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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第四章:公表と驚嘆と……
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第三十九節:仮説と驚愕と……

 生徒達の視線がラティル・ケルティス・ヘルヴィスの間を彷徨う中、ラティルは深い溜息を吐く。


 この質問――ケルティスが“聖霊魔法”と“神竜魔法”の両方を修得している事実――が出ることは、半ば予想していた。何と言っても、“聖霊魔法”を習得しているカロネアや高名なる“仮面の魔導師”の子息たるヘルヴィスが、ケルティスの友人となっている以上、この疑問を抱く物が現れる可能性を考慮してはいたのだ。

 とは言え、この事実に関する明確な回答は、未だ魔法院や薬院の研究者の中でも見出されておらず、仮説の域を出ていない。


 しかしながら……かなり信憑性のある“仮説”なら存在すると言えば、存在するのだ。


 ここで適当に話をはぐらかすことは出来なくもないが、それを彼――ヘルヴィスが許してくれるとは、彼女――ラティルには思えなかった。


 深い溜息を吐いた“虹瞳”を持つ女神官は、教え子達へと改めて向き直り、言葉を紡ぎ始めた。


「……ヘルヴィス君の質問ですが……彼が指摘している通り、ケルティス君は“聖霊魔法”と“神竜魔法”の両方を修得し、それを行使することの出来る稀有な存在です。

 本来、“聖霊魔法”も“神竜魔法”も神の加護や権能を借り受ける魔法であると言う性質上、信仰もしくは崇拝している神とそれに連なる神々に関わる呪文しか行使することは出来ません。故に、“神霊”の力を借り受ける“聖霊魔法”と、“竜王”の権能を再現する“神竜魔法”とは、両方を同時に修得することは原則的には不可能とされています。

 これは、両方の魔法を修得しているとされているティアス書院長も、半天使(ハーフ・エンジェル)の姿の際には“聖霊魔法”を使用し、半竜人の姿の際は“神竜魔法”を使用できますが……その逆――半天使(ハーフ・エンジェル)の際には“神竜魔法”は使用出来ませんし、半竜人の姿の際には“聖霊魔法”は使用出来ません。

 そう言う意味では、ヘルヴィス君の疑問は当然のものだと言えます……」


 そこで、彼女は一拍の間を置いた後、再度言葉を紡ぎ出す。


「……ですが、ケルティス君は生後間もなくから“聖霊魔法”と“神竜魔法”の両方が使用出来ることは確認されていました。特に、書院長の様な“身体を変容させる”と言った手順を踏まずに可能であると言うことも早い内に判明しました。

 しかし、魔法院や薬院の研究者も未だ調査中で明確には解明されていないそうです。ただ、有力な仮説はある様ですが…………この仮説を、聞きたいですか?」


 そこまで言って、ラティルは口を閉ざして一人の生徒を見詰める。

 その生徒とは、彼女へと質問を投げかけたヘルヴィスである。


 彼女の問い返しの言葉に、ヘルヴィスは一瞬怯んだ様子を覗かせたものの、眼鏡に隠れた目を睨み付ける様な鋭さに変えて、返答の言葉を紡いだ。


「……聞きたいです。説明して頂けますか……?」


 眼鏡の少年(ヘルヴィス)の返答に、ラティルは一瞬だけ瞑目した後、他の生徒の顔を見回す。何らかの意見を述べる生徒は他にはいないものの、彼と同様の意見を持つにいたった様子の生徒が幾人か現れていることが感じられた。


 そうした彼等の姿を見渡したラティルは、改めて説明の言葉を紡ぎ始めた。


「先程も言いましたが……ケルティス君の“魔法”に関する不可解な点について、魔法院の研究者を中心に挙げられている仮説はあります。

 まず、彼自身が異種独特な信仰観を持っている可能性が指摘されています。

 彼――ケルティス君の“基幹体”であるティアス書院長は、“虹翼の聖蛇”エルコアトルによって養育されたという経歴を持っています。そして、書院長の養父とも言える“聖蛇”エルコアトルは“六大竜王”の末弟に当たる神でもあります。その所為か、ティアス書院長は、“六大竜王”の幾柱の方々から“義理の甥”と呼ばれています。

 その影響により、ケルティス君は“聖獣”と“竜王”の区別を付けずに崇拝している傾向が見受けられます。この傾向が、両魔法を併用することを可能にさせているのではないかと言う説です」


 そこまで語ったラティルは、生徒達――特にヘルヴィスの様子を窺う様に、一旦説明の言葉を止める。

 そうしてラティルが見詰める先に座るヘルヴィスは、納得したとは言い難い微妙な面持ちをしていた。そして、呟く様に疑問の言葉を漏らす。


「……亜人の――特に妖精種に分類される種族の中には、“神霊”と“竜王”を均しく信仰・崇拝の対象としている者達は少なくないと聞きますが……

 そうした種族の者が、“聖霊魔法”と“神竜魔法”を同時に使用出来ると言う話は聞いたこともありませんが……?」


「……確かに……そうなんですよね……」


 あまり大きな声ではなかったヘルヴィスの問いかけに、ラティルは肩を落とした憮然とした様子で同意の言葉を漏らす。



 そして、彼女は表情を改めて言葉を紡ぎ直した。


「さて……もう一つ挙げられているのが、“基幹体”であるティアス書院長『分枝体創造』の行使前の状況に影響されていると言うものです。

 ティアス書院長は、幼少の頃より“虹翼の聖蛇”エルコアトルの守護と後見を受けており、更には非公式ながら“黒竜王”ノルザリーンや“白竜王”フォルグローンからも後見を受けています。そして、当時の書院長は、全系統の魔法の奥義を窮めていたとも言われています。それは、彼の方が“神仙”の境地に踏み込んでいたことを示しています……」


 最後はやや尻すぼみな調子ではあったが、そこまで言ってラティルは一旦口を閉ざす。そして、生徒達の反応を窺う様に教室を見渡す。


 生徒達は“神仙”と言う単語を聞き、驚きや崇敬の念を掻き立てられたのか若干のざわめきが所々で湧き出る。

 暫しの時を待ち、ラティルは生徒達のざわめきを鎮める為か穏やかな口調で言葉を紡ぐ。


「……一応言っておきますが、今の書院長は“神仙”と言える存在ではありませんよ。『分枝体創造』の呪文を行使すると言うことは、自身の霊格や魔力を幾許か減少させる結果となりますからね……」


 彼女(ラティル)の言葉に、生徒の一部からは何処かがっかりした様な呟きが漏れる。

 しかし、そんな彼等の様子に頓着した様子を見せずに彼女の言葉は続いた。


「……とは言え、『分枝体創造』を行った際の書院長が“神仙”に相当する存在であった可能性は高いと言われています。

 そして、“基幹体”の持つ多くの特性を“分枝体”は受け継いで誕生します…………それは、ケルティス君が生まれながらにして“神仙”、もしくは“神仙”に準ずる存在である可能性があると言うことです」


 先程、落胆の呟きを漏らした生徒も、そうでない生徒も、ラティルのこの言葉に多くの者が改めて驚きの表情を浮かべ、ケルティスの方へと視線を巡らせる。

 そんな教室の動揺した様子を理解しつつも、ラティルは説明の言葉を紡ぎ続ける。


「現代の、人間を含む亜人種等の知的種族は、“聖霊魔法”と“神竜魔法”の両方の魔法を同時に修得することは不可能だとされています。しかし、“聖霊魔法”と“神竜魔法”を同時に修得している存在、或いは修得していた存在は、この世界(メレテリア世界)の中にあって全く存在しなかった訳でもありません。

 それは……神代紀や古代紀の黎明期と言う昔において、こうした存在がいたことを示す伝承が残されています。広く知られている例を挙げるなら……

 精霊や妖精族の始祖にして守護神として崇められる“精霊神”ロムド……“空の悪魔”の異名を持つグレムリン族の始祖にして、“最も高みに至りし者”と称されるルドル……水妖と称される亜人――クァーファ族やヴォージャ族の始祖にして、無手武術の守護者としても崇敬されるイームとシャーティの兄妹神……

 こうした神々――正確には、“神仙”と言うべきですか……これらの方々は、“八大神人”もしくは“八大魔王”の一柱と、“六大竜王”の一柱と言う系統の異なる二柱の神々に仕えた存在であり、使える神々の恩寵や権能をその身に宿していたことが知られています。

 それに、神人・神竜と言う系統の異なる神々の二柱に仕える例は少数ながら、同系統の二神に仕える“神仙”であれば、私達――人間族の始祖たる“人祖”の称号で知られるアドリムとイリザの夫妻神を始めとして多くの例を挙げることが出来ます……

 つまり、“神仙”であれば仕える神を一柱に限定せずとも、その加護・恩寵を預かり、その権能を借り受けることは可能であると言うことです。

 もし、ケルティス君が“神仙”、もしくは“神仙”に準ずる存在として生を受けたのならば、“聖霊魔法”と“神竜魔法”の両方の魔法を同時に修得することが可能であっても不思議ではないのです……もっとも、遥か昔の神代紀ならいざ知らず、現代において先天的に“神仙”として誕生する存在があり得るのか、と言う点には些か以上の疑義がある訳ですが……」



「…………生まれながらの“神仙”…………」


 ラティルの説明に、周囲にも聞こえぬ声を漏らしたヘルヴィスは絶句する。


 周囲の生徒達もラティルが紡ぎ上げた仮説の内容に驚きの色を深くしている様だが、如何せん知識が追い付いていない者が少なくないお蔭で、それらの感情は驚愕と言うより戸惑いの度合いの方が大きい様に感じられる。


 しかし、なまじ賢者たる父(ルギアス)の薫陶を受け、充分な知識を蓄えていたヘルヴィスの心境は驚愕と言う単語だけでは表現しきれないものとなっていた。



  *  †  *



 以前の“基礎魔法学”での講義の際や、先程の仮説の開陳の際にラティルが若干口にしていることではあるが、“神仙”となる――“昇仙する”と言う行為は生半可なことでは成し遂げることは不可能なものである。

 何らかの道や技を窮め、何らかの魔法の理・奥義を体得する。それは常人が一生を懸けても成し遂げられるか否か分からぬ境地ではあるが、“昇仙”と言う観点から見るならば、それは単なる前提条件でしかない。

 そうした人としての“極み”に到達した者が、神々の目に留まり、神々の御心に適うことで眷属として迎え入れられて“昇仙”し、“神仙”の一柱となることが出来るのである。

 神々による天地創造がなされていた神代の昔ならいざ知らず、神霊が去った後の人歴で数えられる三千年余りの長い歴史において、前述した手順を踏まずして“昇仙”を果たした存在はいない……いない筈であった。



  *  †  *



 前方に座る友人と言っても良い少年が、そんな有り得べからざる存在であるかも知れないと知り、ヘルヴィスは愕然とした面持ちでケルティスを見詰めていた。


 そして、ヘルヴィス程ではないにしろ、ケルティスの傍らに座る青髪の美少女――カロネアもまた、驚愕の余り強張った顔で“虹髪”の少年を見詰めていたのだった。



  *  *  *



 教室内に満ちる困惑のざわめきを漏らす生徒達や、驚愕の余り硬直する生徒達を見回しながら、ラティルは若干の不安を胸の内に燻らせる。事前と打ち合わせで、「聞かれれば答える」と言う結論に達したとは言え、動揺する生徒達の様子に、心中から迷いが湧いて出るのは些か仕方の無い所なのかも知れない。

 しかし、ラティルは数度首を振って迷いを打ち払うと、ラティルは改めて生徒達に向けて静粛を呼びかけ、その上で言葉を紡ぐ。


「先程も言いましたが、ケルティス君については、ティアス書院長の“分枝体”であることは間違いありません。

 しかし、彼が“神仙”と言えるかどうかは未だに明確な答えが出ている訳ではありません。

 確かに、ケルティス君は、その出生の事情や、その身に宿す資質や才能において、一般の人達の多くとは異なっているかも知れません。それでも、貴方達と机を並べ、学院生活を送る同級生の一人であることに間違いはありません。そのことを、忘れないで下さい……」


 穏やかでありながら、何処か必死さの感じられる担任講師の言葉を、一年灰組の生徒達は黙って聞いていたのだった。



 前回と同様の急展開ならぬ超展開的な説明回に……orz

 と言う訳で、ケルティス君の出生の秘密が公開できました。(ある意味、その存在がチートと言える可能性が高い訳ですが……)


 楽しんで頂ければ幸いなのですが……



  *  *  *



 ※若干の補足(多分用語集などに入れないであろう設定?)


 今回ラティルが挙げた“複数の神々に仕える神仙”がどの神に仕えているのかを載せてみます。(元々、神々の名前を敢えて殆ど出していない癖に……と思わなくはないのですが……)


 ● “精霊神”ロムド←“地母神”クレアフィリア(八大神霊)&“緑竜王”ミルグローン(六大竜王)

 ● “最も高みに至りし者”ルドル←“災嵐皇”シャウローム(銀鱗の皇位公竜)&“邪妖の女王”ガルドフィリア(八大魔王)(&“精霊神”ロムド)

 ● “水妖伯”イーム  ←“青竜王”ツォルフリーン(六大竜王)&“邪妖の女王”ガルドフィリア(八大魔王)(&“精霊神”ロムド)

 ● “水妖女”シャーティ←“青竜王”ツォルフリーン(六大竜王)&“地母神”クレアフィリア(八大神霊)(&“精霊神”ロムド)

 ● “人祖”アドリム←“智慧神”ソフィクト(八大神霊)&“知識神”ナエレアナ(八大神霊)

 ● “人祖”イリザ ←“流転神”メルクリード(八大神霊)&“夢幻神”イーミフェリア(八大神霊)


 ……と、こんな感じになります。


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