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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
閑話:其ノ二
33/74

間章ノ二:“虹の瞳”の女神官、学院に出仕す(前篇)

 コアトリア家の女婿たるラティルの朝は早い。

 屋敷の家事全般を司る侍女達に比べれば若干遅い時間帯とは言え、朝日の昇る早朝には目を覚まし、侍女達へ朝食の準備を指示するのは、この屋敷での日常の風景と言って差し支えないものとなっている。


 朝食の準備を整え、家族一同で朝食を摂り、神殿へ出仕する為の身支度を整えて、屋敷を出る。それが彼――或いは、彼女――の日常である。

 ただ、大神殿書院付き神官――特に、書院長補佐と言う役職を持つ彼には、時折泊りがけの仕事や、帰宅した後での深夜までの――或いは、徹夜での作業を行うことがある。


 その為、前述した早朝の風景と異なる朝を迎えることもある。


 とは言え、学院への長期出向が決まったここの数日は、普段通りに曙光を感じて目を覚める日々を過ごしている。

 そして、早朝にメイ達を指揮して朝食の準備を行い、家族で朝食を摂った後で神殿に出仕するまでは一応に今までの日常と変わらぬものとなっている。


 しかし、出仕した彼女が向かう先は、普段の書院の院長執務室ではなく、学院の講師控室である。ここで彼女は学院所属の諸神官達とともに、学院に通う生徒達へと様々な知識を伝授する学院講師の役職を務めている。

 神殿に出仕した彼女は、朝一番に行われる講師達による申し合わせを行い、担当する一年灰組の出席簿を手に控室を出る。そして、学院の廊下に出た彼女は、一年灰組の教室へと到る道筋を辿る様に進み行く。


 そうして、担任講師を務める一年灰組の教室の前に到着した彼女は、教室の扉を開き、教壇に昇り、教卓を前にして教室に集う生徒達を見渡す。


「おはようございます、皆さん」


「「「おはよございます」」」


 元気良く返される生徒達の挨拶に微笑みを返し、彼女は抱えていた出席簿を開く。そして、そこに書かれた名前を順に読み上げ、生徒達の出欠を確認する。

 一通り生徒の出欠を確認した後、彼女は今日行われる講義や行事の予定等を連絡して行く。



 これら一連の出来事が、最近の彼女が過ごす朝の日常風景である。



  *  *  *



 彼女が学院に出向して一巡りを迎えようとしていたある日……

 彼女は朝の朝礼を終えて教室を退去して、講師控室に戻っていた。


 彼女に用意された机に座り、そこに積み上がった書類に向かい合っている。

 積み上がった書類の正体とは、先日の“基礎魔法学”の授業の際に測定した生徒達の魔力光に関する光量・色彩等の各種記録と、魔法の基礎知識に関する教則本や参考書の類である。



 測定した“魔力光”からは、それを発した術者の魔力量や各系統の魔法への適性等と言った魔法に関する才能や資質が読み取れる。そこで、測定した“魔力光”の記録を基に生徒達個々人の魔法資質を分析し、分析結果を基にして講義の内容を組み上げることを、彼女――ラティルはギルダーフ院長より指示されていた。



 そんな訳で、彼女は膨大な測定記録を読み込み、個々人の魔法資質の算定する作業の真っ最中である。

 幸いにしてと言うべきか、大量の資料を纏めて別の資料を作成すると言う作業は、書院での世界史編纂の為に様々な史料を研究して纏め上げる作業と類似した作業であり、彼女にとっては手慣れた作業であると言えた。

 更に言えば、女性体になったラティルにとっては、そうした書類仕事の処理速度は男性体時よりも速くなっている。


 そうした訳で、本日の授業の予定がないラティルは“光の太陽”が中天を過ぎるまで、資料作成の為に机に向かい続けた。



  *  *  *



 机に向かっていたラティルは、ふと何かを感じて机から顔を上げる。


 顔を上げた彼女の目は、控室に訪れた変化を見て取った。何時も間にか、窓から射す陽光の角度が変化しており、 そこから“光の太陽”中天を迎えたことを示していた。

 そして、改めて周囲を見渡した彼女の視界に、昼食を摂る為に机を整え、席を立つ講師達の姿が散見された。


 そうした彼等の姿を目にした彼女も、きりの良い所で机の書類を整理した上で席を立った。



 席を立った彼女は講師控室を出て廊下を進み、主に講師の為に用意されている食堂へと入った。


 食堂の中は、学院学舎の各部で講師を務める諸神官達が食卓に着き、各々が昼食を摂っている風景が見られた。よく見れば、そうした卓を囲む面々の中には大学部に通う学生の姿等も散見される。

 食堂に並ぶ卓の幾つかでは、講師同士が指導方針や学術理論等の討論を交し合ったり、学生達が講師へ講義や研究に関する様々な質問を投げかけたりする光景が散見された。



 そんな人々の姿を横目に眺めつつ、彼女は厨房から昼食の入った盆を受け取る。そして、賑やかな食堂の中を進み、他の者が座っていない卓を見付け、そこに持っていた盆を置いて席に着く。



 席に着いたラティルは、静かに食前の祈りを捧げた後、黙然と盆に乗った昼食を口にする。


 神殿の食堂で出される食事は、基本的に神殿雑務院に所属する神官や神官見習い達が用意している。これらの食事は、質素で慎ましやかな料理が殆どであるものの、手間暇をかけて作られており、味わい深い物であると彼女は感じている。

 講師や学生達が交わす程良い食堂の喧噪を耳にしながら、ラティルはその食事をゆっくりと味わう。そんな彼女へ不意に言葉がかけられた。


「おいおい……折角、学院に来てるってのに、一人寂しく昼飯を食ってるのかよ……?」


 些か神官らしからぬ軽薄な印象を感じさせるその声音に、ラティルは聞き覚えがあった。卓の方へと俯き加減だった頭を、彼女は声のした方へと振り仰いだ。

 振り仰いだ彼女の“虹色の瞳”は、顔見知りの男性神官の姿を捉えていた。


「……ファーラン、何故ここにいるんです……?」


 彼の名は、ファーラン=ザントア……大神殿書院に所属する神官の一人である。

 そして付け加えるなら、ラティルとは学院生徒時代から続く旧友の間柄の人物でもある。


 そんな旧友を見上げ、怪訝な表情とともに紡がれた彼女の問いかけは、飄々とした口調で答えを返した。


「……知ってるだろ……?

 時々、俺が学院に通っている理由……」


「また、冒険に出ていたんですね……で、今度はどんな物を見付けたんですか……?」


 彼の言葉に、彼女は些か憮然とした面持ちで問いの言葉を紡ぎ直す。



  *  †  *



 彼――ファーラン=ザントアと言う人物は、神殿書院所属の神官とは別の顔を持った人物である。そのもう一つの顔とは、“冒険者”としての顔である。



 冒険者とは、古代紀の遺跡や人の踏み込まぬ秘境・魔域の類と呼ばれる場所へと踏み入り、そこに眠る様々な宝物を持ち帰ることを生業とする人々である。

 こうした遺跡や秘境には非常に稀少で高価な品々が手に入る例がままあり、そうした貴重な品物を入手することが出来れば莫大な富を得られることが可能である。故にこそ、この世界(メレテリア世界)において“冒険者”を生業とする者達が存在している。


 もっとも、こうした貴重な品がおいそれと入手出来る訳がない為、殆どの冒険者は人々から寄せられる様々な依頼を遂行し、それによって支払われる依頼料を得ることで糊口を凌いでいると言うのが実情だ。



 さて、実の所セオミギア大神殿と冒険者とは意外と関わり合いが深い。


 冒険者達が持ち帰る品々は、セオミギア大神殿の各院にとっても貴重な品物である場合が多いからだ。

 それら古代遺跡より齎される様々な文物は、神殿書院の歴史研究や神殿魔法院の魔法研究において貴重な資料となる。また一方で、秘境から持ち帰った物品は、神殿魔法院において魔法の触媒等の原料となり、神殿薬院において様々な治療薬の原料となる。

 だからこそセオミギア大神殿は、都市セオミギアに点在する冒険者達が拠点として利用する“冒険者の店”の幾つかと懇意にしている。


 それだけではなく、年若い神官達の修行の一環として、こうした“冒険者の店”で冒険者として働くことも場合によって行われている。

 現書院長であるティアスや、その女婿であるラティル、彼女の眼前に立つファーランも、そうした修行の一環として“冒険者の店”の扉を叩いた者達である。そうした神殿所属の神官達は、冒険者として幾分かの活動をした後に、神殿の各院へと戻ることが通例ではあるが、中にはそのまま冒険者として活動を続ける者が少数ながら存在する。


 そうした神官達の前者としてティアスやラティル等が存在するが、後者の選択をした者の一人が……彼の人物――ファーラン=ザントアと言う訳である。



 彼はティアスやラティル達程には名の知れた活躍を残している訳ではないものの、数々の遺跡を発見し、それらを踏破することで様々な文物をセオミギア大神殿に齎しており、更には市井に暮らす知識神の信徒達(セオミギアの都市民達)の抱える難題を解決に導いたりしている。

 とは言え、神殿書院への出仕は余り行っておらず、そのお蔭で神官――聖霊魔法の使い手としての技量(うで)は男性時のラティルに並ぶものを持っていながら、神殿書院における神官の位階は高司祭位ではなく平神官のままとなっている。



 ともあれ、ファーラン=ザントアとはそんな風変わりな神官なのである。



  *  †  *



 さて、話を戻そう……


 そんな冒険者として活動を続けるファーランは、冒険の成果である様々な文物の鑑定・分析の為に学院に所属する学者達の許を訪ねることがあることをラティルは知っていた。だからこそ、彼と学院の食堂で顔を合わせる理由に彼女はある程度は察しが付いていた。


 ともあれ、憮然とした様子で問いを返したラティルに向かってニヤリと口元を歪めたファーランは、彼女と対面に位置する席に腰を下ろした。そうして徐ろに懐から一冊の本を取り出し、それを彼女の視線の高さに掲げて見せる。


「……今回見付けた代物ってのは、こいつなんだが……」


「……本、ですか?…………古代帝国時代の書籍、みたいですけど……?」


「あぁ……この間、“緑の森”近辺で最近見付かった遺跡に潜ったんだが……その時見付けたんだ。ただ……書いてる内容が、いまいち良く分かんないんだよなぁ……

 古代ユロシア語か編纂魔法語で書かれているらしいとは思うんだが……よく分からなくてな……?」


 ファーランは首を傾げつつ答えの言葉を紡いだ。

 その言葉にラティルは食事の手を止め、問いの言葉を紡ぐ。


「……見せて貰って良いですか……?」

「あぁ、構わない……と言うか、見てくれるって言うなら、ありがたいところだ……」


 彼女の言葉に、ファーランは軽く笑んで見せた後で掲げていた書籍を彼女の方へと差し出した。


「ありがとうございます」


 差し出された書籍を手にした彼女は、受け取ったそれを開き軽く目を走らせて行く。



  *  *  *



 暫くの間、件の書籍と睨み合い、幾(ページ)かに目を走らせた後、彼女は徐ろにその書籍を閉じた。

 そして、彼女は一時その瞳を閉じて、溜息を吐いた。


 そんな彼女に向けて、ファーランは身を乗り出して問いの言葉を漏らす。


「どうだ?……何か分かったか?」


 そんな彼の問いかけに、瞑目していた瞳を開いた彼女は言葉を返した。


「……どうも、取り留めのない覚書の様なものが綴られているみたいですけど……

 かなりな部分が、魔法機械語で書かれているみたいですね……」



 予定よりも完成が遅れてしまいました……が、終わりきる前に予想以上に長くなりそうだったので前後編に分けることにしました。


 楽しんで頂ければ幸いです。ご意見・ご指摘・ご感想など頂ければ幸いです。

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