学校の怪談
これからお話するのは私が実際に体験した恐怖体験である。
私がこの私立高校へ入学してから既に一年が過ぎていた。
今は二年生となり、今年で二度目の学校祭の準備に追われる日々であった。
先日、学校祭で何を出店するかについての話し合いの結果、私たちのクラスは学校祭でお化け屋敷を出店することとなったのだった。
学校祭当日に教室内の机や椅子を積み上げて設置し、迷路の導線を作る状態にするまでは大掛かりなことはなく地味な準備が続いていた。
飾り付けの小道具や壁面となる段ボールに色を塗ったり、看板を作ったりという単調な作業だけを分担して行うのが放課後の主な作業であった。
普段なら放課後の校舎に生徒たちの声が響き渡っているのだが、今日は何故か校舎の雰囲気がいつもとは違っていた。
陽が沈み薄暗さから闇の深さが増した頃には、墓場のような静けさが校舎に満ちていた。
気がつくと、二階の教室には私と羽生賢治の二人しか生徒は残っていなかった。
おそらく、校舎に残っている生徒は私達二人しかいないのではないかと言っても過言ではないぼど、人の気配は全く感じられなかったのである。
学園祭の準備期間ということもあり、部活動もこの短い期間だけは部活動が活動休止となった。
そのため、いつもなら体育館から校舎の廊下の隅々まで響くバレーボール部の練習の声やボールの弾く音が聞こえなかった。
窓から屋外を眺めると、グラウンドでサッカー部の部員が練習している姿もない。
校舎からなのかこの学校の敷地そのものからなのかは分からないが、冷たく重いたい空気と静寂がさらに陰鬱な気分にさせた。
校舎の隅々から徐々に泡が沸き立つように、何か得体の知れない恐怖が忍び寄って来るのではないかという妄想が恐怖心をさらに肥大化させていた。
日中の校舎とはまるで別の雰囲気が夜の校舎に満ちているのをひしひしと感じていたのである。
それが普段の校舎であるはずの建物とはまるで異質の違和感を感じ、恐怖を少しづつ確実に募らせた。
一秒が永遠に感じられるような長さであり、時間感覚が完全に狂いはじめているのではないかという錯覚さえ感じたのだ。
私と羽生は薄暗く不気味な校舎の雰囲気に耐えられず、後片付けもそこそこに下校することにしたのだった。
教室を退室した途端に方向感覚さえも狂い、今何処にいるのかが分からなくなり一瞬困惑した。
二階の教室を出た廊下の窓からは、黄昏が降りた空に赤銅色の三日月が見えた。
私たちは薄気味悪い廊下を足早に駆け抜け、急いで一階の生徒専用玄関へと向かったのだった。
上靴から外靴に履き替えると硝子張りの引き戸を力一杯引いたが、びくともせずまったく扉は動かなかった。
「玄関に鍵がかかっていて外に出られない」
羽生は苦笑いしながらそう言った。
「職員室にいる先生に開けてもらおう」
私たちは靴を履き替えてもう一度来た道を戻り、二階の職員室へと向かった。
二階にある職員室にたどり着き、扉のドアノブに手をかけたが、この扉も施錠されていた。
扉をノックしてみたが誰も職員室から出てくる気配はなかった。
絶望と不安が波のように繰り返し私を襲った。
私達は校舎に残されたままで今日は家に帰れないという不安が脳裏を過った。
「先生か誰かまだ校舎に残っていないか手分けして探そう!」
私はそう言うと羽生と二手に別れて、別行動することにした。
羽生は三階へ向かい、私は一階へと階段を降りて行った。
職員室の真横にある階段を降りていくと、体育館の大きな扉が目の前の視界に飛び込んできた。
普段はこの階段を使う機会は全くないので校舎の構造に新鮮な驚きを感じた。
一年以上もこの学校へ通っていた、まだ知らないことがあるのだという驚きでもあった。
私たちは体育館へは二階から出入りするため一階へは生徒専用玄関しか行く用事がないのだ。
私は体育館の大きく重い鋼鉄製の扉を開けてみたが、体育館の内側は昭明もついていないため真っ暗であった。
誰も居ないのは明白であった。
声を出して確認するまでもないと判断した私は注意深く辺りを見渡した。
唯一の光源は非常口を知らせる緑色の照明しか視界には入ってこなかった。
静まり返った体育館は閉鎖的な空間であり、その広さが分からないため虚無感であらゆる思考さえもなくなった。
触手を伸ばした闇によって私は自分の存在そのものがかき消される感じがした。
私は曖昧な意識をしっかりさせたが、漆黒の闇の底へと引きずり込まれそうな恐怖が突然襲ってきた。
私は慌てて体育館の重い扉を閉めてた。
耳に不快な甲高い金属が軋む音が辺りに響き渡った。
後ろを振り返ると職員専用玄関の硝子から見える外の景色はすっかり闇色であった。
それは夜の大海原のような深い闇であった。
職員専用玄関の隣には先ほど私が降りてきた階段があった。
いままで気づきもしなかったが、その階段は一階部分で終わりではなく、さらに地下階へと続く階段があった。
地下へと続く階段を見ていると、何となく嫌な気持ちになった。
冷気を放つ何かに手招きされて誘われているかのような、そんな感じがしたのだ。
嫌な場所から逃げるようにその場から離れて、動揺している気持ちを静めるために少し廊下を歩き進めた。
一階には普通科の生徒が使用している教室があるのだが、ここへは来る機会はないため新鮮な感じがした。
進学クラスである私たちの文理科とはほとんど関わりがないためであった。
一階に誰もいないのかと探しながら暗い廊下を歩いていると先ほどの体育館の大きな扉近くに男子生徒が立っていた。
羽生とは違う体格の華奢な男子生徒であった。
まだ、生徒が校舎に生徒が残っていたのだと、安堵感が全身に満ちた。
私はその男子生徒に話を聞くために傍へ行こうと廊下を走った。
私が近くまで来るとその男子生徒はさらに歩き出した。
今度は職員専用玄関の真横にある、あの地下へと続く階段の前に立っていた。
私はその男子生徒にさらに近づくと男子生徒は地下の階段を降りて行ったまま姿を消したのだ。
辺りは暗く地下階へと続く階段の先は闇色のベールで覆われたように何も見えなかった。
それはまるで洞穴が口を開けているのに似ていると思いながら、私はその男子生徒の後を追うために階段を降りかけたその時である。
「やめなさい! その下には行ってはいけない! そこには何もないぞ!」
突然そう声をかけてきたのは、見たことのない年配の男性であった。
校舎にいるのだからこの学校の職員には違いない。
授業を受けたことのない先生なのかもしれないと考えた。
「今、この下に……」
私がそう言いかけると、その年配の男性は険しい表情を浮かべた。
「この下には人は降りて行けない。さあ、下校時間は過ぎているよ。向こうの玄関は鍵を閉めてしまったから教員専用玄関から今回は帰りなさい」
その年配の男性と話していると私を探していた羽生がこの場へやって来た。
私達は教員専用玄関から外へでて玄関から五十メートルほど離れた校門のところまで歩いた。
そこで一度後ろを振り返ると、先ほどの年配の男性が玄関の硝子張りの扉越しにまだ私達を見ていた。
それから数日後、代数の科目教員である小池先生が授業の合間に窓からグランドを見て話し始めた。
「この学校の校舎は昔陸軍病院だったんだ。グランドに空襲の時に非難するための防空壕もあったんだ」
その話を聞いた後に、私達はこの学校の怪談を幾つも知ることとなった。
この学校の卒業生の畑井先生は校舎を徘徊する看護師の霊が出ると言い、湊先生は体育館にある大鏡に剣道部の部員が鏡の中に引きずり込まれたと言う。
先輩方は屋上に七色に光る蝶が現れるとか、食堂には幽霊が壁をすり抜けて現れるなど色々な話を聞かせてくれた。
先輩たちは皆、学校の七不思議なのだと言うのだが、誰もその全てを知っている先輩はいなかった。
口を揃えて言うのは七つ目を知ったときに不幸に見舞われるというのだ。
私はこれらの話を全てをうのみにはしていなかったが、どうしても先日のあの地下階へと続く階段が気になり、昼休みに一人で向かった。
一階から地下階へ続く階段の先には金網がありこれ以上、下へは行けないように完全に閉鎖されていたのだ。
「確かにこの下には人は降りて行けない……」
私は昨夜の年配の男性に言われたことに私は納得した。
そして、あの男子生徒は幽霊だったのではないかという考えは確信へと変わった。
ここで一人で地下階段を見詰めていると数学の科目教員である菅原先生が私の傍へやって来た。
「そこで何をしてる?」
「いえ…… あの…… 先生…… この下に行く階段があるんですね」
「この下には何もないぞ」
菅原先生は眉をひそめてそう告げた。
私は何となく先日の出来事を話してみることにした。
「男子生徒がこの下へ降りて行ったんです」
私の話を聞いた途端に菅原先生の表情は強張った。
「さあ、もう休み時間が終わるから教室へ戻りなさい」
菅原先生が何かを知っているのは確かであるが、それを聞き出すことは難しそうである。
それから数日が経過した。
数学の科目の時間に菅原先生は授業とは関係のない話を始めた。
「もう…… 時効だから話すが……」
教員専用玄関の隣の階段の地下の階はこの建物が陸軍病院であった頃の霊安室だと言うのだ。
それと関わりがあるのか、菅原先生は更に話を続けた。
昔、この学校に通っていた男子生徒が下校時間を過ぎている校舎にいた。
校舎内を施錠して巡回していた菅原先生はその男子生徒の名前を聞いてから早く下校するように注意した。
その男子生徒は二階の教室に忘れ物をしたので取りに来たのだというのだ。
菅原先生はその男子生徒に教室へ行って忘れ物を早く取りに行くように言ってこの場で待っていた。
しかし、暫く経っても男子生徒が二階の教室からこの一階の職員専用玄関前に戻って来なかった。
菅原先生は男子生徒が告げたその二階の教室へ向かったが、教室内には男子生徒の姿はなかった。
気づかない内に男子生徒は下校してしまったのではないかと、菅原先生は疑問に思いながらも職員室の横にある階段へ向かって歩いていた。
すると、電話の呼び鈴が鳴っているのに気付き、職員室へ駆け込んで受話器を取った。
それは警察からの電話であった。
国道に面している学校のすぐ近くで交通事故があり、この学校の生徒が亡くなったという連絡であった。
亡くなった生徒が所持していた学生証から、この学校の生徒だと分かり連絡したということであった。
菅原先生は警察から亡くなった生徒の名前を聞かされたときに愕然としたというのだ。
なぜなら、その名前が先程この校舎へ忘れ物を取りに来た男子生徒の名前だったからだ。
菅原先生はそれから霊の世界やその存在を信じるようになったのだと話してくれた。
教室にいた生徒たちは皆無言のまま凍りついたような表情を浮かべて固まっていた。
私は息をするのも忘れていたのではないかというほど、菅原先生の話をのめり込んで聞き入っていたのだ。
数学の科目の授業前に何故その話をしたのかは菅原先生に直接確かめてはいない。
恐らく私はあの夜に会った施錠して巡回していた年配の男性と菅原先生が、私が出会った地下階へと消えた男子生徒の話をしたのではないかと思うのである。
交通事故で即死だったあの男子生徒は、自分が死んでいることに気づかずにまだこの校舎をさ迷っているのかも知れない。
何故地下階へ行くのかは分からないが、もしかしたら交通事故で亡くなった生徒の遺体を地下階にある霊安室で預かったのではないかなど色々と考えたが確認することが怖くて出来なかった。
昨年、その校舎は解体されて今では新しい校舎で生徒たちは学生生活を送っている。
その土地に縛られた霊たちがその後どうなったかは、既に卒業した私には知る術はない。
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