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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
閑話:其ノ一
17/74

間章ノ一:“仮面の魔導師”、昔日を想う

 時は、物語の開始より四半年ばかり前に遡る。

 所は、物語の舞台たるセオミギア王国より南に下った国の一つ……ルネミギア王国の一つの屋敷より始まる。



  †  *  †



 “氷の満月祭”も終わった冬のある日、ルネミギア王国のとある上級貴族の屋敷……その廊下の一つで、この場所には些か不似合いな音が響き渡った。音高く響くそれは、憤懣やるかたないと言った風情で歩く少年の足音である。

 荒々しく廊下をける様にして響く足音の主は、とある一室の前で歩みを止め、その扉をやはり勢い良く押し開けて叫んだ。


「……父上!」


 激しい憤りに声を荒げ、表情を歪めるのは、緑みがかった銀髪に眼鏡をかけた痩躯の少年であった。年の頃なら十歳程度に見える少年は部屋中央に座するこの部屋の主へと怒りに染まった鋭い視線で睨み付ける。


 だが、少年が睨み付ける部屋の主は安楽椅子に座し、一切の感情を窺わせぬ面持ちで少年の姿を見返した。


「…………何事だ、ヘルヴィス……」


 そう言葉を返した部屋の主は、銀髪と紫の瞳を持つ老年と呼ばれる年齢に差し掛かった男性であった。その顔の上半分は仮面に覆われている。


 この男の名は、ルギアス=ペンコアトル……この屋敷の主にして、ルネミギア王国上級貴族たるペンコアトル家の現当主である。“仮面の魔導師”の二つ名で広く大陸に名を轟かす人物でもある。


 仮面に隠されているとは言え、その表情は微動だにしていないことは、少年――ヘルヴィスも承知している事柄ではあった。しかし、そんな父の姿に怯むことなく少年は抗議の声を上げる。


「……父上……何故、僕の大学院中等部への進学が拒否されるんですか!」


 激昂の余り顔を紅潮させ、父に睨み付ける少年に対して、部屋の主は眉一つ動かさず、ただ視線を少年に向けると坦々と言葉を紡ぐ


「……簡単なことだ……私が、入学を承認しなかっただけのことだ……」


「……な……!」


 坦々と告げられた言葉に、少年は絶句する。



 少年の父であるルギアスは、このルネミギア王国の王立学府たるルネミギア大学院の学院長を務める人物でもある。故に、学院長たる彼――ルギアスには、この学院へと入学を希望する生徒に対して、その可否に関する最終的な決定権を有している。


 だからこそ、父――ルギアスの一言で、進学が拒否されると言う事態が生じ得る。


 だが、少年――ヘルヴィスに進学を拒否される心当たりなど毫もなかったのだった。



 絶句から立ち直った少年は、改めてその瞳に憤りの炎を灯して声を荒げる。


「……何故、入学を拒否されなければならないんです!

 学年主席を取った僕の成績が不満だとでも言うのですか?」


 そう叫ぶ少年の言葉は事実であった。少年――ヘルヴィスは語学や数学、博学や魔法学など……学院の主要な科目で首席の成績を残し、神童と称される人物であった。

 しかし、そんな神童たる息子の中等部への進学を、父たる学院長は承認しなかった訳である。ヘルヴィスの内心に湧き上がる憤慨の思いも無理からぬものと言えるだろう。

 だが、そんな少年の問いかけに、“仮面の魔導師”はやはり坦々とした口調で少年の思いもよらぬ返答を紡いだ。


「……成績が不満か……確かにそうだな……

 学年主席を取る程度の成績だからこそ……学院中等部への進学を承認しないことに決めた、と言えるな……」


「……な、なんですか……その理由は……!」


 父の返答に、少年は驚きと怒りが混じった叫びを上げる。だが、そんな息子の反応に表情も口調も一切変えることもなく言葉を紡ぐ。


「それで、セオミギアの大神殿学院中等部への入学を申請しておいた。

 お前の初等部最終年度の成績を送った所、入学には十分な学力があることを認められた。」


「…………セオミギア……神殿都市の学院……?」


 憤りに燃える少年は、父の紡いだ言葉の中に含まれた単語を耳にして、その勢いを削がれ、鸚鵡返しにその単語を呟いた。


 そんな戸惑う息子の様子を気にすることもなく、ルギアスは言葉を続ける。


「近日の内に入学試験が行われるからな……ヘルヴィス、お前はこの試験を受けることだ…………何、この試験は儀礼的な代物だ。お前の力量なら全く問題ではなかろう」


「……か、勝手にそんなことを……」


「……決定事項だ。試験の日取りは改めて知らせる」


 それだけ言うと、ルギアスは息子に言葉を割り込ませることなく、話は終わったと顔を背けてヘルヴィスが入室して来る前の仕事に戻る。



「………………!」



 関心をなくした父の様子に、少年は行き場のない憤りをその視線に宿して睨み付ける。そして、一頻り父を睨み付けていたヘルヴィスは、音高く扉を叩き付けて部屋を出て行った。



  †  *  †



 足音高く廊下をヘルヴィスが立ち去った後、ルギアスの部屋の扉を優しく叩く音が響いた。


 ルギアスが返事の言葉を紡ぐ前に、その扉は開かれた。そこに立っていたのは、茶器一式を携えた一人の女性であった。その女性とは、ルギアスの半分程の歳に見える緑味がかった金髪に榛色の瞳を持つ幼顔の“娘”と呼んでしまえる容姿の者であった。

 その彼女は静かに部屋の主たるルギアスへと歩みを進めながら、彼への言葉を紡ぎ出した。


「……旦那様、あの子――ヘルヴィスが怒って出て行った様ですけど、よろしかったのですか……?」



 ルギアスの傍らに立った彼女こそ、ルギアス=ペンコアトルの妻女たる女性である。その名を、アナフォシア=ペンコアトルと言った。

 実の所、ルギアスの後妻であり、心の病(ノイローゼ)を患った先妻が亡くなった後に、ペンコアトル家に嫁いだと言う過去を持つ人物でもある。


 その嫁いだ経緯や父娘(おやこ)程にも歳の離れた夫婦であることで、口さがない者達の中にはその間柄について質の悪い様々な風聞を流す輩は少なからず存在する。しかし、実際の二人を知る者達の殆どは、夫婦仲は良いと評している。



 ともあれ、彼女――アナフォシアは夫の傍らで、携えて来た茶器一式で紅茶を入れ、机に向かう夫へとそれを差し出す。

 そんな年若い妻の姿を横目で一瞥した後、歩み寄る際に投げかけられた問いかけの答えを返した。


「……構うな。あの程度のことは、気にする必要はない」


 ルギアスの返答に、アナフォシアの顔は僅かに曇りを見せ、反論の言葉を紡がせた。


「ですが……あの子は今、神童と呼ばれているのですよ……貴方の薫陶を受けられる大学院から離れるのは、惜しいのではありませんか……?」


 彼女の反論に、彼は仕事の手を一時休め、瞑目して言葉を紡ぐ。


「…………確かに……あいつは、神童だろう……

 ……だが、このままでは小利口な秀才の類にしかなれんだろう……

 ……昔の私がそうだったからな……」


 呟く様に紡がれたその言葉の中に、彼は一言では言い表せない感慨が込められていた。


 その感慨を知ってか知らずか、アナフォシアから問いの……いや、確認の言葉を投げかける。


「……それで……セオミギア大神殿学院……なのですか……?」


「……そうだ……来年、大神殿学院中等部に“奴”の息子が入学することが決まった」


「……“奴”?…………あぁ、ティアス猊下のことですね……では、その息子さんが良いお友達になってくれそうなのですか……?」


 夫の言葉をそれなりに理解しながら、少しばかりずれた感想を漏らす幼顔の妻に、ルギアスはほんの微かに口元を綻ばせる。

 それは、普段の彼ならばまず見せることのないものと言えた。


「…………お友達か…………ヘルヴィス自身がどう思うか知らんが……相手の方は、そう思ってくれるかも知れんな……」


 そう言いながら、彼は昔のことを思い出していた。



  †  †  †



 ルギアスの生まれたペンコアトル家は、古い貴族の家系である。


 その起源は古代紀のユロシア魔法王国にまで遡る。

 その姓に“コアトル”の字が含まれていることからも察する者はあろうが、この家の創始者は“聖蛇”エルコアトルに直々に編纂魔法の手解きを受け、その魔法の技量をもって貴族としての地位を獲得したという伝説が残っている。



 幼少期の彼は、ルネミギア大学院においてありとあらゆる科目で首席たる成績を示し、“神童”・“天才”の呼び名をほしいままにしていた。


 そんな彼の人生に転機が起こったのが、“聖蛇の愛し児”と称されたティアス=コアトリアの存在であった。

 ペンコアトル家の始祖と同じく、“聖蛇”の薫陶を受けた天才……そんな風聞を前にして、思春期を迎えたルギアス青年は、どちらがより優れた智者であるかを競わずにはおれなかった。

 わざわざ大河――ユロシア河を北上し、神殿都市セオミギアを訪れた彼は、一軒の冒険者の店で寛ぐ、“奴”と対面した。



 初めての対面以降、少なくとも月に二・三回の周期で二人は対話を行うことになる。


 それは、終始ルギアスがティアスへ様々な知識に対する問いかけをなすと言う形で始まる。

 その知識と言うのが、新しい魔法の術式や、学会で提唱された新説や新理論、新たに発見された数学の定理……或いは、古代紀・神代紀に喪われ再度発見された知識等……賢者として身を立てる者でも付いて行くのがやっとと言う様々な分野にわたる広く深い代物である。


 だが、そんな常人どころか知恵者であっても難解に過ぎる問いかけを、ティアスは現代での有名無名を問わず神代や古代の賢者達が提唱した理論や学説を参考に、さらりと返答を紡ぎ上げて行く。

 そして、まったく知らない新しい知識であっても、瞬く間にその真髄を理解し、ルギアスには思い至らない新たな理論・学説を展開して見せたのだった。


 そう言うやり取りを繰り返し、ルギアスの話の種が尽きた頃合いに対話は終了するという流れになっていた。



 その際、舞台となった冒険者の店には、その難解すぎる問答で知恵熱の余りに死屍累々となる者達が転がっていたのは、今となっては笑い話である。



  †  †  †



 対話が終わる際、“奴”――ティアスは微笑みを添えて、決まってある台詞を口にしていた。それは……


「……いつも、楽しいお話をありがとうございます……」


 と、言うものだった。


 最初、彼はその台詞に、軽侮・嘲弄の込められたと解して、屈辱や敗北感を悟らせぬ様に無表情のまま無言で店を去っていた。


 やがて、対話を繰り返す内に、その台詞に他意はないことに気付いたものの、むしろそれは屈辱感や敗北感をより強める結果しか与えなかった。



 それでも、二人の対話は続き、両者の連名でルギアスが出した論文は、ユロシア地域の賢者達を度々仰天させることになったが、それは別の話である。



  †  †  †



 ともあれ、両者の対話はルギアスが望む限り続行され、ティアスの周囲の人々はその後に齎される惨状に眉を顰めると言う日々は、互いがユロシア盟約軍軍師とセオミギア大神殿書院帳と言う多忙の身となるまで断続的ながら続けられた。


 ティアスの天井も底を知らない知識の深さに感嘆しながらも、ルギアスは“奴”に勝てる何かを模索する中で“軍学”の道を見出し、その名声は大陸全土に轟いている。

 だが、“奴”――ティアスと出会わなければ、自分はその他大勢の人々に埋まる一人に過ぎなかったのではないかとも考えている。



 それに比べれば、対話で惨敗を喫する余りにも惨めな自分を覆い隠す為に、感情を表情に表わすことが困難になったことなど、安い代償だと彼は嘯ける。



  †  †  †



 だからこそ、彼は期待する。

 “奴”――ティアスより幾度となく相談を受けていたこともあって、“奴”の息子(ケルティス)の出生の秘密も知っている。

 だからこそ、より彼は期待する。

 我が息子が、並の天才・秀才の部類から脱出して、それ以上の高みへ到達する可能性を……



 今回から第二部の開始……と言う予定でしたが、その前に“間章”を挟むことにしました。


 今度こそ、次回は第二章に突入しますので、お楽しみにして頂ければ幸いです。




 ご意見・ご指摘・ご感想が頂けましたらなお嬉しいのですが……

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