LV2
三宮の外れ。線路沿いの居酒屋の軒先で、半グレ仲間たちが群れていた。
神原零士が現れると、場の空気が一瞬張りつめる。
「おい神原、まだやる気か。ルミナスに仕返しとか正気ちゃうやろ」
煙草を咥えた男が肩をすくめて言った。
別の男も続ける。
「聞いたことあるわ。去年、みかじめ料ふっかけた半グレの組、次の日には事務所ごと燃やされた。残党も誰も見とらん」
「おまけに暴力団が『ケツ持ちさせろ』って売り込みに来たときは、幹部連中がまとめてパクられとった。タイミングが良すぎる。表の警察も裏も、両方つながっとるんや」
仲間たちは口々に「ルミナスはヤバい」「あそこに手ぇ出すのは命知らずや」と囁き合った。
零士は鼻で笑う。
「だからなんだっつーんだよ お? 舐めた奴はぶっ殺す。女でもだ。」
「神原!お前まで消されんぞ!」
仲間の一人が思わず声を荒げた。
その瞬間、零士の拳が飛んだ。
「ああぁ!?」
「ぐはっ」
ボゴッという鈍い音とともに、男は壁際に吹っ飛んだ。
仲間たちが慌てて止めに入る。だが零士の目は血走り、殴られた男に追い打ちをかけようとした――その腕を、ひとりが掴んだ。
「……やめとけや」
静かで低い声。
久遠 蓮だった。零士と同い年の幼馴染。
金髪のチリチリ頭。
右腕だけタトゥーだらけ、しかし瞳は冷静で澄んでいた。
「お前の勝手にせぇ。でもな、ルミナスに踏み込んで帰ってきた奴はおらん」
「ビビってんのか、蓮てめえ」零士は吐き捨てる。
司は眉ひとつ動かさず答えた。
「俺はビビってるんやない。……あそこには、俺の姉ちゃんが働いとるんや」
零士は一瞬、言葉を失った。
蓮の姉は、ルミナスでホステスをしている。高級客を相手にする、店でも上位の存在だという噂だ。
「姉ちゃんが酔うて帰って来た時、たまに独り言のように色々言うんや、官僚やの大臣やの組長やの。普通の店やない。客も、裏の連中も……全部繋がっとる。あそこだけはヤバい。どうにもならん」
蓮は零士の目を見据えて言った。
「勝ち負けちゃうんやで」
零士は拳を震わせ、蓮の手を振りほどく。
「……うるせぇんだよ。おめえには関係ねえ」
◆
深夜のクラブ・ルミナス。
ネオンが滲む裏口に、零士は現れた。
「出てこいや……この前の女!」
するとドアがスーッと静かに開く。
そこに立っていたのは、無表情の黒スーツの男だった。
身長は2m近い。すらっとした体。一見ひょろひょろに見えるが、恐らく筋肉の塊だろう。
―—強い 零士は一目見てそう感じた。
冷たい目。無駄のない所作。
まるで影がそのまま人の形になったようだった。
「……なんだ君は?どいてくれ」
男は一歩前に出る。
「お前がどけ!」
そう言うやいなや 拳、蹴り、頭突き――零士は黒いスーツの男に向かって問答無用に仕掛けた。
しかし、すべてが空を切った。
零士の拳が空を切りドーンという音と共に壁に当たる。コンクリート打ちっぱなしの壁に零士の拳がめり込んだ。
男は一瞬ハッとしたが
「遅い、あくびが出る お前の攻撃は」そう言って冷静さは変わらなかった。
男は尋常ではない速さで零士に攻撃を仕掛けた。
顎に拳がめり込み、視界が揺れる。
鳩尾に膝が突き刺さり、息が詰まる。
何度立ち上がっても、地面に叩きつけられる。
最後に後頭部を掴まれ、片手で宙に浮かされた。
「……クソガキが」
低く吐き捨てられ、零士は裏口脇のゴミ捨て場へ投げ捨てられた。
顔は変形し、おびただしい出血だった。
腐臭と残飯にまみれ、意識が遠のいていく。
その時、手のひらに冷たい感触があった。
零士はかろうじて目を開ける。
アスファルトに転がった、黒いネクタイピン。
血まみれの指先で拾い上げ、殆ど無意識的にポケットにねじ込んだ。
視界の端、黒塗りの車のドアが閉まるのが見えた。
先ほどの黒スーツの男が運転席へ回り込む。
そして後部座席――、わずかに開いた窓の奥。
街灯に照らされ、一瞬だけ浮かんだ横顔。
スーツ姿の中年の男。
零士ですら「あれ、どっかで見たことある」と思うような顔。
繁華街に貼られた選挙ポスターで何度も見かけた、あの穏やかな笑顔の人物・・・
(……誰だったっけ、あれ……)
零士の意識はそこで途切れた。




