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賢者の息子と呼ばれても  作者: 夜夢
閑話:其ノ一
14/74

余章ノ一:“漆黒の姫将軍”、下町を訪う

 今回は、本編と直接関係のない物語となっております。

 また、現代では余り適切ではないと思われる職業の解説の記述が行われています。

 そして、直接的ではないものの残酷かつ性的な回想描写が一部存在します。


 以上の事柄を了承した上で、本編をお読みになられるようにお願いします。

 さて、ケルティスがセオミギア大神殿学院に入学して数日の時が経過した頃……


 コアトリア家の当主夫人――セイシア=コアトリアの姿は、都市セオミギアの南西部にあった。


 そこは、ユロシア河に面した港湾施設があり、ユロシア河より齎される水運の担い手達の為の施設が連なっている。それらの要素が相俟って、“大神殿のお膝元”と言った印象を些か裏切る様な、荒くれ者等が住む場所と言う趣きを持っている。そんな印象から、その都市の中でも“下町”と称される区画であった。



 上級貴族の子女として生まれ、女将軍として名を挙げた彼女が、そんな下町を歩くと聞けば些か不釣合いな印象を聞く者に与えることだろう。しかし、下町の雑踏を進む彼女の姿は騎士服姿ではなく、黒く染められた市民が多く着る仕立ての服を纏っており、その姿は凛としていながら決して下町の雑踏を拒否するでもなく、何処か風景に馴染んだ印象を見る者に与えていた。


「……久し振りに歩くが……懐かしいな……」


 街に並ぶ家屋や路地を行く人々の顔は、見慣れたものから移り変わっているものの、その家並みや顔ぶれは何処か懐かしい面影を残している様に見て取れた。

 そんな懐かしい雰囲気を留める街並の中を、彼女はゆっくりと歩みを進める。



 そんな路地を進む彼女へ不意に声がかけられる。


「え?……あんた……セイシアじゃないか……?」


「……ん?……そう言うお前は…………マルカスか……?」


 声の方を振り向いた彼女の視線の先にいたのは、襤褸布を纏った白髪混じりの老人と言って差し支えない男であった。若い頃の面影からその名を口にし、彼女はその再会に顔に喜色が満ちる。


「懐かしいな……何年ぶりになるか……」

「あんたが、白牙騎士団に入った頃からだから……四十年以上かな……?」


 この男は、彼女が若い頃にここら一帯で情報屋をしていた。冒険者時代やそれ以前から、色々と口を利いて貰う間柄だった。

 しかし、騎士叙勲を果たして以来、彼女自身は直接の交流は絶えていた。


 男は彼女の問いに答えを返した後で、悪戯っぽい笑みとともに言葉を続けた。


「それにしても……お偉い将軍閣下になったってぇのに……こんな俺のこと、覚えていたんだな……」

「お前のことは、入団以降もセスタスを経由で耳にすることもあったし……

 それに……ここでの日々は、色々と忘れられない思い出があるからな……」


 男――マルカスの皮肉混じりの言葉に、彼女は苦笑と共に言葉を返す。

 彼女の言葉に、一瞬目を見張った男は苦笑を漏らしつつ言葉を紡ぐ。


「…………なるほど、そんなもんか……で、ここには何の用だ……?」


 男の問いかけに、“渡りに舟”とばかりに彼女は問いを返した。


「……お前なら知っているだろう……イムラーダは、今何処に住んでいる……?」


「……ほぉ……今日のあんたは、巫女様の所在がご所望と言う訳か……」


「…………巫女様……?」


 男の言葉に、彼女は怪訝な表情を浮かべる。


「あぁ……花街から身を引いて、この辺りに夢幻神の祠を建てて、そこに住んでる。

 今では、ここらで“祠の巫女様”と言ったら、それなりに知られてる方だよ」


「そうなのか……? じゃあ、その祠の場所を教えて欲しいんだが……幾らか払った方が良いか……?」


 男の答えに、驚きや感嘆に混じった呟きを漏らしつつも、彼女は言葉を続けた。情報屋である男に対する習慣……或いは、礼儀として出た台詞だった。

 しかし、苦笑と共に男は返答の言葉を紡いだ。


「いや、昔馴染みに免じて、御代は結構だ……と、言いたい所だが、それ程大した情報じゃあない……他の人間に聞いても、すぐ答えを得られる話だろうからな……」


 冗談めかした調子で紡がれた内容に、彼女は微笑を漏らす。


 男の言う内容に嘘は無いだろう。だが、そうした大した情報でなくとも、相手が知らない以上は情報料を要求するのが情報屋と言う者だろう。

 その意味で言えば、冗談めかして言った前半部分の物言いが半ば本気で述べられたものと察せられた。


「……それではありがたく、只で聞かせて貰おうか……?」


 そうして笑みを浮かべて返された言葉に、男は笑みを返して彼女の求める情報――祠の所在を告げたのだった。



  *  *  *



 男――マルカスに教えられた通りに路地を進んだ先に、下町の家並みに紛れる様に建つ小さな祠が見付かった。


 セオミギア大神殿に代表される北方大陸(ユロシア大陸)の神殿や祠廟の類に見られる物とは若干異なった形式で建てられた祠は、かつて南方大陸(フェルン大陸)を鎮座地としていたと伝えられる八大神の一柱“夢幻神”イーミフェリア女神を祀っていた。

 そして、その祠に並んで建てられた小さめの家が建っている。



 そこに辿り着いた彼女は、祠に並んだ家屋の前へと足を運ぶ。そして、その玄関の扉を叩く。


「…………はい、どなた様ですか……?」


 すると、家屋の中から返答の言葉が微かに届く。やがて、然程の時を待たずして、玄関の扉は開かれた。


 扉を開いたのは一人の老婦人であった。

 かつては、艶やかで鮮やかな蒼の混じった碧の髪は半ば以上に白髪と変わり、すらりと長身と嫣然とした豊満な曲線を描く体躯は、やや背も曲がり痩せ細ったものへと移り変わっている。

 しかし、皺が刻まれたその面立ちは、昔の凛とした強さと婀娜っぽい色気を漂わせた人目を惹き付ける美しさの片鱗を充分に残すものであり、その黒い肌は艶やかさを保っていた。


 彼女の名は、イムラーダ=フェイドル……この祠を守る老巫女であり、彼女――セイシア=コアトリアが探し求めていた人物であった。


扉を開いた老巫女が、外に立つ彼女と視線を交す頃には、彼女は微笑を浮かべて老巫女へと声をかけた。


「……久し振りだね、イムラーダ……」


「………………セイシア?…………お前様は、セイシア……なのかい……?」


「あぁ、そうだよ……久し振り……」


「……本当に、久し振りだねぇ……」


 微笑を浮かべた彼女の言葉に、老巫女は破顔して見せた。


「……遠目に知っていたけれど、変わっていないねぇ……」

「あんたこそ……老いぼれた割には、その美しさは健在だな……」

「……それは、褒めているのかえ……それとも、貶しているのかえ……?」

「……勿論、褒めているつもりだけどね……」


 一見すると母と娘――ともすれば、祖母と孫にも見えながら……その実、幾らか歳の離れた姉と妹と言った程度の歳の差しかない二人の女性は、懐かしさや驚き……それに喜びなどが滲む微笑を交し合う。


 そうして幾つかの言葉を交した後、老巫女は女将軍を家の中へと誘った。



  *  *  *



 自らの住家へと誘った老巫女――イムラーダは、セイシアに椅子を勧めた後、厨房に下がった。

 そして、香茶を淹れた茶器一式を手にして再び現れた。


 手にした茶器一式をセイシアの前にある卓へと置くと、イムラーダは優雅な手付きで香茶を淹れ、その茶碗を彼女へと差し出す。そして、自らの分の茶を用意する。


 二人は、敢えて言葉を交さぬまま、香茶の薫りを楽しみ、茶碗に口を付けて茶を喫する。



  *  *  *



 香茶を喫する幾許かの間、部屋の中は静寂の中に包まれた。


 暫しの後、イムラーダは先に茶碗の香茶から口を離し、それを卓に置いた。そして、改めて姿勢を正してセイシアに相対する。


「…………セイシア……どうして、妾に逢いに来たのだい……?

 妾がお前様から身を引いて数十年……四十年近くにもなる。もう忘れて果ててしまったかと、思っていたのだがねぇ……」


「……イムラーダのことは、忘れたことはなかったよ……今の私があるのは全て、貴女に拾って貰ったお蔭なんだから……

 ここにやって来たのは……別に、深い意味があった訳じゃないんだ…………」


 イムラーダの問いかけと自嘲の呟きに、セイシアは答えの言葉を紡いだ。



  *  †  *



 このイムラーダ=フェイドルと言う女性は、セイシア=コアトリアの生涯の中でも重要な人物と呼んで差し支えないだろう。


 彼女はかつて、都市セオミギアの花街の中にあって一番の娼妓と称された女性であり、“聖娼”として花街の娼妓や下町の人々に慕われる人物であった。



 “聖娼”とは、神官や巫女としての能力――聖霊魔法を使うことの出来る娼妓・娼婦の呼称である。

 元来、処女性を重視し、姦淫を戒める傾向にある北方大陸(ユロシア大陸)の諸教団では存在しないと言って過言ではない。しかし、そうした事情に寛容な他大陸の地域では、稀に存在する。



 そして、彼女は花街でも有数の高級娼妓であるとともに、八大神の一柱である“夢幻神”イーミフェリア女神の巫女でもあった。


 “夢幻神”イーミフェリア女神は、娼妓達の守護者としても信仰されている。

 そうした影響もあって、彼女は自分の周囲にいる娼妓・娼婦達の相談に乗り、必要なら様々な世話を焼くことを厭わなかった。そんな人柄が、この国では異形とも思われる黒い肌を持ちながら、広く花街の人々の思慕を受けていた。


 そして、そんな彼女の世話になった人物の一人が……セイシア=コアトリアであった。



  *  †  *



 セイシア=コアトリア……旧名セイシア=ミレニアンの幼少期は、余り知られていないが……実の所、不遇であった。


 彼女は名門貴族――ミレニアン家の第二子として生を受けた。

 しかし、そんな彼女の姿は、黒髪に黒目と言うユロシア人には殆ど現れない色彩を帯びて誕生した。その姿は両親や家人に様々な疑心を招き、そうした状況を生み出した当人――幼いセイシアを忌み嫌うと言う結果を導いた。


 そして、そんな状況を思い悩んだ少女――セイシアは、ミレニアン家を出奔した。だが、12歳の小娘に世間は優しくは無かった。

 下町の裏路地に連れ込まれ、その身を弄ばれた嬲る彼女を救ったのは、激しい憤怒とともに顕現した彼女の守護聖霊と、“聖娼”イムラーダであった。


 彼女は、心に傷を負った少女を自身の許に引き取り、その心を癒し、その身を立てる契機を与えることになった。

 そうして、イムラーダの許で心身を成長させて行った少女――セイシアは、彼女が属する娼館の用心棒を手始めに、やがて冒険者として身を立てて行くことになる。



 しかし、冒険者として名を挙げ、ミレニアン家で唯一彼女(セイシア)を疎まなかった彼女の兄――ジュリアン=ミレニアンが当主に就いたことが、セイシアの境遇に変化を齎した。


 ミレニアン家の新当主となったジュリアンは、出奔して以降その存在を半ば放置されていたセイシアをミレニアン家の子女としての立場を確立させ、彼女を白牙騎士団の騎士に叙勲される様に取り計らった。


 それは、後に“漆黒の姫将軍”として呼称される彼女の経歴の第一歩となった。



 だが、そんな彼女の境遇の変化の中で、少女の庇護者であったイムラーダの存在は、経歴の瑕疵となりうるものへと移り変わっていた。

 それを逸早く察したイムラーダは、その交流を避けるべく身を引いたのだった。


 それより四十年近く……“聖娼”イムラーダは、騎士セイシアとの関係を絶ち続けていた。



  *  †  *



 昔のことを思い出しながら、彼女は言葉を続けた。


「…………実は、この間、懐かしい名前を聞いてね……ふと、逢いたくなったんだ、あんたに……」


「……懐かしい名前……?」


 セイシアの答えに、老巫女――イムラーダは首を傾げる。そして、老巫女が答えを出す前に、彼女は言葉を続けた。


「あぁ……私の息子の一人、ケルティスが入学してね……

 その子の友人になってくれた子の一人の姓が……フェイドル……と言ったんだ……」


 続けられた彼女の言葉に、老巫女は得心の頷きを見せることとなった。


「……あぁ……なるほど……カロネアから、少しばかり話は聞いておりましたが、そちらの方へも伝わっていたのですね……」


「ほぉ……そんな風に言うんなら、あの子――カロネアって言ったか……あんたの縁者になるのかな……?」


「えぇ……あの子は、妾の孫になります」


 得心の頷きを見せる老巫女へ投げた女将軍の問いは、簡素な答えが穏やかな口調で紡がれた。


「やはり……そうだったか……」


 その短く簡潔な答えは、セイシアの胸中に凝っていた疑問が氷解する思いを覚えた。



 だが、納得と言う想いが彼女の胸中を満たすと同時に、別の疑問が沸き上がって来る。


「…………だが、何故……大神殿学院に入学させたんだい……?

 異教の学び舎へ、孫娘が通うことに何か思うところはないのかい……?」


 首を傾げてみせる彼女の様子を、何処か微笑ましく見詰めつつ、老巫女――イムラーダは返答の言葉を紡いだ。


「……別に……それ程は気にしていないよ……

 この国は、“知識神のお膝元”なのだし……神殿も、『ナエレアナ女神を信仰する者しか学院の生徒にしない』と言う様な狭量な訳でもないしね……」


 笑んだ面持ちで、それだけの言葉を紡いだイムラーダは、そこで顔を引き締める。

 そして、真剣味を帯びた面持ちで老巫女は言葉を続けた。


「…………実は、あの子の守護に付いているのは神代の聖霊なのよ……それもあって、幼い頃から巫女の素質を示して見せていた……

 だからこそ、異教の教団ではあるけれど、“神々を祀る神殿”や“神々に仕える神官や巫女の方々”の姿を、後々巫女として身を立てる為にも間近で見せてやりたいと思ったのよ……」


「……なるほど、ね……」


 老巫女の言葉に、セイシアは得心から呟きが漏れた。


 そして、一度神妙に頷きを見せた彼女は、一転して明るい表情で老巫女へと言葉を紡いだ。


「ともあれ……互いの子供達が友達になったことだし……ケルティス達があんたの世話になるかも知れないな……」


「おやおや……噂の“虹髪の賢者”様のご子息をお招きするやも知れぬとは……

 この奇しき縁に、“夢幻神”イーミフェリア様と“知識神”ナエレアナ様に感謝申し上げねばならぬだろうねぇ……」


 セイシアの言葉を耳にして、老巫女――イムラーダより感慨の篭った言葉が漏れる。



 そんな感慨を交していたセイシアは、ふと思い出した疑問が口を付く。


「……そうだ……前にイムラーダに再会したら、聞こうと思っていたことがあるんだ……

 イムラーダって……紫髪の民(ヴィレル人)の出身だよね……?」


 紫髪の民(ヴィレル人)とは、西方大陸(アティス大陸)南方大陸(フェルン大陸)に住む流浪の民族のことだ。黒い肌と前髪一房を紫に染めた色鮮やかな髪を持つ女性のみの伝説の民族である。

 その伝説の民族の話を聞いたセイシアは、かつて世話になった“聖娼”の姿を想起していたのだ。

 

 セイシアの問いかけに、老巫女ははぐらかす様な微笑を浮かべて言葉を紡いだ。


「……さて……ねぇ……?

 もしかすると……妾の母御は紫の髪であったかも知れないねぇ……

 ただ……妾は、物心が付いてより、髪を紫に染めたことはないよ……」


「……ふ~~ん……そうなんだ……」

「フフフッ……そう、なのよ……」


 そして二人は、先程と微妙に異なる微笑を交し合う。




 それから二人は、日が暮れるまでの長い間、それまでの数十年の時を埋める様に、重要なことから下らないことまでも含めた、様々な言葉を交し合うのだった。



 余章(外伝的部分)の一作目となる物語になります。


 少し間を置いて、第二部の開始と言う運びになると思われます。

 第二部のほうも楽しみにして頂けると幸いです。


 ご意見・ご指摘・ご感想等ありましたら、頂けますと幸いです。


 ※ 副題を若干修正(12/12)

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