第94話 追うもの達5・紅鷲団、聖女ドゥエ、全ての王竜
ファフニール帝国中央塔の北東。
「やーれやれ、また生き残っちゃったねぇ。ほんと運が悪い」
紅鷲団ブラッドイーグル団長で赤毛のアーツは、混合竜をファフニール帝国にぶつけた後、何とか隠れて生き残っていた。
「さぁて、結果結果っと」
死ななかったのなら仕方ない。と、王族のご機嫌をとるために吹き飛ばされた衛竜の一頭、山椒爬竜ハジカミイヲの体の一部を回収に来ていた。
「団長」
団長アーツの心臓が跳ねる。恐る恐る振り返ると見知った顔の人物がいた。
「なぁんだダイニンか。驚かすなよギックリ腰になったらどうすんの」
紅鷲団団員にしてワッパの父親ダイニンは、楽園に重力魔法を放たれた後、こちらも隠れて事の成り行きを静観していたのだった。
「ちゃっかりと死体漁りですか」
「人を乞食みたいに言わないでよ」
「それより見ましたかリザードマンを」
「うん。竜を溶かす血液、欲しいねぇ」
「実は私、さきほど彼と対話しました。竜を殺すためにここに来たと」
「へぇ、変わった友人だねぇ。紹介してよ」
「今は無理ですね。あそこに行く勇気はありません」
と、中心を顎で示すダイニン。
視線の先、崩れた中央塔跡に一頭の翼のない竜が佇んでいた。
「じゃ、仕方ないね。とりあえず離れようか。また戦場になるよ、ここ」
◇
ファフニール帝国南西に竜教ドーラの信者達が集まっていた。
「まさかファフニール様がやられるなんて……」
「竜を溶かす血なんて恐ろしい。竜が殺されたら竜教はどうなるんだ」
「ウーノ様はどこだ……」
そこに避役爬竜レオンの“メカ”を纏った竜教幹部、長い白髪の聖女ドゥエが現れる。
「静粛に。……一度本部へ戻った方がよさそうですな。おそらくここは戦場になりますゆえ」
「しかし、戻ったところでファフニール様の後ろ盾はもうない。竜教は実質終わったのではないですか?」
「ええ。ですが私の守護竜メカが人間を襲う様子はありませんぞ。攻撃して来ず、対話できる竜は他にも必ず居ます。……今、何より我々がすべきことは“生きること”ですぞ」
その言葉に信徒達は落ち着きを取り戻す。
「……たしかに。ドゥエ様の言う通りだ」
「まだ完全に終わったわけではない」
「そうだ。生きていれば何度だって竜教は蘇る」
ドゥエは幼いとはいえ、竜教の二番手。彼女の呼び掛けにどうにか上手くまとまってくれた。
「さぁ、急いで支度を。戻りましょう、我らが故郷ドーラ・アサイラムへ」
帝王竜が死に、縄張りが一つ空いた状態で、さらに天敵の無翼竜が現れたとなれば他の王竜が来ないわけがない。
竜教の面々は身支度もそこそこに北の雪山地帯にある宗教迷宮都市ドーラ・アサイラムへと進路をとった。
(竜様を殺す無翼竜様。さて……どちらに付くべきですかな)
ドゥエは、自身の肩に顔のあるメカを撫でながら、今後の身の振り方を考える。
そんな中、集団の奥に一人怪しく笑う茶髪の人物——エスカーがいた。
「竜殺しの血を持つとはいえ王竜を倒すとはねぇ。さすが俺の認めた男だぜ。さぁて、どうしますかね」
エスカーは、しばし考え、とりあえず目の前の群衆に紛れることにしたのだった。
◇
リザードマンの存在を知り、方々へ散った竜達は、あらゆる能力や魔法を使って素早く王竜へ報告した。
ムーランディア大陸西、火山地帯。
黄金色の体を持つ衛竜が地王竜トラルテクトリの足元に跪く。
『地王竜様。ファフニール様が殺されたようです』
六王竜最硬の山のような巨体を持つ、四足歩行の地王竜が目だけを向ける。
『……追え』
『分かりました。お任せを』
◇
大陸北東、毒沼地帯。
六王竜最多の魔法を持つ、三つ首の竜、毒王竜アジダハーカが報告を聞いて考え込んでいた。
首同士で話し合う。
『どうする?』
『殺ろう』
『いや、捕まえよう』
意見が纏まらない。
『どっちだよ』
『やっぱ配下に任せるべきでは』
『いや、直接行くべきだ』
首が三つというのも考えものだな、と配下の竜は思った。
『面倒だな、じゃあせーので決めるぞ』
『賛成』
『賛成』
お互い向かい合う。
『せーのっ』
◇
大陸北西、湖底都市。
『無翼の竜ですか。それはそれは、楽しそうですねぇ。捕まえて歓迎してあげましょう。そして最後には——私が溺死させてあげましょう』
六王竜最大の魔力量を持つ海王竜リヴァイアサンは、河川のごとき長大な体躯をくねらせ、水中を優雅に漂いながら発言した。
『貴方達、準備なさい』
配下の竜達はそれを合図に一斉に動き出した。
◇
大陸南東、雷峰地帯。
象型の竜が雷王竜カンナカムイの足元にひざまずく。
『報告です。ファフニール様を殺した翼なき竜が出たとのことです。何でも、竜を溶かす猛毒の血液を持つとか』
六王竜最速で、黒地に白い幾何学模様を全身に持つ雷王竜は大きく口角を上げる。
『ククッ、ようやく現れたか。この時を待っていた。出るぞ。竜狩りだ』
『御意』
◇
???地帯。
『ホゥホゥホゥ、おもしろくなってきたのう』
六王竜で最も柔軟な体を持つ全身蔓が覆う樹王竜ニーズヘッグは怪しく笑う。
『さて、今、ワシが狙うべきものは——』
ニーズヘッグは六枚の翼を大きく広げて上空へ飛び立った。
——こうして王竜も人間も、リンドウを巡って動き出した。
誰もが欲する情勢を覆す力、竜殺しの血液。最後に手に入れるのは、竜か人か、はたまたリザードマン自身が死守するのか。
それは誰にも予想することは出来ない。
ただ一つ確かなのは、世界に大乱が齎されようとしている、という事だけだった。
——そして、“リザードマン殺し”が幕を開ける。
【第3章 帝王竜ファフニール編】 —終—




