第十節:回廊の密談?
ラティルに促され、ニケイラとカロネアの二人の少女は教室を出た。
教室を出た少女達に向けて、ラティルは軽く振り向いて声をかける。
「……神殿にある寮に関する諸事は、学院ではなくて、雑務院が担当しているんです。ですから、ニケイラさんには雑務院にある受付まで案内しますね。少し遠いですが、付いて来て下さい。
それと……そちらへ案内する間、貴女とカロネアさんに、少しばかりお話を聞いて貰いたいんです。」
「……あ、はい……」
「……承知しました」
穏やかな中に少し沈んだ調子の言葉に、二人は承諾の言葉を返した後で黙々として、彼女の後を追って歩を進んで行く。
* * *
そうして少女達を先導するラティルは、学院の廊下を幾つか曲がり、人通りの少ない細い廊下を進んで行く。教室を出た際の一言の後、黙然としてラティルは人気のない廊下を進む。
そんな彼女の様子に、怪訝な顔を浮かべつつも、二人は彼女の後を追って細い廊下を歩み続ける。
やがて、人気のない道を幾許か進んだ所で、ようやくラティルは口を開いた。
「…………二人とも……先程はありがとう……」
「「……え……?」」
「……二人とも、ケルティスを庇ってくれていたでしょう?」
「それは……別に……」
「私達は、当然のことをしただけですから……」
ラティルの言葉に、少し戸惑い気味ではあるものの少女達は言葉を返す。少女達の答えを聞き、彼女達へと微かに振り返ったラティルは言葉を続けた。
「……それでも、ありがとうと言わせて下さい。
それと、レイアが驚かせてしまった様で、ごめんなさいね……」
「…………えっと、それは……」
「……私は噂で多少は存じておりましたので……」
ラティルが続けた言葉に、言葉を濁したニケイラに対して、カロネアは落ち着いた様子で言葉を返した。
「……確かに、驚きましたが……噂では恐ろしい姿と聞いておりましたが……実際に見れば噂程には恐ろしげなものではなく……むしろ、お美しい姿に思えました……」
「わ、私も……吃驚しましたけど……綺麗だと思いました……!」
カロネアの言葉に続いて、少し慌てた調子でニケイラも言葉を返した。
「……そう……そう言ってくれて……ありがとう……」
少女達の言葉に、ラティルは少女達に優しげな笑みを見せて言葉を紡ぐ。そして再び、前の方を向いて廊下を進み始める。
再び幾許か廊下を進んだ頃、今度はニケイラが口を開いた。
「……あの……ラティル先生……?」
「どうしたの……?」
教え子の問いかけに、ラティルは歩調を緩めて背後の少女へと、再度軽く振り返る。
「あの……レイアさんの、あの姿って、何なんですか……?」
躊躇いがちな様子で呟いた問いかけに、ラティルは答えを返した。
「あぁ……あの子の半竜人の姿……? あれは、あの子の“異相体”の一つですよ」
「「……“異相体”……?」」
少女達にとって聞き覚えのない単語に、二人は首を傾げて鸚鵡返しに単語を呟いた。
「ティアス書院長が編み出した編纂魔法の一つで創造されたもう一つの身体のことです。
この私の――女性としての身体も、書院長に施術して得た“異相体”です」
「「……そう、なのですか……」」
ラティルの説明に二人は短く驚きの声を漏らす。漏れる様に出た呟きを聞いた後、再び言葉を続けた。
「ただ……あの子の“異相体”は、生まれつき持っていたものですけどね……」
「……生まれつき……?」
「……あの……それは、どう言う……?」
何処か呟く様に告げられた内容を聞いて、少女達は首を傾げる。
「言った通りの意味ですよ。書院長も私も『異相体創造』の施術を行った訳でもないのに、赤ん坊の頃から、ことあるごとに幾つもの“異相体”の姿に変じて、私達も驚かされました。
どうやら、私があの子を身籠っていた頃に、そうと知らずに頻繁に男女それぞれの姿を入れ替わる生活を送っていた影響らしいのですけれどね……」
呟く様に語られたラティルの説明は、最後の方には幾許かの自嘲の色を帯びている様に窺えた。
そこまで喋った後で、ラティルは暫し口を閉ざす。そして、幾許かの内心の葛藤を巡らせた後に、少女達に向けて声をかける。
「……先程、キエガフ伯爵の子息……デュナン君、でしたか……彼が口にしたことは、ある程度は正しいんです……」
「「……え……?」」
不意に聞かされた内容に、驚きの呟きが漏れる。しかし、少女達の呟きに反応することなく彼女の言葉は続く。
「あの子――ケルティス君は、普通の人とは異なる方法で誕生した人間です。
デュナン君の言った様に、ケルティス君は中等部に入学できる程の年齢ではありません……いえ、むしろ年齢の面から言えば、初等部に入学することすら難しいでしょう」
「……とても、そうは見えませんでしたが……?」
カロネアが思わず漏らした問いかけに、ニケイラも無言ながら幾度も同意の頷きをしてみせる。そんな二人に答える様に言葉を繋げる。
「それこそ、ケルティス君が特殊な出生をしているが故ですよ……
ですけれど……ケルティス君は、人造生命体の様な、世界の摂理に組み込まれていない不自然な手段で生み出された存在ではありません。そのことは、神殿の法院・魔法院・薬院……それに施政院と言った諸院も、自然の摂理に即して誕生した存在であることを認めています。そのことは間違いありません……
とは言え、ティアス書院長を始め、私達コアトリア家の者達は尋常ではない特殊な生まれや背景を持つ者ばかりです。その所為で、書院長は少し寂しい思いをしていたと聞いています。
出来れば、ケルティス君の良き友達になって欲しい……」
ラティルが口にした願いを遮る様に、二人の少女の声が発せられる。
「勿論です!……ケルティス君と私は友達です!」
「えぇ……ケルティス君やティアス猊下には及びませんが、私も少々人と違う身の上です。人とは違う身の上だからと、ケルティス君を避けるつもりはありません」
ニケイラとカロネアの言葉を聞いて、思わずラティルの瞳が感激に思わず潤むのを感じたのだった。
* * *
潤んだ瞳にそっと手を翳して、再び廊下を進み始めた。ラティルに「あ!」と言う小さな呟きが聞こえる。そして、彼女に向けて少し躊躇いがちな問いかけがなされた。
「……あの、ラティル先生……」
「……?……どうしました、ニケイラさん?」
「……あの……“オセ系”ってどう言う意味なんですか……?」
怖ず怖ずと言った風情で問いかけるニケイラの様子に少しばかり首を傾げたラティルだったが、『過去視』で見ていた情景を思い出して一応の納得を得る。
「そう言えば、ニケイラさんはランギアの出身だから縁がなかったのかも知れませんね……
“オセ系”と言うのは、“オセミギア系ユロシア人”と言う意味ですよ」
「……え……?」
その言葉に、ニケイラは困惑に首を傾げた。オセミギアとは、大陸西方域(ユロシア地域)の南岸域に存在する王国であり、セオミギア王国やランギア王国等と同様にユロシア人によって構成される国家の一つの筈だから……
困惑する少女に向けて、ラティルは説明の為の言葉を紡ぐ。
「オセミギア王国は、海洋国家……外海に乗り出し、他大陸との貿易等を生業とする船乗りが多く住む国です。そして同様に、外海に乗り出す海洋国家として、南方大陸にはフェルン王国があります。
その影響で、両国の人々は色々な交流があるそうです。その為、南方大陸の民族――リヴィア人との混血者が、彼の国には多く住んでいます。
そうした人々を指して、“オセミギア系ユロシア人”――略して“オセ系”と言うんですよ」
「……そうだったんですか……」
ラティルの説明を聞いたニケイラは、感心から言葉を漏らす。そんな少女に向けて、ついでとばかりに、ラティルは言葉を付け足した。
「……ちなみに、私の父は、今話した“オセミギア系ユロシア人”なんです。この国の中では色の黒い部類だから、すぐに分かるんですけど……
そう言う意味では、私も広義には“オセ系”と言うことになりますね。外見的には、普通のユロシア人と余り変わりありませんが……」
そう言って少し悪戯っぽい笑みを後ろの少女に向けた。そして彼女は、その笑みを浮かべたままで、二人の内の一人――この話題が持ち上がってから黙していたカロネアの方に言葉を投げる。
「……カロネアさんは……どちらかと言えば、“オセ系”と呼ばれる人種とは少し違うでしょう?」
「……そうですね。先生の説明に沿うなら、私は“オセ系”と呼ばれる人種とは異なります。ですが、その意味を広く採れば、“オセ系”の範疇に入ると思います」
「え?……えぇっ?……それって、どう言うこと……?」
ラティルから向けられた笑みに、ある意味良く似る嫣然とした笑みを返してカロネアは答える。そんな二人の掛け合いに付いて行けないニケイラは首を傾げた。
「フフフッ……それは、いずれカロネアさん本人から聞いてみれば良いでしょう。
さぁ、目的地が見えて来ましたよ」
そう言うラティルの前方に、目的地たる雑務院の一室……学生寮に関する諸手続きの受付場所が見受けられた。
活動報告でも触れましたが、今回は主人公不在で物語が進行しました。
次回は、同時間軸の主人公の話となります。
ご意見・ご感想が頂けると幸いです。