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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第三章:“大書庫”と“悪魔”と……
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第二十九節:書棚と魔法陣と……

 ラティル=コアトリアが“大書庫”の管理執務室を訪れる幾分か前の頃、ケルティス達は“大書庫”の階段を下の階層へ向かって歩みを進めていた。

 “大書庫”の長く長い階段を下りていたケルティスは、続く階段の中で幾分か開けた踊り場となった所で足を止め、背後へと振り返った。


「あの、ここで地下五階になりますけど……まだ、下りるんですか?」


 問いかける彼の視線の先にいたのは、一同の背後にふんぞり返って立つデュナンの姿であった。問いかけられた彼は、手に持った紙片に視線を落とし、傲然とした態度のまま言葉を返した。


「……まだだ。まだまだ下の階層だ」


「「…………!」」


 そう言って、顎をしゃくって先を促す様子に、彼を見上げるニケイラやヘルヴィスの顔から不愉快気な色が湧き上がる。


「……分かりました。より下の階ですね」


 しかし、そんな彼――デュナンの様子に頓着することなく、ケルティスは再び階下へ向けて歩を進めた。


「「「…………」」」


 先に階下へと歩を進めるケルティスの姿を目にして、ニケイラ達は背後に立つデュナン達への文句を呑み込んでケルティスの後を追い。そんな彼等を見下ろすデュナンは手に覚書の紙片を手にして悠然とした足取りで階下に向かって歩みを進めた。



  *  *  *



 そして、同様のやり取りをもう一度繰り返し、ケルティス達は地下七階に程近い階段を進んでいた。


 階段を進んでいるケルティスは、その脳裏にゆっくりと違和感が立ち昇っていることを覚えていた。ラティルの口振りやアルクス司書長の説明からすれば、目的の書籍は“大書庫”でも上層階あると思われた。しかし、彼等は既に中層階の過ぎ、下層階の領域へと足を踏み入れている。普通なら、一般の平神官もおいそれとは踏み入れない領域になりつつある場所だ。


 そんな不安を胸に治めつつ、ケルティスは再度辿り着いた踊り場で皇族の者達に向けて振り返った。


「ここが地下七階の入口ですけど……そろそろ目的の階ではないのですか……?」


 後方に立つ人物に向けて、ケルティスはそう問いかけの言葉を投げた。問いを投げかけられた人物は勿体ぶった様子で紙片に視線を落とし、その内容を指でなぞる。


 そんな様子のまま、暫しの時が流れた後、問われた少年――デュナンより傲然とした物腰のまま返答の言葉が紡がれた。


「あぁ、この階だな……ほら、サッサと案内をしないか……!」


「……ほらほら、デュナン様を待たすんじゃないよ……!」

「……そうそう……ッ!」


「「「…………」」」


 居丈高にケルティスへ命令するかの如き言い様と、それを煽り立てる取巻きの少年達の姿を見て、両者の間に立っていたニケイラやカロネア――及びヘルヴィスが、デュナン達に冷ややかな視線を投げかける。その視線を浴びて、取巻き達の口は凍り付いた様にその動きを止め、煽る言葉は消え去った。


 そんな応酬が行われている中、ケルティスから次なる問いかけの言葉が紡がれた。


「それで、収められている本棚は、どの本棚になっているのでしょう……?」


「ん?……ちょっと待て……第52番本棚の3段目……だな」


 ケルティスの問いかけに、紙片へと視線を落としたデュナンは収められている本棚の番号を読み上げる。だが、その番号を聞いたケルティスは怪訝な面持ちで言葉を返す。


「……第52番、本棚……ですか……?」


「そうだ!……早く案内しろ!」


「……本当に、第52番……なんですか……?」


「くどいぞ!……グダグダ言わず、サッサと案内しろ!」


 何処か躊躇うようなケルティスの言動に、デュナンは苛立ちから声を荒げる。


 睨み付けるデュナンの視線に、ケルティスは憮然として溜息を吐いた後、“大書庫”地下七層に並ぶ本棚の間に向けて一歩を踏み出したのだった。



  *  *  *



 高く聳え、長く続く本棚に挟まれた通りを、ケルティス達は黙々と進んでいる。既に“大書庫”の入口からこの地下七階に到るまでの階段を歩んでいた距離と同等――或いはそれ以上の距離を一同は歩き続けていた。


 それは、別にケルティスが本棚の場所が分からず、迷い続けた結果と言う訳ではない。むしろ、彼は迷いなく並び続く本棚の間を恐らく最短の経路を進んでいながら生じた結果であると言えた。


 その余りにも長い通路のお蔭で、ケルティスの後に続く一同は、歩き続けた距離の余りの長さにばてて来ている様であった。最初は急かす様な茶々を言い立てていたデュナンの取巻き達は軽口を叩く余裕は無く、そんなデュナン達を睨み付けていたヘルヴィスも後ろを睨むことも出来ずに肩で息をしている。



 そんな中、荒い息を吐きながらも、赤毛の少女(ニケイラ)が前を行く“虹髪”の少年(ケルティス)に向けて問いかけの言葉を吐き出した。


「……ハァ……ハァ……あの、ケルティスさん……」


「……ニケイラさん?……如何したんですか……?」


「……その52番、本棚って……まだ、着かないんですか……?」


「……もうすぐ着く筈ですよ、って……」


 ニケイラの問いかけに振り返ったケルティスは、背後に続く皆の様子に目を丸くする。


 彼自身も幾らか疲労を感じていたが、背後に続く一同の多くがその程度では済んでいなかった。ヘルヴィスやルベルトは大きく肩を上下して喘いでおり、デュナンとその取巻き達もヘルヴィス程でなくとも肩で息をしている。意外と平気な様子を見せていたニケイラとカロネアも普段より息が荒いことは見て取れた。


 そんな一同の様子に、ケルティスは提案の言葉を紡ぐ。


「もうすぐ第52番本棚に着きますし、この辺りで少し休みませんか……?」


 彼の言葉に、疲労困憊の態を見せていた一同の間にやや弛緩した空気が生じる。そんな中で、一同の背後にいた人物より声が上がる。


「……フン!……貴様がそう言うなら、一休みにしてやろう……」


「「…………」」


 自身も疲労している癖に、傲然と言い放つデュナンの言葉に、弛緩した空気の中に若干の険を含んだものが混じった。

 とは言え、口論するよりも休息をとること優先することにした様で、大きな騒ぎが生じることなく幾分か静かな時が流れて行った。



  *  *  *



 幾許かの休息の時が経過した後、ケルティス達は再び書棚の通路を進み出した。


 程なく進んだ所で、ケルティスは歩みを緩める。そして、聳える様に並び立つ本棚を見上げつつ、彼は言葉を呟く。


「……確か、この辺りが52番本棚になる筈ですが……」


「……やっと着いたか……」

「……ったく、やっとかよ……」


 目的地に到着したと耳にしたデュナンの取巻きより口々に軽口が飛び出る。そんな軽口と共に、彼等は列から離れて本棚へと近付いて行く。


 そんな彼等の姿を横目に見つつ、ケルティスは本棚に並ぶ背表紙から幾つかの気になる単語を拾い上げて、目を見張る。


  “編纂魔法”の発展に大きく寄与した大魔導師たるルネミギア選王公ウィトカ3世にセオミギア選王公アミケフス2世……

 “屍霊魔術(ネクロマンシー)”と“創生魔術(クリエーション)”を大きく発展させた狂気の魔導師にして仙術師と伝わるフェスミギア選帝公――“屍鬼大公”ノスフェラッド……

 “南方大陸(フェルン大陸)”に伝わる大陸最高とされる伝説の魔導師――フェルン王国初代王妃たる“炎后”アピリディア……


 そんな錚々たる人々の名が、本棚に並ぶ書籍の背表紙から――より正確に言えば背表紙に記された著者の名として読み取れた。そして当然、彼の視界に映る書籍の背表紙から読み取れる著者の名はそれだけである訳がなく、そこに並ぶのは前述した伝説の魔導師に引けを取らぬ偉大な、或いは高名な魔術師の名が並んでいた。


 そして、背表紙より読み取れる表題の幾つかから、それが“神殿書院”や“神殿魔法院”によって閲覧制限の指定がかけられている魔導書やその写本であることが見て取れた。

 それは、ここが単なる学院学舎の一生徒が足を踏み入れて良い筈の無い場所を端的に示していることを表していた。



「…………ケルティスさん?……如何したのですか……?」


「……え?……ケルティスさん……?」

「…………ケルティス様……?」


 驚きに息を呑むケルティスの様子に気付いたカロネアが問いの言葉を紡ぎ、その問いかけを耳にしたニケイラやルベルトもケルティスに訝しげな視線を向ける。


「……?……ま、まさか……ここは……!」


 同じく怪訝な視線を彼に向けたヘルヴィスが、彼の視線を追って本棚に並ぶ書籍を目にして彼と同様に驚きで眼鏡に隠れた目が見開かれた。



 ケルティス達が驚きの余り思考の空白を生じさせている中、その間隙を縫う様にして、それは起こった。

 軽口を叩き、ケルティスが先導する列から幾らか離れたデュナンの取巻きの一人が、本棚に置かれた一冊の書籍を手に取ったのだ。


「……!……いけない……!」

「……!……この、馬鹿が……!」


 その姿に、自失から我に返ったケルティスとヘルヴィスから同時に声が漏れる。だが、それらの制止の声は遅きに失した。


「……熱ッ……!」


 取巻きの少年が手にした書籍より、血の如き暗赤色の光が溢れ出した。その光を手に浴びた少年より苦悶の呻きが漏れ、手にした書籍を取り落した。



 次の刹那、ケルティス達一同の上方の空間に揺らぎが生じた。その揺らぎは蒼い光と共に、一つの人形へと姿を変える。その人形の光は、蒼い髪より青い狐耳が飛び出し、瑠璃色の二対の翼を広げる亜人女性の姿をしていた。


「「……チンチュア様……?」」


 ケルティスやカロネアの目にのみ映る蒼き女性は、カロネアの守護聖霊を務めるチンチュアであった。

 彼女はその目に鋭い眼光を宿らせたまま、取り落された書籍からカロネア達を庇う様に左腕と翼を広げて、激しい声を放った。


『カロネア、下がりや……!』


「……チンチュア様……?」


「……カロネアさん?……チンチュア様って……?」


『……ここより離れよ、と言うておる!……早よう!』


 困惑するカロネアと、そんな彼女を怪訝に思ったニケイラより問いの言葉を漏れる。しかし、そんな困惑する彼女達に構う様子を見せず激しい言葉を浴びせた。そんな激しい口調を浴びせかける彼の聖霊(チンチュア)の相貌は、何時の間にか妖艶な美女のそれより、蒼い毛皮に覆われた狐のそれへと変化し、その顎門(あぎと)より牙を剥き出して書籍を威嚇する様に睨み付ける。


 だが、そんな彼女――チンチュアの姿を目にすることが出来ぬデュナン達やヘルヴィスやルベルトは、不意に狼狽えるカロネアの姿やケルティスとニケイラの様子に怪訝な思いを抱いた。


「何だ!……何が起こっているんだ?」


 理解不能な状況に怯えてか、デュナンは紙片を握り締め、怒鳴り声を張り上げる。



  *  *  *



 そんな渾沌とした状況の中でも……いや、そんな渾沌とした状況であるが故に、事態は不穏な方向へと進んで行く。


 取り落された書籍は禍々しき暗赤色の光に包まれたまま、誰の手によるでもなく(ページ)が捲られて行き、特定の(ページ)が開かれる。その開かれた(ページ)には、二つの魔法陣の図形が描かれていた。

 そして、その(ページ)に描かれた二つ魔法陣より、書籍が放つ物と同様の不気味な暗紅色の光が溢れ出す。その二つの光は、一方はそのまま上空へ飛び上がり、もう一方は弧を描いて床面へと降りる。次の瞬間、書籍の傍らにある床面とその2丈(約3.6m)程上空の二点で、直径1丈半(約2.7m)ばかりの魔法陣が描き上げられて行く。


「……何だ?……何がどうなっているんだ!」


「…………この図形……召喚用の魔法陣……?」


 眼前で繰り広げられる異常なる状況に、デュナンより狼狽の色を含む怒鳴り声が響く。


 一方で、その描き上げられて行く魔法陣の図形や紋様から、ケルティスは魔法陣の種類に気付く。そして、不意に顕現したチンチュアの挙動から、彼はこの後に訪れるであろう事態を逸早く察するに至った。


「皆さん!……入口へ走って!……早く!」


「「……ケルティスさん……?」」

「……ケルティス……?」

「……ケルティス様……?」


「な、貴様!……俺に命令するな……!」


「そんなことを言っている場合ですか!……早く、ここから逃げて……!」


 そう言うとケルティスは、手を大きく広げて後に続いていたニケイラ達を、書籍やそこから生じた魔法陣を避ける様にしながら、入口へと押し戻そうとする。

 それに押されて、ニケイラ達は階段の方へと後退り、結果としてデュナン達の背後にまで押し下げられた。


「何だ!……何だと言うんだ?…………な!……何だ、あれは……?」


 不測の事態に目まぐるしく周囲を見回していたデュナンから呻く様な言葉が漏れる。その声に振り返ったケルティスは、床面に描かれた魔法陣が完成していることが見て取れた。


「……!……遅かったか……」


 呟くケルティスの視線の先、床面に描かれた魔法陣より、白い肉塊が湧き上がって来ていた。



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