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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
第二章:最初の授業で……
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第十三節:武術の授業にて……

 ケルティスがセオミギア大神殿学院の中等部へと入学して、数日の時が経過していた。


 彼等が受ける学院の講義は、生徒等が受講する科目を選択させる意味合いで、未だ講義の概略を軽く説明する程度の内容に終始している。

 その所為もあって、生徒達の持つ学力の高低差を顕在化させる逸話が生じることもなく、数日が経過していた。


 この間に講義でケルティスが注目された逸話と言えば……“古代語”の授業において、教本の朗読を行った時、その流暢でかつ正確な発音で読み上げる彼を生徒ばかりか講師も一瞬聞き入ってしまったと言う話ぐらいであろうか……


 講義の際に生じた逸話と言えば精々がその程度であり、生徒達が彼へ注目する主要な要因は“虹の一族”に連なる者であると言う部分であった。

 それは、ケルティス本人が注目を浴びる要素を示している訳ではないとも言えた。



 こうして見ると、彼の学院生活は、比較的平穏な滑り出しであった……と言えるだろう。




 そんな日々の中で、彼の学級(クラス)で注目を浴びる様になった存在があった。

 その人物とは、緑色がかった銀髪で眼鏡が特徴の少年である。その少年の名は、ヘルヴィス=ペンコアトルと言った。


 彼は、講義をしに来た講師達に対して、次々と質疑を投げかけていた。

 それも、中等部一年の生徒が学ぶべき内容などではなく、それ以上……時に高等部や大学部で学ぶような内容に対する質疑を投げかけるのだ。

 そんな不慮の質問に困惑を隠せぬ講師へと、彼は質疑を叩き込んで閉口させる。その彼の姿に、同室の多くの生徒達が驚きと畏れの入り混じった視線を注ぐこととなった。


 そんな一同の視線を浴びた彼は、眼鏡の奥に優越による喜悦の光を浮かべて、微かに口元を歪めるのだった。



 そして、“神童”ヘルヴィスの噂は、中等部はおろか学院全体で話されるものと拡がっていた。




 そうして彼等の学院の日々は、過ぎて行った。



  *  *  *



 その日の一年灰組は、教室とは異なる場所に立っていた。


 そこは一般的な講義用の教室ではなく、“訓練場”と呼ばれる場所であった。

 そこは武術の修練などを目的に用意された場所である。


 武術の修練と言うと、“知識神”の神殿では相応しくないと思うかも知れない。しかし、大神殿の創立以来……様々な時代で争いと無縁と言う訳ではなかった。

 その為、自衛の為の組織として神官戦士の所属する“戦院”が存在し、信徒たちの自衛を助ける意味も込めて、ある程度の武術――護身術を教示する“学院”の授業が存在するのだった。


 それに、この“学院”に通う生徒の半ばはセオミギア王国の貴族子弟で構成されており、そうした貴族子弟の生徒達の約半数は“学院”卒業後に白牙騎士団への入隊することになる。

 そうした事情もあって、騎士団に入隊する前に武の素養を育てる意味も込めて、この武術の授業は行われていた。



 そして、一年灰組の一同は幾つかの組と合同で、上述の“武術”の授業を受けている。

 この授業は、“学院”所属の講師に併せて、“戦院”より神官戦士の教官数人がこの授業を監督することになっていた。


 初回でもある今回は、その体格や適性を見て、身に付けるべき得物の種類を選別することを目的とする簡単な素振りと講師との試合が行われていた。

 次々と試される様々な得物の素振りを行う中で、幾つか注目を集める例が見られた。


 例えば、ニケイラはやはりランギア(狩猟都市)の生まれもあってか弓に適性があることが察せられた。

 そして、剣舞を習っていると言うカロネアの小剣二刀流による構えや素振りは、周囲の者を魅せる美しさがあると評せられ、単に手解きを受けただけとは言い切れぬものと察せられた。


 その他にも、何人か生徒達は入学前から武術の類を習っていたと言うことで注目を浴びる者が数名出ていた。



 しかし、そんな注目を浴びた何名かの名前が霞んでしまう光景が、生徒達の目前で繰り広げられていた。


 眼前に繰り広げられている光景とは、端的に言ってしまえば、“戦院”より派遣された教官と一生徒の試合であった。

 相対する教官と言う人物は、先頃まで現役の騎士団員を務めていたと言う人物で、“戦院”の中でも有数の剣の使い手と称される人物――グリピス=クルブレークである。そのグリピス教官の相手をしているのが、ケルティスであった。


 刃引きの模造剣に盾を構えたグリピス教官に相対するケルティスは、同じく刃引きの模造剣である小剣を手にしている。剣を縦横に振るう教官に対し、ケルティスは剣を逆手に構えて、その教官の繰り出す剣撃を次々と躱し、躱しきれぬ剣撃は構えた逆手の小剣で受け流す。


 その様は、既に当初の目的である“簡単な試合”と呼ぶには語弊のある代物となっていた。更に言葉を重ねるなら、生徒であるケルティスの剣を握る右手の反対側……彼の左手が力なくだらりと垂れさがったままであることが、この試合の尋常のなさを観る者に感じさせるものとなっていた。



  *  *  *



 三人の講師・教官が各々に行っていた簡易試合であったが、このケルティスの試合の所為で残る二人の試合もなし崩しに中断となっていた。


 そうして、徐々に訓練場の一同の衆目がケルティスの試合に集まって行った。



 そんな一同の片隅で、嘆息混じりの呟きが漏れた。


「…………はわぁ~~……ケルティスさんって、こんなに強かったんだ……」


 呆然とした呟きを漏らしたのは、快活な赤毛の少女――ニケイラ=ティティスであった。そして、ニケイラの呟きに、その隣に坐した青い髪の美少女――カロネア=フェイドルが短い相槌を返す。


「……そうですね…………でも、不思議な試合になっていますね……」


 カロネアは相槌に続いて、怪訝な表情とともに不可解な呟きを紡いだのだった。その呟きに、ニケイラが首を傾げる。


「…………不思議な試合……?」


 その問いかけに、カロネアは軽く彼女の方に顔を向けた後で、答えの言葉を紡いだ。


「……えぇ……確かにケルティスさんは、教官の攻めの一切を捌いています。でも、一回も攻めに転じていないんです……」


「…………?」


「……教官もわざと打ち込む隙を見せている様にも見えるのですが…………

 どうも……攻めあぐねているみたいに見えるのですよね……」


「…………あんなに巧く躱しているのに……?」


「……えぇ……もしかすると……」


 二人の会話はそこまで辺りで言葉が途切れてしまった。

 そんな会話が交わされている間も、ケルティスと教官との剣戟を交わす音は、断続的に打ち響いていた。



  *  *  *



 長剣が攻め、小剣が時に受け、時に躱すと言う二人の対決は、訓練場の衆目の目を集める程に続いた後、急転する。


 長剣を手にしたグリピス教官の突きを、ケルティスはその身を独楽の様に左回りに身を翻して紙一重で

躱してみせた。


 そして、一瞬だけ教官グリピスに背を見せたケルティスは、振り上げた左腕で裏拳を放つ様にして教官に打ちかかる。

 だが、その不意打ちで放った拳打は、半歩下がることで易々とグリピス教官に躱される。


 しかし、次の瞬間……振り回された左腕の影より、順手に持ち替えられた小剣が教官に向けて真っ直ぐに突き出される。



 この流れるように繰り出された二連撃に、注目していた一同は目を見張り、少年の逆転勝利を半ばの者が予想した。


 だが、その予想は裏切られる……



 喉元へと迫る小剣の一撃は、次の瞬間……引き戻された長剣によって跳ね上げられていた。


 甲高い金属音が訓練場に鳴り響く中、ケルティスの手にしていた刃引きの小剣は、訓練場の天井間際の空間に舞い上がり、弧を描いて訓練場の床……ケルティスの2尋(約3.5m)ばかり背後に突き刺さると言う形で帰還を果たした。


 虚空を舞う小剣を皆の目が追う間に、教官たるグリピスは手にした長剣の切っ先をケルティスの喉元へと差し向けた。そして、剣先と期を同じくして、少年へと視線を投げかける。


「………………ま、参りました……」


 その鋭い切っ先と視線を前に、少年――ケルティスは、短い言葉を紡ぎ出した。



 その一言によって、場を支配していた緊迫した空気は霧散する。

 しかし、その予想外の健闘を目にした生徒達は歓声を上げることもなく、何処か呆然とした脱力感のみがその場を包んでいる様であった。


 そんな弛緩した雰囲気の中、ケルティスに剣を向けていたグリプスは、その剣を下ろした。そして、その面立ちを穏やかなものへと変えながら、口を開いた。


「……ケルティス……見事な体捌きだ…………」


「……あ、ありがとうございます……」


「……だが……最後の二連撃は、それまでの体捌きに比べると、些か稚拙な面が見えるな……

 まず、牽制(フェイント)とは言え、満足に動かぬ左腕を相手の前に晒すのは危険だ。あの様な振り回し方をすれば、下手をすると左腕を切り落とされる危険があるからな……

 それと、最後の小剣による突きは踏み込みが甘い。踏み込みの足捌きや腕の伸びはまずまずだが、剣の間合いに不慣れだと見えるが……」


「……そ、そう……ですか…………」


 教官が述べる訓示の言葉に、悄然とした様子で少年は耳を傾ける。

 そんな少年に向けて、グリプス教官より問いの言葉が投げかけられる。

「ケルティス……事前に何か武術の心得はあったのか……?

 そなたの親御様方は、それぞれに幾許かの武の心得があると耳にしている……」


 教官グリプスの問いに対して、ケルティスは暫しの間返答の言葉を躊躇う様に視線を迷わせた後、返答の言葉を紡いだ。


「……えっと……あの……私は、父の身に付けている……術の心得が幾らか…………」


「……父君――ティアス書院長の術か……なるほど……

 あの方は、無手による特殊な体術を心得ておられたな。それならば、あの体捌きも納得だな……

 よし、ケルティス皆の許に戻れ!」


「は、はい……」


 ケルティスの返答に感嘆の呟きを漏らした後、教官は少年へ簡易試合の終了を告げる。その声に返事の声を上げたケルティスは、教官へ一礼してから二人を囲む人の輪の方へと歩み去って行った。



  *  *  *



 そんな歩み去る少年の背を見詰めつつ、彼――グリピスは右手を顎に添えて思案気に顔を僅かに曇らせた。


 セオミギア王国をはじめとする大陸西方域(ユロシア地域)の諸国家では、剣や槍……そして、弓や弩弓等に代表される武器による戦闘術に関しては広く知られているものの、徒手空拳による体術の類は一般的に知られていない。当然、大神殿学院においても、“武術”の授業でもそうした体術――徒手空拳技を教示することもない。


 そのことを思うと、この才を伸ばさないのは惜しいと言う思いが、グリピスの脳裏に浮かんでいた。


「……うむ…………短剣術あたりであれば、応用できるか……?」


 思案気な教官の口からそんな言葉が漏れ出た。



  *  *  *



 教官に一礼をした後、訓練場の隅の方へと歩を進めたケルティスは、驚きや称賛や好奇等の感情が入り混じった表情を浮かべた友人に出迎えられた。


「……ケルティスさんって、実は凄かったんですね!……ビックリしました!」


「……ニケイラさん、そんなに驚かなくても……」


「いいえ……私も驚きました。もしかして、得物が小剣でなければグリピス教官にも勝てたのではありませんか……?」


「……カロネアさん……流石にそれは言い過ぎですよ……僕の技量(うで)なんて、そんな大したものではありませんよ……」


 そうして、和気藹々とした雰囲気でケルティス達が会話のやり取りを始めていた。



 そんな中、教官達は簡易試合を続ける為に残る生徒の名を呼ぶ声が響いた。


 やがて、先程まで人の輪を形成した者達の中から、名を呼ばれた生徒が教官の前に出て来る。

 そして、教官に促されて得物を選んで手にした生徒は、対面する教官との試合を行うべくその得物を構えていた。


 試合開始の声とともに生徒の口から放たれた気合の叫びに、ケルティス達も会話を中断して試合の様子に視線を移す。



 そんな授業の中で、試合の様子に関心を示さず、ただケルティスにその視線を突き刺す者がいた。


 この時、そんな人物がいる事実に気付いた人間は、まだ一人もいなかった。



 これより第二部が開始となります……

 徐々にケルティス君のチート具合が顕在化する話になって行く予定です……

 巧く描けると良いのですが……楽しんで頂ければ幸いです。



 ご意見・ご指摘・ご感想等ありましたら、頂けますと幸いです。

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