第四十五節:馬車と語り合いと……
駆け込む様にして乗り込んだ馬車の中は、本来は六人乗りの物である様に見受けられた。だが、子供八人が乗り込むには、充分な広さがあるとも言えた。
幾分詰めた感じで皆が座った後、セレシア姫は御者へ向けて声をかける。その声を受けて、馬車は走り出した。
そうして馬車が暫し走り出した頃、ルベルトより声が上がった。
「……こ、この度は、王女殿下のお招き与り……み、身に余る……こ、光栄で、ございます……」
その言葉と共に、彼は叩頭せんばかりに頭を深く下げる。そんな彼の姿を目にして、セレシアは一瞬キョトンと目を瞬かせた後、愉快そうに笑い声を上げた。
「フフフッ……気にせずとも良いですよ。言い方は少々悪いでしょうが、貴方達はケルティスを誘う余禄としてお誘いしたまでです……気にする必要はありませんよ」
「……そう、なのですか……?」
そう言って微笑む王孫女の様子に、ルベルトは再度恐縮して頭を下げてから少々居心地悪げにしていたのだった。そんな少年の様子を一瞥してから、“虹髪”の少女は隣に座る姫君へと声をかけた。
「姫様……そこまで明け透けな言い方はないんじゃないか……?」
「そうなのですか……?」
「う~ん……まぁ、今の場合は良いかも知れねぇけどさ……」
姫君の問いかけに、渋い顔となりつつ返答の言葉を捻り出すレイアの様子に、そのやり取りを目にした後輩達は微妙な表情にならざるを得なかったのだった。
* * *
そうしたやり取りが行われている間にも、彼等を乗せた馬車は神殿から東に延びる大路を進んで行く。馬車の両脇には騎乗した二人の騎士が固めており、その前後には槍を掲げ徒歩で随行する従卒士等が周囲を守っている。
馬車の速度は比較的ゆっくりとしたものであり、徒歩である従卒士達の足取りに合わせた速さで進んでいた。
そんなゆっくりとした馬車の進みの中、ケルティスは、やがて目を輝かせて興味深げに流れる外の情景を見詰め始めていた。
そんな彼の様子に気付いたニケイラより声がかけられる。
「……ケルティスさん、どうしたんですか……?」
その問いかけに、ケルティスは幾分恥ずかしそうに顔を俯けながら、返答の言葉を呟いた。
「実は……馬車に乗るのが生まれて初めてだったので、窓の外の流れる景色が何か面白くて……」
その返答に、馬車にいた一同は一瞬ポカンとした様子で俯く“虹髪”の少年の姿を見詰めてしまう。しかし、即座に気を取り直したフォルンから声がかかる。
「そう言えば、家――コアトリア家は馬車を利用することってなかったからね……」
「あ!……そう言やぁ、そうか……この前馬車に乗ったって言うと、何時だったっけ……?」
「姉さんは、意外と下町の辻馬車とかに乗ってそうだけど……」
「そうか?……ん~ん……あぁ、そうかもな……」
“虹髪”の姉弟が交わす会話を、少し驚いた様子で耳にしていた一同であったが、そんな少年少女の内診を代弁する様に再度ニケイラより問いかけの言葉が漏れる。
「あの……コアトリア家の方々は馬車にお乗りにならないんですか?…………伯爵位の方々なのに……?」
ニケイラの漏らした問いかけに、コアトリア家の三人は一斉に彼女の方へと顔を向けた。そんな三人の中で一番の年長でもあるレイアより返答の言葉が紡がれる。
「あぁ、家は“フォルーギア伯爵”って爵位を貰ってるけど、元々は子爵だったらしくてな。屋敷にしたって、セイシア祖母様の実家――ミレニアン家の別宅の一つを譲って貰って住んでるぐらいなんだ。
そんな訳で、屋敷には自家用の馬車やら騎馬やらを置いとく場所が無くて、祖母様や母様が使う騎馬もミレニアン家の方で預かって貰ってるって聞いてる。」
「そうなんですか……?」
「……だから、父上が家格に見合った屋敷に移れ、と愚痴を零す訳か……」
レイアの返答にニケイラが相槌を打つ傍らで、ヘルヴィスから呆れ半分と言った風情の呟きが漏れた。そうした呟きに構う様子も見せず、レイアの言葉はなおも続いた。
「とにかく、家はセオミギアの貴族としては変な家だと思うよ……
基本的に普通の宝石やら金銀財宝やらを収集する様なことをしない癖に、“金属人”や“魔法機械人形”の侍女を抱えてたり、着飾る宝飾品に使ってるのが“虹色の輝石”だったりしてるとことか……」
何処か愚痴を漏らす様に紡がれる言葉に、馬車の中に座る何人かが幾分苦笑染みた表情を見せていた。
* † *
大陸西方域の貴族は基本的に、当主かその家族が王国の公職に就くことを義務化している。この公職とはセオミギア王国においては、“セオミギア王国宮廷”の官吏や“白牙騎士団”の騎士、そして“セオミギア大神殿”の神官と言ったものが該当する。
これはセオミギア王国の一貴族であるコアトリア家も例外ではない。
とは言え、当主や当主の女婿が神殿の高位神官であり、当主夫人や当主の令嬢が白牙騎士団の将軍職に就いていると言うのは、一つの家で公職に就いている数としては多い部類に入るものと言えた。
その所為もあって、コアトリア家の収入は一般的な貴族家と比較すれば多い部類に入る。ただ、その使い道は一般的な貴族家のそれと比較しても珍妙・奇妙に映るものが幾分か含まれている。
それは、執事や侍女を雇うことなく、侍女となる“魔法機械人形”を製造して家事を任せていることであり、或いは公式の場や社交の場に出る際に身に帯びる装飾品を、一般的な金銀宝玉で作らせることなく、自作の魔力石である“虹色の輝石”や“虹色の碧玉”と魔法金属等を用いた魔法具の素体にもなる代物を作らせることなどである。
だからと言って、そうした行為を持ってコアトリア家を侮ることも出来る訳でもない。
何故なら、“魔法機械人形”の製造や整備に関わる諸技術は、既に喪われた他大陸の技術であり、扱える者など数える程もいないことは周知の事実である。少なくとも、北方大陸に限れば彼等しかいないと断言しても良いだろう。
また、“虹色の輝石”や“虹色の碧玉”自体が市場に出回れば下手な宝玉よりも高額で取引されることは間違いない代物であることもまた明白であったからだ。
これらは累代の貴族家と異なり、冒険者上がりの新参貴族家にして、当主が高度な魔法技術の保有者であったが故の影響なのかも知れない。
ともあれ、コアトリア家は、そんな風変りな家風を持つ家柄であることは良く知られていると言えた。
* † *
さて、口にした台詞に苦笑する一同を見回した後、レイアは続けて言葉を紡いだ。
「あたしの家族は、皆んな半天使だろう……?
半天使って奴は、基本的に並の人間と比べれば体力面で劣る傾向にあるらしい。それで、自分の体力や足腰を鍛える為にも、馬車とか馬に乗ったりするのは必要がなければするなって言われてるんだよ」
「……そうなんですか……?」
「……それは、初めて知りました……」
「……僕もだ……」
「……僕もです……」
レイアの説明を聞いて、少年少女達は口々に驚きの色を含む呟きを漏らした。
そんな彼女等の様子を微笑ましく見詰めていたセレシア姫より問いの言葉が紡がれる。
「そう言えば、貴方達は馬車には乗り慣れているのでしょうか……?」
その問いかけに、まずは緑味がかった銀髪に眼鏡をかけた少年――ヘルヴィスが言葉を返した。
「確かに……僕は“魔法都市”にいた頃は、自家用の馬車を利用していましたね。こちらに――“セオミギア大神殿学院”に入学してからは、主に寮と学院の往復に終始していましたから、最近は馬車を利用してはいませんね」
次いで言葉を紡いだのは、赤毛に碧眼の少女――ニケイラであった。
「私の場合……下級貴族の家でしたし、自家用の馬車に乗れる機会なんて余りありませんでした。むしろ、都市内を走る辻馬車を利用することが多い方かも知れません。それでも、そんなに馬車に乗る機会はそう多くなかった方だと思いますよ。
それに、そこのヘルヴィスと同じく、寮住まいなので通学は徒歩で十分ですし……
と言うか、最近馬車を利用したのは、この“神殿都市”へ向かう為に乗った駅馬車が一番長く馬車に乗ったことでしょうか……?」
ニケイラが口にした単語に姫君は目を輝かせる。
「駅馬車!……各都市間を往来する馬車ですよね?
私、乗ったことはないのですけど、どの様なものなのでしょう?」
その問いかけに、ニケイラは若干微妙な微笑みを浮かべて言葉を返す。
「あの……下々の者が乗る乗物なので、姫殿下が乗る様な物ではないと思いますが……
辻馬車とかよりも大きな車体に、乗り合わせた乗客が詰め合って座るので、場合によっては結構窮屈な感じになりますよ。
それに、この馬車みたいに緩衝発条の類がある訳でもないので乗り心地も余り良いものではありませんし……」
「……そうなのですか……?」
ニケイラの返答に、セレシア姫は少しばかり残念そうに顔を曇らせ、先に発言した眼鏡の少年へと問いを投げかける。
「そう言えば、貴方も他国の方でしたね。貴方も此処へは駅馬車に乗ってこられたのでしょうか?」
その問いかけに、ヘルヴィスはやや素っ気ない調子の言葉を返した。
「いえ、僕はユロシア河を遡上する船便に乗りました。“魔法都市”と“神殿都市”なら、街道を進むより」
「そうなのですか…………それでは、貴女達は如何なのでしょう?」
ヘルヴィスの返答に感心する様に軽く頷いたセレシア姫は、答えを返していない二人の方へと視線を移した。
その姫君に問いかけの視線を受けて言葉を返したのは、青髪に褐色の肌の少女――カロネアであった。
「私は下町の生まれ育ちになりますが、祖母の付き添いで辻馬車を何度か利用したことがある程度でしょうか……?」
「お祖母様、ですか……?」
「はい、私の祖母は、下町の顔役の様なことをしておりますので……」
そこまで言うと彼女は、ついと視線を未だ返答していない少年の方へと流した。
その動きに誘われる様に一同の視線が、白金色の髪に小太り気味の少年――ルベルトへと集まって行く。そんな視線に身を縮こまらせつつ少年は返答の言葉を覚束なげな様子で紡ぎ上げる。
「ぼ、僕ですか……?
僕の家は、確かにそれなりに裕福ですから、自家用の馬車もありますし……何度か馬車に乗ることもありましたけど、僕自身が余り外に出ることは少なかったですから……」
その返答を耳にしたレイアは、ふと思い付いた疑問を口にする。
「ん?……それじゃあ、お前は登校の時どうしてるんだ?
アルジェフル商会って港寄りで、神殿から結構離れてるだろうに……?」
彼女の問いかけに、セオミギア育ちの数人が確かにと頷きを見せる。そんな周囲の反応に首を竦ませつつ返答を紡ぐ。
「あ……あの、それは、ですね……
昔通っていた学塾では、最初はそうしていたのですが、同級生にからかわれてしまって……
その話を聞いた父の命令で、それから徒歩で通学する様になったのです。それで、“神殿学院”へ入学してからもそうしているんです」
「なるほど、そうなのですか……ですが、富裕な家の生まれの方なら、一人徒歩での道行きと言うのは危険なのではないでしょうか……?」
ルベルトの返答に、セレシア姫は何処か納得した様な頷きをしたが、次いで心配そうな様子で更なる問いかけを投げかけた。
そんな姫君の心配に、彼は慌てて言葉を付け足す様に口を開いた。
「あ!……いえ!……そうじゃなくて……
出歩く時は、何時も家の者の誰かが付き添っていてくれますから……学院との往復もそうして貰っていますし……」
「あら、では今日は付き添いの家人の方は良いのですか……?」
「それは、事前に連絡していますから、お気遣いなく……」
「そうなのですか……それは良かった」
そうして言葉を交し合って幾分安堵した空気が漂う中、レイアが言葉を投げ込む。
「まぁ、“アルジェフル商会”くらいの大店の御曹子なら、むしろ誘拐騒ぎとかには巻き込まれないだろ……
と言うか、スコーティア・ギルドが巻き込ませねぇって……」
「「「……え……?」」」
レイアの口にした不穏な単語――スコーティア・ギルドの語に、一同は思わず絶句した。
そんな一同の様子に頓着した素振りも見せず、レイアは言葉を続けた。
「スコーティア・ギルドってのは、無法者の集まりだと思われてるけど……実際の所、それだけの集まりって訳じゃないからな……
“ユロシア盟約軍”の諜報を司る“暗風騎士団”は、スコーティア・ギルドの精鋭の一部門って側面もあるし……それだけじゃなくて、“ユロシアの盟約”に参加している諸国家に潜伏しているスコーティア・ギルドは、“ユロシアの盟約”の外からの間諜を防ぐ防諜組織の役割を負ってる部分もあるらしいぞ。
それにスコーティア・ギルドは、見ヶ〆料を受け取って、盗賊の類の害を被らない様に取り計らうってこともしてる。そんで大抵の都市国家とか、貴族とか、豪商とかってのは、この見ヶ〆料を払ってるからな……
そう言う所に変な輩がちょっかいを出すことは、スコーティア・ギルドの矜持に賭けて止める筈だからな」
何気ない素振りで語られた内容に、馬車の中の少年少女達は目を丸くしていた。
そんな中、動じた様子を見せていないのは言った本人――レイアと、その弟であるフォルンのみであった。
そんな語らいをしている間に、目的である王城の離宮へと箱馬車は到着したのだった。
馬車談義で和む社内に、レイアさんの爆弾発言が投下されました……?
実の所、彼女さんは初等部生徒(≒小学生?)自分の頃からセスタス師の裏の顔(≒スコーティア・ギルド幹部)を間近で垣間見て育っているので……
(勿論、そんな彼女の行動を弟君や御両親は余り良い顔はしていませんが……)
(セスタス師や祖父母君は半ば諦め気味……?)
とは言え、“この歳の割には知っている”程度の知識なんでしょうけれど……