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LV6

昨日の夜から降り出した雨のせいで午前中なのに部屋は薄暗い。

ちゃぶ台の上に一枚の紙片が置かれていた。

 数字と記号の羅列。零士は鉛筆を握りしめたまま、苛立ちを隠せなかった。


 「……チッ、わけわかんねぇ なんだよコレ……」


 何枚もメモを殴り書きし、丸めては畳に投げ捨てる。

 真理子から渡されたこの紙切れ。暗号だとわかっても、自分の力では解けそうになかった。


 そのとき、背後から静かな声が落ちた。

 「それ……ちょっと見せて」


 振り返ると、車椅子に腰掛けた母が、眼鏡越しにじっと紙片を見つめていた。

 「母さんにわかるわけ……」と吐きかけた零士の言葉は、途中で止まった。

 母の眼差しが、いつになく真剣だった。


 零士は紙切れを母に渡した。


 「ここに来いって言われたんだ。住所じゃねーんだよ。これ 俺馬鹿だからさ わかんねーよ」


 「……これ、素数を基準にした暗号ね。二つ飛ばしで文字に置き換えていけば、きっと座標になるわ」


 零士は目を丸くした。

 「は? そす……? 何……?」

 「昔、研究の端っこで見たことがあるの。戦争の頃に使われた暗号。似てるわ」


 母の細い指が紙をなぞり、母の言う通り零士も鉛筆を走らせる。

 数字が文字へ、文字が地名へと変わっていく。

 やがて浮かび上がったのは、一つの住所。


 零士はスマホに住所を打ち込んだ。

 するとグーグルマップで地図が表示される。


 「……これって……」


 零士は声を失った。

 そこに記されていたのは、汐路町の商店街の住所だった。


 「テナント募集 食堂予定地?、なんだこれ……」


 二人は顔を見合わせ、思わず吹き出した。

 団地の薄暗い部屋に、初めて笑い声が響いた。

 零士は無意識に笑っていた。母も、声を震わせながら笑った。


 だが、次の瞬間。

 零士の顔から笑顔が消えた。


 「ところであんた何もんだ?」


 零士は冷静に低い声で聞いた。


 母の笑みは震えに変わる。


 「研究してた記憶はあるんだな」と続けて零士が言った。


 「ごめんなさい……」

 母は涙をポロポロこぼし始めた。


 「……なんで泣くんだよ」

 零士が戸惑うと、母は嗚咽をこらえながら首を振った。


 「もう……耐えられないわ」


 「初めてあなたを見たとき、正直……怖かったの。あまりにも荒れていて、声を掛けることもためらった」

 「でも、今日……初めてあなたの笑顔を見て……幸せだって思った。ずっと、この時間が続けばいいって……」


 零士は言葉を失った。


 母は震える声で続けた。

 「……私は本当の母親じゃない。株式会社ヒューマンコンコードから、母親役を演じろと命じられたの」

 

 驚きはしたが、心のどこかで(やっぱり)という気持ちは存在した。

 

 しかし零士の目が大きく見開かれる。

 「コンコード……? 今コンコードって言ったか?」


 「ええ、これよ」そう言って女は車いすの背中にかけてあるリュックから一枚の名刺を取り出した。


 零士はその名刺を手に取る

 ((株)ヒューマンコンコード 人材派遣会社か・・・  ん?)

 (名刺の右上にある会社のロゴマーク、どこかで見た気が・・・)

 零士はジーンズのポケットをまさぐった。

 あった。 この前ボコられた時ゴミ捨て場にあったネクタイピンだった。

 (これと同じロゴマークだ!)

 しかし零士はこの事は一度心にしまった。


 「あんたに話を持ち掛けてきたのはどんな奴だった?」


 「この前ここに来たスーツの女性……それと、細身の背の高い男性だったわ」


 長い沈黙が続く。

 零士は情報量が多すぎて整理がつかなかった。

 この状況はなんだ? 俺に母親がいるという事にどんな意味がある。

 なぜ俺なんだ?


 「もし俺に正体がばれたって事がここに知れたらあんたはどうなる?」


 「……わからない」女は首を振った。


 「だけど……足が不自由なのも、身寄りがないのも本当。昔、子供を亡くしたの。その子が生きていたら……あなたと同じくらいの歳だった」ポツリポツリと語り始めた。

 「だから、私が選ばれたのかもしれない……でもこの数日間、あなたが『息子』であることが、救いだった」


 零士の胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。

 拳を握るが、怒鳴り声も涙も出なかった。ただ、呼吸が荒くなった。


 女は小さなリュックサックを背負い外に出る支度を始めた。

 「ここから出ていくわね。これ以上は……迷惑をかける事になるでしょ」


 外は土砂降り。

 零士は黙ったまま背を向け、見送ろうとした。

 だが、女の背中が雨に滲んで見えなくなりそうになった瞬間、零士は衝動のまま飛び出した。


 「何がダメなんだよ!」


 雨の中、零士は母を抱き締めた。

 母も声を上げて泣き出す。

 二人はびしょ濡れになりながら、ただただ泣き続けた。


 「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 「俺だって……俺だってどうしたらいいかわかんねぇんだよ!」


 涙と雨の境目がわからなくなるほど、声を張り上げて泣きじゃくった。


 やがて二人は団地の部屋へ戻った。

 ちゃぶ台の上には、暗号を解いて現れた場所の住所が置かれたままだった。

 零士は濡れた髪を振り払い、その紙片を睨みつけた。


 「……行くしかねぇだろ」


 隣で女はすすり泣きながら、小さく「ありがとう」と呟いた。

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