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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第二章:最初の授業で……
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第二十三節:家路と家族と……

 一時の睨み合いを収まり、ラティル達は下町の路地を再び進み始めた。


 カロネアの案内でラティルとケルティスが路地を進み、その周囲を常人の目には映らぬもののカロネアの守護聖霊であるチンチュアとカロネアの祖母――イムラーダの守護聖霊たるジェータの二柱も彼女等の傍らに付いて同行している。

 先程のラティルとジェータの間で交わされた問答の際に漂った緊迫感が嘘の様に、和気藹々とした雰囲気を振り撒きつつ路地を進んで行く。



 その間もラティル達は同行している聖霊との会話を続けており、擦れ違う人々の中には、怪訝そうに、奇異の目を向ける者もいたが、神官衣を纏うラティルの姿に納得してかその数は然して多くはなかった。



 ともあれ、和やかな雰囲気の中でカロネアより問いかけの言葉が紡がれる。


「所で、ジェータ様……何故、今日は刀を佩いておられるのですか……?」


 その問いを聖霊が答える前に、ケルティスより声が上がった


「……え?……ジェータ様って、何時もその御姿じゃないんですか?」


 そんな少年の問いに、問われた聖霊――ジェータは少年の方へと振り返り、微笑んで言葉を返した。


『……我は“夢幻神”の眷属ぞ……確かに、我は戦に縁ある聖霊ではあるが、戦装束だけが我の姿ではないぞ……』


「…………そうなんですか……」


 微笑む聖霊の姿を見上げて、少しばかり呆けた様子を窺わせて少年は呟きを漏らした。



  *  †  *



 さて、一般的に聖霊の姿は概ね一定のものであるとされている。


 まず、人々が昇天し、冥界を通って各々が神々の鎮座せる神霊界へ至った時、人々の霊魂は聖霊として生まれ変わると言われている。

 そうして聖霊となった人々は多くの場合、自身の最盛期の容姿をとるとされている。そして、人々の前に現れる際の装いは、生前に縁のある服装や装飾品で身を包み、同様に縁のある物品を所持した姿で現れることが通例であると言われていた。


 故に例えば、生前に騎士としてある程度の名声を得ていた聖霊であれば大抵の場合、全身を甲冑で鎧い、その腰に剣を佩くか、或いは騎乗槍を手にし、同時に左手に楯を所持すると言った騎士然とした姿で顕現するものだ。



 だが、聖霊と言っても元々は人間であり、終始同じ装いをしている訳ではない。時と場合によって、聖霊が身に纏う装いを若干変更する例は少なからず見受けられる。

 また、広く多くの人々に崇拝・信仰される聖霊の中には、崇拝する人々の抱く印象(イメージ)に影響されてその衣装や所持する物品に微妙な変化が生じる例も見受けられる。


 先の例に倣って示すならば、高名な騎士の聖霊であれば、身に纏う甲冑の形状が、生前身に着けていた代物でなく、聖霊を目にする人々が“想起する甲冑”の形状の物を身に着けて顕現したり、所持する得物の形状が視る人によって変化したりと言った例が少なからず報告されている。



 また、生前に複数の容姿を持つ者であった場合、聖霊として顕現する際にその複数の姿を使い分けて現れる例もまたよく見られるものだ。

 身近な例を示すならチンチュアの例等が挙げられるだろう。


 もっとも、その様な複数の姿を持つ者と言えば、現代では殆ど見られることはなく、種族等の概念が曖昧であった神代紀初期に誕生した者達が殆どを占めていることもあって、聖霊と親しむ神官であっても遭遇できる例は多くないのだが……



 とは言え、顕現の際に手にしている得物や所持品の類は、多くの場合で聖霊自身を象徴する物品となっているのが通例となっており、そう頻繁に入れ替わることは少ないと言うことも間違いではないのだが……



  *  †  *



 ともあれ、ケルティスが不意に問いかけたことで、一同の視線が少年に集まっていた。


「……す、すみませんでした……」


 集まる視線に少年は羞恥に頬を赤く染めて、顔を伏せた。


『なぁに……気にすることはないぞ。当然の疑問だろうからな』


 そう言って、紫髪の聖霊は俯く少年へと慰めの言葉をかけ、次いで最初の問いを発した青髪の少女へと答えを返した。


『あぁ、この装束をしているのはな……今日は剣舞の手解きをしてやろうかと思うてな……』

「そうだったのですか……

 わかりました。ご指導、よろしくお願いします」


 青髪の美少女は、紫髪の聖霊が返した答えに、納得した様子で頷いた後で、蛮刀を佩く彼の聖霊へと頭を垂れたのだった。



 そんな二人――少女の聖霊のやり取りを聞いていたラティルより問いかけの言葉が紡がれる。


「ジェータ様は、普段からカロネアさんに剣舞を教えていらっしゃるのですか?」

『うむ……確かに、イムラーダとともに剣舞やイーミフェリア女神の教えなどを伝えておるが』


「やはり、そうだったですか……

 今日、“武術”の授業があったのですが、教官のグリピス師からカロネアさんが剣の素養が見受けられると伺いましたので……」


 ジェータの答えに、ラティルは感嘆の混じった言葉が紡がれる。その言葉に、思わずと言った調子でジェータの口角が上がる。


『ほぉ……そんなことがあったのか……』

「他の生徒達よりも“武術”の心得がある様だと、感心しておられました」


 ラティルが続けた言葉を聞き、もう一柱の聖霊より笑い声が漏れる。


『……ホホホ……生粋の武人ではないとは言え、数多のミヌログの戦士を退けたジェータ殿の手解きを受けていれば、至極当然の帰結なのかもしれぬのぅ……』


「……そんな……私なぞ、ケルティスさんに比べればまだまだですから……」


 喜色を示す背後の聖霊達の言葉に、カロネアは少し照れ臭そうに謙遜の言葉を漏らす。

 守護者馬鹿(親馬鹿?)な様子で笑い合う聖霊達の姿を前にして、年相応に照れて見せるカロネアの姿を、ケルティスとラティルの二人は珍しいものでも見る様に見詰めてしまった。



  *  *  *



 そうして、ラティル達一行は和気藹々と会話を交わしながら、カロネアの自宅である“夢幻神の祠”に隣接する家へと辿り着いた。


 少女の家には、生憎と少女の祖母である老巫女の姿はなかった。先程の聖霊ジェータの話によれば、彼女は数日置きの日課としている花街回りに出ている最中だと言う。

 そんな訳もあって、ラティルとケルティスはカロネアとその守護聖霊達と別れの挨拶を交わした後、彼女の家から辞し、下町の路地を引き返したのだった。



 夕暮れ時特有の薄闇が訪れる中、些か雑然で入り組んだ路地を二人は進む。

 薄暗い路地を女性と少年の二人連れが歩くには、この近辺は不用心な場所だと言えるだろう。だが、女性の瞳や少年の髪が放つ“虹色”の輝きが、それを目にした者にちょっかいを出すことを躊躇わせていた。


 実際、この二人が本気を出せば、そこら辺りの者共では容易く撃退することが可能だ。そして、そのことは下町で暮す者達ならば、ある程度は聞き知った事柄でもある。



 ともあれ、ラティルとケルティスの二人は、時折言葉を交わしながら、下町の路地を都市の大通りを目指して進んでいた。

 そうして進む中、路地の曲がり角の一つを曲がった時、二人の目の前に一人の人物が現れた。


 その現れた人物の姿とは、若草色に染められた鍔広の三角帽を被り、同色のマントを羽織り、そのマントの内側には動き易そうな簡素でいて派手な刺繍が施された服を身に着け、その手には竪琴絵を抱えている。それ等の装いは所謂、吟遊詩人と呼ばれる者達の装いである。

 そんな吟遊詩人の装いを纏う面立ちは、中性的な雰囲気を持つ青年のそれであり、マントの陰に隠れた腰の両側にはやや小振りな二振りの東方刀が佩かれている。その彼とは、ラティル達の良く知る人物であった。

 この吟遊詩人より二人に声がかけられた。


「おやおや?……こんな所で会えるとは珍しいですね……お久し振りです、ラティルさん、ケルティス君」


「お久し振りですね……お帰りなさい、メルテス君」

「お久し振りです、メルテス様。お帰りなさい……」


 彼よりかけられた言葉に、ラティル達からも言葉が返される。


「ただいま……ラティルさん、メルテス君……

 遅くなったけど、入学おめでとう、メルテス君……」


 挨拶を交わした彼は、次いでケルティスへの祝いの言葉を紡ぐ。


「……ありがとうございます」


 そんな祝いの言葉に、ケルティスははにかむ様に言葉を返したのだった。



  *  †  *



 さて、ラティル達と相対している吟遊詩人の青年……その名を、メルテス=コアトリアと言う。


 その名が示す通り、ラティル達と同じくコアトリア家の一員である。彼はセイシア=コアトリアとティアス=コアトリアとの間の息子であり、ラティルの配偶たるレイン=コアトリアの弟にして、ケルティス=コアトリアの歳の離れた兄でもある。


 セオミギア王国貴族の子弟として生を受けた彼であったが、父たるセイシアの様に騎士として身を立てるに興味を示さず、母たるティアスの様に神官として身を立てることもしなかった。そんな彼が興味を示したのが叙事詩や歴史書の類であり、詩歌や踊りと言ったものであった。


 そんな彼は姉レインや義兄ラティル等とともに冒険者として活動した後、頻繁に諸国を巡る旅を行う様になり、各地で語られる伝承を集めて編纂し、そうして創作した叙事詩を謡う……吟遊詩人として身を立てており、それなりに広く知られる人物となっている。



 彼の名を広く知られていることに、叙事詩を謡い上げる彼の声の豊かさと活動範囲の広さが挙げられる。


 まず、彼の喉より発せられる声はその高低から質の多彩さは常人とは比べ物にならぬ程に広く、男声・女声の紡ぎ分けは当然として、巨竜の咆哮や魔法機械の放つ制御結晶の共振音までも再現可能であり、“虹の声”の異名で称されている。そして、世界各地の様々な諸種族が語る言語を知ることも含めて、彼の演ずる叙事詩は非常に臨場感溢れるものとなることで知られている。


 また、様々な言語を操れる故なのか、叙事詩編纂の為の伝承の収集や史書の確認と言った取材活動を行うことに躊躇いを見せないことでも知られている。伝承を集める為に世界各地――海を隔てた他大陸や辺境の深山幽谷へも必要なら赴き、史料を確認する為には他国の神殿や王宮へと訪ねることにも躊躇をしないことで知られている。



  *  †  *



 そんな彼は、新たな叙事詩編纂の取材の為に大陸北方域(ヤヌガリア地域)を巡る旅に出ていたのだった。ケルティスの入学までには帰って来る予定だったものの、諸事情から足止めを食らって帰郷が遅れていたのだ。


 ともあれ、久々に都市セオミギアへと帰り着いたメルテスは、コアトリア家の屋敷でメイに軽く顔を見せた後、下町へと足を運んでいた。そして、下町から屋敷に帰ろうとしていたラティル達と鉢合わせしていた。



 一通りの挨拶を交わした三人であったが、互いに抱いた疑問を最初に口にしたのはメルテスの方であった。


「それにしても、こんな所にラティルさんはともかく、ケルティス君がいるなんて如何したんですか?」


 首を傾げるメルテスに対して、ラティルは微笑みを浮かべながら答えを返したのだった。


「今日は、ケルティス君のお友達になってくれた子供達と一緒に帰宅したんです。そのお友達の一人が、この下町に自宅があったので、彼女と一緒に帰って来たんです。

 彼女を送り終えたので、これから二人で屋敷に帰る所だったんですけどね……

 そう言えば、メルテス君は如何してここに……?」


 ラティルに問いを返されたメルテスは、若干の苦笑を面に浮かべて言葉を紡いだ。


「いや、実は……昼過ぎぐらいに帰って来ていたんですけどね……

 屋敷にメイ達しか残っていなかったから、ちょっと外を出て皆を探してみようと思ってね……

 それで、レイン姉さんが巡回してるだろう下町へ顔を出してみたんだけど……レイン姉さんじゃなくて、ラティルさん達に会えたって所なんだ……」


「そうだったんですか……」


 義弟(メルテス)の返答に、ラティルは思わず苦笑混じりの呟きを漏らした。

 内心では、都市巡回はレインの本来の仕事ではないと言いたい所ではあったが、それを言葉に出すことはグッと堪えた。それはメルテスの言葉があながち間違いではないから、と言う理由があったからだ。



 メルテスの返答に若干脱力気味になったラティルだったが、幾分気を取り直して問いの言葉を紡いだ。


「メルテス君……さっきも言いましたけど、私とケルティス君はこれから屋敷に帰ります。

 メルテス君は、このままレインさんを探してみるんですか……?」


 その問いかけに、メルテスは思案気に首を傾けて見せた後、返答の言葉を紡ぎだした。


「う~ん…………そうだなぁ……

 このままレイン姉さんを探して回るより屋敷に帰って待った方が良さそうですね」


 そう答えると“虹の声”の異名持つ詩人は、義兄と歳の離れた弟とともに家路に着くことにしたのだった。



 そのままコアトリア家の三人は、大通りへと抜ける下町の路地を進んで行ったのだった。



 予定より遅れてた上に、やや冗長な部分と言えなくもない話に仕上がってしまいましたが……楽しんで頂ければ幸いなのですが……



 ご意見・ご指摘・ご感想等々を頂けるなら幸いです。


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