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第一話 出会い

 私は海が嫌いだ。どれだけの子どもがあの波に殺されたのか、それは数えられるようなものじゃない。私の友もそうだった。あの日、海にさえ行かなければ、君はまだ私の隣で笑っていてくれたんじゃないか。君はまだそっちへ逝かずともよかったのではないか。私が止めていれば、君は納得できなかったかもしれないが……。いや、こんなことを言うのはやめよう。もうずっと昔の話なのだから。あの日のことを悪く言うのは君に対する侮辱だろうな。



 私は田舎の高校に通っていた。中学の頃から目立つようなことはしてこなかったため、当然高校生になったところで何の変化もなかった。部活にも所属はせず、学力だって中の上程度だった。どこにでもいるような、パッとしない高校生。それが私だった。


 彼女はそんな私とは正反対の存在だった。テニス部のエースとして何度も表彰され、テストでも毎回学年一位を取っていた。加えてその端麗な容姿のために学校ではアイドルのような存在だった。


 住む世界が違うんだ。当然私は嫉妬などしなかったし、その立場を羨んだりもしなかった。私がそのような立場だったらどれだけ充実した生活を送れただろうかと考えたことが無いとは言わないけれど、それはあくまでも興味でしかなかった。


 ただいつも思うのは、恵まれた人間は全てにおいて私より上だということだった。容姿や能力の長けた者は自己肯定感が高くなり、それゆえにあらゆることに努力する。


 私のように平凡な存在は努力することすらない。何をしたって彼らには敵わないからだ。そんな私を恨むようなことはなかったが、どこか虚しく感じることはあった。


 それは進学して一ヶ月ほど経ったときのことだった。私はいつものごとく授業を受けていた。何の変哲もない、極めてつまらない授業だった。


 自分で言うのもどうかと思うが、私は真面目な性格だった。真面目でつまらない性格だった。だから授業中に居眠りをするなどということはこれまで一度もなかった。


 けれどその日は違った。昨日の体育の授業と、放課後のアルバイトのせいでひどく体力を消耗していたのだ。そして子守唄のように抑揚の少ない先生の声は、どうしても私を深い眠りにつかせようとしていた。


 私も最初のうちは抗っていたのだが、どうしようもない眠気に勝つことはできなかった。寝てしまう方が楽だったからだ。私という人間は、ここぞというときに楽な道を選んでしまうようなものなのだ。


「……い。おーい。矢田くーん」


 耳元で私の名を呼ぶ声がした。授業中に眠ってしまったことに驚き、私はその勢いのまま身体を起こした。瞼はまだ絶妙に重たかったがそんなことはどうでもいい。私は授業中に眠ってしまった己のことを少しばかり軽蔑した。


「朝倉さんですか。おはようございます」


 私は少々取り乱しつつも、平静を装ってそのまま挨拶した。私は普段から授業中に寝るような人間なんだと、そのような態度を作った。


  恥ずかしかったのかもしれない。面白い人だと思って欲しかったのかもしれないし、特に気にしないで欲しかったのかもしれない。こう言ったときの私の感情はよく分からないものだった。


 けれどそれよりも気になっていたのは教室に私と彼女を除いて誰もいないということだった。昼休みではないし、もちろんまだ下校の時間でもない。


「うん。おはよう。次は美術だから起こしてあげようと思って」


「へぇ……。わざわざありがとうございます」


「いや、忘れ物を取りに来たら寝てるのが見えてね。たまたまだから気にしないで」


 彼女はそう言って自分の席に筆箱を回収しに行った。移動教室だったのか。すっかり忘れていた。彼女が起こしてくれなかったら訳も分からず美術を欠席にさせられていたことだろう。偶然とはいえ私としてはありがたかった。


「でもこうして矢田くんと話すのも初めてかな? せっかくだし一緒に行こうよ」


「え、まぁ……いいですけど」


「良かった! これで断られたら謎に嫌われてるのかと思うところだったよ。ほら、矢田くんってどこか暗いじゃん?」


 彼女は元気にそう言った。彼女は誰に対しても分け隔てなく明るく接するタイプだった。今では彼女のような人は陽キャとでも言うのだろうか。正直そんな俗な言葉で表現をしたくはないが、まぁそんなところなのだろう。


 美術室に行くまで私は彼女と話していた。……というにはあまりに一方的な会話ではあったけれど、私達の間には確かな空間があった。初めて話すとは思えないほど、彼女は揚々と、そしてありきたりな話をしてくれた。


 これが私、矢田やだ優希ゆうきと彼女、朝倉あさくら春奈はるなの出会いだった。厳密に言うのならば初対面というわけではないが、明確に互いに互いを認識した場面というならこのときだろう。私の青春はこのときから始まった。

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