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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第二章:最初の授業で……
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第十九節:聖霊との会話と……

 大神殿学院中等部入口の広場に、学院の講師を務める神官ラティルと、その教え子――ケルティス、ニケイラ、カロネアの三人の合計四人は、広場の片隅で輪になる様に立って言葉を交わしていた。


 もし、その姿を神官等が目にしていたなら、少し驚きの声を漏らしたかも知れない。何故なら、彼女達四人の他に、この会話には常人には見えぬ二柱の存在が加わっていたからだ。

 一柱は神官ラティルの守護聖霊――リュッセルであり、もう一柱は夢幻神の眷族らしき異形の美女と言った風情の聖霊――カロネアの守護聖霊たるチンチュアであった。



  *  *  *



 四人と二柱で作られた輪の中で、生まれて初めて見た聖霊の姿にニケイラは、興奮で頬を紅潮させ、瞳を輝かせてチンチュアの姿を凝視していた。そんな少女の様子に対して、狐耳を持つ聖霊は嫣然とした静かな笑みを返して見せた。

 そうして、自らを凝視する少女――ニケイラへと向けて声をかける。


『……改めて、お初に御目にかかる……妾の名はチンチュア……ここにおるカロネア=フェイドルの守護者を務める聖霊よ……』


 傍らに立つ青き髪の少女を指し示しつつ、聖霊チンチュアは言葉を紡いだ。その姿に目にして、打たれた様にニケイラの方もペコリと頭を下げて挨拶の言葉を紡ごうとする。


「……は、はじめまして……私は……」

『よい、よい……妾はこの者の守護聖霊と言うたであろう。其方のことも承知しているぞ、ニケイラ=ティティス……』


 しかし、その言葉が紡ぎ切らぬ裡に、チンチュアの言葉がその先を遮り、言わんとする言葉を先取りする。

 紡がれた自身の名を耳にして、赤毛の少女は呆けた様に狐耳の聖霊を見上げた。そんな少女の様子が可笑しいのか、狐耳を持つ青髪の聖霊は優雅な物腰で嫣然とした笑みを漏らした。



 そして、嫣然と微笑む聖霊へ、彼女に相対する虚空に浮かぶ青年――もう一柱の聖霊が被っていた派手な意匠が施された鍔広帽を胸に当て、恭しく腰を折る。

 その姿は、やや古風ながら帽子と同様の派手な意匠が刺繍されたマントを羽織る吟遊詩人と言った姿をしていた。しかし、そのマントより広がる薄緑色の二対の翼が、彼の正体が聖霊であることを如実に表すものとなっていた。


『夢幻神の眷族たるチンチュア様……それと、ラティル君の教え子の皆さん……改めまして、私の名はリュッセルと申します。こちらにいるラティル君の守護聖霊を務める者です』


 芝居がかった仕草で一礼をして見せた聖霊リュッセルは、そう言うと一同に向けて視線を走らせた。そして、悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続けた。


「……もっとも、ケルティス君とは旧知の仲ですし……そこのカロネアさんやチンチュア様も私の姿は何度かご覧になっているでしょうけど……」


 ニヤリと口元を歪ませて言葉を締め括った彼に向かって、対面の聖霊より問いの言葉が投げかけられる。


『……リュッセルと言う名と、その瞳……

 もしや其方は、“竜瞳”のリュッセル=ニルヴァーマ……ではないのか……?』


 その問いかけに、リュッセルの片眉がピクリと動く。


『……驚きました。私のことをご存知でしたか……?』


 リュッセルより返された問いかけに、チンチュアより艶っぽい笑みと共に言葉が紡ぎ返される。


『何の、何の……幾つかの英雄譚を紡ぎ上げた詩人たる其方のことは、“萬源の幻境(流転神・夢幻神の霊界)”でも音に聞こえておるよ……』


『……それは光栄なことでございます……』


 そう言って、リュッセルが再び腰を折った後、二柱の聖霊は互いに微笑みを交し合った。



  *  *  *



 ともあれ、時刻は夕刻に近付きつつある頃合いと言うこともあり、ラティルの提案でニケイラが下宿する大神殿の学生寮へと向かう道すがら会話を続けることになった。


 歩を進め始めて早々に、躊躇いがちな様子のケルティスよりカロネアの傍らで進む聖霊へと問いの言葉を紡いだ。


「あの……チンチュア様……フェンファ族と言うのは獣頭有翼の亜人と聞いていたのですが……?」


 ケルティスが口にした問いかけに、狐耳持つ美女(チンチュア)は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


『あぁ……では、こうすれば良いのかな……?』


 笑みを浮かべてそう語った後、彼女は長く垂れた袖を上げて自らの顔を隠した。そうして見せた後、落とされた袖から現れたのは蒼色の毛皮に覆われた狐の頭であった。


「「…………!」」


 その見慣れぬ異形の姿を目にして、ケルティスやニケイラは驚きで目を丸くする。


 だが、驚いた二人ではあったが、その異形の姿を恐ろしいとは感じなかった。吻と耳が尖った曲線を描くその輪郭や鋭く細められた瞳と言うその姿は、見る者達に異種独特の美しさを感じさせるものであった。


 その姿を目にしたリュッセルは一瞬目を眇め、一時思案の仕草をして見せた上で、チンチュアへと声をかけた。


『……その御姿……まるで、イツィア様のようですねぇ……』


 その言葉に、狐頭のままでその口元をニヤリと歪めて言葉を返す。


『おや、イツィア様のことをご存知か……いや、其方は西方大陸の生まれであったな……南方大陸の伝承も、幾らか心得があるか……』


「……イツィア様って、どなたのことですか……?」


 二柱の聖霊が交わすやり取りに、訳が分からず首を傾げたニケイラより問いの言葉が漏れた。そんな少女に向けて、ラティルより言葉がかけられる。


「イツィア様と言うのは、フェンファ族の始祖と崇められる女神の一柱ですよ……」



  *  †  *



 イツィア女神とは、“夢幻神”イーミフェリア女神に従う従属神(上位聖霊)の一柱である。


 彼の女神は夫たるシァテュエと共に、神代の時代において風の精霊界より地上界に降り立ち、獣頭有翼の亜人族たるフェンファ族の始祖となったと伝えられている。そのことから、女神の末裔たるフェンファ族によって崇められている。

 一方で、地上界に降りた彼女(イツィア)は、八大神の一柱である“夢幻神”イーミフェリア女神に帰依し、“夢幻神”の侍女として傍近くで仕えたとも伝えられている。このことから、南方大陸(フェルン大陸)東方大陸(チュルク大陸)において、女官・侍女の守護者として崇められている例も見られると言う。


 さて、“夢幻神”イーミフェリア女神は、“美の女神”と言う側面を有する神であったこともあって、従属して眷族となった神仙には美女・美形の者も少なくないと伝えられているが、彼の女神(イツィア)もその伝承に違わぬ美しい姿をしていたと言われている。

 それは白銀の毛皮に覆われた優美な狐頭と煌めく金色の翼を有する女性と言う姿であったと言われる反面、長く優美な銀髪と煌めく金色の翼を有する天使の美女と言う姿を採ることも出来たと伝えられている。


 この二つの姿を有すると言う伝承を、目前の聖霊――チンチュアの姿は想起させるものと言えた。



  *  †  *



 ともあれ、イツィア女神に関する伝承として、この様な話を語っていたラティルであったが、話の切れ目にリュッセルより声がかかった。


『……そう言えば、イツィア女神には面白い伝承がありますよね……』


 差し込まれたリュッセルの言葉に、ニケイラが首を傾げる。


「……?……面白い伝承、ですか……?」


 問いかけるニケイラに向けて、リュッセルより伝承が紡がれる。



  *  †  *



 神代紀の末期、“智慧神”ソフィクトと後に“邪知の魔王”と称されるソフィクトの最上位眷族の一柱であったヤーングートとの対立が、メレテリア世界の殆どの諸種族を巻き込む大論戦、更に対立へと拡大して行った。


 これが後に神魔大戦と称される大事件の契機となるだが、この大激論が生じている最中、イツィアは敢えて神人側と魔王側の何れの意見に賛同しているかの表明を避けた。これは、夫であるシァテュエが自ら帰依する“地母神”クレアフィリアの意見と同様に“智慧神”ソフィクトの側に付くことを逸早く宣言したことと対照的であった。

 遅いか早いかの違いはあれども、諸種族の始祖を務める諸神仙の殆ど全ての者が何れかの側に付くかを宣言した中で、大戦が本格化してもなお彼の女神は明確な宣言を行わなかったと言われている。



 そうした中で、八大神人率いる神人軍と八大魔王率いる魔王軍によって世界を二分する大激突――“神魔大戦”の幕が切って落とされた。


 この戦いにおいて、シァテュエは“地母神”クレアフィリアの鎮座地たる神殿の守護を任され配下のフェンファ族の戦士等と共に迫りくる魔王軍からの防衛戦を繰り広げ、魔王軍の侵入を一歩たりとも許さなかった。このことは東方大陸(チュルク大陸)を中心として広く知られる伝説である。


 だが、その戦いの中でイツィアの行動はある意味独特なものと言えた。



 彼女の取った行動とは、自分の配下であった一部のフェンファ族やティンフ達を率いて、魔王軍の陣を訪問したのだ。

 そして彼女等は、陣屋に集う妖魔達を慰労する酒宴を催したのだ。


 魔王軍の将兵は、彼女らが用意した美味なる酒肴と優美なる技芸で酔い痴れた。だが一方で、イツィアは酒宴で緩んだ魔王軍の陣屋から自身の眷族を密使としてシァテュエの許へ送り、フェンファ族による夜襲を成功させたのだった。

 それ以降もイツィアは、魔王軍を与するかの様に魔王軍の陣で酒宴を催したり、時に魔王軍の指揮官たる神仙に地母神神殿の抜け道を囁いたりと言った行動を取り続けた。しかし、その裏でそれら魔王軍の隙や進軍方向と言った情報をシァテュエへと届け続けたのである。


 つまり彼の女神は、神人軍の間者の様な役割を果たしていたのだ。


 だが、その行いは妖魔達を率いる魔王軍の大将の一柱――“妖魔王”の異名を持つ大妖魔イヴリグによって看破され、その首を刎ねられたと伝えられる。

 しかし、その死の間際に、彼の女神は自らの身体を瘴気へと変化させ、イヴリグを始めとする魔王軍主力たるヴァーラグ族(炎の悪魔)の戦士達をその瘴気で苦しめたと言う。

 そして、瘴気に苦悶する魔王軍の許に、シァテュエ率いるフェンファ族の戦士と救援に駆け付けた“人祖”アドリム率いる神人軍主力たる人族の戦士が挟撃する形で強襲し、結果としてイヴリグ率いる魔王軍は地母神神殿近辺での戦いで撤退を強いられたのだと伝えられている。



 神魔大戦における神人軍側の勝利に大きく貢献したイツィア女神であるが、その行いから詐術や謀事の守護者や、或いは男を籠絡させる者として認識されており、他の聖霊に比べると余り崇敬されていない傾向があるらしい。

 酷い場合には、魔王の眷族である邪霊に分類する例も見られるらしい。



  *  †  *



 リュッセルの話をニケイラは呆けた様子で聞き入っていた。


「………………」


 八大神霊の一柱――“夢幻神”に仕える女神(上位聖霊)の伝承と言うので興味津々と聞いていたのだが、その内容が期待していた様な清廉で正々堂々とした物語でなく、敵とは言え相手を騙し陥れると言った予想外の内容に、呆気に取られている様だった。


 一方で、この伝承を敢えて話さなかったラティルは苦笑し、事前に知っていただろうカロネアや伝承を朧気に知っていたケルティスは然程驚いた様子は見せなかった。


 呆気に取られている少女の様子を見下ろしつつ、狐耳の聖霊――チンチュアは狐頭のまま袖で口元を隠しながら笑みを漏らす。


『……フフフ……それは、懐かしい話を聞いたものだ……』


「……懐かしい話と言うと……やはり……?」


 漏れ聞こえた言葉を耳にしたラティルは、問いの言葉を呟く。


『……確かに、妾はイツィア様の御付の一人よ……』


 問いの言葉にチンチュアはそう答え、自らが抱える瑠璃の酒瓶を掲げて見せて言葉を続けた。


『かの大戦の折には、この酒瓶で妖魔達の酌に回ったものよ……あのニッグ卿(コボルド族の始祖)に酌をした時の脂下がった顔と言ったら……』


 そこまで語ると、思い出したのか悪戯っぽい笑い声を漏らした。



 その答えを聞いた、ケルティスやニケイラはその意味を理解して驚きに目を見張り、その歩みが止まった。その言葉は、この狐頭の聖霊が神代紀に生きた存在であったことを意味するものであるからだ。



  *  *  *



 聖霊チンチュアの正体に驚く余り、一同の歩みが止まったのもほんの一時のこと……一同は再び回廊を進み始めた。先程、その顔を狐面に変えたチンチュアも、今は顕現したと際の人面のそれへと戻していた。そうして、四人と二柱は他愛無い会話を楽しみながら神殿の回廊を進んで行く。



 そうした内に、今度はニケイラが思い出したかの様に小さく「あっ!」と呟きを漏らした。

 そして少女は、やや躊躇いがちに恩師ラティルの背後の虚空を進む聖霊に声をかけた。


「そう言えば、リュッセル様……先程呼ばれた“竜瞳”ってどう言う意味なのですか……?」


『う~ん……つまりは、ですね……』


 少女の問いかけに、リュッセルは暫し困った様子の面持ちを見せた後、その瞳を閉じた。そうして目蓋を落としたリュッセルの姿に、ニケイラとカロネアの視線が集中する。

 二人の少女の視線が集まる中、詩人の意匠を纏う彼の聖霊(リュッセル)はその瞼を開き、その瞳を少女達に晒して見せた。


「………!」


 見開かれたリュッセルの瞳を目にして、ニケイラは驚きで絶句する。


 その瞳は金色に輝く虹彩に紡錘形の瞳孔を持っていた。それは、人の持つそれではなく、竜が持つ瞳に見えた。リュッセルは “竜瞳”を開いたまま、その瞳を示して言葉を紡いだ。


『……この瞳――“竜瞳”を持っているからですよ……』


 その瞳を目にして言葉を紡げぬニケイラに代わる様にカロネアより問いの言葉が投げかけられる。


「……あの、リュッセル様……何故、その様な瞳をお持ちなのですか……?」


 その問いかけは当然と言える。何と言っても、一般的に人間がその様な(竜族の如き)瞳を有して生まれることは、考えられなかったからだ。

 ともあれ、その問いの答えは、問われた本人からでなく、問いを発したカロネアの背後より紡がれることになる。


『……それは、其方がニルヴァーマ一族の生まれだからであろう……』


「……ニルヴァーマ一族……?」


『あぁ……西方大陸(アティス大陸)に住まう流民の一族の一つよ……

 基本的に人間の集まりではあるが、一族を纏める長老が黒鱗の民(竜人族)であったことも影響してか、様々な亜人達が寄り集まって出来た一族らしくてな……

 彼の一族より生まれた人間の中には、本来人間族に現れることのない特徴を持って生まれることがあると言う話だ……』


「……そうなのですか……」

「……へぇ……そうなんだ……」

 流れる様に紡がれた言葉に、カロネアだけでなくニケイラも感心からの溜息が漏れた。


 そんな少女達へ、補足する様にリュッセルより言葉が紡がれる。


『……この瞳――“竜瞳”は、トート族の中で稀に見られるもので、魔力や精霊力の流れを視ることが出来、その精霊力の流れや精霊の動きを制することが出来るのですよ……』


 そこまで言った所で、彼の聖霊は傍を歩く庇護者たる女神官に視線を落とした後、再び言葉を続けた。


『……このラティルの“虹の瞳”も、私が持つ“竜瞳”に影響されたのかも知れませんね……』


 守護聖霊の言葉を受けて、ラティルより呟きが漏れる。


「そうですね……人は、守護聖霊の影響を受けて、その容姿や能力を授かることがあると聞きますからね……」


 そんな会話を重ねながら、一同は回廊を進んで行く。



 少し長めで、微妙にキリの良い所と言い難いですが、今回はここまでで……

 久し振りな設定回になってしまいましたが、巧く描けているのか少々不安ではありますが……楽しんで頂ければ幸いです。



 よろしければ、ご意見・ご指摘・ご感想等を頂ければ幸いです。

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