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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第三章:“大書庫”と“悪魔”と……
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第三十節:紅蓮の炎と……

 今回、一部にグロテスクな描写が行われております。お読みになる際には、ご注意下さい。

 床面に描かれた魔法陣は、どす黒い血の色に似た光を放ち、そこに秘められた魔力が描かれた紋様によって指定された術式を発動させる。


 発動した術式は、魔法陣の中央に蒼白い肉塊を生じせしめた。その肉塊は不気味な脈動とともにその体積を増加させて行く。最初こそ無秩序にその容積を増加させていた肉塊は、やがて不気味な脈動と共に自らの形状を整える様に変化させて行く。そうして醜悪な肉塊は、遂に蹲る不格好な人型へと変化を遂げていた。


「……インカーネイト・ミディアム……」


 変化を遂げた人型の肉塊を目にして、ケルティスは呻く様に呟きを漏らす。


「……いんかーねいと……?」


「……まさか……コイツが、そうなのか……?」


 ケルティスの呟きを聞き取り、鸚鵡返しに呟くニケイラに対して、慄然とした様子でヘルヴィスが言葉を漏らす。


「……ヘルヴィスさん、アレをご存知なのですか……?」


 ヘルヴィスの呟きを鋭く聞きとったカロネアは問いの言葉を紡ぐ。その問いかけに、苦虫を噛んだ様な顔を眼鏡で隠す様にブリッジの部分に手を添えつつ、カロネア達に言葉を返す。


「……召喚の器インカーネイト・ミディアム……古代帝国時代に創造された魔法生命体の一種だ。

 『邪霊召喚』や『亡霊召喚』等の魔術を行使する際に、召喚した存在が憑依できる器として用意される肉の塊だ。おそらく、あの魔導書の防護機能として召喚されたんだろう……」


「……召喚の(インカーネイト・)……って、まさか……!」


「……お前の推測の通りだろうな……」


 ヘルヴィスと言葉を交わすカロネアの視線は、何時しか蠢く肉塊の上方に輝く魔法陣の方へと移っていた。



  *  *  *



「……な、何だ……何なんだよ……!」

「……ヒィーッ!……バ、バケモノ……!」

「……た、助けてくれー!」


 ヘルヴィスが最初の呻きを漏らした頃、彼等の前方では不気味に脈動する肉塊を目にしたデュナンとその取巻き達は腰を抜かし、恐慌(パニック)の余り悲鳴を張り上げていた。


 そんな彼等の前にケルティスは飛び出す。そして、白き肉塊――召喚の器インカーネイト・ミディアムから彼等を庇う様に立ち塞がる。


「……皆さん、早く逃げて下さい!」


 そう言いつつ、“虹髪”の少年は人型へと変化した肉塊に向けて徒手の構えを取ってみせた。


「……お、お前……」


「……早く!」


「「…………う、うわぁあぁぁぁ……!」」


 驚きの呟きを漏らすデュナンに向け、ケルティスは再度叱咤する様に短い言葉を放つ。その言葉に打たれて、取巻きの少年達は這う這うの体で入口の方へ向けて逃げ出した。


「……お、お前等……」


 逃げ出す取巻き達を唖然として見詰める内にデュナンは逃げる機会を逸した。ともあれ、何とか立ち上がって数歩離れた位置に立つニケイラ達の許へと歩み寄る。

 そうして振り返ったデュナンの瞳には、上方の魔法陣を睨み付けるケルティスの姿が映った。



  *  †  *



 “召喚の器インカーネイト・ミディアム”……ホムンクルス創造の技術を利用して作成されたこの魔法生物には、“魂”が存在しない。

 これは比喩などではなく、魔法生物が駆動する為に付与される疑似的な“魂”の類も保有していないことを意味している。


 霊的存在の召喚には、本来なら生贄としての人間を用意する必要がある。だが、用意されるべき生贄は召喚対象たる存在と生贄自身との相性や、両者が持つ霊格の差と言ったもの等によって召喚が維持される時間や召喚対象の発揮できる能力の大小が制限されてしまう。


 こうした問題を前に生贄の為のより扱い易い代替品として古代帝国――ユロシア魔導帝国にて創造されたのが、この“召喚の器インカーネイト・ミディアム”である。

 “魂”のない虚ろな肉の器であるが故に、召喚対象たる霊的存在との霊格の差と言った不具合が生じることも無く、魔法的に操作されて生み出された肉体は召喚対象の能力を術者の望む分だけ発揮させるように調整することも容易だ。


 故にこそ、かつての古代帝国では、強力な聖霊や邪霊を憑依させることで、それらの生前の優れた能力を発揮させ使役すると言うことが一部の召喚魔術師達の間で行われていた。



 当然、召喚の器インカーネイト・ミディアム単体を召喚することに意味はない。

 それと同時に、何らかの霊的存在を召喚せしめる必要があるのだ。



  *  †  *



 不気味な白い肉塊たる召喚の器インカーネイト・ミディアムを前にしたケルティスも、その事実は痛い程良く承知していた。


 床面に展開された魔法陣が、召喚の器インカーネイト・ミディアムの召喚――と言うより創造と言うべきか――の為の物であることは見て取れた。畢竟、上方に展開された魔法陣の目的は、召喚の器インカーネイト・ミディアムに憑依する霊的存在の召喚陣であることに間違いはない。


 それを承知しているケルティスは、何者の霊が召喚されるのかと、上方の魔法陣を睨み付けていた。

 睨むケルティスの眼前で、完成した上方の召喚陣は、その縁取る血色の光がその輝度を増した。


(……来る……!)


「「……な……!」」

「……今度は、何なんだ……!」


「……な、何が起こっているの……?」

「……チンチュア様……何が……?」

「…………!」


 召喚陣の発動を予期して身構えた時、背後より一斉に慄きを孕んだ叫び声が上がった。

 それは上空に浮かぶ召喚陣より噴出した紅蓮の光が、『霊視』の能力を持つ者だけでなく、その場に立つ皆の目にありありと映し出されていたからだ。


 噴出した紅蓮の光は万物を嘗め尽くし燃やし尽くす炎の如き揺らめきを見せながら、その大きさを増して行く。そして、その実体なき紅蓮の炎が下方に蹲る蒼白き肉塊を覆い尽くす程に肥大した頃、炎の奥に陰る闇の中より不気味な輝きを宿した金色の瞳が見開かれるのを感じ取った。



 見開かれた金色の瞳に皆が慄き、ケルティスは構えた四肢が強張るのを感じ、背後にいた少年少女達は気付かぬうちに互いが縋る様に寄り集まる中、紅蓮の炎塊は対面する少年少女等を睥睨しながら、徐々に下方に蹲る肉塊に向けて、その高度を下げて行く。


 やがて、紅蓮の炎塊は蒼白き肉塊に重なる様に降り立つ。舞い降りた紅蓮の炎は、蹲る肉塊を焼き尽くさんとするかの如く、その全身を覆い尽くす。しかし、その炎は肉塊を焼き焦がすことはなかった。その全身を紅蓮の炎に包まれた白き肉塊は徐ろに立ち上がる。


 だが、紅蓮の炎を纏う蒼白き肉塊はただ立ち上がっただけではなかった。“それ”を形作っていた筋骨は不気味に蠢動して、その形状を分厚く屈強な物へと変化させて行く。

 更に、剥いた茹で卵の様なのっぺりとした面は、その側頭より角が伸び、下半分が横一文字に裂ける。そして、裂けた亀裂は大きく開かれ、その中より鋭い牙が生え伸びる。

 伸びる角が牡牛の如き長大で湾曲した形状へと変化する頃には、裂けた様に開かれた口には鋭い牙が並び、顔の上半分の一部から金色に輝く瞳が湧き上がる。また四肢の指には牙に劣らぬ鋭さを秘めた鉤爪が生え、その臀部より身長にも届きそうな長さの尻尾が生え伸びる。そして、蒼白い色合いだった皮膚は、紅蓮の炎の色合いに染め上られた様に赤味を帯びて行き、汚血の如きどす黒い深紅色へと移り変わって行く。


 そうして不格好な人型の肉塊は、赤黒い肌に覆われた異形の巨人へと変化していた。


 並の人間と比べて倍近い身の丈を持ち、竜のそれに似た長くしなやかな尻尾を揺らし、その背には竜や蝙蝠に似た皮膜を広げる。

 金色に輝く双眸でケルティス達を睨み付けるその頭部には、野牛の如き湾曲した一対の長い角がこめかみの辺りより伸び、その紅蓮の蓬髪は炎の如く燐光を伴いながら揺らめく、そして、鋭い牙が並ぶ口から不気味な唸り声が漏れていた。


 その姿は、伝承の悪魔の如き恐るべきものであり、睨まれている少年少女達は、程度の違いはありながらも本能的恐怖でその身を更に強張らせた。


 そんな静かな緊張の中、小さな呟きが響く。


「……ヴァーラグ…………それも、アーク・ヴァーラグ……だと…………」


 呻く様に漏らされたのはヘルヴィスの言葉ではあったが、その言葉は真正面で相対するケルティスも同様の台詞を脳裏で叫びを上げていた。



  *  †  *



 “ヴァーラグ”……それは“炎の悪魔”の異名を持つ妖魔族である。


 まず、“妖魔族”とは、神代紀に精霊界より地上に移住した“妖精族”の内で、“神魔大戦”の折に八大魔王に帰依して魔王軍の一翼を担ったと伝えられる諸種族である。

 よく知られているのは“ゴブリン族”や“コボルド族”と言った種族だろうが、そう言った小妖魔達とは一線を画するのが、“ヴァーラグ族”である。


 “炎の妖精族”に分類されるヴァーラグは、個体数こそ“ゴブリン族”の様に多くはなく、むしろ稀少な部類となっているが、反面その体躯から繰り出される膂力の強大さや操る炎の精霊魔法の威力の大きさは、“亜人”に分類される諸種族の中でも有数のものを誇り、その好戦的で凶暴な性格も併せて“最強の妖魔族”として知られる存在である。



 そして、メレテリア世界の諸種族には同種族に分類される者の中には、“亜種”とされる小分類で区分けされる存在がある。


 種族内での個体数が種族総数の多数を占め、種族内でも平均的な能力を保有する“一般種”……

 “一般種”と比べて個体数は少ないながら、より優れた能力を保有する“上位種”……

 “一般種”と比べて、知性や諸能力が劣る“下位種”……

 他種族との混血で生じる“混血種”……


 そうした諸分類の中でも、更なる分類呼称が存在する。

 例えば、“上位種”に分類される亜種の中でも、特に神代紀から古代紀にかけて主要な亜種としての地位を占めていたとされる“古代種”があり、これに該当する存在として、エルフ族における“ハイ・エルフ”や人間族における“古代ユロシア人”等が挙げられる。

 だが、更にそうした“古代種”を超越した存在――神代紀から古代紀の“古代種”と称される亜種が“一般種”程度と認識されていた時代にして“上位種”の座を占めていた亜種が存在した。


 その亜種分類の呼称を“始祖種”と言う。神代紀において、“地母神”クレアフィリアによる種族規定が行われた頃の神族に程近い諸能力や容姿を保有する諸存在を指す分類である。“始祖種”に分類される諸存在は、“神魔大戦”における激戦の矢面に立っていた影響もあり、現在では殆どが絶滅した伝承上のみの存在となっている。



 さて話を若干戻そう。


 先に挙げた“ヴァーラグ族”の中において、“始祖種”に分類される亜種の呼称こそが、“アーク・ヴァーラグ”である。

 一般的な“ヴァーラグ”が保有していない広大な皮翼と強大な尻尾を持ち、邪悪でありながらも優れた知性を宿す存在として伝えられている。加えて、“妖精族”の始祖とされる神仙にかなり近縁な存在であると伝えられる諸能力の高さは推して知るべしと言うべきだろう。


 幸いにして、“アーク・ヴァーラグ”は“神魔大戦”の折に、人間族の祖たる“人祖”アドリムやフェンファ族の祖たる“神殿の守護者”シァテュエと言った神人軍の主将を担った幾柱もの上位神仙によって次々と討ち取られた結果として、神代紀末期の混乱の中で絶滅したとされている。



  *  †  *



 ともあれ、絶滅した伝説上の種族とは言え、その霊魂を召喚して生前の姿を再現した上で受肉させることが叶えば、畏るべき脅威となり得ることは間違いない。


 神話の時代に存在した悪魔と相対する状況に、ケルティスの背から冷たい汗が流れる。

 彼の背後に蹲る少年少女達の中で、“アーク・ヴァーラグ”の名を知る者はヘルヴィスぐらいしかいなかった。しかし、ヘルヴィスの漏らした呻きやケルティスの背より窺える緊張から、ただならぬ存在であることを皆が察することは出来ていた。


 緊迫感が少年少女達全体に伝播した頃、ケルティスより小さな呟きが背後の皆へと投げかけられた。


「……僕が相手をしますから、皆さんは隙を見て逃げて下さい……」


「「…………ケルティスさん……」」

「「…………ケルティス……」」

「…………ケルティス様……」


「……お願いしますね、皆さん……」


 背後から返される呟きに対して言葉を続けた後、ケルティスは竜闘術の構えに身を堅めて、目前の“炎の悪魔”を睨み付ける。



 そんな中で、半ば虚ろであった“炎の悪魔”の金色の瞳に意志の光が宿る。その姿を完全に顕現した伝説の“炎の悪魔”は、相対する矮小な存在(少年少女達)を睥睨した後、徐ろに口を開いた。


『……呼ビ出サレテミレバ、何トモ懐カシイ顔ヲ見タナ……』


『……やはり……貴様は、あの時の……!』


 神代紀に用いられた古い言葉で呟き、鋭い牙が並ぶ口元を不気味に歪めた“炎の悪魔”の視線の先には、蒼い毛皮で覆われた狐面で牙を剥く中位聖霊の姿があった。



 気付けば話が進んでいない……しかも、どうでも良い状況の説明回……orz

 次回は、殺陣に突入する……予定です。

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