第二十一節:述懐と宣言と……
さて、学生寮の門前でヘルヴィスとケルティス達一同が鉢合わせした時より、幾らか時を遡る。
“基礎魔法学”授業を終えたヘルヴィスは、憤りの炎を胸中に抱えたまま寮への帰路に着いていた。
彼の脳裏には、あの部屋で見せたケルティスの生み出した“光”が残っていた。
先程は、ペテンやイカサマの類と断じて言い立てたもの……路地を進み、冷静さを取り戻して行くにつれて、その言葉が誤りであったとの思いを持つ様になっていた。
確かに、呪法陣図と言うのは用いられた記号や文字の配列を操作することで、様々な魔法効果を発揮させることが可能である。だからこそ、特定の人物の検査結果のみを劇的に変える小細工をすること自体は、原理的には可能だ。
しかし、そんな小細工を陣図に織り込むなら、それ相応の記述の追加が必要である筈であり、ヘルヴィスが見た限りではそうした小細工らしき記述がある様に見受けられなかった。もっとも、術式全体を読み取れなかったので、無いとも有るとも言い切れないことは確かである。
とは言え……思い返してみれば、ラティルもケルティスも魔力の検査を受けることに消極的であった。小細工を施したと言うのなら、検査を積極的に受けさせようとしていた筈だ。
しかし、ラティルはケルティスの検査をせずに済ませようとし、ヘルヴィスの指摘を受けても検査を行うことを躊躇っている様に思い出される。
第一、大神殿の施設に個人的な小細工を施すことが可能とも思えない。ティアスやラティルが、三大院の長の一人とその補佐を務める高位神官と言う立場であるとは言え、大神殿の施設を私物化する様な行いが許される訳ではない筈である。
* † *
そんなことを考えていたヘルヴィスは、ある事実を思い出した。ケルティス本人ではないが、“虹の一族”には魔法・魔力に関する逸話には事欠かないと言うことだ。
“虹の一族”――コアトリア家の創始者であるティアス=コアトリアの魔力の莫大さを知る逸話として有名なものにこんな話がある。
青年ティアス=コアトリアが大神殿にやって来て間もなくの頃、彼の魔力量を測定することとなった。
この頃は、個人の保有する魔力量を測定する技術は整備されておらず、魔力量を“光”として視認する陣図も開発されていない時代であった。
当時用いられていたのは、『魔力石生成』の儀式を行い、そこで創造された“魔力石”の魔力量を測定すると言う方法であった。
この『魔力石生成』の儀式とは、編纂魔法の初級から中級呪文に分類されるもので、最低三日間の儀式を行って魔力を魔力物質化させて、“魔力石”と言う鉱物質の物体を創造するものである。こうして創造された“魔力石”は、術者の技量や、保有魔力量によっては、大きさや彩度・透明度の異なる様々な物が生成される。ちなみに、この呪文は、古代紀には広く知られたものであったが、現在においてはセオミギア王国やルネミギア王国と言ったユロシア地域の一部等でしか残っていないと言われている。
さて、最小限の三日の儀式では大きさは豆粒~胡桃程度の大きさとなるが、その大きさや透明度や輝度等を基にして内包する魔力量を測定することで、作成した者の保有する魔力量を概算する方法が採られていたのだ。
この方法で、生成される“魔力石”の魔力量は術者の約二割程度の魔力量となると言われており、一般的な魔術師で5~10リューネの“魔力石”が生成できるとされている。
だが、ティアスが魔力測定の為に行った『魔力石生成』の儀式で創造した“魔力石”は胡桃大の透き通った虹色に輝く物であり、そこに込められた魔力量は70リューネ以上と言う常識外れの数値を示したのだった。
これは、同様の儀式で100リューネの“魔力石”を創造したと伝えられているユロシア魔法王国の始祖――偉大なる仙王ウィルザルドに代表される古代ユロシア歴代の王や皇帝と言った伝説上の魔術師達に匹敵する魔力量を保有していることを示すものであった。
ティアスの例に及ばぬものの、ラティル=コアトリアにも同様の逸話は存在する。
かつてのラティル=ウィフェルは優れた資質を持つとは言え、一般的な神官や魔術師の範疇を逸脱する者ではなかった。
しかし、コアトリア家に婿入りした際に得た女性体の姿で魔力量を再測定した時、その測定結果に魔法院の――特に若手の――神官達が絶句したと言う。何故なら、この際に測定された結果が28リューネ……一般的な魔術師の3倍強と言った程度の測定値を示したのだ。
これは、ティアスの叩き出した記録の半分にも満たぬ数値ではあるものの、これだけの数値を一生の内で叩き出せる魔術師の数は多くはない。ましてや、二十歳に届かぬ若年で出せる者なぞ、ほぼ皆無と言って過言はないのだ。
* † *
この様にコアトリア家の面々……特に、その身に“虹色”を宿す者達の保有魔力の尋常の無さを示す逸話は幾つもあり、彼等との交流も深いペンコアトル家の者であるヘルヴィスを幾分か耳にしている。
だからこそ、彼は考えを改める……ティアスの息子であり、親譲りの“虹色の髪”を持つケルティスが、人の範疇を超える魔力を保有していても不自然ではない……
路地を進むヘルヴィスがそんな結論に到達した頃、彼の眼前に一つの門が現れていた。それは、学生寮の入り口に建てられた門である。
ルネミギア王国からの留学生である彼――ヘルヴィスは、ここ――都市セオミギアで暮らせる家屋の類を持ってはおらず、大神殿が用意する学生寮に寄宿している。
彼自身、寄宿生活自体に不自由を感じている訳ではないが、元々が不本意な入学と言うこともあって寮生となっている諸生徒との交流を持てているとは言い難い。昨日までの彼であれば、ルネミギア大学院の中等部へと進学していれば、と言う益体もないことを思って床に就く所であった。
しかし、今日行われた“武術”と“基礎魔法学”の授業でケルティスが見せたものは、一般的な中等部生徒の持つそれらとは明らかに桁の違うものであると見受けられた。彼は門を見上げつつ、件の少年へのやや嫉妬の混じった好奇の念が浮かんでくることを自覚していた。
そんな自身の想いを自覚したヘルヴィスは、表情を全く変えることのない父のことに思いを巡らす。“仮面の魔導師”の異名を持つ彼の人物は、息子である彼――ヘルヴィスでもその表情を読み取ることは難しい。彼が知る限り、その表情を読み取れるのは彼の母であるアナフォシアぐらいしかいない。
そんな父の思惑に踊らされる自分を面白くないと思いつつも、普通にルネミギア大学院へ進学していては出逢わなかったであろう事態に心躍る部分があることを感じていた。
そんな感慨に耽る彼――ヘルヴィスの耳に、和気藹々とした会話の声が届いた。
その声の中に聞き覚えのあるものを感じた彼は、声の聞こえた方へと振り返る。
そうして振り向いた彼の視界の中に、路地を進んでこちらへと向かって来る“奴”の姿が映し出されていた。
* * *
学生寮の門の前で仁王立ちする眼鏡の少年――ヘルヴィスの姿に、ケルティス達の足は意図せず止まる。
睨み付ける様なヘルヴィスの鋭い視線に、ケルティスは僅かに身を竦めて半歩後退り、傍に立つラティルの裾へと手を伸ばす。そして、ケルティスの傍らに立つ二人の少女は、半歩下がった彼を庇う様に半歩前に出て、ヘルヴィスに対抗する様に鋭い視線を返す。
両者の睨み合いで暫しの時が流れた後、小さな溜息とともに徐ろに口を開いたのは、眼鏡の少年――ヘルヴィスの方であった。
「……ラティル師、ケルティス……先程は失礼した。そして、先程の“ペテン”と言う発言は撤回させて貰う!……だが、このままで終わるつもりはない……!
ケルティス=コアトリア!……必ず、お前に打ち勝ってみせるから、覚悟しておけ!」
勢い良く指し延ばされた人差し指で、ケルティスを指差したヘルヴィスは、それだけの台詞を言い切った後、その身を翻して門の内側へと姿を消した。
「……何よ、アイツ!……一方的に喋って、ケンカ売ってるの……!」
「……フフフ……」
ヘルヴィスの一方的な宣言に、憤慨した様子で言葉を漏らすニケイラを見下ろしつつ、ラティルは思わずと言った態で笑い声を溢した。そんな笑い声に、憤懣が治まらない様子のニケイラが振り返る。
「む!……ラティル先生! 何でそんなに笑ってるんですか……!」
「……あぁ……ごめんなさい、ニケイラさん……でも、興味深いものが見れたものだから……」
憤然とした色を帯びたニケイラによる抗議の声を、微笑みを浮かべていなしたラティルは、その視線を傍らのケルティスへと落した。
そこには何処か虚を突かれた様子で学生寮の門を見詰める“虹髪”の少年の姿があった。
「……ケルティス君、吃驚しましたか……?」
「……あ、はい……何と言うか、吃驚したと言うか……ちょっと懐かしい?……様な……変な感じです。
でも、彼から嫌な感じは受けませんでしたし……」
「……そうですか、それは良かった」
巧く言葉に出来ないと言った様子で紡がれたケルティスの返答に、ラティルは満足気に頷いてみせた。
「……むぅ……ケルティスさんが、嫌じゃないって言うなら……むぅ……」
そんな二人のやり取りを聞いたお蔭か、ニケイラの憤懣も幾許か鎮まって来た様だった。とは言え、頬を膨らませて唸るその姿からは、ヘルヴィスの一連の言動にあまり良い印象を持っていないことは一目瞭然に窺い知れた。
そんな頬を膨らませる赤毛の少女に、青髪の少女から言葉が投げかけられる
「ニケイラさん、気持ちは分からなくもないですけど……
一応は同じ学生寮の一員になのですから、余り喧嘩腰でいない方が良いと思いますよ」
「むぅ……でも、カロネアさん……あの態度、ムカつくと思わない?」
「……そうですね。ニケイラさんの言い分も、分からなくもないけれど……
これから寮に戻って、彼と喧嘩みたいなことはしないで下さいね」
何処か不満気なニケイラに対し、カロネアは冷静な口調で紡いだ言葉を切り返した。
「…………ウグッ!……そ、それは……善処します……
そ、それじゃあ、ラティル先生、ケルティスさん、カロネアさん……また、明日!」
カロネアから返された言葉に、一瞬傷付いた様子を見せたニケイラだが、次の瞬間には気を取り直して一同に手を振って元気の良い言葉とともに寮の門を潜ったのだった。
学生寮へと去って行くニケイラと、彼女の後を追って虚空を滑り行くリュッセルの二人を、ケルティス達は手を振って見送る。
やがて、門の向こうへと姿を消した彼女達を見送ったラティルは、残る二人の少年少女へと視線を落として言葉を紡いだ。
「……さて、お二人ともこれからどうしますか……?」
その問いかけに、二人は彼女を振り仰いだ。
執筆に時間がかかった割に、出来上がった分量は少な目になりました……
しかも、主人公パートが半分程しかないのですが……
(こんな仕上がりですが、如何だったでしょうか……?)
それでは、ご指摘・ご意見・ご感想等、頂けましたら幸いです。




