第十七節:検査の最後に……
カロネアが生じさせた魔力光は、先程まで検査を受けた生徒達が生じさせたどの光よりも、強い輝きを放っていた。
多くの者が指先を照らす程度が精々で、彼女――カロネアに次ぐ輝きを示したデュナンの光ですら手首の辺りまでを照らすのが精一杯であった現状であった。
その中で、彼女の生み出した青と紫が絡み合った輝きは、指先や手首だけでなく、肘の辺りには至らぬまでも前腕の殆どを照らし出す光量を示して見せたのだった。
少女――カロネアが生みだした魔力光の大きさに、壁際の生徒達からのどよめきは、先に比較的大きな光を生み出して見せたデュナンの時よりも大きなものとなっていた。
生徒達のどよめきが大きくなったことに気付いたラティルは、魔法陣に立つ少女――カロネアの様子を見詰めていた視線を壁際の生徒達の方へと移す。
そして、出席簿を小脇に抱えて、パンパンと数度拍手をしてどよめきを収める様に声をかける。
「……はいはい……皆さん、静粛に……静粛に……」
穏やかなその声に、全員のどよめきが完全に鎮まった訳ではないものの、その声量は幾分か静かなものへと変わって行った。
そうして、ある程度ざわめきが鎮まった所で、ラティルはカロネアの方へと振り返り、魔法陣の上に立つ教え子に向かって問いの言葉を紡ぎ出した。
「……カロネアさん、貴女は聖霊魔法の心得がありますよね?……それも、夢幻神の系統の……」
その問いかけに、カロネアは驚きで一瞬目を丸くする。
しかし、そんな様子も一瞬のこと、すぐさま気を取り直した少女は落ち着いた声色で返答の言葉を紡ぐ。
「……はい……確かに私は、祖母の許で夢幻神の巫女としての修養を積んでおります」
その返答に、今度は二人の会話を聞いていた生徒達の中から驚きの声が漏れ出す。
これまでの検査の中で、ラティルが生徒に魔法の心得がないかと聞く場面は数度見られた。それはデュナンに代表される比較的強めの光を放つことが出来る生徒に対して問いかけられるものであった。
しかし、それらは「修練を行っていましたか?」と言った問いかけであり、確信を持って「心得がありますよね?」と、問いかけることはなかった。
しかも、その問いかけに肯定の返事を示した者は、今の所は一人もいなかったのだ。
これらの事情だけでも驚きに値するが、それに加えて彼女が修得している魔法が「“夢幻神”イーミフェリア女神の聖霊魔法」と言う、北方大陸では比較的珍しい魔法であると言う事実が、その驚きを更に大きくしている様であった。
とは言え、周囲から漏れる驚きの声に、少しばかり恐縮した様子を示しつつ、青き髪の美少女は言葉を続けた。
「……ですが、私の守護聖霊――チンチュア様の御声を聴くことや、初歩・初級と言える僅かばかりの呪文が唱えられる程度のものです……」
遠慮がちに紡がれる言葉に、微笑みを湛えた様子で言葉を返した。
「いえいえ……初歩の呪文とは言え、貴女程の歳で聖霊魔法を扱えると言うことは、十分に大したものだと思いますよ……
私も貴女程の年頃には、自分の守護聖霊と様々な言葉を交わしていましたが、聖霊魔法を行使することは出来ませんでしたからね……」
微笑んで答えるラティルの言葉を聞きながら、カロネアは少しばかり面立ちに翳りを抱えて問いの言葉を漏らす。
「……あの、ラティル先生……
私が明らかに異教の者であると判ってしまうと、この学院の授業を受けることに障りとなるのでは……?」
心配そうな面持ちで紡がれた少女の問いかけに、ラティルは微笑みを保ったまま言葉を返した。
「そんなことはありません……
確かに、セオミギア大神殿は“知識神”ナエレアナ女神を奉ずる処ではありますが……異なる神を信仰する者を排斥する程に狭量な所ではありませんよ……」
「……ありがとうございます……」
講師たる女性の笑みに、少しばかりの安堵を覚えて青き髪の少女は微かに口元を綻ばせて、魔法陣から壁際の方へと下がって行った。
* * *
そして、再び生徒達への魔法適性の検査は続けられた。
やがて、ラティルは一人の生徒の名を呼ぶことになる。
「では、次は……一年灰組、ヘルヴィス=ペンコアトル君」
「……はい」
その呼び声に答えたのは、回廊にてラティルへ質問を投げかけた眼鏡の少年であった。
眼鏡の少年――ヘルヴィスは坦々とした足取りで魔法陣に向かい、その中心に立った。
そして、今までの生徒の中で最も流暢に合言葉を唱えて見せた。
『我が内に潜みし魔力に命ず……我が指先に光を灯せ』
その言葉に応じて、少年の指先より光が煌々と輝き始めた。
「「「……おおぉ……!」」」
「「「……凄ぇ……!」」」
「「「……何てこと……!」」」
その煌々とした銀色の輝きを目にして、再び生徒達よりどよめきが湧き上がる。
何故なら、眼鏡の少年――ヘルヴィスが生み出したその銀色の光は、またしても……それまでの中で一番に強烈な輝きを放っていたからだ。その銀色の輝きは、掲げられた右腕の前腕はおろか……肘、更に上腕の一部までも照らし出していた。
生徒達の驚きから漏れ出たざわめきは、既に何度も訪れた出来事だったこともあって、暫くすると鎮まって行った。
そうした背後のざわめきを余所に、ラティルはヘルヴィスに問いの言葉を投げかける。
「……ヘルヴィス君も魔法の心得がありますね?
おそらくは、帝国魔法……ですよね?」
その問いの言葉に、ヘルヴィスは左手で眼鏡を軽くかけ直し、口角をやや上げて答えの言葉を返した。
「えぇ、私は帝国魔法を修得しています。既に初歩・初級の呪文だけでなく、中級の呪文の幾つかも操ることが出来ます」
誇らしく胸を張り、何処か周囲を嘲る様な調子を孕んだその言葉には、暗に “この講義”を受ける必要がない程の知識や能力を有していると言わんとしている様であった。
そんな慇懃無礼とも言える返答に、ラティルは苦笑を浮かべて言葉を続ける。
「……そうですか……確かに、帝国魔法の知識は十分かもしれませんね……
でも、聖霊魔法の知識等を知るなら、ここ――“神殿都市”の方が良く学ぶことが出来るかも知れませんし……他にも、“神殿都市”であればこそ学べることがあると思いますからね……」
「…………さぁ?……それはどうでしょう……」
ラティルの言葉に対し、ヘルヴィスは幾らか侮る様な調子で短い言葉を返した。そして、壁際に並ぶ生徒達を見下す様に半眼で睥睨し、壁際の元いた場所へと戻ったのだった。
ヘルヴィスの態度に、デュナンやニケイラと言った一部の生徒達は、思わず眉を顰めたり、悪態を吐いたりして見せたのだった。
* * *
ともあれ、その後も検査は続いて行った。
ヘルヴィスに続いた生徒達は、やはり指先を照らすのが精々と言う結果を見せていた。
そうして検査が進む中で、ニケイラはケルティスやカロネアに声をかける。
「……カロネアさん、ケルティスさん……私、大丈夫でしょうか……?」
「……?……如何したんですか、ニケイラさん」
ニケイラの言葉の意味を測りかねたケルティスが訝しげに呟きを漏らす。
「……検査の結果が芳しくないかも知れない……と心配なのでしょう……」
そんな彼に説明して見せる様にカロネアが言葉を繋げる。
「えぇ……ラティル先生の授業だからって受けることにしたんですけど……今は不安で……だって、私はセオミギアじゃなくてランギアの生まれだし、家族に魔法の使い手がいる訳じゃないし……」
カロネアの説明とニケイラの弱音を聞き、ケルティスは一時視線を二人の間を行き来した後、ニケイラへと言葉を返した。
「……大丈夫なんじゃないかと思いますよ、ニケイラさん……
別に家族に魔法使いがいないからって、魔法の才がない訳じゃありませんし……
それに、僕が視た限りじゃ、人より強い霊気を持っている様に思いますから……」
「…………そ、そう……ですか……?」
ケルティスの言葉を聞き、俯き気味なニケイラは上目遣いで彼を見詰め返した。
そんな言葉を交わす三人の許に、ラティルの声が降りかかる。
「……っと、それでは……一年灰組、ニケイラ=ティティスさん」
そして、遂にニケイラの番がやって来たのだった。
「……は、はい……!」
講師ラティルの声に、弾かれた様に返事の声を上げ、身を硬くしたまま、ぎこちなく歩を進めた。
そして、魔法陣の中心に立った赤毛の少女は、ピンと右手を伸ばし、緊張で口元を強張らせながら合言葉を叫んでみせた。
『わ……我が、内に、潜みし、魔力に命ず!……我が、指先に、光を灯せ……!』
合言葉を叫ぶ時、ニケイラは思わず右手から顔を背け、目を瞑った。
「「「…………」」」
思わず閉ざした目をゆっくりと開き、右手の方へと顔を向け様とするニケイラの耳に、生徒達が息を呑む音が届いた。
その音に、彼女は自らの右手へと視線を走らせた。その視線の先にある光景に、ニケイラは驚きの余り絶句する。
「……え?……ええっ?」
少女の視界に映ったのは、右手の手首辺りまでを照らす緑色の光であった。
驚いて目を丸くしているニケイラに、ラティルから声がかかる。
「……ニケイラさん、貴女は魔法の心得はありますか……?」
「……い、いえ……あ、ありません。家族も、一人も魔法使いじゃないし、何にも光らなかったら、如何しようかって……」
慌てて言葉を紡ぐ少女の様子に、彼女は微笑みを浮かべて言葉を返した。
「そうですか……でも、貴女は高い素質を持っている様ですよ……良かったですね」
「は、はい……ありがとうございます!」
ラティルの言葉に、喜色を湛えた笑みで言葉を返して、ニケイラは足取りも軽く壁際の方へと戻って行ったのだった。
* * *
そうして、更に検査は続き、出席簿の最後に記されている者まで一通りの検査が終わった。
「…………よし、これで全員の検査は終了しましたね……」
念の為、出席簿を指でなぞったラティルは、安堵の混じった呟きを漏らした。
そんな彼女の呟きを耳にして、ヘルヴィスは眉を顰めた。そして、手を挙げて講師たるラティルへ向けて声を上げた。
「……講師ラティル!……まだ、ケルティス=コアトリアの検査が終わっていません」
その声に、生徒達の間から幾つかの短い言葉が漏れる。
確かにケルティスの名が呼ばれていなかったことに気付いた生徒達の間からざわめきが湧き出して行く。
そんな生徒達の様子を見て、ラティルは困惑気味に表情を渋いものに変わって行く。
「……う~ん……ケルティス君、ですか……」
渋い顔を見せる彼女の様子に構うことなく、眼鏡の少年は追及の言葉を続ける。
「そうです。この授業を受ける全員が検査を受けているのに、ケルティス=コアトリアのみが受けていないと言うのは不公平です。
何か、彼が検査を受けるのに不都合なことでもあると言うのですか……?」
「……不都合、ですか……それは…………う~ん、何と言ったら良いのか……」
言い募るヘルヴィスの言葉に、渋い顔で言い淀むラティルの様子に、生徒達からも徐々に不審の色が混じった視線が増えて行く。
生徒達の視線が集まる中、ラティルはケルティスと視線を交わす。
「…………ケルティスさん……」
「……如何なさるのです……?」
無言でラティルと無言のやり取りを交わす虹髪の少年に向けて傍らの少女達から声がかかる。
「……大丈夫です……」
そんな二人の声に、我に返った少年は友人たる少女達に軽い頷きを返して見せる。そして、壁際から一歩足を踏み出した。
「……分かりました。僕が検査を受けます」
「「「…………」」」
その返答に、周囲から小さなざわめきが湧き上がる。
そんなざわめきを背に、ケルティスは魔法陣に向けて歩を進めて行く。そんな少年の背に声がかかる。
「頑張って、ケルティスさん!……皆を見返すんです!」
声に振り返った少年は、背後で声援を送るニケイラの姿を見付けることが出来た。
「……えっと……はい……」
その姿を見て、ケルティスは躊躇いがちに拙い言葉を返した上で、再び魔法陣の許へと歩を進めたのだった。
* * *
魔法陣の許に辿り着いたケルティスは、その中心に立って右腕を掲げた。
虚空を指差す様に伸ばされた指を見詰めつつ、少年はその言葉を呟く。
『…………光よ……』
その言葉に応じて、彼の指先より“虹色”の光が輝き出す。
「「「……………………」」」
「「「……………………」」」
「「「……………………」」」
その輝きを目にした生徒達一同は、驚きの余り言葉を失い、呆然とその光景を見詰めることしか出来なかった。
彼――ケルティスが生み出した“虹色の魔力光”は、彼の上半身全体を煌々と照らし出していた。
それは、この日、この場所に入った者達の中で、最も強烈な――桁外れに強い光量を持つ“魔力光”を放っていることを示していた。
そして同時に、その輝きは彼が内包する魔力量の常識外れな膨大さを意味していた。