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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第三章:“大書庫”と“悪魔”と……
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第二十七節:訪問と尾行と……

 “大書庫”を目指すケルティス達は回廊を進んでいた。

 その顔触れは、まずラティルに依頼を受けたケルティス、次いで彼に付いて行くと宣言したニケイラとカロネアの二人、そして少女達と若干の距離を置いて歩を進めるヘルヴィス……更に、彼等と幾分か距離を置いて後を追う少年の合計五人となっていた。


 最後尾で後を追っている少年は、先程までケルティスと言葉を交わしていたルベルトであった。

 暫く距離を空けて進んでいたルベルトだったが、思い切る様に一度深く頷いた後、ケルティス達の許へと駆け寄った。


「ケルティス様……!」


 ルベルトが上げたその声に、ケルティス達はその歩みを一旦止めて振り返った。

 そうして、足を止めて振り返った彼等の目前でルベルトは立ち止った。


「……どうかされましたか、ルベルトさん……?」


「……ハァ、ハァ……すみません、ケルティス様、皆さん……僕も“大書庫”へご一緒しても良いですか?」


 そう問いかけられた言葉に、ケルティスは一時自分の周囲に立つ友人達へと視線を巡らす。そんな彼女等の顔に難色を示すものがないことを感じ取った彼は、ルベルトへと言葉を返した。


「僕達は、構いませんけど……“大書庫”に何か御用があるのですか……?」


「い、いえ……別に用がある訳じゃ……

 ケルティス様と一緒にもう少しお話がしたくて……あの、よろしいですか……?」


 おずおずと問いかけの言葉を紡ぐルベルトに、ケルティスは微笑みを浮かべて言葉を返す。


「えぇ、構いませんよ……良いですよね?」


 ルベルトに返した言葉を紡いだ後で、振り返って周囲の友人達に確認の言葉を投げかける。


「えぇ、良いですよ」

「私も構いません」

「……別に構わないだろう」


 ケルティスの言葉に、彼女等は次々に承諾の言葉を返して見せた。


「あ、ありがとうございます」


 その言葉にルベルトは頭を下げ、ケルティス達の輪の中へと入って回廊を進み始めた。



  *  *  *



 そんな彼等が気付かない背後――回廊の物陰に潜む数人の人影があった。

 彼等は回廊を進むケルティス達の様子を窺っていた。


「……あの先が、“大書庫”か……」


 物陰からケルティス少年を窺う人影の一つより、小さな呟きが漏れる。


「……あの……アイツ等を付けて、どうするんです……?」


「……そうですよ……学舎の外をうろつくのは拙くないすか……?」


 呟きを漏らした人影の背後に立つ者から問いかけの言葉が囁かれる。

 そんな彼等の言葉に、苛立たしさを覗かせた声音が前の人影より漏れ出る。


「貴様等、煩いぞ……!

 さっさとアイツ等の後を追うんだ……!」


「「……は、はい……」」


 そうして短い言葉を交わした彼等は、回廊を進むケルティスの背後を物陰より追跡したのだった。



  *  *  *



 背後から追跡する人影の存在に気付くことなく、ケルティス達は回廊を進んで学院の区画から書院の区画へと辿り着いた。

 実の所、ケルティス達の周囲に漂う守護聖霊(チンチュア達)は追跡する者達の存在を察知していた。しかし、特に強い悪意や害意を感じることも無かったこともあり、自らの庇護者に伝えずにいた。



 ともあれ、学院生徒とって書院の区画は通い慣れていない場所である。だからこそ、そんな書院を進むニケイラ達の歩みは些か躊躇いがちな様子となっていた。それは見知らぬ場所にいることへの心細さや物珍しさ等の様々な感情が入り混じった結果と言えるだろう。


 しかし、そんな一同の中にあって、動じた様子も見せず坦々と書院の廊下を進む一人の少年がいた。その少年とは、ケルティス=コアトリア――このお遣いを仰せ付かった当の本人である。何故なら、彼が保有する彼本人ではない記憶の中に、書院に関する様々な知識が蓄えられているからだ。

 通った筈もないのに、目を閉じていても迷わぬ自信が持てる程に書院区画の地理を知悉しているが故に、彼は迷いのない足取りで進んで行く。そんな彼の迷いのない足取りに、ニケイラ達は安心して彼の後を付いて行く。


 そうして、彼等は“書院大書庫”の入り口に到着した。



  *  *  *



 一方で、ケルティス達を尾行していた面々は、ケルティス達から少しばかり離れた物陰から彼等の様子を窺っていた。


 ここまでケルティスを尾行する彼等は、見知らぬ書院区画を迷いなく進むケルティスに気付かれぬ様に、何とか追い駆けていた。

 だが、そんな彼等の不審な行動を書院付の神官達に見咎められぬ様にと、彼等は廊下を通る神官達からも隠れながら尾行を進めていた。


 とは言え、些か慣れない真似に気苦労を面に覗かせながら、“大書庫”の入り口を見詰めるケルティス達を見詰めていた。


「……何とか……追い付いたな……あそこが、“大書庫”か……」


「……あぁ……そうみたいっすね……」

「……で……ここまで来て、何をするんです……デュナン様……?」


 “大書庫”の入り口の扉を開けるケルティス達の背を見詰める彼等――数人の人影とは、デュナン=ディケンタルとその取巻き達である。


 彼等は、講師であるラティル=コアトリアが義弟たる教え子――ケルティス=コアトリアに頼みごとをする様子を偶然目にしたデュナンは、咄嗟に物陰からその様子を窺い頼みごとの内容を盗み聞きし、彼等――ケルティス達を密かに尾行することにしたのだった。


 “大書庫”へと入室するケルティス達を見詰めるデュナンは、彼等――ケルティス達を出し抜く秘策を目論んでいた。


「……よし、俺達も行くぞ……!」


「「……は、はい……」」


 “大書庫”へと入室したケルティスを追って、デュナンは“大書庫”の入り口へ向けて忍び足で駆け出した。そんな彼の姿を追って、取巻きの少年達も慌てて後を追ったのだった。



  *  *  *



「こんにちは」


 “書院大書庫”の入り口の扉を開き、ケルティス達は書院の管理執務室へと入室した。


 部屋の中では、書類や書籍を手にした数人の神官達が忙しく働いている。そんな彼等に向けてかけられたケルティスの挨拶の言葉に、執務室で働く神官達の視線が一斉に入口の方へと集まった。

 不意に集中した神官達の視線を前にして、ニケイラやルベルトは思わずと言った様子でカロネアやケルティスの背後へと後退って、その身を隠した。


 しかし、そんな彼女等とは異なり、ケルティスは集中する視線に怖じることなく、執務室を二分する様に設置されたカウンターに向かって歩を進めた。その足取りは、自宅の中を進む様な、或いは馴染みの店に顔を出す様な、何処か気安さを覚える自然体の姿と感じられるものに映った。


 ともあれ、カウンターへと歩み寄ったケルティスは、カウンターの奥に座る老神官に声をかけた。


「……こんにちは、バヌーム副院長猊下。はじめまして、ケルティス=コアトリアです」


 そう言って頭を垂れた老神官――バヌーム翁は、僅かに眉を顰めて、静かな口調で言葉を返した。


「……儂は、既に副院長ではないぞ……ふむ……お主が、書院長の息子か……」


 そう言って、老神官はケルティス少年の顔を覗き込む様に、身を傾げる。緑味を帯びるその瞳で、しげしげと少年を見詰めたバヌーム翁は、何かを納得した風情で数度軽い頷きを見せて呟きを漏らした。


「……確かに、ティアス殿の若い頃を思い出す顔立ちをしておるな……」


 そうしてバヌーム翁は呟きを漏らした後、ケルティス達一同へと改めて鋭い視線を向けた。


「さて、学院生徒のお前達が、何用あって此処にやって来たのだ……?」


「「「…………!」」」


 ケルティスの後に続いていたニケイラ達は、老司書の灰緑色の瞳が放つ鋭い視線に怯んで身を竦ませる。

 しかし、バヌーム翁のことを事前に知っていたケルティスと、気迫を含む老人の視線に耐性を持つカロネアは怯んだ様子を見せることはなかったが、これは余談の類だろう。


 背後に立つ友人達が翁の視線に怯んでいることに気付くことなく、ケルティスは落ち着いた調子で、老神官の問いへの返答の言葉を紡ぎ出した。


「実は、ラティルさんからお遣いを頼まれてやって来ました。“大書庫”に頼んでいた参考資料となる書籍を受け取って来る様にと言われて来たんです」


「ふむ……なるほどな……確かに、ラティル師より依頼を受けておる。

 それらの資料は……おい、アルクス……!」



 老神官の上げた叫びに、カウンターの内側に立っていた一人の神官が振り返る。

 彼はカウンター越しに対応していた年若い女神官に一片の書類を渡した後、バヌーム翁の許へと駆け寄って来た。


「どうかしましたか、バヌーム様?」


 近寄って来た神官は、老神官に問いの言葉を投げかける。


「おぉ、来たか、アルクス。この者達が、ラティル師より頼まれた品を受け取りに来たそうだ」

「え?……あ、あぁ、君はティアス師の……」


 バヌーム翁からの返事に、カウンターの方へと視線を落とした彼は、ケルティスの姿を目にして納得した様子で頷いて見せる。そんな彼に向けて、ケルティスは頭を下げた。


「はい、はじめまして……ケルティス=コアトリアです」


 自ら名を名乗って頭を垂れた少年に対し、些か感慨が含まれる呟きを漏らした後、神官の方も名乗り返した。


「なるほど……君がね……

 おっと……僕の名前はアルクス=バベル、この“大書庫”の司書長をしている……まだ、新米司書長だけどね」


 気さくな口調で名乗り返した彼――アルクス司書長の役職を聞き、ケルティス達の目が驚きに目を丸くする。


「……司書長、猊下……なんですか……」


 驚きに目を丸くしつつも、ケルティスは何とか言葉を紡ぎ出した。そんな少年少女に向けて、苦笑交じりに言葉を返した。


「……猊下、って呼ばれる程偉くもないんだけどね……」


 そんな何処か長閑なやり取りに、一つの咳払いの音が割り込む。


「ゴホン……アルクス、そろそろ本題に入ったらどうじゃ……?」


「あ!……失礼しました。

 ラティル師から頼まれた資料だったね……実は、ここに資料その物は置いてないんだ」


「「……え……?」」


 アルクスの紡いだ言葉に、ニケイラ達より疑問の声が漏れる。しかし、この“大書庫”の仕組みを概ね把握しているケルティスは、アルクス司書長が紡ぐ次の言葉をおとなしく待つ。


「ごめんね……ここに持って来れれば良かったんだけど……

 “大書庫”の収納場所を教えるから取って来てくれないかな……?」


 そう言って、彼は懐から一切れの紙片を取り出した。


「この紙に、頼まれた資料の表題と、それが収められている階層と書棚の位置、それに書棚内の収納位置が書かれているんだ。

 これを渡すから、君達で取りに行ってくれるかい……?」


「はい、構いません」


 アルクス司書長の問いかけに、ケルティスは躊躇うことなく頷きを返した。その返事に頷き返した後、再度言葉を続けた。


「じゃあ、その前に、“大書庫”に関する注意をしておくよ。

 “大書庫”には神代や古代の魔導書の様な危険な書物も保管されているから、この紙に書かれている場所以外の所へ入ってはいけないよ。特に、下の階層へは降りてはいけないからね」


「「「はい……」」」


 司書長の注意にケルティス達は、神妙な様子で返答をして見せた。そんな少年少女の様子に、微笑みを返した司書長は手にした紙片をケルティスに向けて差し出した。


「うん、それじゃあ……ここに書かれた書籍をラティル師に渡して貰えるかな」

「はい、お任せ下さい」


 そう言って差し出された紙片にケルティスは手を伸ばした。



 しかし、彼はその紙片を受け取ることが出来なかった。


「「「…………!」」」


 何故なら、その紙片は別の者の手がそれを掻っ攫ったからだった。



 投稿が遅れに遅れて申し訳ありません。

 続きは今まで程度のペースで発表出来れば……と思っております。

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