第十五節:回廊の授業と……
講義室を出たラティル達一行は、学院の回廊の一つをゆっくりと進んでいた。
先導して進むラティルは、時折後に続く生徒達の様子を窺う様に振り返りながら、生徒達に向けて言葉を投げかける。
「さて……ただ回廊を進むだけと言うのも寂しいものでしょうから、講義の触りと言った話を少ししてみましょうか……」
そう言って、彼女は歩の進みをやや緩めて言葉を紡いだ。
「この世界――神の創り賜うた世界において、“魔法”と称される術技は大きく分けて四つが存在します」
そこまで口にして、彼女はチラリと背後の生徒達の様子を見やる。後に続く生徒達の多くが耳を傾けている様子を目にして、彼女は再び前を向いて言葉を紡ぎ出す。
「まずは、“聖霊魔法”……別名として“神聖魔法”とも言いますね。
これは神霊界に御座します八大神霊やその眷属たる数多の聖霊に祈りを捧げ、その神霊や聖霊の御力や奇跡の業を借り受けることでなされる魔法を指します。
多くの場合、術者個人を守護する守護聖霊に祈りを捧げ、この守護聖霊の力を借り受けるか、守護聖霊を仲介して神霊や聖獣と言った高位の神々の業を借り受ける形で行使されていますね。
当然、行使できる術者は霊的存在である聖霊や神霊を知覚する才覚がまず必要になりますね。そして、聖霊や神霊が力を貸すに値する者としての心持や徳目を有しなければ力を借り受けることは難しいと言われています。
だからこそ、この“聖霊魔法”の使い手は、神の僕たる神官や司祭、或いは僧侶が行使する魔法とも言われています」
そこまで語って、彼女は言葉を一拍途切れさせた。
* * *
そして、数歩進んで彼女の口が再び開かれる。
「さて、次に挙げるのは“編纂魔法”ですね……と言っても、皆さんには“帝国魔法”と言う呼称の方が馴染み深いでしょうね。
この魔法は本来、“知識神”ナエレアナ女神と“虹翼の聖蛇”エルコアトルの命によって、その眷族である私達――ユロシア人の祖たる“人祖”ミギウやトート族の祖たる“医神”アエスケルが、世界の摂理や神々の御業の本質を調査し、編纂することで確立したと伝えられる魔法です。そして、この魔法を“聖蛇”エルコアトルより最初に伝授されたのが人歴の開闢を宣言された“仙王”ウィルザルドです。そして、彼の手によって人々に伝えられたこの魔法によって、人類最初の国家――“ユロシア魔法王国”……そして、その後身国家たる“ユロシア魔導帝国”は大きな発展を遂げた訳です。
この魔法――“編纂魔法”は、その成立や発展の背景もあって、他の魔法系統の術式を再現する呪文なども含めて高い汎用性を有しています。そして、他の魔法系統の呪文と競合する場合、その効果が優越に機能する傾向にあります。
この魔法の使い手は一般に、“魔術師”と呼称されますね。この魔法――“編纂魔法”を行使する為には、複雑な術式の法則を理解し、それらの構文を構築する知識と、術式発動の為の魔力媒体となる“発動体”の携帯が必須となります」
そうして、彼女は再び口を閉ざす。
* * *
そして、数歩進んだ所で、再び言葉を紡ぎ出す。
「では、その次に挙げるのは“精霊魔法”です。
これは、万物の自然現象を司る精霊に呼びかけて、その精霊の力を借り受けることでなされる魔法を指します。
多くの場合、精霊を認識し、友誼を結ぶ人々が、様々な精霊に請願してその力の片鱗を借り受ける形で行使されます。
この魔法の使い手は、“精霊使い”と呼ばれており、精霊とも親和性の高い妖精族に多くの使い手が存在しているとされています。
当然ですが、行使できる術者は精霊の存在を知覚し、彼等との友好な関係を結べる精神を持っている必要があると言われています。また、精霊に力を借りる性質上、力を借りるべき精霊が存在しない場所での行使は不可能ですし、他の魔法系統の干渉を受け易いとも言われています」
そう言うと、再び彼女は口を閉ざした。
* * *
そうして、数歩進んで再度彼女は言葉を紡ぎ出す。
「そして、最後に挙げるのは“神竜魔法”です。
これは、天上を巡る二大神竜や六大竜王の眷族である“有鱗の民”が、神竜や竜王への崇拝を基に自らの身体を賦活することで、神竜や竜王の御力や御業の一端を顕在化させることでなされる魔法です。自身を賦活させることで使用すると言う性質上、呪文の詠唱や結印等の省略が、他の魔法系統よりも容易に行えるとも言われていますね。
基本的に、この魔法は神竜や竜王の末裔とされる諸種族が、その血に潜在する神々の力を顕在化させる形で行使されます。この魔法の使い手は、“竜巫師”と呼ばれるそうです。
当然のことですが、この魔法を使用できるのは、神竜や竜王の末裔とされる竜族・亜竜族に分類される諸種族と一部の妖精族だけでしかありません。ですから、竜王とは血縁的な関わりを持たない人間には、原則的に習得できるものではありません。
また、竜族や亜竜族と言った“有鱗の民”は、六大竜王に対応した銀鱗・黒鱗・赤鱗・青鱗・緑鱗・白鱗の六つに分類され、それぞれに対応する属性の魔法しか使うことができないとされます」
そこまで言って、彼女は口を閉ざした。
* * *
その時、ラティルの背後より声が上がった。
「ラティル講師……質問があります」
その声に、彼女は一旦足を止め、背後に続く生徒達の方へと振り返る。その視線の先には、小さく挙手した眼鏡をかけた少年の姿があった。
「……なんでしょう、ヘルヴィス君……?」
彼女は挙手した少年に向けて、穏やかな声で言葉を促す。それに応じて、少年は質問の言葉を紡ぎ始める。
「先程まで述べられた四つの魔法系統では、全ての魔法系統を紹介したとは言えないのではないですか……?」
「……そ、そうだ!……“呪歌”や“魔法陣”のことを言ってないぞ……!」
眼鏡の少年に割って入る様に別の方向から声が上がる。それは尊大な態度でふんぞり返った様子の少年――デュナンであった。
そんなデュナンの様子に、ラティルは微苦笑を漏らして言葉に迷うように首を傾げて見せた。しかし、そんな彼女の様子を忘れる程の言葉がヘルヴィスより投げ付けられる。
「馬鹿か、お前は……?」
「……な、何!……貴様……!」
「今までの話を聞いていなかったのか……?
世界にある魔法の系統を“大きく”分ければ四つに分類されると……
“呪歌”も“魔法陣”も、講師ラティルが先述された四系統の魔法から分派したものに過ぎないことぐらい常識だろう……」
露骨に嘲弄の色が浮かぶ口調で述べられる言葉に、デュナンの顔は怒りで紅潮して行く。そんな彼の様子を、眼鏡の少年はその視線に軽侮の色合いを込めた視線で見上げる。
両者による無言の睨み合いに、周囲の生徒達に緊張感が満ち始める。
そこにパンパンと手を打ち合わす音が回廊に響いた。
その音に生徒達の視線が一斉に集まる。それは先頭に立つラティルの手より生み出されたものであった。
「……はい、そこまで……
ヘルヴィス君、確かに“呪歌”や“魔法陣”に関しての認識は間違いではありませんけど、それが常識と言うのは“魔法都市”ではともかく、普通はそこまで広く知られている訳ではありませんよ」
微笑みを浮かべた彼女は、穏やかな調子で睨み合う二人へと言葉を紡いだ。そして、改めて生徒全体に向ける様に言葉を続けた。
「ヘルヴィス君の質問に答える前に、デュナン君が挙げていた“呪歌”や“魔法陣”のことを少し説明しておきましょうか……
“呪歌”……正式には、“呪法歌唱”と呼ばれていますね。これは――ヘルヴィス君も言っていましたけど、“編纂魔法”から派生した魔法……あるいは技術ですね。呪文を使用する際の結印等の動作を省略し、詠唱の言葉や音韻のみで魔法を発動させる目的で成立したと伝えられています。
一方で、“魔法陣”は正式には“呪法陣図”、或いは“呪法陣図法”と呼ばれています。こちらも“編纂魔法”から派生した手法……あるいは技術ですね。魔法語やある種の記号等を特定の形で配置することで、そこに魔力を込めることで、魔法を発動させたり、呪文の詠唱を補助したりすることができます。
“呪法陣図”については、古代紀に成立した当初は“編纂魔法”の補助技術として使用されていましたが、現在では“編纂魔法”だけでなく“聖霊魔法”や“精霊魔法”の補助技術としても使用されています。
他にも、“呪法舞踊”と称される魔法があります。これは“精霊魔法”から派生した魔法……あるいは技術ですね。これは、呪文の詠唱を行わず、舞踊によって精霊を魅了して、“精霊魔法”の効果を発動させると言う技術になりますね。
その他にも幾つか魔法に関係する諸技術は存在しますが……それは、追々授業で説明することにしますね……
ともあれ、これら挙げた魔法は、“聖霊魔法”・“編纂魔法”・“精霊魔法”・“神竜魔法”の四つに概ね分類される何れかの魔法系統から派生したものになります。その意味で、世界にある魔法は四系統に分類できると言える訳です」
そう言うと彼女は言葉を止めて、周囲の生徒達へと視線を巡らせる。そして、彼女は言葉を紡ぐ。
「さて、ヘルヴィス君から出た質問は歩きながら答えることにしましょうか……」
そう言うと、彼女は回廊の先に向かって歩み出し、一同を先へ進むように促した。
そして、数歩ばかり進んだ彼女は再び言葉を紡ぎ始める。
「……では、先程の質問に答えましょうか……
今まで述べた魔法の四系統とは異なる魔法ですが……確かに、そう言える魔法――いえ、御業と呼べるものは存在します。
その御業の名とは、“神仙術”と称される術になります。何らかの魔法を極め、そして何らかの武術・技芸等の技術を高みに至りえた者が、何れかの神族に認められた場合にのみ修得することが可能です。
これは“世界の摂理”に干渉する御業であり、これを身に付けた方々を“仙術師”……或いは、“神仙”と称されます。後者の呼び名で分かる通り、この御業を身に付けた方々は、神々の席に列することになります……つまり、“神族”の一柱に数えられる存在になると言うことです。ですから、厳密に言えば、この御業は“魔法”に分類すべきものかは微妙なものなのです……」
そこまで言って、彼女は歩きながら背後の方へと振り返る。そして、後に続くヘルヴィスの方へと視線を送る。
「……簡単な説明ですけど、これで良かったですか……?」
「……はい、構いません……」
彼女の問いかけに、何処か憮然とした面持ちで眼鏡の少年は答えを返した。その少年の様子に、軽く頷いて再び前を向いて歩を進めた。
* * *
程なくして、彼女は一つの扉の前で足を止めた。そして彼女――ラティルは、後に続いていた生徒達の方へと振り返り、一同に向けて声をかけた。
「……はい、到着しました。ここで皆さんの魔法適性を検査させて貰います。
さぁ、皆さん……入って下さい……」
そう言って、彼女は手前にある扉を開いたのだった。
取り敢えず、少しばかり短めになりますが、この辺りで切らせて頂きます。
久し振りに全編が説明回……一応、全部ラティル師の台詞と言う形式になっていますが……orz
ご意見・ご指摘・ご感想等ありましたら、頂けますと幸いです。