序章
今回、若干残酷な描写と取れる内容が含まれております。
“彼”は仲間と共にある機体の内部――その操縦室の一つの席に座していた。
そこは十人ばかりの人間が納まるに充分な広さを有したおよそ半球形の空間に、数席の座席が配置され、それらの席の前には様々な計器の並ぶ表示盤とそれに対応した様々な機器の操作盤が配された卓が設置されている。
“彼”の仲間は各々の席に座り、部屋の外壁に広く表示される外部映像やそれぞれの席の前に設置された表示盤に並ぶ計器へと目を走らせ、それらの状況に応じて操作盤に並ぶ操縦桿やスイッチ類を次々と操作している。
勿論、“彼”もこの機体に搭載された主砲以外の各種魔導砲や飛鱗弾の制御を中心とした操作とこの機体自身を媒介に利用した魔法の詠唱を担当している。先程まで――この地に到達するまでの空中戦において、この機体へと群がる無数とも思える敵影に対し、魔導砲や飛鱗弾を駆使し、機体周囲の空間に複数の立体魔法陣を展開しての迎撃で、かなりの集中力を消費したのだろう。人知れず溜息が漏れる。
だが、周囲の仲間はそんな“彼”の溜息に気付ける者はいない様だ。何と言っても、彼等の目前には真に相対しなくてはならない存在が鎮座しているのだから……
† † †
それからの戦いは熾烈を極めた。
幾百、幾千――或いは、幾万であったか――と言う途方もない頭数の敵と相対するよりもなお、目前の一柱と相対することは彼等にとって熾烈なものを感じずにはおれなかった。
先の突破戦において、たった一撃で一頭から数頭の敵を撃墜した副砲群の集中砲撃も、世界最高最強の魔法金属で出来た巨大な爪牙による格闘戦も、今相対する存在に有効な一打となっていない。むしろ、こちらの機体を鎧う爪牙と同質の魔法金属製の鱗や装甲は見事に削れ、穿たれ、その内在魔力量は想定された以上の速度で消耗――いや、損耗している。致命的な一撃こそ受けていないが、それも時間の問題と思われた。
そんな厳しい状況の中、部屋の中に声が響いた。それは、この機体内の別所にて機体中枢を司っている仲間の声だった。彼の提案とは、この機体の主砲――竜吼砲の最大威力砲撃による乾坤一擲の攻撃をしかけると言うものだった。
だが、そんな彼の提案に部屋の中央の卓に座する金髪の女性が反論の言葉を放った。何故なら、機体の内在魔力量は主砲を起動させる為の限界量を割り込み、その残量は危険域に到りつつある。この状況では、最大威力どころか主砲を起動させることも困難なことは目に見えていた。
反論の言葉を紡ぐ彼女の声を耳にしながら、“彼”は、彼が何をなそうと逸早く察する。故にこそ、彼が無茶な真似を始める前に“彼”は席を立つ。
席立った“彼”は部屋中央に設置された卓へと歩み寄り、その卓上に設置された水晶球へと手を伸ばす。そして、“彼”は水晶球に手を触れたまま、自らの意識を集中させる。
この水晶球は機体の無限魔力炉と連結された端末であり、水晶球に触れている者の魔力を魔力炉へと供給する機能が備わっている。常人の――いや、一般的な魔法使いの数十倍を秘めると言う“彼”の魔力を全て魔力炉へ注ぎ込んでゆく。その姿を目にし、周囲の仲間達も同じく水晶球の許へと手を伸ばす。
いまだ激しい戦闘が続く中……機体の機動を司る別所にある彼と、機体内の魔力を管理する金髪の彼女の二人を除く、仲間一同が水晶球に手を触れ、各々が魔力を機体の魔力炉へと送り込む。
だが、水晶球に触れる者達は一人、また一人と膝を付く。“彼”にとって大切な黒髪の彼女も艶やかな黒髪がくすんだ銀色に見えるまで色を落として両膝を付き、別の仲間は煌く金色の鱗が艶のない灰色にまで彩りを失って床へと倒れ込む。
次々と力尽きる仲間達にやや遅れて“彼”もまた膝を付く。そんな中で、強い脱力感に霞む視界の隅に映る計器盤の一つに意識を向ける。
そこには機体の内在魔力量を表示されていた。だが、そこに表示された数値は先程と比して、全体の2~3割程度の量が増加しているものの、満タンには程遠い状況にあった。更に戦闘機動による消費と、相対する存在の“御力”の作用もあって魔力残量は減少して行く。
このままでは、先に彼がした提案――乾坤一擲の最大砲撃を放つことが厳しい状況を変えることが出来ない……そう結論付けるしかない。
その結論に到った“彼”は、自らに鞭打って再び立ち上がった。視界の隅に揺れる自らの髪の色が普段の色味を失っていることを気にする余裕もない。
そして再び、“彼”は水晶球に手を伸ばした。その姿に倒れ臥していた仲間達から声が上がる。
だが、そんな声を無視して、彼は集中を開始する。自らの生気を魔力に変換し、それを元に古代でさえ禁忌とされた魔術を唱える。
室内に朗々と詠唱が響く中、水晶球に触れる“彼”の左手の指先から、ゆっくりと無数の小さな燐光が溢れ出し、水晶球へと吸い込まれて行く。燐光が溢れ出すたび、“彼”の指先が徐々に色を失い、実在感を失い、その先端から消滅して行く。
自身の身体と魂を、魔力に変換する魔術――帝国魔法の上位呪文にあって禁忌の術とされる魔術を用いて、“彼”は機体への魔力注入を再開させる。
危険域側に落ち込んでいた魔力残量を示す表示が目に見えて上昇して行く。
計器が示す数値の上昇に、小さな歓声を上げた室内の一同であったが、再度“彼”の方に首を巡らせた瞬間、絶句することとなる。そこには左肘より先を燐光と化して失った“彼”の姿があったからだ。
† † †
最終的に、“彼”は左腕一本を捧げることで、機体の内在魔力量を最大値まで充填することに成功した。充填した魔力は、別所にある彼によって魔力炉内で増幅・変質を繰り返し、主砲へと送り込まれる。
それら主砲発射手順の進行を何処か坦々とした調子で告げて行く金髪の彼女の声が響く中、突如として“彼”のいる部屋が鳴動する。
それは、今までの戦闘によって生じたそれとは異なる種類のものと直感的に感じられた。と同時に床に叩き付けられる様な不意の加重に襲われた。
一瞬の間で終った加重から開放された彼等は視線を外壁に設置された外部映像の表示へと向ける。
そこに映されていたのは、眼下に広がるのは激しい戦闘で荒らされた森林地帯が映っていた。そして、文字通り山程にもと形容するべき巨大な漆黒の竜と、その巨竜よりも幾周りか小さい――それでも砦程と形容できる巨大さを誇る金属で出来た機械の竜の二体が相対している。
両者は互いに向けて、その巨大な顎門を開き、その内に溜め込まれた魔力を放つ。
機竜の放つ万色の光条と、漆黒の巨竜が放つ闇色の光条が激突する。
二つの魔力の奔流は激しく鬩ぎ合い、互いの軌道を微妙に歪め合って交錯する。
機竜の放った光条は、漆黒の巨竜の右肩を大きく抉り取り……漆黒の巨竜の放つ闇色の奔流は、機竜の右頬から右脇腹にあたる一帯を深く穿つ。
穿たれた機竜の脇腹から内部機構――無限魔力炉が露出する。それは先の闇色の奔流の一撃によって損傷を受けていたことが窺い知れた。
両者の放つ光条の交錯が収束した直後、機竜の損傷を受けた各所より、次々と爆炎や噴煙が吹き上がる。
そして、爆炎と噴煙が機竜の全身を包み込んだ直後……彼等が乗り込んでいた機体――金属の鱗に鎧われた機竜は、爆散した。
爆散する機竜の姿を映し出す外壁を凝視する“彼”の背後より、金髪の彼女が上げたであろう身も世もない悲鳴が室内に響き渡った。