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LV7

裏口の階段は思ったよりも長かった。

 湿ったコンクリートの匂い、頭上から遠ざかっていく店内のざわめき。

 零士は足を踏みしめながら下り続け、最後の段を降り立った。


 目の前に現れたのは、思い描いていた秘密基地のような華やかさではなかった。

 古びた机や壊れかけの椅子、段ボール箱や書類の山が雑多に置かれた薄暗い部屋。

 使い古された蛍光灯が、かすかにチカチカと瞬いている。


 そんな空間の中央に、二つの人影があった。

 一人は腕を組んで立つ悠。

 もう一人は、割烹着を脱いだ真理子。


 零士が口を開くより早く、悠が低く言った。

 「また会ったな、神原零士。」


 「よう来たな 零士君 Shadowへようこそ」

 真理子は軽く笑みを浮かべたが、その目は冗談を許さぬ光を宿していた。


 零士は眉をひそめる。

 「Shadow……?」


 悠が頷き、簡潔に続けた。

 「まずは自己紹介だ。俺は佐伯悠。」


 真理子も口を開く。

 「うちは日向真理子。ひなた食堂の女将とクラブ・ルミナスのオーナー……それともう一つの顔――今から話すことに関わっとる」



悠と真理子の自己紹介が終わると、部屋の中に沈黙が落ちた。

零士は堪えきれず声を荒げた。

「……なんなんだよ、あんたら。俺をここに呼んだのは何のためだ?」


悠は答えず、ただ零士を見据える。

その沈黙に苛立ち、零士はさらに言葉を叩きつけた。

「俺には小学校までの記憶がねぇ。母親だと思ってた女も、結局は嘘だった。……俺の中にあるこの衝動もそうだ。気がつきゃ誰かを殴り、壊さずにいられねぇ。俺は何者なんだよ」


真理子が静かに目を伏せ、悠が口を開いた。

「……その答えは、俺たちの歴史にある。聞く覚悟はあるか」


 零士が黙って耳を傾けると、悠が言葉を紡ぎ出した。


 「どうせ知らんだろうが……太平洋戦争の時代。国には陸軍中野学校というスパイを育成する機関があった。もう一つ、民間の大企業や財閥が出資して作った組織があった。諜報、破壊工作、暗殺まで担った非公式の集団――それは八咫烏(ヤタガラス)と呼ばれた。」


 真理子が低く言葉を継ぐ。

 「八咫烏はある使命の元発足されたんや。それは東財閥からある物を奪取すること。東の先祖は数千年の間、この国の地下に眠っとったある道具を掘り起こした。 それを通称ネビュラの遺産っていうんや」


 零士は思わず口を挟む。

 「ネビュラ……?」


 「数千年前に地球にやってきた宇宙人やと言われとる、あんたが信じるか信じないか、まあそんな事はどうでもええ」

 真理子は淡々と続ける。

 「彼らが持ち込んだ未知の道具は、人の心を操り、天候を操作する力を持っていた。東の先祖はそれを使い、自分たちの権力拡大のために利用した。やがて日本を、ひいては世界を支配するつもりなんや」


 悠が、まるで遠い昔話を語るように会話を引き継ぐ。

 「八咫烏は命懸けでその道具の一部を奪うことに成功した。その後、他の件で国から弾劾され東財閥は取り潰しになった。しかし東財閥は滅んだように見せかけ、秘密裏に戦後も生き延びたんや。恐らく政府の中にも東と深くつながってるやつも沢山いたんだろう。そして八十年たった今――裏では“コンコード”という名前を使い、日本の裏を動かすまでになっている」


「そしてコンコードは関連企業、宗教、テレビタレント、政治家、ユーチューバ―、枚挙に暇がないほどいろんな所に入り込んどる」真理子が続けた。


 零士の頭の中で、点と点が線になりかけていた。

 母を演じた女。そしてコンコードという名。


 悠が一歩、零士に近づいた。

 「Shadowは八咫烏の意思を継いだ組織だ。かつて奪った道具の一部と知識を手に、東に抗うために再編された」


 真理子の目が、零士をまっすぐ射抜いた。

 「……そして、あんた自身が特別や」


 零士の喉がひりつく。

 「特別……?」


 「お前は人工授精で生まれた。お前にはネビュラの血が流れている」

 悠の声は淡々としていた。


 「人間でありながら、人間やない。」


 「そしてもう一つ……お前には東の血が流れとる。実験は東の実験や。あんたを身ごもった母親は、東の家系の人間らしい。失敗したサンプル、つまり胎児は破棄される。だがそれを避けるため、あんたの母親は破棄されたことにしてどこかに隠蔽した。」


「だがお前が中学の時、その事を東が知った。だが、お前の母は身を持ってお前が連れ去られるのを阻止したのだ」


「東のやっている事は非人道的だ、許す事はできない。しかしお前には東の血が流れている。」


 零士は呆然と立ち尽くした。

 パニックになりそうだった。頭では拒絶したかったが、心の奥では――ずっと感じていた違和感に答えを突きつけられたようで、背筋が凍った。


 「お前には選択肢がある。ここに残りShadowとして生きるか、今まで通り無意味に時間を過ごすか、東の庇護を受けるか。」


 真理子が静かに告げる。

 「ここに残るか、出ていくか。選ぶのはあんた自身や。」


 「残るのなら……格闘、語学、スパイに必要な知識、一流のマナー――すべて叩き込む。生き残りたければな。地獄のような苦しみを与えてやる」


 その言葉が薄暗い部屋に響いた瞬間、Shadowの歴史と零士の運命は交差した。



――1か月後

階段に汗が大量に滴り落ちる。

そこにはひなた食堂の地下で巨大な鉄球を背中に背負って階段を上り下りする零士がいた。


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