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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第一章:入学の日
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第一節:目覚めの時

 そして、“彼”は目を覚ました。



 見慣れた部屋と身に馴染む寝台の感触……それらを微睡みと覚醒との間を往き来しながら噛み締めつつ、彼は小さく呟いた。


「……あ…………夢か…………」


 ポツリと口から漏れた自分の呟きを耳で聞き、彼はその身体を寝台から起す。そして、自らが思わず漏らした呟きを思い出し、彼の表情に苦い物が混じった。

 先程まで彼が見ていた夢は、ただの夢――事実無根の荒唐無稽な代物の類と言う訳ではない。彼の記憶の中にしっかりと刻まれた事実――実際に起こった出来事である。だが、正しくは……この記憶の本来の持ち主は、彼自身ではない。

 そこには、少しばかり説明するには複雑な事情が横たわっている。



 さて、身を起し複雑な表情で覚醒を終えた彼の耳に、コンコンと扉を叩く音が届いた。

 その音の方へと首を巡らせた彼は、自分の部屋の扉を開いて中へ入ってくる女性の姿を捉えた。

 女性……と表現したものの、彼女を初見で目にした多くの人々がその表現を素直に頷けるかは少々微妙な所かもしれない。

 彼女は濃紺のワンピースに白いエプロンと言う組み合せのエプロンドレス――所謂、一般的な侍女の装いを身に纏い、赤味がかった艶やかな飴色の髪をエプロンドレスに合ったヘアバンドで纏めている。そして、それら侍女としての装いを纏うその身体は、ある意味で女性の理想とも言えるメリハリのある優美なラインを描いている。

 ここまでを聞けば、女性と言う表現に疑問を持つ要素はないだろう。しかし、彼女の顔やエプロンドレスから覗く素肌は、木目の浮かぶ木材によって出来ており、衣装から除く関節部は一部の人形で使われるような球状の部品で連結された様な機構となっている。更に言えば、彼を見詰める彼女の目には、白目と黒目の区別――より詳細に言えば、虹彩と瞳孔の区別さえ存在しない銀一色の代物となっている。

 つまり、部屋に入って来た彼女は一人の女性と言うよりも、むしろマネキンや人形と表現した方がしっくりと来る容姿をした存在なのだ。


 彼女の名前はメイ、彼の家に仕える侍女達の筆頭を務める女性だ。



 そんな、見る人によっては異様な姿と映る彼女は、寝台で身を起した彼に向けて優雅な風情で軽く頭を垂れ、水晶を鳴らしたような涼やかな声で語りかけた。

「おはようございます、坊ちゃま。お目覚めになられましたか?」

 表情の変化に乏しい彼女の顔は、一見すれば無表情にも見受けられるが、その言葉や身に纏う雰囲気から微笑を浮かべたような穏やかで温かな想いが感じられる。そんな彼女に向け、彼も微笑を浮かべて挨拶の言葉を返した。

「うん……おはよう、メイ。もう、目は覚めてるよ」

 そう言葉を返す彼に、小さく首肯して彼女――メイは寝台の方へと歩を進める。そして、寝台の許へと歩み寄った彼女は、左手に抱えた衣服を寝台の上に置き、彼に向けて言葉をかける。

「今日のお召し物は、ここに置いておきますね。お着替えはお手伝い致しましょうか?」

「うん……大丈夫、自分で出来るよ」

 寝台から降りながら彼はメイの言葉へ答えを返す。


 そんな彼の様子に、メイは無言で頷きを返して寝台の傍から離れ、部屋の一隅に置かれた大きな布を被せられた家具の許へと歩み寄る。そして、メイは被せられた布を取り外した。その布に覆われた家具とは、彼の身長より大きな一枚の鏡――姿見であった。

 メイは被せられた布を綺麗に折り畳み、姿見の傍らの小卓に置いた。

「それでは、私は朝食の準備に戻ります……失礼致します」

 そう言って一礼すると、メイは彼の部屋から退室した。



 寝台から降り、寝間着を脱ぎ、彼は用意された衣服に袖を通す。

 白地に灰色の縁取りが施された神官衣に似た意匠の長衣を纏い、彼は自らを姿身に映してみせる。

 その姿見に映るは、年の頃は十歳程度の少年の姿である。

 細身で色白な身体をした姿は、この国に住む主要民族――ユロシア人としては一般的な特徴と言える。その鏡面を見詰める瞳は銀色であり、これもユロシア人としては多くは無いものの特別に珍しいと言う訳でもない。鏡面に映る顔立ちは、一応は整っているが、特筆する程に人の目を惹き付ける様な美しさを持っている訳ではない。

 しかし、そんな個々の要素を掻き消す稀有な特徴が彼にはあった。その特徴とは肩にかかる程度に伸びた長い髪の色……黄金・白銀・黒紫・赤紅・紺青・碧緑・透白の七色が斑模様に入り混じった独特の調和のある彩りを見せている。

 世の人々によって“虹色”と形容されるこの色合いを身体に帯びる者は、非常に珍しいことを彼は知っている。だが、彼は知ってはいるが、実感しているかと言われれば、そうとは言い切れない所があった。



 彼の名は、ケルティス=コアトリア……北方大陸の一国家――セオミギア王国の新興貴族、コアトリア家の子息の一人である。



  *  *  *  



 身支度を整えた彼――ケルティスは、自分の部屋から出た。朝食の準備と言う話を聞いていた彼は、食堂へと続く廊下に足を進める。


 食堂へ続く廊下を進む彼が、幾つかの廊下が交差する所に差し掛かった時、一人の女性の姿が目に映った。

 神官衣に身を纏う彼女は、色白で痩身の身体に、背にかかる程の長さに伸びたくすんだ金髪と言う姿をしており、それらはユロシア人として一般的な容姿をしていると言えた。だが、彼女の容姿の中で最も印象を与えるだろう特徴は、その瞳の色合いである。彼女の瞳――虹彩の色は、ケルティスの髪色と同じ物である“虹色”の色合いを呈している。


 神官衣を纏う彼女に向けて、彼は挨拶の言葉をかける。

「おはようございます、ラティルさん」

「おはようございます、ケルティス君」

 その声に振り返った彼女は、柔らかな微笑を浮かべ、穏やかな声音で挨拶を返した後、その目を笑みで細めつつ言葉を続けた。

「学院生徒の制服、似合ってますね」

「……あ、ありがとうございます」

 彼女の発した褒め言葉に、白皙の顔を朱に染めると言う、分かりやすい照れ方を見せたケルティスは礼の言葉を述べた。

 そんな彼の様子を微笑ましい面持ちで見詰めていたラティルは、短く言葉を返した後、別の話しを口にした。

「……そうだ。今さっき朝食の準備が終ったから、メイ達が食堂へ朝食を運んでいる筈ですよ。私達も急ぎましょう」

「は、はい……そうですね」

 そう言葉を交しながら、二人は食堂に向って一緒に歩き始めた。


 今、彼と共に廊下を進む彼女の名は、ラティル=コアトリア……八大神の一柱にして“知識神”と崇められるナエレアナ女神を奉ずる世界最大の神殿であるセオミギア大神殿に仕える神官の一人である。そして、彼――ケルティスの姉の夫である女性である。


 何かの言い間違いの様な説明だが、これは間違いない事実である。そこには、少々込み入った事情があるのだが、それは後で説明するとしよう。



  *  *  *  



 ケルティスとラティルの二人が食堂に入った時、そこでは食卓へと朝食が並べられている所であった。

 侍女長であるメイの指図の下、この家の侍女達――メイと良く似た容姿をした木製の身体を持ったものたち――によって、配膳車に乗せられていた朝食や食器類を各自の席の前へと配膳されている。


 そんな侍女達が動き回っている中、食卓の上座に座っている人物より言葉が発せられた。

「おはようございます、ケルティス、ラティル君」

 一見して青年と呼んで良い年頃に見えるその人物は、“虹色”の髪と銀色の虹彩を持つ顔立ちは、外見上の年の差を考慮すればケルティスと瓜二つと言う程に似通っている。そして、ラティルが纏う物より若干意匠の異なる高位神官用の神官衣を身に付けていた。


 この人物の名は、ティアス=コアトリア……セオミギア大神殿を統括する九院の一つである書院の長を務める人物であり、セオミギア王国新興貴族の一つであるコアトリア家の創始者にして、現当主である。ちなみに、ケルティスの親に当たる人物でもある。


「おはよう、お父さん」

「おはようございます、書院長」

 この家の当主たる人物の声に、入室して来た二人は口々に挨拶の言葉を返した。


 そんな二人に――より正確には、その内の一人に向けて声がかかる。

「遅いぞ、ラティル! 待ちくたびれたぞ!」

 声を張り上げたのは、当主ティアスの右隣に座る一人の女性……“虹色”の髪と銀色の瞳を持つ麗人であった。凛々しさや精悍さと艶やかさの同居した彼女の美しさは、十中八九の人の目を惹き付けるに足るものだろう。その身を包むのは、白地に薄青の縁取りを施したこの国の騎士団の平服である。


 彼女の名は、レイン=コアトリア……セオミギア王国白牙騎士団を構成する十二隊の一つである第十番隊隊長を務める騎士である。そして、ティアス=コアトリアの長女であり、ケルティスの姉にして、ラティルの配偶者でもある。


 妻の張り上げた声に、憮然として肩を落としたラティルは、脱力した調子で言葉を返す。

「…………レイン……無茶を言わないで下さい。

 朝食の準備の後で着替えることは、承知していた筈でしょう?」

「それは知ってる。 それでも遅いから遅いと言ってるんだ」

 食堂の入口と食卓の席上の間を飛び交う夫婦喧嘩染みた女声の応酬に、ケルティスは少しばかり居心地の悪さを感じて首を竦ませる。


 そんな時に別の方向から声が上がった。

「レイン!……それぐらいにしておけ。

 ラティルも、そんなことの相手をしていないで席に着いたらどうだ? ケルティスが戸惑っているぞ」

「…………」

「す、すみません」

 その声の主は、ティアスの左隣に座する女性であった。その姿は、向かい合って座るレインと瓜二つの容姿をしている。しかし、その髪と瞳の色は、ユロシア人としては非常に珍しい漆黒にして、その身に纏う服は意匠こそレインと同様だが、その地の色は漆黒となっている。

 そんな彼女の声に、レインは不貞腐れた様に黙り込み、ラティルは恐縮して頭を下げた後にそそくさと席に急ぐ。そんなラティルの歩みに促される様に、ケルティスも自分の席に向って歩き始めた。

 そうして、自分の席の前に立ったケルティスは、先程二人の言合いを制した女性に向けて挨拶を交した。

「おはよう、セイシア……母さん」

「うむ、おはよう、ケルティス」


 この黒髪の彼女の名は、セイシア=コアトリア……セオミギア王国白牙騎士団の副団長の第二席を務める熟練の騎士である。そして当主ティアスの細君であり、レインの母親たる人物である。


 互いに挨拶を交し、ケルティス達が席に着くと、食卓を見回したレインが改めて口を開いた。

「……それにしても、あいつ等も来るのが遅いな……」

「そう言えば……まだ、起きて来てないんですか?」

「あぁ……ったく、休み明けだからと……」

 レインの呟きに、ラティルが言葉を返した直後、食堂の扉が勢い良く開かれた。

「おはようございます!」

「ふぁ~あ……おはよう……」

 開かれた扉から、一方は焦った様子で、もう一方は暢気な様子で、食堂の一同に挨拶が届けられる。

 飛び込んで来たのは、少年と少女の二人である。いずれも、ケルティスと同年代……やや年長と思わせる年の頃をした少年少女である。


 少年は“虹色”の髪に碧色の瞳を持ち、生真面目さと気弱さを窺わせる面持ちは何処かラティルの面影と重なる。

 一方、少女はその髪と瞳に“虹色”の色を纏わせ、欠伸を隠さぬ屈託のない快活さが窺える面立ちには、レインやセイシアに通じる造作が垣間見える。


 欠伸を漏らす少女の様子に、ラティルやレインが胡乱な目を向けてくる。しかし、そんな様子に全く悪びれた様子も見せず、少女は悠々と自分の席に着く。

 一方で、一足先に食堂へ踏み込んだ少年の方は、自分に向けられた訳ではない二人の視線に幾許か恐縮した様子を見せて、少女の隣の席へと着いた。



 少女の名は、レイア=コアトリア……レインとラティル娘であり、共に入室して来た少年の姉に当たる人物である。


 そして少年の名は、フォルン=コアトリア……こちらもレインとラティル息子であり、共に入室して来た少女――レイアの弟に当たる人物である。





 こうして食堂に集った七人に、もう一人を加えた八人が……ケルティスの家族たるコアトリア家の面々である。

 そんな彼等は、世の人々から畏怖と崇敬の念を込めて “虹の一族”と呼び習わされていた。



 どうも、夜夢と申します。こちらへの投稿は初めてとなります。

 不定期の投稿となるかと思いますが、読んで頂けるなら幸いです。

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