第96話 百獣万雷の王
漆黒の体色をしたリザードマンのリンドウは、森に逃げ込むべく南側に移動していたが、雷王竜カンナカムイに見つかってしまう。
空には雷を纏った太陽とでもいうべき光源が雷音を立てて浮遊し、夜を照らしていた。
『ククッ、貴様がファフニールを殺した竜ならば、余の雷を躱してみよ』
悠然と空中で羽ばたいている雷王竜が腕を振ると、雨なき雷雨が降り注いだ。不快な雷音を奏でながらリンドウを襲う。
(早い……!)
だが、ここまで生き残ってきた彼もそう簡単にはやられない。黄金の双眸を見開き、ギリギリで躱していく。当たれば死、判断を間違えれば死。刹那の迷いも許されない。
『ほう、余の雷を避けるか。貴様がリザードマンで間違いないようだな』
『こんなもので俺は殺れないぞ。とっとと降りて来い三下』
『挑発には乗らんぞ。狩りに安全策をとらないものは居らぬ』
あわよくば肉弾戦に持ち込みたかったが、そう上手くはいかないようだ。
(どうする……このまま回避し続けてもジリ貧、勝機は薄い)
死の雨が降り続ける中、リンドウは反撃すべく鱗を投擲する。だが、着弾前に雷で炭に変えられてしまう。
『木の葉で余は倒せんぞ』
遠距離攻撃は【鱗手裏剣】頼りのリンドウにとって、それが効かないこの地対空の状態は絶望的といえる。
(有利な場所に移動するしかない)
北側には国境の残骸である高い壁がそびえ立っているが、人工のものであって迷宮のものではないため、簡単に破壊されてしまう。向かう意味がないだろう。
西も東も平原が広がるだけで、しばらく何もない。ならば目指すは、南西のアマゾ大森林しかない。
(耐えろ……勝機は必ず来る)
リンドウは、亀のように遅いが少しずつ南西へと移動する。
『さて、飽いたな。変化をつけるぞ。付いてこれるか?』
雷王竜が指を捻ると、降り続く雷の形が変化していく。
固有技“雷獣変化・雷鳥”。
鳥型になったそれがリンドウを抉るように襲う。雨という直線的な攻撃に鳥の曲線的な動きが加わり回避がより困難になった。
(ぐっ……!?)
一瞬、ほんの刹那にも満たない一瞬だったが、雷で抉れた穴に足を取られる。
そこを雷鳥が削りに来る。
体を捻り回避を試みるが、翼の部分がかすって腹の肉が少し焦げ、そこから血が伝う。
リザードマンの竜殺しの血は魔法を消せる。だが、それは血液のみであり、肉体自体にはダメージがある。つまり、雷をまともに浴びれば血液だけを残し、死んでしまうというわけだ。
攻撃には使えるが、防御には使えないという痒いところに手が届かない使い勝手の悪い力なのである。
血を体表に纏う【鱗変化・竜鏖型改】を使いたいが、これは血の消費が激しいので超短期決戦でしか使えない。勝算のない今、使用すれば自殺しにいくようなものだ。
『どうしたどうした。さぁ、次に行くぞ』
敵がまた指を捻ると蛇型の雷獣“雷蛇”が現れ、リンドウを狙う。単調な攻撃にさらに変化が加わり、息つく暇もない。リンドウの体に生傷が増えていく。
(起死回生の策を、何か……!)
必死に頭を回転させるが、妙案は浮かばない。しかしその時だった。南西に森の木々の先端が見える。
(あれはアマゾ大森林! あと少し……逃げ切ってみせる!)
ようやく希望の光が見えた——かに思えた。
だが、木々の下に得体の知れない無数の青白い光が見える。
(あれは……クソッ!)
それは——雷獣だった。牛、虎、馬などの形をしたそれらが臨戦態勢を取っていた。
『余は鼠を狩るのにも万全を期すタチでな』
地平線に隙間なく隊を組んで並んでおり、通ることはおよそ不可能であった。
『さて、もう一度問おう。黙って死ぬか、足掻いて死ぬか。選ぶがよい』
(万事休す……か)
常勝のリンドウの頭に“死”という文字がよぎった。




