第四十三節:人外話と御伝言と……
レイアの問いかけに、三人は一時絶句する。
だが次の瞬間、ニケイラ達は表情を変えて声を上げた。
「……そんな訳ありません!」
「……そんな訳ではありません!」
「……そんな訳ではない!」
異口同音に挙げられたその言葉に、レイアの相好を崩した。
「そっか……そりゃあ、安心した……」
そんな彼女の安堵の色を宿した発言に、ケルティスを含めた四人は少しばかり複雑な表情で互いの顔を見渡した。そして次の瞬間には、互いにはにかんだ笑みを交し合う。
そうして笑みを交わす後輩達を眺めていたレイアは、一つ長い溜息を吐いてから言葉を紡いだ。
「……怖い訳じゃないなら、そんなに気にするもんじゃない。
幾らケルティスが人間離れしてるって言っても……実の所、あたしの家には人間離れした奴しかいないからな」
「……はぁ……?」
「……あぁ……」
「……た、確かに……」
コアトリア家についての予備知識の少ないニケイラはともかく、同じセオミギア出身のカロネアや親同士の親交があるヘルヴィスは、レイアの言わんとする所を何となく感じ取っていた。
そんな彼等の姿を目にしたレイアは、主にニケイラへの説明も込めて言葉を紡ぎ出す。
「まず、お前等も知っているだろうが……家の祖父様――ティアス院長は、“聖蛇”エルコアトルの養い児と言われているだろう……?」
「「「……はい……」」」
レイアの問いかけに、ニケイラ達は判然としないながらも相槌を返す。
「その呼び名、文字通りの意味だからな……」
「……え……?」
「……要するに、家の祖父様は“聖蛇”エルコアトルの養子だってことさ……
お蔭で、“竜王”やら“聖蛇”やら呼ばれる方々から“甥っ子”呼ばわりされてるからなぁ……」
「「……えっ……?」」
レイアの漏らした言葉に、ニケイラだけでなくカロネアからも驚きの色を含んだ声が上がる。
「……実際、祖父様は“六竜王”の全員と面会したことはあるらしいし、それぞれから“甥っ子”呼ばわりされたって言ってたからな……お蔭で、高位の“公竜”とかは祖父様にとって義理の従兄姉殿になるんだからな……
それに、セイシア祖母様の方も祖父様に比べれば普通に見えても、とんでもない人だしな……」
「……そうなのですか……?」
自らの祖母について呟くレイアの言葉に、ニケイラは問いの言葉を返す。そんな少女の問いかけに、レイアは言葉を続けた。
「知ってるかどうか知らないけど……セイシア祖母様は生粋のユロシア人だ」
「……はい……?」
「それにしては、あの髪の色と瞳の色は、異常だろ……?」
「……あ!……そう言えば……」
何気ない様子で相槌を打っていたニケイラは、レイアの問いかけによって彼女の祖母の異常性に気付いた。
* † *
古来、ユロシア人の主要な特徴として挙げられるのが色素の薄い体色である。
その肌は人間族全体の中でも特段に白く、髪の色も金髪や銀髪が多く、瞳の色も薄青色や灰色と言った淡い色合いの者が圧倒的に多いことは広く知られていることだ。
とは言え、古代紀後半から古代帝国崩壊の混乱期にかけて他民族との混血が進んだ結果として、髪や瞳の色の色合いが前述の特徴から外れる者も幾らか見受けられている。
だがしかし、それであっても漆黒の髪と瞳を有する生粋のユロシア人は前例のない存在と言えた。
そうした中で、件のセイシア=コアトリアは透き通る様な白皙を持つ生粋のユロシア人でありながら、漆黒の髪と漆黒の瞳を持つ人物でもあるのだ。
* † *
そんなレイアの言葉を補足する様にヘルヴィスより声が上がった
「生粋のユロシア人と言えば殆どが金髪か銀髪に、薄青色の瞳と言った色合いになる筈だ……
ちなみに、僕も一応ユロシア人と言えるが……この緑の髪なのは、母上が若干エルフの血を引いている影響らしい。
ニケイラ、お前も一応ユロシア人がだが赤毛なのはガリシア人の血がある程度流れている影響だろう……?
あと、カロネアについては言うまでもないか……」
「そうですね……私の場合、ユロシア人の血を幾許か引いているとは言え、基本的に南方の民になるでしょうからね……」
「……そうなんですね……」
ヘルヴィスやカロネアから告げられた言葉に、ニケイラより感心の声が漏れた。
そんな三人へレイアは短い咳払いをして見せた後、再び言葉を紡ぎ始める。
「ゴホン……まぁ、実の所、セイシア祖母様の両親――あたしの曽祖父母に当たる人達だけど……銀髪蒼眼だったって話だ。だから、祖母様は生まれた頃は結構気味悪がられたらしい……
それに加えて、翼がなぁ……祖母様って、高位の“聖霊魔法”の使い手だろう。セイシア祖母様が『聖霊の翼』の魔法を使って生やす翼の色も漆黒なんだ。
漆黒の髪と瞳と、それに翼……そんな姿だから、ロミナル帝国辺りじゃあ“悪魔の血を引いている”なんて噂をしてるらしいな……
まぁ……そんな常識外な存在の二人の間に生まれたのが、あたしの父様やメルテス叔父貴……それにケルティスって訳だ……
それに加えて、家の母様――ラティル母様はティアス祖父様とは直接血の繋がりはないけど、“異相体”を貰ったお蔭で、女の姿の時はもう半分人間やめてる様なもんだしなぁ……あの“虹色”の目に何が映ってんのか、あたしも不思議だしな……」
「……そ、そうなんですか……」
「……そう言われてみれば……確かに……」
レイアの言葉を聞いたニケイラやカロネアは、半ば呆然半ば納得と言った様子で呟きを漏らしたのだった。しかし、そんな中でヘルヴィスだけは幾分納得しかねる様子で眉を寄せる。
「……しかし、そうは言いますが…………」
そんなヘルヴィスの姿に対して、レイアは深く溜息を吐いてから再度言葉を漏らす。
「ヘルヴィス……そんなこと言ってると、お前さんの親父さんの後を継いだ後が大変だぜ……?
家の爺様とルギアス爺さんの知り合いの中には、“神仙”になってる人達もいるんだからな…………ミゼル爺さんみたいにな……」
「…………それは……確かに……」
その台詞に、ヘルヴィスも黙り込んだ。そんな一同を見回した後、レイアは努めて明るい調子で言葉を紡ぐ。
「そう言う訳だから、気にせず此奴と付き合ってやってくれよ。
まぁ、子や孫の代まで付き合えとか言うつもりはないんだからさ……」
「…………子や孫の代って……?」
何気なく呟かれた最後の台詞に、ニケイラが疑問の声を上げる。そんな彼女へヘルヴィスから言葉がかかる。
「あぁ、ティアス師やセイシア卿は“半天使”だからな……ケルティスも“半天使”だからだろう。
“半天使”なら常人の3~4倍の寿命を持っていると言う話だからな……」
「……さ、三、四倍……!」
ヘルヴィスの返答に、ニケイラより素っ頓狂な声が上がる。
「……気にするな……こうなったら、気にしたら負けだ……」
「…………そ、そうね……」
「……フフフ……」
驚くニケイラに、何処か諦めの混じった声でヘルヴィスが声をかけた。そんな二人のやり取りに、カロネアは顔を綻ばせていた。
* * *
そんな友人の三人とレイアのやり取りに、それを眺めていたケルティスは安堵の思いを抱くことが出来ていた。そんな彼の脳裏に、ここに|レイア(年上の姪》がいる理由が思い出された。
「そう言えば、レイアさん……僕達への用って、何だったんですか?」
「あ!……そう言えば、そうだった……」
ケルティスの問いかけに、笑みを浮かべていたレイアの顔は不意に曇る。その様子にケルティス達の表情も訝しい物へと変わり始める。
「……何なんです、用事って……?」
少々おっかなびっくりと言った調子で、再び問いの言葉を紡いだ。そんなケルティスに向かって、渋い顔をしたレイアが口を開いた。
「それがなぁ……姫様がケルティスとその友人とお茶会がしてみたい……と言っててな。都合が良ければ、今度の“夢幻神”の日にでも城の離宮を訪ねて来いって言うんだ……」
紡がれたレイアの言葉に、それを聞いたケルティス達は暫し唖然呆然とした様子でレイアの顔を見詰め
ていた。そうした後、おずおずとした様子でケルティスは確認の言葉を紡ぎ出した。
「……あの……姫様、と言うと……セレシア殿下のこと、ですか……?」
「……それ以外にあると思うか……?」
「……そうですよね……」
そう言葉を交し合って“虹髪”の二人は憮然として溜息を吐いたのだった。
そして、二人の会話を切欠にニケイラから強張った声が漏れる。
「……姫殿下のお茶会に……お城の離宮って……そんな所に行って良いんですか……?
私って、他国の、下級貴族の、娘なんですけど……」
「それを言うなら、私は下町の一市民の娘なのですけれど……」
驚愕のあまり漏れた赤毛の少女――ニケイラの言葉を受けて、隣に座る青髪の少女――カロネアよりも言葉が漏れた。そんな二人の少女に向けて、脱力気味の“虹髪”の少女――レイアから言葉が返された。
「姫様曰く……あくまで私的なお茶会だし、城と言っても自分の暮す隅の離宮だから、気楽に訪ねて来てくれ、だそうだ……」
肩を落とし気味に告げるレイアの言葉を聞き、ヘルヴィスは自分の眼鏡に手を添えてその位置を直した後、彼から言葉が返される。
「僕自身は、お茶会へのお誘いを断る理由はないのですが……
そう気安く一般庶民を含めた者達を城へ招いて、問題はないのですか……?」
「……う~ん……問題がないかって言うと、微妙な所かもしれないけど……
別に姫様自身は王太子とか言う訳じゃない所為かな……そこら辺は、結構融通が利くらしいぞ」
「……そうですか……」
何処かしら微妙な面持ちになってしまっている後輩四人を前に、レイアは若干気まずそうな顔ながら、改めて言葉を紡ぐ。
「まぁ……話って言うのはそう言うことだ。明日の放課後にでも訪ねるってことで問題はないか……?」
そう問いかけられた四人ではあったが、この国の王女――正確には王孫女の申し出に断りを言える程の度胸がある訳ではなかった様である。
そんな訳で、翌日の放課後にセレシア姫の離宮へと訪問する運びとなったのだった。
切りの良い所で切ったら、若干短めのお話となってしまいました。
楽しんで頂けているのなら幸いなのですが……




