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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
閑話:其ノ二
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間章ノ二:“虹の瞳”の女神官、学院に出仕す(後篇)

 そうして歩み去った姉弟の姿を見送ったラティルは、やがて歩き慣れた大神殿書院の区画を通り、書院区画のほぼ中央に位置する書院大書庫へと辿り着いた。



  *  †  *



 “セオミギア大神殿大書庫”、或いは“書院大書庫”の名で呼ばれるこの施設は、セオミギア大神殿創設以前より存在していたとも伝えられる巨大な書庫である。

 地上二~三階、地下十階程度の建築物と言われるこの建物は、書院区画のかなりの割合を占める領域となっている。その名の通り、神殿が所蔵する書物・記録の類のほぼ全てを収める施設である。


 その蔵書は、神々が世界創造を行っていた神代紀に記された書簡から、古代魔法王国(ユロシア魔法王国)古代魔導帝国(ユロシア魔導帝国)時代の公文書・私文書の類、更には現在刊行されている様々な書籍に到るまでのありとあらゆる書物・文書が収められており、その蔵書数は正確には把握されていない。



 その膨大な蔵書量と関連していると思われる事項として、その内部構造の不可解さがある。


 各階層は、見上げる程に高く幅広い巨大な本棚が無数に並んでおり、初めて踏み入る者にまるで迷路の様な印象を与える。そんな階層が、地上・地下の十数階に渡って続いているのだが、その本棚の並びや階層の数が年代とともに微妙に変化しているのだ。

 これには大神殿の神官達が手を加えていると言う訳ではない。書院付き神官による本棚の整理が行われている訳ではないが、そうした神官達の与り知らぬ領域で人知れず本棚の配置や数等が変化しているのだ。

 しかも、外周から把握される大書庫の面積と比較して、内部から類推される敷地面積が明らかに広いのだ。歴代の書院付き神官を中心とした有志による探索が定期的に行われているが、地上階や地下の表層階はともかく、深層階の全貌は未だ把握されていない。


 この構造の不可解さは、これが神々の創造した建造物であるからこその神秘であり、その施設内の空間は通常と異なる特殊な空間を形成していると考えられている。



 ともあれ、この“書院大書庫”とは、大神殿書院が抱える主要な施設であり、神殿が保有する様々な資料が蓄えられた施設であると言い表すことが出来るだろう。



  *  †  *



 さて、この“書院大書庫”に辿り着いたラティルは、その入り口に設置されている管理執務室へと入室した。

 そこは、大書庫の管理を担当する神官達が詰める場所であり、様々な資料を求めて訪れる者達へ、大書庫内に収められている書物の所蔵位置を教えるなどの仕事を行っている。


 執務室へと入ったラティルは、入口付近に設置されたカウンターの奥で、良鬚の老神官の傍らで頭を抱えつつ何かの書類を睨み付けている彼女と同年代らしい男性神官の姿が目に映った。


「……う~~……またこんがらがって来た……」


「しっかりせい!……まだ、地下三階程度のことで音を上げて何とする。まだまだ、先は長いんじゃぞ」


「はぁ……分かっては、いるのですが……」


 頭を抱える神官に老神官から叱咤の声が響き、それに力なく答える彼の姿に心なしか微笑みが浮かんだ彼女は、彼等へと声をかけた。


「こんにちは……ご苦労様ですね、バヌーム猊下、アルクス師」


 彼女の声に、俯き加減だった二人の神官は顔を上げ、彼女の姿をその眼に捉えた。


「おぉ、久し振りよな、ラティル殿……元気そうで何より」

「これはラティル師、お久し振りですね。学院の方に出向しているって聞いたのですが、如何したんですか?」


 振り仰いだ二人は、心持ち笑みの浮かんだ顔で彼女を出迎えた。



  *  †  *



 この場にいた二人の内、良鬚の老神官の名はバヌーム=レイリント、もう一方の男性神官の名をアルクス=バベルと言う。二人とも書院所属の高司祭にして、“大書庫”の司書を務める者達であり、更に付け加えるのならば、両者は先代と当代の“大書庫司書長”でもあるのだった。


 特に、バヌーム翁に関して言うならば、先代の書院副院長も兼任していた人物でもある。そして、密かに神殿で囁かれていた綽名が“大書庫の主”と言うものであった。この綽名の由来は、神官見習いとして神殿に勤め始めた頃から“大書庫”の司書を勤め続けていることもあるが、それよりも、地上地下併せて十数階に及ぶ“大書庫”の蔵書に関して、神殿書院が把握している全ての蔵書の書名とその位置が頭に入っていることにあった。

 しかも、時折起こる本棚の配列の変化に関してもある程度の形式を把握しており、配列の変化が生じても蔵書の位置を概ね推定して見せたとも言われている。


 そんな“書院大書庫”を知悉しているこの翁を、神殿の皆は敬意を込めて“大書庫の主”と呼び習わしていたのだった。

 しかし、そんな“主”と呼ばれた翁も老いの衰えには勝てず、近年副院長と司書長の席を引退している。


 そして、司書長の座を受け継いだのが、翁の傍らにて机に向かっていたアルクスと言う訳であった。

 彼はバヌーム翁の弟子の一人であり、司書長の席を受け継いだことで翁の頭脳に溜め込まれている“大書庫”に関するありとあらゆる知識を叩き込まれている最中であった。

 “書院大書庫”の司書として、アルクスの技量は十二分にあるとは言え、“主”とも綽名された司書長の水準には遥かに及ぶ所ではなく、その境地に追い付くべく現在は四苦八苦している様であった。



  *  †  *



 微笑んだ面持ちでカウンターへと歩み寄るアルクスに向け、ラティルは相談の言葉を告げることにする。


「実は、学院の方で“基礎魔法学”の講師を務めることになったのですが……

 その講義の内容を組み立てる参考になる教則本や参考書の類がないかと思って、こちらに赴いた訳なんですが……何か良い書籍の類がありませんか?」


 彼女の問いかけに対し、アルクスは顎に右手を当てて首を傾げて見せる。


「“基礎魔法学”の、教則本か、参考書、ですか……

 神殿学院には様々な授業や講義の参考になる様な教則本の類は一通り揃っていたかと思うのですが……?」


「そうなんですが……私が教える“基礎魔法学”を受ける生徒の中に、ケルティス君がいるんです。

 他にも魔法の才能が高い子がいるものですから……」


 彼女が返した言葉に、やはり怪訝な顔を見せたままでアルクスの言葉が返される。


「……そう言うことなら、いっそのこと高等部で用いられる教則本を参考にしたら如何ですか……?」


「……確かにそうかも知れませんが……

 余り高度な内容では一般の生徒にはついて行けないかも知れませんし……古代紀の魔法王国や魔導帝国の教則本があれば参考になるんじゃないかと思いまして……」


 続けて紡がれたラティルの返答に、アルクスは傾げた首を頷く様に俯かせる。


「……ふむ、なるほど……それじゃあ……」


 そう口にしたアルクスは、背後を振り返る。しかし、彼が振り返った先にいたバヌーム翁は厳めしい顔付きで彼を睨み付けた。


「……司書長は其方(そなた)で、ラティル師の頼みを受けたのも其方(そなた)であろう。

 儂に頼らんと、自分で調べてみようと思わんか……まったく……」


 渋い顔付きのまま、老神官はそれだけ口にするとカウンターの奥――司書達が執務を行う為に並べられた机の一つへと歩み去った。そんな翁の様子を目にして苦笑を漏らしつつ、アルクスは改めてラティルの方へと向き直る。


「実は、つい最近、“大書庫”内の本棚に配列の変遷が発生しましてね。今は変化した本棚や書籍の位置の特定や確認を行っている所なんです。

 まぁ、通例から言っても、地上や地下の浅い階層で生じる変化は然程大きなものではない筈ですからね……

 ラティル師がお望みの書籍は、多分浅い階層にあると思いますから、僕の方で調べて置きますよ。

 バヌーム翁なら、いますぐにでも参考書の類の書名や在処を教えられるんでしょうけど……数日ばかり待って貰えますか?」


「えぇ、それはもちろん構いませんよ」


 苦笑気味に言葉を紡ぐアルクスに対して、ラティルは了承の言葉を返した。



 その時、管理執務室の扉が開いた。


「すいません! お願いしたいことが…………あ、ラティル師!」


 飛び込んで来たのは、一人の年若い女神官であった。


 彼女の名は、キリティア=モングラス――書院に所属する神官の一人で、この度の満月祭(新年の祭り)で、見習いから昇格したばかりの新米神官である。そして、見習い時代からラティルが世界史編纂の仕事を中心に指導を行っていた者でもあった。

 そんな弟子とも言える女神官の登場に、少しばかり驚いた様子で、ラティルはキリティアに向けて問いの声をかけた。


「……あら、キリティア……どうしたのですか?」


 飛び込んだ姿のまま、些か呆然とした様子のキリティアだったが、ラティルの問いかけに、我に返ったのか彼女の許に歩み寄りつつ返答の言葉を紡いだ。


「あ、はい……実は今、ルネミギア公ウィトカ三世のことに関する史料を纏めているんですが……全然、分かんないんですぅ~~」


 最後の方が若干涙目で迫る新米神官の姿に、ラティルの眉が顰められる。


「……ウィ、ウィトカ三世って……一体、誰がそんな割り振りを決めたんですか……」


 憮然として頭を押さえたラティルは、溜息を吐きつつ呟きを漏らす。そんな問いとも言えない言葉に、彼女の弟子は律儀に返答を紡ぐ。


「あの……実は、ラティル師にお願いする予定で割り振られた仕事だったんですが……師が学院講師に出向することが決まったので……

 そこで、下調べだけでも弟子の私がして置くようにって……」


「………………」


 ある意味で自分の所為と言える返答に、ラティルは次の言葉を失った。



  *  †  *



 ウィトカ三世――ルネミギア選王公ウィトカ=ユロシアはその呼び名の通り、歴代のルネミギア選王公もしくは、ルネミギア選帝公として同名の人物の中で三人目の人物である。

 彼女はユロシア魔法王国後期のルネミギア選王公爵であり、家督を譲った後――国号がユロシア魔導帝国へと遷り変わって以降も、ルネミギア=ユロシア家の重鎮の一人として隠然とした影響を示し続けた人物であると伝えられている。


 彼女の出自であるルネミギア=ユロシア家とは、初代魔法王ウィルザルド一世の末裔にしてユロシア魔法王国の国王及び、ユロシア魔導帝国の皇帝を選出する権利を有する六大公爵家――王族・皇族に分類される家柄――の一つであり、特に魔法王国時代においては六大公爵家の中でも宗家筋と見做される家であったと伝えられている。六大公爵家の中でも、“編纂魔法”の研究開発に力を入れる家柄であり、“帝国魔法”と称されることとなるこれら魔法系統の開発史において、ルネミギア家やその分家筋や配下とされる家の者達の名が占める割合はかなりなものとなっている。


 そんな家風に漏れず、このウィトカ三世も王族たる女公爵としての顔よりも、魔術師――“編纂魔法”の研究者としての顔としての印象の方が多い。しかも、余り表立って動くことを好まない人物だったらしく、公式の記録等に記載されている内容は然程多くはない。

 一方で、“編纂魔法”の研究者としての怪しげな逸話や噂はある程度残っており、多くの“編纂魔法”関連の論文も残っている。


 ともあれ、歴代の六大公爵家の人間の中でもかなり謎めいた印象が強い人物である。彼女の怪しげな噂の収集ならともかく、彼女の事績に関する史実の検証と言った事柄は、かなり難易度の高い仕事だと言えるだろう。



  *  †  *



 若干涙目になって自分を見上げるキリティアの姿に、絶句していたラティルは思わず右手を自らの額に当てて眉を顰ませる。


「…………取り敢えず、彼女の事績を集めようと思っているのかな……?」


「……は、はい……でも、魔法院の方に行っても、彼女の論文や魔導書の写本とかも置いてなくて……」


「………………」


 彼女の返答に、再びラティルは口を閉ざす。


「……古代紀の、魔術の核心に迫る様な論文や魔導書と言ったら、ここ――“書院大書庫”の奥深い階層に保管されているのが普通ですよ。

 何と言っても、そうした魔導書の類だと、下手に手にしたら手酷い“呪い”をかけられてしまう恐れもありますしね……」


 口を閉ざしたラティルに代わって、司書長であるアルクスが返答の言葉を紡いだ。その返答にキリティアは悄然と項垂れて見せた。


「それは……魔法院の神官の方々からもそう言われました……」


 項垂れる彼女を見詰めて、苦笑を漏らしつつラティルはアルクス司書長へと言葉をかけた。


「……アルクス師、ウィトカ三世の著書の幾つかを抜き出して貰えますか……?

 取り敢えず、安全そうな物を……」

「あ……はい、分かりました。先程頼まれた教則本の兼も併せて、数日の内に調べて置きます」


 ラティルの依頼に、アルクスは微笑んで承諾の言葉を返した。


「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします!」


 そして、彼の返答を聞いたラティルとキリティアの師弟二人は、彼へと頭を下げたのだった。



  *  *  *



 ともあれ、“大書庫”でのやり取りを済ませたラティルは、キリティアを伴って書院長執務室の方へと顔を出した。そこで舅でもある書院長への挨拶をした後、 “世界史編纂”の作業の進み具合を確かめ、キリティアや他の若手神官達へ幾つかの助言などを施してから執務室を辞したのだった。


 そうして、学院の講師控室に戻った彼女は、自分の机から出欠簿を取り出し、担任をしている一年灰組教室へと向かったのだった。

 そして、教室に集まる一年灰組の生徒達に放課――本日の授業の終了を告げて解散させた。



 こうして、彼女は学院の講師としての一日を終えて、神殿を出て家路に着いた。


 足早に通りを進む彼女の頭の中では、本日の夕食に関する献立の確認作業が進められていたのだった。



 前後編ならぬ、前中後の三部作になってしまいましたが、取り敢えずこれにて間章は終了となります。

 楽しんで頂けたのなら幸いです。

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