しかし一方で、茶を喫したレイアの顔が若干眉を顰める。
「…………また、無駄に良い茶葉とか使ってねぇか……?」
「……これ位の品なら王家御用達なら普通なのかも知れないよ……」
「そんなこと、気になさらずとも良いのですよ」
幾分ひそひそと声を潜めて交わされる姉弟の会話に、セレシア姫は優雅な笑みを浮かべて声をかけたのだった。その姫君の言葉に、“虹髪”の姉弟は一方は肩を竦め、もう一方は恐縮した様子で身を縮こまらせた。
ぎこちなく始まった姫君のお茶会は、改めて互いの紹介を行うことから始まった。
まずセレシア姫は、自分の紹介を後回しにしてコアトリア家の者達に自身の紹介をすること促す様に言葉を紡いだ。
そんな姫君の要望に、“虹髪”の三人の中でも年長となる少女が苦虫を噛み潰した様な面持ちで口を開いた。
「……そんじゃあ、あたしからにするか……
皆んな知ってるだろうけど、あたしの名前はレイア=コアトリアだ。一応、そこにいるフォルンの姉で、ケルティスの姪になる」
「え?……姪……?」
レイアの言葉にルベルトから声が漏れる。
「ん?……聞いてないか?
あたしはレイン父様とラティル母様の娘だけど、ケルティスはティアス祖父様の息子だからな……レイン父様の弟にあたるから、あたしには叔父貴に当たると言う訳だ」
「……あぁ、なるほど……」
レイアの紡いだ言葉の内容を聞き、ルベルトは納得の呟きを漏らした。だが、別の方向から問いの言葉が発せられる。
「……レイン父様とラティル母様?……あの、レイア先輩……?」
「ん?……どうしたかしたか、ニケイラ?」
「あの、前からちょっと気になっていたんですけど……レイア先輩はラティル先生を“母様”って呼びますけど、フォルン先輩は“父様”って呼びますよね……」
おずおずと言った風情を見せて問いかけられた言葉に、一瞬キョトンとした顔をして見せた後、幾分ばつの悪そうな顔をして返答の言葉を紡ぎ始めた。
「あぁ……別に隠している話って訳でもなかったんだけどな……
あたしはラティル母様から産まれたから“母様”って呼ぶし、フォルンの方はレイア父様から産まれたから“母様”はレイン父様の方になるんだよ」
「……えーっと……ちょっと、待って下さい…………
ラティル先生は女の人だけど、本当は男の人なんだから……レイア先輩は、女のラティル先生が産んだから“お母様”なんですね……
それで、フォルン先輩は、男のラティル先生とレイン将軍の間に生まれたから“お父様”だと……」
一時頭を両手で抱える様にして考え込んだニケイラは、暫くしてレイアに向けて確認の言葉を捻り出した。そんな彼女達の会話を、驚きで目を丸くして聞いているのはルベルトただ一人でしかなかった。
それも当然と言えば、当然なのかも知れない。
当人でもあるコアトリア家の三人はともかく、当主夫人となったセイシアやレインに関して耳にすることのあったカロネアや、当主の友人を父に持つヘルヴィス、それにコアトリア家の事情を折々に聞き知っていたセレシア姫は、既に知っている事柄となっていたからだ。
ともあれ、一頻り驚いていたニケイラとルベルトだったが、幾分気を取り直して自分の席の香茶を一息に呑んで落ち着いて来た様に見受けられた。
そうして場が落ち着いて来た所で、姫君より紹介の続きを促される。それによってフォルンが言葉を紡ぎ始める。
「それでは、知っている人もいるだろうけど……僕の名前はフォルン=コアトリア、さっき自己紹介したレイア姉さんの弟です」
「二人揃って、学年主席と次席なのですよ……」
簡潔な自己紹介をしたフォルンに、言い添える様にしてセレシア姫より言葉が続けられる。その姫君の言葉に、驚嘆の色を帯びた叫びが上がる。
「「……ええっ……!」」
声を上げたのは、ニケイラとルベルトだった。そんな二人の様子に、レイアの眦が吊り上る。
「……おい、こら……あたしのことを馬鹿だと思ってたのか……?」
「……め、め、滅相もない……」
「……いえ……そ、そう言う訳では……ないですけど……」
睨み付けるレイアに怯えた様にルベルトとニケイラは言葉を返す。そんな二人の様子を眺めた後、フォルンはレイアへと視線を移して憮然とした態で言葉を漏らす。
「…………姉さん、言ってる程怒ってないんだから、そんなに凄まないでよ……」
そう言って姉を窘めた後、フォルンは改めて言葉を紡いだ。
「まぁ、意外に思うのも仕様がないよ。姉さんって、面白くない講義や授業なら簡単にすっぽかしたりするからね……そんな人間が学年主席って、思う筈がないもんね……
もっとも、自分の宿題や試験勉強をケルティス君に教えて貰ったりしているけどね……」
「「「…………」」」
幾分軽い調子で紡がれたフォルンの言葉に、先程声を上げた二人だけでなく、ケルティスの友人達も何処か微妙な様子で口を閉ざしていた。
一時流れた微妙な空気は、再び姫君の拍手によって打ち払われ、皆の自己紹介の続きを促したのだった。
それに応えて、カロネアより言葉が紡がれる。
「それでは、僭越ながら……次に私が述べさせて頂きます。
私の名は、カロネア=フェイドルと申します。この神殿都市の下町の片隅で暮らす“夢幻神”の巫女見習いでございます」
そう言って、青髪の少女は優雅な仕草で会釈をして見せた。そんな彼女に向けて、姫君は投げ返す。
「“夢幻神”の巫女とは珍しいですね。それに、貴女の髪の色も……」
その言葉に、カロネアは自らの青い髪の一房を手に取って言葉を続けた。
「……そうですね……私には、ヴィレル人の血が流れておりますから……
南方大陸に住む民には髪の色が変化する特徴があると聞きいておりますから……この髪もその影響なのでありましょう」
そう言って、生え際から毛先までに濃紺から淡青色に変化する自らの髪を一撫でして見せたのだった。
「なるほど……“夢幻神”の巫女と言うのも、その血の関わりからですか……?」
「はい、祖母が“夢幻神”の巫女でございますので、祖母より巫女としての手解きを受けております」
セレシア姫の問いかけから返されたカロネアの言葉を聞き、姫君は思いを巡らす様に一瞬視線を走らせた。そして、再び姫君より問いの言葉が投げかけられる。
「……カロネアさん……貴女のお婆様と言うのは、“碧玉の聖娼”とも称されたイムラーダ様ではありませんか……?」
「え?……確かに、私の祖母の名はイムラーダと申しますし、かつては“神聖娼婦”でございましたが……
どうして、そのことを……?」
優雅な仕草ながら、小首を傾げるカロネアに対して、セレシア姫は微笑みを浮かべたまま言葉を返した。
「“碧玉の聖娼”イムラーダと言えば、“黒の魔槍士”と称されたセイシア=ミレニアンの後見を務めていた方でしょう?
“虹の一族”に所縁のある方のお話は、それなりに耳にしておりますからね……」
そう言葉を紡いだ姫君はカロネアやケルティスに向けて典雅な笑みを見せた。その笑みを呆けた様に見詰め返していたケルティスの耳に、怪訝な色を帯びた声が届く。
「……“黒の魔槍士”を後見した“神聖娼婦”とは……聞いたことがないが……?」
声の方へと振り返ったケルティスは、顎に指を当てて思案するヘルヴィスの姿を捉えた。そして、同じく視界の片隅には驚きで硬まったニケイラの姿もあった。更に、二人程ではないにしろ、レイアとフォルンの姉弟やルベルトも驚きで一瞬身を強張らせる。
そんな中で動揺した素振りを見せていないのは、この話題を振った姫君本人とケルティスだけの様であった。そんな一同の様子を見回し、セレシア姫は少しばかり困惑した調子で言葉を紡ぐ。
「……あらあら……皆さん、御存知ではありませんでしたか……?
若き日の“黒の魔槍士”――セイシア=ミレニアンが下町や繁華街を中心に活動しておられたことは、知っている者なら知っているお話ですよ……
その時期の彼女の後見を務めていたのが、“碧玉の聖娼”であったと伝えられているのですよ……」
優雅に微笑む姫君の言葉に、先程の発言で驚きを露わにした少年少女達は、再び感嘆の面持ちで件の“聖娼”の孫娘へと視線を走らせたのだった。
そんな集まった視線を前にして、青髪の美少女は澄ました顔のまま、優雅に香茶を喫するのであった。
* * *
やがて、順番に自己紹介を終えた一同は徐々に打ち解けて行き、終盤では幾分和気藹々とした雰囲気を漂わせる様になっていた。
学院での日々のあれこれや家族等や身近な人々のこと――様々な話題が交わされて行った。
そんな中、姫君からポツリと呟きに似た声が漏れた。
「……そう言えば、レイアさんは時々下町の方へと足を運んでいるそうですね……」
「ん?……あぁ、まぁね」
その問いかけとも取れる言葉に、レイアは短く言葉を返す。そんな彼女に向けて、姫君は言葉を続ける。
「よろしければ、案内をしていただけないかしら……?」
「…………はぁ?」
「“碧玉の聖娼”と称されたイムラーダ様にも、一度会ってみたいですからね……」
「「…………」」
そう言って無邪気を帯びた優雅な微笑を浮かべたセレシア姫に対して、レイアとフォルンの姉弟は苦笑いをしつつも敢えて返答を避けた。
とは言え、その内心では嫌な予感に頭を抱えることになったのだった。
ともあれ、姫君主催のお茶会は全体として和やかな雰囲気に包まれたまま幕を閉じ、出迎えの時と同じく、豪奢な箱馬車によって各々の家や寮へと送られたのだった。
この出来事は、結果的にケルティスが王族の庇護下にあることを暗に示し、彼に対する悪い噂を払拭する一因となるのだった。
大変お待たせしてしまって申し訳ありません。
若干駆足気味……と言うか、内容を大分端折った感じになってしまいましたが、こんな形で投稿させて頂きました。
今回も大分唐突な感じとなりますが……これにて、第四章は終了とさせて頂きます。
楽しんで頂けたのなら幸いなのですが……