第十四節:授業の前に……
さて、ケルティス達にとっての最初の“武術”の授業は、その日の午前に行われる最後の授業となっていた。当然のこととして、その授業が終わった後には、昼食の時間が訪れた。
“武術”の授業を受けていた生徒達は、流した汗を手拭い等で拭き取ったり、ある者は軽い沐浴を行う為に訓練場横の簡易浴場を利用したりして身支度を整えた後で、各々が生徒用の食堂へと向かって行った。
* * *
そんな中でケルティスは、ニケイラやカロネアと一緒に三人で訓練場を出て、生徒用食堂へと到着していた。
この食堂は、生徒達に用意された食堂の一つであり――学院内に生徒用の食堂となる施設は数ヶ所存在する――訓練場に程近い場所にあった。
訪れた少年達は、用意されたパンとスープを受け取って、食堂の卓の一つに座って昼食を食べ始めた。
そうして食卓を囲んだ三人の話題は、自然と先程までの“武術”の授業に関するものになっていた。
「はぁ……それにしても、ケルティスさんがあんなに強いなんて、知らなかったなぁ~……」
「……そうですね……」
溜息混じりに呟くニケイラの声に、カロネアからも同意の言葉が漏れる。
そんな二人の様子に、困惑気味な口調で言葉を返す。
「え?……そんな、強くなんてないですよ……?」
そんな彼の言葉に、何処か呆けた様子から一転睨み付ける様な鋭い視線で、言葉を投げ返す。
「そんなこと言って……!」
「そうですね……グリピス教官と、あんな闘いをしてみせた人に言われても、説得力と言うものがありませんよ」
「……………そうは言っても……結局は攻撃を簡単にあしらわれて負けてしまっているんですよ……?」
二人の剣幕に些か怯み気味ではあるものの抗弁の言葉をケルティスは紡ぎ出した。
しかし、そんな少年の様子に二人は視線を交わした後で呆れ混じりの溜息を吐いた。
「……教官相手にあれだけの時間打ち合ったの……ケルティスさんしか、いなかったよ……」
「それに、グリピス教官は戦院でも有数の剣の使い手と言う噂を聞きましたよ……」
「………………」
二人の言葉に、ケルティスは少しばかり憮然とした様子をして匙で掬ったスープを啜った。
そんな悄然としたケルティスに、ニケイラは少し気まずげに視線を泳がせる。そんな彼女の視線は隣に座る美少女へと流れ着く。
「……そう言えば、カロネアさんも剣術を習っていたんですね……剣を構える姿がほかの人と比べ物にならないぐらい綺麗で思わず見惚れちゃいましたよ!」
ニケイラから飛び出た称賛の言葉に、カロネアは一瞬目を瞬き、些か照れ臭そうに言葉を紡ぐ。
「確かに、私は少々剣の……と言うか、剣舞の手解きを祖母やジェータ様から受けていますから……」
「…………ジェータ様……?」
カロネアから漏れた聞き慣れぬ名に、ニケイラが不思議そうに首を傾げる。
それを見て、しまったと言わんばかりにとっさに口元へと手をやる。そして、言い繕う様に素早く言葉を並べた。
「い、いえ……下町はこと都市の中でも少々物騒な所ですからね。護身の為にも多少の武術の心得があった方が良いと祖母から言われていましたので……
それを言うなら、ニケイラさんこそ弓の心得があるのですね。弓を引く姿がとても様になっていましたよ」
カロネアの紡いだ称賛の言葉に、今度はニケイラの方が目を丸くする。
「え?……そ、そうですか……?
一応、ランギア王国の騎士の家の生まれですから……弓術の基礎は教わっていましたから……」
「「……なるほど……」」
ニケイラの答えに二人から納得の言葉が零れた。
彼女の故郷である“狩猟都市”の異名を持つランギア王国は、猟師や樵等が多く住む国として知られている。そして、その国軍たる緑風騎士団はユロシア盟約軍の中でも弓箭部隊や遊撃部隊としての役割を主として担う騎士団とされており、自然にランギア王国の騎士階級では弓術が盛んであると言う話は大陸西方域でも広く知られている。
そう言う意味では、彼女の話は決して不自然ではない。
そうして一息吐いた後、ふと思い出した様にニケイラは問いの言葉を漏らした。
「…………そう言えば、ケルティスさんはどんな武術を習っていたんですか……?」
「……武術……ですか……?」
「えぇ……ケルティスさんは剣の心得は余りなかった様に見受けられましたけれど、一方で剣撃を躱す動きは巧みでしたし……何かしらの武術の心得があるのでしょう?
もしかして、お母様より槍術を習っておられるとか……?」
ニケイラの問いに鸚鵡返しの言葉を返すケルティスへ、カロネアより補足の言葉とともに再度問の言葉が紡がれる。
「……いえ、セイシア母さんやレイン姉さんから槍術を教わっている訳ではないんです」
「……そっか……槍術を習ってるなら、あの授業の時に槍を得物に選んでおけば良いだけですもんね…………なら、何を習ってるんです……?」
ケルティスの問いに、ニケイラは納得の言葉を漏らし、次いで問いの言葉を呟いた。そんな彼女とともにカロネアも問いかける様な視線を投げかける。
そんな二人の視線に耐えかねた様にケルティスより答えが返される。
「……先程、教官にも言いましたが父が身に付けている体術を少しばかり……」
「…………体術?……それにお父様と言うとティアス書院長ですよね……?」
その答えにニケイラはキョトンとした様子で呟きを漏らした。そうして首を捻るニケイラに向けて、同じく首を傾げていたカロネアより声がかかる。
「…………そう言えば……聞いたことがあります。
ティアス書院長は、こと無手であればセイシア将軍と互角の勝負ができるという話を聞いたことがあったような……」
「!……本当ですか……?」
うろ覚えの躊躇いがちな様子で紡がれた言葉に、ニケイラは驚きで声を上げる。その声に、思わずケルティスは答えを返す。
「あ……えぇ……父は条件さえ整えば、母の槍術に勝てるらしいですね……」
「「…………」」
何気ないケルティスの言葉に、二人の少女は驚きに一瞬言葉を失った。
ともあれ、そんな言葉を交わしながら昼食の時間は過ぎて行った。
* * *
そして、その午後より、その年最初となる授業の一つが始まろうとしていた。
その授業の名は“基礎魔法学”……今年は、一年灰組の担任講師も務めるラティル=コアトリアによって行われる授業である。
* † *
“基礎魔法学”と銘打たれているこの授業は、“魔法”に関する基礎知識と初歩的な魔法の習得することを目的としたものとなっている。
ただ、魔法を修得するにはある種の才能が不可欠であり、万人が魔法を修得できる訳ではない。その為、この授業は選択制で有志の生徒にのみが参加する種類の講義に分類されていた。
ともあれ、学院中等部一年の生徒達の四半分程度の人数がこの授業を選択していた。しかし、その全員が一斉に同じ教室で授業を行うには、その人数は多いものと言えた。そこで、選択した生徒を三組に分けて授業を行う形式となっている。
今日の午後からの授業は、そんな二つに分けられた生徒達の一組が受ける最初の授業となっていた。
* † *
幸いと言うべきか、この授業はケルティスとともにニケイラやカロネアも選択しており、隣り合う席に三人が並んで座っていた。普段受ける一年灰組の教室とは異なる教室に入ったケルティス達は、講師であるラティルの到着を待っていた。
しかし、静かに講師の到着を待つと言う訳ではない様子だった。
「……ラティル先生の講義かぁ……楽しみですね……♪」
「楽しそうですね……ニケイラさん……」
「それは、そうですよ、ケルティスさん!……ケルティスさんも知っているでしょう?
私は“西のヤーナ”――ラティル先生を尊敬しているんです。そんなラティル先生の講義を受けられるですもの……!」
「へぇ……ニケイラさんは、ラティル先生がお好きなんですね……」
「えぇ、そうなんです!……ラティル先生はランギア王国でも有名な人なんですよ!」
「そうなのですか……」
そんな何処か姦しい様子で時が過ぎ、やがて講義室の扉が開いて講師ラティル=コアトリアが入室して来た。
入室して来たラティルは、徐ろに教壇へと歩を進める。そして、教壇を前にして立った彼女は講義室に集った生徒達へと視線を巡らせた。
「こんにちは、皆さん。これから一年の間、“基礎魔法学”の授業を行わせて貰います。
私は、この授業の講師を務めるラティル=コアトリアと言います。どうぞ、よろしく……」
そう言って生徒一同を見渡す様に視線を巡らせる。そして、生徒一同を一通り見回した後で、彼女は次の言葉を紡ぎ出した。
「……ですが、この授業を始める前に、魔法の適性を確かめる試験を行おうと思います」
その彼女の言葉に、生徒の間にざわめきが沸き起こる。しかし、そんな生徒達のざわめきが講義室に充満する前に、手を叩いてそのざわめきを制する。
「はいはい、皆さん。静粛に……
この授業は魔法に関する基礎知識を修得すると同時に、最終的に“帝国魔法”や“聖霊魔法”の初歩的なものを修得して貰うことを目的に行われています。
ですが……皆さんの中にも知っている人もいるでしょうが、誰もが魔法を修得できる訳ではありません。だから、自分の魔法の適性や素養がどの程度あるかを確認させて貰います」
そう言うと彼女は、再び生徒達へと視線を巡らせた。その視線にある程度の威圧を込めていたのか、その視線が講義室を一周する頃には生徒達のざわめきも鎮まって行った。
そうして、生徒達のざわめきが収まった頃合いを見計らい、ラティルより声がかかる。
「それでは、その適性を見る為の部屋へと移動します。
皆さん、私の後に付いて来て下さい」
そう言って、彼女は教壇を降りて講義室の扉の前へと移動して、生徒達へと促す様に振り返る。その姿に促され、講義室の生徒達は座っていた席から次々と立ち上がり、彼女の周囲に集まって行く。
そうして、講義室の一同が彼女の周囲に集まった所で、彼女は再び言葉を紡いだ。
「……それでは、試しの部屋へと移動しましょうか」
そう告げた彼女は、講義室の扉を開いたのだった。
ある程度切りが良いので、今回はここまでで……次回を楽しみにして頂けると幸いです。
もしよろしければ、ご感想・ご意見・ご指摘等を頂けましたら嬉しいです。
※記述に若干の変更を加えました。(4/29)