赤い花 【月夜譚No.369】
村に語り継がれてきた伝説が好きだった。この村の子どもは皆、寝物語にそれを聴かされて育つ。だから、村民は全員が知る伝説だ。
昔、村の外れにある森に一輪の赤い花が咲き、それを見つけた村の男が大事にした。花はやがて枯れ落ちて、もう二度と鮮やかな赤を見せることはなかった。
しかしその一年後、男の許へ一人の女が現れる。彼女は旅人であり、一晩だけ泊めて欲しいと言うので、空いている部屋を貸した。
翌日、男が様子を見にいくと女はおらず、代わりにそこにあったのは、上質な反物が数反と三枚の赤い花弁だった。男は町で反物を売り、死ぬまで苦労はしなかったという――。
よくある昔話ではあるが、彼女にとってそれは大好きな祖母の声と共に記憶に残っていた。伝説を思い返す度、亡くなった祖母の声で再生される。だから、この伝説が好きなのだ。
月を見上げながら心の中で伝説をなぞっていると、インターホンが鳴った。宅配便だろうかと返事をして扉を開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
「すみません。この辺りに宿泊できる場所ってないですか?」
尋ねられた彼女の視界の端に、先日庭で咲いた花の残滓が赤く過った。