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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
閑話:其ノ三
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余章ノ三:“賢者の息子”の友人達、階段にて沈思す

 唐突(?)ですが、前回で第三章の終幕とさせて頂きます。

 と言う訳で、今回は余章となります。

 “炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”を二発の銃弾で下したラティル=コアトリアは、その崩壊していく亡骸をその場に残したまま、教え子たる少年少女を集め、階層出口の方へ向かって歩を進めた。


 “炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”との戦闘で傷付いたケルティスや、守護聖霊であるチンチュアが“神憑り”を行ったことで困憊したカロネアの負傷や消耗を回復したこともあって、少年少女達の足取りも遅れる様子も見せずにラティル達一行は書棚の連なる迷宮の如き道筋を進んで行った。途中で、道に迷っていたらしいデュナンの取巻きをしていた少年達も拾って、ラティル達は“大書庫”の階段を昇り始め、その途上で疲労の為か歩みが鈍っていたルベルトとも合流した。



 間一髪と言える様な事態ではあったものの、致命的な被害を出さずにケルティス達を回収出来たことで、ラティルは密かに安堵の溜息を吐いた。


 そうして落ち着くことの出来たラティルは、改めて周囲に集まる一同の様子を見回す。周囲で歩を進める少年少女達は、皆一応に悄然と項垂れた様子で階段を昇っていた。

 そのことを、彼女は当然のことだろうと感じていた。何と言っても、予期せずに神代紀の魔物と対峙し、生死の境を覗き込む様な体験をすることになったのだから……


 そんな一同の様子を改めて見回しながら、ラティルは事件の詳細に関する聞き取りや説教は、管理執務室まで戻って一通り落ち着いてからと考え、敢えて静かに階段を昇ることにしたのだった。



  *  *  *



 恩師と心に定めるラティルと共に、彼女――ニケイラ=ティティスは階段を黙々と昇りながら項垂れていた。


 階段を昇る彼女は、無力感に苛まれていた。それは、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の出現と、それに続いて起こった“悪魔”とケルティスの戦いにおいて、彼女は何も出来なかったことが、その心を暗く曇らせる結果となっていた。



 デュナンの取巻き達が危険な魔導書に手を触れた際、逸早く事態を察することが出来たのはケルティスとヘルヴィスだった。そして、現れた魔物が“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”であることを見抜いたのも、ケルティスとヘルヴィスであった。

 渾沌と化す事態の中で、常に冷静で的確な対処と判断を行い続けたのは、ケルティスとヘルヴィスであった。そんな中で、彼女自身やルベルト――そして、デュナンやその取巻き達は、驚愕すべき事態に翻弄されて、恐慌(パニック)に陥って右往左往するぐらいしか出来ることがなかった。


 それでも、聖霊チンチュアの力を借りて“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”と対峙しようとしたカロネアや、結果的にラティルへの救援を呼び込む切欠を作ったルベルトは、事態を収拾する為の動きを見せている。しかし、彼女自身は驚愕や恐怖に縛られて、満足に何かをなそうと動くことも出来なかった。



 更に言えば、恩師であるラティルからケルティスのことを頼まれていた筈なのに、彼の力になることを何も出来なかった。むしろ彼女自身が、彼にとって足手纏いにしかなっていなかったのだから……



 そんな事柄を思いつつ、ニケイラ=ティティスは階段を昇って行った。



  *  *  *



 恩師と慕うラティルと共に、彼女――カロネア=フェイドルは階段を静々と昇りながら項垂れていた。


 階段を昇る彼女は、無力感とある種の罪悪感に苛まれていた。それは、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の出現と、それに続いて起こった“悪魔”とケルティスの戦いにおいて、彼女は何も出来なかったことが、その心に深く重い翳りを落としていたからだった。



 デュナンの取巻き達が危険な魔導書を手に取ることでその呪いを発動させた際、チンチュアの警戒の叫びに逸早く反応したのはケルティスであり、その様子から状況を即座に理解したのはヘルヴィスであった。自らの守護聖霊の啓示を、咄嗟のこととは言え測りかねて動けずにいたのは、“夢幻神の巫女”として不覚であったと言うしかない。


 更に“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の殺意を感じ取った守護聖霊たるチンチュアが、彼女自身に“神憑り”を行おうとした際、その霊格を受け止めきれずに倒れ伏すと言う失態を見せてしまったことに忸怩たる思いを抱かずにはおれなかった。それは、数多の魔法と徒手空拳の技を用いて孤軍奮闘するケルティスに対して、彼女は自らの不甲斐なさに申し訳なさを募らせていた。

 本来なら、夢幻神の神聖魔法の心得を持つ彼女であれば、初歩的なものとはいえ、治癒魔法や幻術を駆使してケルティスの援護を行うことも可能な筈であったとの認識が忸怩たる思いをより抱かせる結果となっていた。



 更に言えば、恩師と言えるラティルからケルティスのことを頼まれていながら、彼の力となるべく力を振るうことも出来ず、何も出来はしなかった。むしろ彼女自身が、彼にとって足手纏いにしかなっていなかったのだから……



 その様な事柄を思いつつ、カロネア=フェイドルは階段を昇って行った。



  *  *  *



 尊敬する講師の一人であるラティルと共に、彼――ルベルト=アルジェフルは階段を困憊した様子で昇りながら項垂れていた。


 階段を昇る彼は、無力感に苛まれていた。それは、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の出現と、それに続いて起こった“悪魔”とケルティスの戦いにおいて、彼は何も出来なかったことが、その心を重く暗いものにさせていた。



 デュナンの取巻き達が危険な魔導書に手を伸ばした時、気色ばむケルティスやヘルヴィスの様子の意味に気付くことも無く、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の出現した際も見苦しく狼狽えるのみで、何もすることが出来なかった。

 顕現した“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”に対して、ケルティスは身を挺して自分達を庇い、カロネアは何らかの“力”を振るおうとしていた。対して自分やデュナンは、ケルティスやヘルヴィスの声に打たれて這う這うの体で逃げ惑うのが精々であった。それは、渾沌とした事態の中で毅然とした姿を取り続けたヘルヴィスやニケイラと比べると何とも情けない姿だと、彼には思えたのだった。


 そして、ヘルヴィスの指示によって上階に存在する神官の方々への救援を求めて駆けた時も、自分が一階層上の地下六階に辿り着く前に逸早くラティル師が到来しており、息を切らして途切れ途切れで紡ぎ出した拙い単語だけでラティル師は素早く事態を把握し、事態対処に動き出していた。そんな彼女/彼(ラティル師)の姿を見るに、自分がやっていたことの中途半端さや未熟さが嫌でも目に付いてしまう。



 ケルティス達の好意によって同行を許して貰っただけの身でありながら、終始足手纏いにしかならず、彼等の助けとなることを何もなせなかったことを悔やんでいた。



 そんなことを思い巡らせつつ、ルベルト=アルジェフルは階段を昇って行った。



  *  *  *



 尊敬できる講師の一人であるラティルと共に、彼――ヘルヴィス=ペンコアトルは階段を黙々と昇りながら項垂れていた。


 階段を昇る彼は、無力感に苛まれ、不可解な疑問に頭を悩ませていた。それは第一に、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の出現と、それに続いて起こった“悪魔”とケルティスの戦いにおいて、彼が何も出来なかったことだ。それは、彼の心を暗く沈ませ深い傷を刻み付けていた。



 デュナンの取巻き達が危険な魔導書に手を伸ばした時、彼はそのことを逸早く気付いた。だが、そんな取巻き達の行動を制止することも出来ず、結局は魔導書の“呪い”が発動して“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”が出現するのを防ぐ手を打つことも出来なかった。

 “炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”が顕現した際も、ケルティスが逸早く対峙したことは、多少は口惜しくは思うものの、まだ自分の中での折り合いが付けることが出来る。しかし、守護聖霊よりの託宣があったのだろうと推測出来るとは言え、カロネアが即座に何らかの術を行使しようとしたことは、彼にとって悔しさを掻き立て、忸怩たる思いを募らせる物事と言えた。

 何故なら、帝国魔法の中級呪文すら修得していることを誇りとする身でありながら、この危急存亡と言って間違いのない状況の中で、彼は自らが修得した呪文を一つも唱えることが出来なかったからだ。これが、自身が詠唱する呪文では“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”に太刀打ち出来ないと理性的に判断した上での行動であれば自分を納得させることも出来るだろう。しかし実際には、対面した“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の圧倒的な威容と、聞き知っていた恐るべき伝承の数々によって、彼の身体と思考が恐怖と言う名の鎖で縛り上げられていたからに過ぎない。


 もし、ケルティスの様に“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”の詳細を知っていても恐れることなく呪文の詠唱を行える胆力が彼自身にあったのなら、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”を倒し得る攻撃は無理でも、その行動を阻害し、ケルティスを援護する呪文は幾らでもあったのだ。

 危機が去り、心身共に平静な状態に戻りつつある現状となって、彼の脳裏には先の戦いで自分か取るべき最善手となった筈の呪文の数々が浮かび上がって来る。だが現実には、脳裏に浮かんだ如何なる呪文も、あの時に唱えられることはなかった。



 そのことが、彼の心を暗く沈ませ、悔恨や自らへの憤りの念が胸中で渦巻いていた。



 だが、そんな心の一方で、彼の胸中にはケルティスが見せた戦いぶりに畏れと疑問が鎌首をもたげ始めてもいた。


 それは、ケルティスが“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”と相対する中で見せた能力(ちから)の数々である。



 彼――ヘルヴィスも賢者と称される人物の息子として、様々な知識を修める身の上であり、父たるルギアスは盟約軍の軍師を務める関係上、武術・武芸に関する知識をある程度は聞き知っている。だからこそ、抱かずにはおれない疑問が彼の脳裏に生ずることとなった。


 ケルティスが見せた帝国魔法や聖霊魔法の数々――『防護壁(プロテクション)』や『治癒』と言った呪文は、それぞれの魔法の初歩とされる呪文でしかない。しかし一方で、初歩の呪文と雖も、詠唱者の技量や保有魔力の大小でその威力等は変化する。そして、ケルティスの発動させた呪文の威力の大きさは、導師級の魔術師や高司祭級の神官が振るう魔法に匹敵するものに思えた。

 更に、“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”と対峙した際にケルティスが振るった武術――“竜闘術”のことも、彼は聞き知っていた。詳細は知らずとも、その身のこなしが相応の技量を持っていることは間違いない。彼の見立てに間違いがなければ、ケルティスの“竜闘術”の技量は、大陸西方域(ユロシア地域)の都市国家群における騎士隊長級の武技に匹敵するものと感じられた。


 導師級の帝国魔法、高司祭級の聖霊魔法、騎士隊長級の武技……確かに、そこまでの技量を身に付けた者は少数であり、“有り触れた”存在だとは決して言えないだろう。しかし、大陸西方域(ユロシア地域)の中に限っても、これらの何れかを身に付けている者はそれなりの数を数えることが可能であり、必ずしも“特筆して珍しい”と呼べる存在である訳でもないことは事実だ。実際、上述した三つの技の何れかを有する者は、“神聖都市”セオミギアの中でも軽く数十人程は数え上げられることだろう。

 そして、各々の術技を取り出して比べれば、ケルティスの魔法や武術よりも秀でている者は相応の数存在していることに間違いはない。


 だが、上記の何れか一つではなく、その全てを身に付けている者と限れば、途端にその数は絞られてしまう。加えて、それをこの少年と呼べる年齢の内に修得していると言うのは、既に尋常なこととは到底言えるものではなかった。



 だが、それ以上に不可解な事象が一つある。先程のケルティスが、“知識神(ナエレアナ)の聖霊魔法”と“白鱗(フォルグローン)の神竜魔法”の両方を使用していたと言うことだ。


 基本的に“聖霊魔法”と“神竜魔法”は何れも信仰・崇拝する神々の“力”を借り受ける性質を持つ魔法系統とされている。

 その性質から、“聖霊魔法”と“神竜魔法”の両者を同時に習得することは出来ないとされている。これは、同じ“聖霊魔法”と言えど八大神及び八大魔王の十六系統に分類され、その内の一系統のみしか習得出来ず、同様に“神竜魔法”も六大竜王の六系統に分類され、そのうちの一系統しか習得出来ないとされている。それは、この世界で魔法の心得を持つ殆どの者にとって、基本的な常識となっている事柄の筈だった。


 だが、ケルティスはその常識を覆す所業をして見せたのだ。


 聞く所によれば、ケルティスの父であるティアス猊下も“智慧神(ナエレアナ)の聖霊魔法”と“白鱗(フォルグローン)の神竜魔法”の両方の使い手であると言われている。しかし、それは彼の猊下が複数の身体(異相体)を備える存在であり、種族の異なる異相体に変じることで両者を使い分けているからだと聞き及んでいる。


 それらを踏まえた上で考えても、ケルティスが行った所業は、常識の埒外のものだと言えるだろう。



「…………ケルティス=コアトリア……お前は一体何者なんだ……?」


 自らの未熟を悔やみつつ階段を昇る彼――ヘルヴィスは、誰にも聞き取れぬ小さな呟きを漏らしたのだった。



  *  *  *



 そして、項垂れるケルティスの友人達や講師の一人であるラティル師とともに、彼――デュナン=ディケンタルもまた項垂れた様子で階段を昇っていた。


 しかし、彼の脳裏に渦巻いていたのは、他の少年少女達が浮かべているそれとは異なるものであった。それを端的に言い表すならば、“恐怖”と“疑問”であった。


 彼の取巻きの一人が一冊の本を取り落し、そこから巨大な魔物が現れた時、唐突に始まった出来事とそこで現れた魔物の異形さから、彼の心中は驚愕と恐怖によって染め上げられていた。逸早く取巻きの少年達が逃げ去ったことは彼の心を恐慌(パニック)へと傾けさせたと言えるだろう。



 しかし、それら以上に彼を驚愕させ、恐怖させたことこそが、魔物を前にしたケルティスがその姿を異形へと変じたことにあった。


 彼は以前、ケルティスを人外ではないかと問い詰めたことがあった。しかし、実際にはそれは戯言の類であり、彼自身はケルティス自身が本当にホムンクルスの様な人外の類であるなどと信じていた訳ではなかった。


 だが、彼の眼前に映し出されたケルティスの姿は、“悪魔”のそれと似通った鉤爪や尻尾を生やし、その全身を氷雪の色合いを持つ鱗で鎧うものであった。それは、彼にとって人外の魔物以外の何物にも見えなかった。

 他の少年少女達が“炎の悪魔(アーク・ヴァーラグ)”と戦うケルティスの姿にある種の頼もしさを感じていたのに対して、彼の目には魔物同士が争い合っているかの如く感じられていたのだった。


 そして、そんな化け物が、何故こんな所に存在しているのか……を、彼は問いかけずにはおれなかった。



「…………ケルティス=コアトリア……奴は一体何物なんだ……?」


 只のちびっこい年下の少年と思っていたケルティスの脅威的な一面を見せ付けられ、彼――デュナン=ディケンタルは、言い知れぬ恐ろしさに背筋の凍る思いを抱えつつ、小さな呟きを漏らしつつ、階段を昇っていたのだった。




 そうして、階段を昇る一同は一言の言葉を交わすことも無く、地上階の管理執務室に向かって歩を進めて行ったのだった。



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