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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第二章:最初の授業で……
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第二十四節:出迎えと帰宅と……

 ラティルとケルティスの二人に、メルテスを加えた三人は下町の路地を進んで大通りへと抜けようとしていた。そんな三人に向けて、声ならぬ声が降りかかる。


『……探したぞ……こんな遅く、こんな所で、何をしている……?』


 その聞き覚えのある声に、三人は声のした方へと振り仰ぐ。彼等の前方やや上方に浮かぶ漆黒の人影が目に入った。



 その人影とは二対の翼を持つ女性の姿をしていた。

 彼女は漆黒の鎧に身を包み、その腰には身の丈に対してやや長めの剣を佩いている。その顔はユロシア人程ではないにしろ色白で美しく整っており、紺青の瞳は凛とした鋭い雰囲気を湛えており、長い漆黒の髪を後頭部で一つに纏め背に垂らしている。

 そして、その背には金属片を組み合わせた様な、或いは機械的な外観とも言い表せる様な銀色の二対の翼が広がっていた。


 薄闇に浮かぶ黒髪に漆黒の鎧と言う黒尽くめの姿に加えて、彼女が周囲に纏わせている霊気の色合いは闇色とも言える漆黒……

 それらの姿は、視える者に何処か禍々しい気配を感じさせるものであった。故に、彼女の姿を一目視た者の中には、邪霊と見誤る者も少なからずいると言う。

 しかし、彼女が聖霊の一柱であることを彼等は知っている。



  *  †  *



 彼女の名は、シェアナと言う。彼女はセイシア=コアトリアの守護聖霊を務める“戦乙女”と称される聖霊の一柱である。

 彼女自身は、かつて西方大陸(アティス大陸)において女戦士としてそれなりに名を上げた女性であったと伝えられている。しかし、それ以外にも……余り知られていないことながら、西方大陸(アティス大陸)で広く知られる“ある人物”と言う側面を隠し持っている。


 また、“知神”と総称される“智慧神”ソフィクトや“知識神”ナエレアナの眷属たる聖霊の多くが白、もしくは淡色の色合いを持つ翼や霊気を有し、反して邪霊の多くが黒、もしくは暗色の翼や霊気を持つのが北方大陸(ユロシア大陸)における一般的な認識である。

 そんな中にあって、漆黒の聖霊と言う存在は、北方大陸(ユロシア大陸)においては非常に稀有な存在と言える。


 先に述べた隠された事情や、その漆黒の容姿から、その庇護者であるセイシアは高位の聖霊魔法の使い手でありながら、“戦神”ミルスリードの神官としての籍を持っていないのだが、これは余談の類であろうか……



  *  †  *



 ともあれ、夜闇が迫る時刻に遭うには若干恐ろしげな容姿とも言えるが、そんな彼女の姿に三人ともある程度見慣れた存在でもあり、特に怯えることもなく漆黒の聖霊を見上げていた。

 とは言え、いきなり彼等の前に姿を顕したことに驚きを感じずにおれる訳でもなく、三人を代表する様にラティルより疑問の言葉が吐かれる。


「シェアナ様、何故こちらに……?」

『余りにも帰りが遅いからな……セイシアに頼まれて、探しに来ただけだ』

「そうだったのですか……

 実は、ケルティス君のお友達と一緒に学院を出まして、折角なので彼女の家までケルティス君とともに送って行った所だったのです。

 それは……御心配をおかけした様で、申し訳ありませんでした」

「すみませんでした……」


 漆黒の聖霊より返された答えに、ラティルは謝罪の言葉とともに頭を下げた。その様子に彼の傍にいたケルティスも同じく頭を垂れた。

 しかし、頭を垂れる少年を見下ろす聖霊――シェアナは、微笑みを浮かべて優しげな口調で短い言葉を返した。


『なに……無事であるなら、構わないさ……』


 そう言葉を紡いだ後、彼女はその視線を彼女等の傍らに立つ青年へと移った。


『戻って来たのだな、メルテス。

 何故、ここに……あぁ、レインに顔を見せるつもりだったと言う所か……?』

「えぇ、まぁ……そんな所です」

『セイシアとレインは、もう屋敷に帰って来ているぞ』

「え?……そうなんですか……?

 じゃあ、早速帰らないとレイン姉さんとかからも小言が出て来るかも知れないね」


 そんな漆黒の聖霊(シェアナ)と“虹髪”の青年(メルテス)の会話を耳にして、不意にラティルが声を上げた。


「え?……もうセイシア様やレインが帰って来ているのですか?

 早く戻らないと、すぐに夕食の準備を始めないとレインさんが焦れてしまうかも……」


 尻すぼみの調子で呟きを漏らすラティルは、狭い路地から見える空を見上げる。その狭い路地より見える空は、既に“光の太陽”が西の地平に沈んで夕暮れの朱の色合いも薄れ、東より昇った“闇の太陽”より齎される闇色に染まり始めていることが窺えた。


 そんな移り変わる空の色を確認する中で、ラティルの顔色が徐々に蒼白いものに移り変わって行く。そんな彼女の様子に気付いたメルテスより言葉がかけられる。


「ラティルさん……何はともあれ、急いで屋敷に帰ることにしませんか?」


「…………そうですね。急いで帰りましょう……」

「はい……」


 メルテスの呼びかけに、ラティルとケルティスの二人は返答の言葉を漏らした。そして、ラティル達三人は屋敷への帰路を急ぐことにしたのだった。



  *  *  *



 それからラティル達は、早足で路地を進み、大通りを駆け足で横切って、屋敷へと急いだ。

 そうして、コアトリア家に駆け込んだラティル達は、メイ達――コアトリア家の侍女達ではなく、ラティルの伴侶――レイン=コアトリアであった。


 玄関で伴侶であるレインと鉢合わせになったラティルは、幾分か乱れた呼吸を整えることもなく、些か引き攣った様子で言葉を紡いだ。


「レ、レイン……た、ただいま……戻りました……」

「お帰り、ラティル、ケルティス、それにメルテス……帰るのが、随分、遅かったな……」


 ラティルを見詰めるレインの口調は、一応は穏やかなものあり、その口元は綻んでいるものの、その眼は決して笑ってはいなかった。そんな彼女の様子に、ラティルは戦々恐々とした態度で返答を紡ぎ出した。


「あ、あの……すみません。

 ケルティス君のお友達のカロネアさんを、ケルティス君と一緒にお宅へと送っていたんです、けれど……思いの他、路の行き来に時間をかけてしまって…………」


「ほぉ……なるほどな……」


 レインの浮かべる微笑みに、ラティルは些か慄きを窺わせた様子で返答を紡ぎ、レインは表情を変えることなく短い言葉を返した。そんな張り詰めた空気に居た堪れなくなったケルティスから声が漏れた。


「……あ、あの……僕が、カロネアさんの家に行ってみたいと、思っていたから……それで、ラティルさんは僕の気持ちを汲んでくれたんです…………心配かけて、ごめんなさい……」


 訥々とした喋り方で言葉を紡いだ少年は、悄然とした様子でレインに向けて頭を下げた。

 そんな少年の様子に、レインの顔は先程まで張り付けていた笑みが崩れ、困惑の色を浮かべる。


「あ、いや……そうか……お前が、望んだのなら……う~む……それは、仕方がないか……」



 そうして言い淀んだ様子となったレインの背後から、水晶を鳴らした様な声が響いた。


「……お嬢様、その辺りでよろしいでしょうか……?」


「「「……!……メ、メイ……?」」」


 突如届いた声に、レインとラティル、それにケルティスの三人は声が聞こえた方へと首を巡らす。そうして三人が目にしたのは、音もなくレインの背後に立ったコアトリア家の侍女長――メイの姿だった。

 不意に出現したメイの姿を目にして、驚きの余り硬直する一同を尻目に、メイは坦々と言葉を続けた。


「そろそろ夕食の準備を進めたいので、奥様(ラティル様)に厨房へとお越し頂きたいのですが……よろしいでしょうか……?」


「…………あ……あぁ、もういいよ……」

「…………あ……えっと……はい、わかりました」


 メイが告げた問いかけに、レインとラティルは何とか返答の言葉を紡ぎ出す。その返答を耳にして、メイは更に短い言葉を続けた。


「それでは、奥様……厨房へとお願い致します」


 それだけ言うと、侍女長は踵を返して厨房へと続く廊下へと姿を消した。


「……わ、分かりました…………あっ!」


 そんな彼女の後を追って、ラティルも当の廊下に向かって駆け出して……物の見事にすっ転んだ。


「……ラティル!」

「「……ラティルさん!」」


 転ぶ彼女に玄関に残るより声がかかる。しかし、声をかけた一同が駆け寄る前に、当の本人はその身を起き上がらせた。


「……イタタッ……だ、大丈夫ですから……」


 打ったらしい鼻柱を撫でつつ、ラティルは一同に向けて言葉を紡ぎ、誤魔化す様に軽い会釈をしてから厨房へと向かったのだった。



 廊下の向こうへと姿を消したラティルを見送りつつ、毒気が抜けたらしいレインは改めてケルティスの方へと向き直った


「……ケルティス、お前はまだ幼いんだから、あんまり遅くならない内に帰るようにしなさい」

「……はい、すみません……」


 穏やかな調子で語りかけた姉の言葉に、少年は再度頭を下げた。

 そうして、頭を上げたケルティスに向けて、レインは笑んだ顔を向けて言葉をかけた。


「それじゃあ、着替えて食堂の方へおいで、久し振りに家族全員での夕食だ」

「はい、分かりました」


 レインの言葉に、ケルティスは短く言葉を返して、自分の部屋へと向かった。



 この日の晩餐は、久々に帰宅したメルテスが今回の旅の体験談を面白おかしく語ったお蔭で、皆にとって楽しい食事となった。


 晩餐を終えたケルティスは、自分の部屋へと戻った。そして、学院で受けた授業の簡単な復習を行い、出された宿題に取り組んだ。

 それらが終わる頃には、レイアが自分の宿題を教えてくれとやって来たり、遅れた入学祝いにとメルテスが新作叙事詩の試作版を披露しに来たりと、少々騒がしい中にも楽しい時が流れた。


 そうして、賑やかで楽しい夜は更けて行き、“闇の太陽”が中天を昇る前には、ケルティスは床に就いていた。



 なかなか筆が進まず、かなり発表が遅れてしまった挙句、短めで、かつ最後の方は何とも駆け足気味な出来上がりと言う……些か難点のある代物なってしまいました。

 読み手の方に楽しんで頂けるのか若干気になる所ではあります……(戦々恐々)


 ともあれ、今回で第二部は終了とさせて頂きます。この後、余章と設定紹介等を挟んで第三部へと言う流れを予定しております。

 これからも楽しみにして頂けると幸いのですが……

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