第93話 追うもの達4・テイルとマジョ、黒狼団
リンドウがファフニール帝国に潜入していた頃、南西の元犯罪迷宮都市ケイオスに着いた運び屋テイルと、謎の火傷の女マジョは、第三下層にある元宝物庫を訪れていた。
「こんなにすんなり入れて貰えるとはな」
「私の人徳のお陰ね」
団子髪のテイルは、そのくだらない冗句を何も言わず流す。
「……ケイオスの新たな主があんな嬢ちゃんで大丈夫か」
ケイオスは運び屋が訪れるのも憚られるほど治安が悪かった。だが、つい最近フラズグズル姉妹が治めるようになってから劇的に改善され、旅人や流浪者も出入りが容易になった。
彼女達は“竜殺し姉妹”と呼ばれ、何百頭もの竜と、さらに衛竜まで倒し、強面の野郎共の尊敬と畏怖を買っているらしい。
先ほど会ったテイルとしては、“ちんちくりんなクソガキ”という見下しまっしぐらな印象しか持たなかったのであった。
「あら、女は何歳でも強いのよ。きっと上手くやるわ」
「ふん、お前が言うと説得力があるな」
皮肉げに返すテイルを今度はマジョが流した。
黒いローブ風の竜器を着る彼女は、倉庫となっているこの元宝物庫をぐるっと見回した。
「残念だけど、もぬけの殻とでもいうべきかしら。およそ宝と呼べそうな物はないわね」
少し前まで罪人が支配していた迷宮都市だし、当然昔からあるような宝は持ち出されていた。
だが、テイルは平然としていた。
「いや、そうでもないさ。見てみろ」
視線の先には壁があり、絵が描かれていた。
「……壁画? まさかこれが宝?」
「少なくとも宝のありかを示す手掛かりだと思う。こいつは、偽物かあるいは描き写したものだろうがな。それとガーラ大迷宮にも似たものがあった」
背嚢から一枚の紙を取り出した。そこには右上に描かれたトカゲ印の本を、左下から手を伸ばして掴もうとする人間の絵が描かれていた。
地図を描いているだけあって絵が上手い。とマジョは思ったが何だかムカつくので口には出さなかった。
「このトカゲの本みたいのって、爬王物語の?」
爬王物語とは、大昔に書かれたとされる創作本だ。無翼の竜リザードマンが人々を救う英雄譚で、その分かりやすさと面白さに大人から子供まで人気の作品だ。
「恐らくな。それとここの壁画を見てみろ」
刃を上に立てた九つの剣と、その下には剣へ手を伸ばす人間が描かれている。
「九の剣……まさかジークフリートの宝?」
ジークフリートが隠したとされる九つの宝。その正体は国家を転覆させる機密とも、はたまたただの石ころとも云われている。
これも“九つ”。数的には一致する。
「その可能性もあるが、コイツのことかもな」
背負っていた琥珀色の弓矢を近くの机に置いた。
「これは?」
「“九つ”集めると願いが叶うといわれている琥珀武器の一つ“アルフボウ”だ。俺の一族は伝統的に武具を作る職人の家系でな。コイツは大昔の先祖が作ったとされる一つだ」
琥珀色の弓幹には古代語で文字が書かれている。
「これも“九”……待って、そういえば爬王物語にも九つの武具の記述があったような……!」
「そうだ。光の三王に武器を貰ったリザードマンが敵の竜を退治していたよな。……九つの琥珀色の武具、爬王物語、九つのジークフリートの宝、そして壁画。少しずつ点が線になりつつある」
今まで興味がなかったマジョも、さすがに今回のことで心が動いた。
「これらが繋がった先に何があるというの……?」
「分からない……竜の秘密か、世界の謎か。……何にせよリザードマンを追い、接触することが必要だな」
話が盛り上がってきた、その時だった。酒を片手に漆黒の鎧を着て、髪を紫に染めた男が入室してきた。
「おやおや、面白い考察してますねぇ」
「……盗み聞きとは趣味が悪いな。お前は?」
「すみません、たまたま聞こえたもので。私は黒狼団の団員サイコといいます。貴方がたは?」
「初めまして。マジョと申します。こちらはテイル。以後お見知り置きを」
染めた黒髪から地毛である白髪が覗くマジョは、スカートの端を摘むような動作で恭しく挨拶をする。
テイルは、そのいつもと違う客人用の態度に白けた視線を送る。
「とんだ猫被りがいたもんだ。魔女だから黒猫か?」
「あら、可愛くていいわね。テイルさんったらお上手」
白々しい反応にさぶいぼが立つテイル。
サイコは、ニコニコしていたが、興味は他にあった。
「ところでその弓、見せていただけませんか?」
「……ああ」
テイルは一瞬躊躇うが、素直に渡した。
「ふむ、古代語で“百の朝と百の夜を迎えたら”と書いていますね」
「読めるのか」
「ええ、読書をしてたら自然とね。とある哲学者の言葉にこんなものがあります“書物とは綴じられた世界である”と。本とは作者の思想や叡智の結晶であり宝です。読むだけで世界の片鱗を知れる素晴らしいものですよ。貴方がたもどうです一冊? いずれ古代語も読めるようになりますよ」
「…………」
めんどくさい奴だな、とテイルは思った。
「それで、その古代語にどんな意味があると思う?」
「私は詩だと思っています。全ての琥珀武器に書かれた文を繋げると何かについて詠われた詩が浮かび上がるのではないかと」
「ありえるな。……謎が謎を呼ぶ展開になりそうだ」
底なし沼を掘り進めていくような感覚。先が見えず沼にはまっていく。だが、テイルは嫌いではない。冒険家の血が騒ぐというものだ。
「貴方達はこれからどうするのです?」
「リザードマンを追う。そいつが何らかの答えを握っていると踏んでいるからな」
「おや、我々と同じですね。ふむ、偶然か必然か。奇妙なこともあるものです」
それを聞きマジョが会話に割り込む。
「あ、じゃあ一緒に行動しませんかっ?」
上目遣いのマジョ。火傷を負った顔でも美人と分かる。
サイコは興味なさげに酒を傾けた。
「すみません。足手纏いはいらない、と、団長が言うと思うので遠慮しておきます」
「ちっ、荷物を預けるいい機会だったのに」
と、マジョがテイルの声真似をしながら言った。
先手を打たれたテイルは言い返すと負けた気分になるので黙っていた。
「それでは、私はそろそろお暇します。目的を同じにする者同士、また会うことになるでしょう。その時はまた盗み聞きさせてくださいね」
サイコは白い歯を見せ、にこりと微笑んで退室した。
「不思議な人ね」
「変人の間違いだろ」
◇
サイコがマジョ達と別れてしばらく経った後。
黒狼団ダークウルフ一行は、ファフニール帝国外の遥か南で鷹竜望遠鏡を使って帝王竜対リンドウの戦いを余すことなく観察していた。
漆黒の兜を脱いでいた金髪碧眼の女団長ジャンヌは、リンドウの勝利を見届け、口端を歪めた。
「あははは! やはり私の勘は正しかった! ヤツを追ってきた甲斐があったというものだ!」
普段は見ない堕天使のような高笑いに他の四人は目を丸くしていた。
「好きな男性にはあんな感じで笑いかけてくれそうですね」
「おいおいサイコ、そいつは……最高だな!」
「……悪くない」
紫髪のサイコ、赤毛ヨクス、スキンヘッド浅黒肌のハルバドが仲良く同調していた。
「みんな感性おかしいのねん」
その野郎どもの様子を背後から白い目で見る深い青色の鎧を着た新人ヒサメ。深海色のポニーテールと瞳を揺らしながら肩をすくめた。
ジャンヌは、一通り笑って満足し、ヒサメに視線を向ける。
「ヒサメ、貴様の入団を正式に許可してやろう」
「やれやれ、ようやく信じてくれたのねん」
ヒサメは、ケイオスで神様——リンドウと竜を溶かす血の情報を渡すことで仮入団させて貰っていたのだ。
「それで、どうする女王様?」
黒狼団のおしゃべり役ヨクスが爽やかに問いかける。
その女王様気質の団長ジャンヌは、ファフニール帝国の方を見やる。
「ヤツを捕らえて手足を削ぎ、血を奪う。私の愛玩動物として永久にこき使ってやろう」
「仰せのままに」
各々、悪魔のような笑みを浮かべ、黒狼団はリザードマン捕獲のため行動を開始した。




