夜店と金魚
僕は、たくさんの仲間と大きな水槽の中で過ごしていました。
僕は真っ赤な金魚でした。
ある日。
大きなトラックに乗せられて、知らない町に連れられて来ました。
僕たちは皆、浅い水槽に移し変えられていきます。
「これから、何が起こるのだろう?」
皆、不安で仕方がありません。
暫くすると、陽も落ちて来ました。
しかし、周りはとても明るく賑やかです。
笛や太鼓の音も聞こえてきました。
落ち着かない僕たちの水槽の周りに、子供たちが集まってきてじっと見下ろしています。何が始まるのか分からなかった僕たちは、ただ子供たちを見上げていました。
すると、いきなり網のようなものが水槽に入れられて、仲間がすくい上げられました。皆ビックリして、逃げようと必死に水槽中を逃げ回っていました。
しかし、どんなに逃げても僕らを追いかけてくる網は絶えません。
力尽きて、捕まる仲間も少なくありませんでした。
そして僕も例外なく泳ぎ疲れてしまい、捕まってしまいました。
それは小さな女の子でした。
僕が入った透明な袋を、目の位置まで持ち上げられ見つめられました。
彼女はとても嬉しそうでした。
そして、僕はこの女の子の家へ行く事になったのです。
彼女の家には既に金魚鉢が用意してあり、窮屈な袋から移し変えてもらえました。
その金魚鉢に彼女の顔が近づいてきて、僕を眺めては「こっちにおいで」と指でコンコンと合図してきます。
僕が、恐る恐る近づいて行くと上から小さな餌が降ってきました。
朝から何も食べていなかった僕はお腹が空いていたので、餌を夢中で食べました。
すると、彼女は「食べてくれたー」とまた嬉しそうに笑うのです。
僕は、彼女に捕まってしまったけれど、前に居た場所よりは幸せなんじゃないかと思うようになりました。
それからというもの、彼女は朝と夕方には必ず僕に話しかけてくれて、餌は勿論、金魚鉢の水を取り替えてくれたり、影が出来る石の寝床を入れてくれたり、たくさん世話をしてくれました。
そんな幸せな日々も、あと少しで半年を迎えようとしていたある日。
僕は自分の死期を感じていました。
もともと短命である金魚としては、そこそこ生きる事が出来たなぁと考えていました。
飼い主になってくれた家族は優しい人達で本当に幸せでした。
心残りなのは、彼女に「ありがとう」が伝えられない事だけでした。
そして、そんな事を考え始めてから間もなくして僕は死んでしまったのです。
朝、目を覚ました私は、久し振りに観た夢を頭の中で反芻し嬉しくなって金魚鉢のあるリビングまで、駆けていきました。
そして、夢の内容を話してあげようと思ったのです。
金魚鉢を見ると、中で泳いでいるはずの金魚はお腹を上にして浮かんでいました。
死んでる・・・・。
昨日の夜はちゃんと泳いでいたのに・・・。
お祭りの夜店で買ってから、約半年。
両親にも寿命が短いから止めなさいと何度も言われたけど、あの真っ赤な金魚は一際私の目を引いていて、他の誰にも買われたくなかった。だから私が買って家に連れ帰ったのです。
金魚には迷惑な話だったかもしれないけれど、私は一緒に過ごす事が出来て楽しかった。
世話だってちゃんと出来ていたと思うし、金魚自身も気持ちよさそうに泳いでいたと思う。
でも、もう生き返りはしない。
最後に私は、金魚に今朝観た夢の話をしてから家の庭に、小さなお墓を作って埋めてやりました。
私が見た夢とは、金魚が私の手を引いてどこかへと向かって行くので、何があるのかと着いて行くと、そこは金魚と初めて出会ったあの夜店でした。そして私の周りをフワフワと漂い、私の近くまで来て「ありがとう」と言ってくれたのです。
私は嬉しくて、涙が止まりませんでした。
最後に私の所に来てこんな夢を魅せてくれたのかと思うと、余計に涙が止まりませんでした。
だから、私はお返しにお墓の隣に花の種を埋めてやる事にしました。
図鑑を引っ張り出して、色や花言葉を調べて、私は真っ赤なポンポンダリアの花に決めました。
これから毎年、丸くて小さい真っ赤な花がたくさん庭に咲く事でしょう。