第92話 世界の中心
右腕と尻尾を喪失し、満身創痍のリンドウだったが、コバコの奇襲により遂に帝王竜ファフニールを地上へ落とすことに成功した。
『なんて事だ……』
『何者だ、あの劣等竜……?』
『まさか、ファフニール様が負けるのか……?』
中央塔の最上段で対峙する両者を固唾を呑んで見守る有象無象の竜と竜教徒達。助けに入るべきなのか、邪魔をしないよう静観すべきなのか、この場の誰もが判断に迷っていた。
仕方なく、時に身を委ね、石像のように固まって事の成り行きを見るだけ。ただ、全員に共通しているのは繰り広げられる戦いに“魅了”されているということ。
神話の中の戦いを見ているような高揚と畏怖。どちらが勝っても世界が動くことはこの場の誰もが理解していた。
衆目の先、左半分の翼がない帝王竜は決着をつけるべく、ゆっくりと体を起こす。
『無様よな。王としての型にこだわり過ぎていた』
竜の王らしく威風堂々と圧倒するつもりだった。しかしそれが慢心を産み、相手に付け入る隙を与えてしまった。
『……ここからは勝ちに行く』
そう、勝てばいい。圧倒出来なくとも泥臭くても最後に立っていればいい。
覚悟を決めた帝王竜の新雪のごとき白い鱗が歪に変化していく。
リンドウが僅かに目を見開いた。
『……まさか』
それはリンドウも使っている【鱗変化】だった。
そう、両爬型の竜を統べるファフニールも両爬の力を使えるのである。王に相応しくない力のためここまで使うことはなかったのだ。
『地上戦なら勝てると思わぬことだ』
言い終えると同時、一瞬で彼我の距離を詰める。
(早い!)
リンドウは咄嗟に竜殺しの血に包まれた真紅の左腕を出して防御する。
構わず凶刃を振るうファフニール。
『チィ!』
直撃。体と鉤爪にダメージはないが、血を削られた。
距離を取るリンドウ。視線の先、ファフニールの歪な鱗も竜殺しの血液で削れて無くなっていた。
『ククッ、貴様の血か、我の肉体か、どちらが先に無くなるかな?』
地上戦なら自分に分があると頭の片隅で考えていたリンドウは改める。
『泥臭い戦いは嫌いじゃない。勝つのは俺だ』
両者が同時に動く。まともに喰らえば即死の攻撃で一合、二合と削り合う。そこには、王のような余裕も、貴族の決闘のような上品さもない。
あるのは、ただの獣同士の殺し合い。不格好でも、体がどんなに捥がれようとも、相手を組み伏せたものが勝ち。
そんな恥も外聞もない血なまぐさい戦いが続く。
そこに変化を付けるべく先に動いたのは帝王竜。突如として差し出した右腕が光り輝く。
【体色変化】応用、発光だ。それで目を潰すつもりだった。
『その程度で!』
リンドウは【体色変化】で黒くした【瞬膜】で防御。
——鳥類や爬虫類などは瞬膜と呼ばれる半透明の瞼を持ち、常に視界を確保したり、目に塵が入らないように出来る——
『ククッ、そうでなくてはな!』
目くらましを防いだものの、帝王竜の攻撃は続く。自身の鱗が宙に浮き、リンドウを狙う。
【鱗手裏剣】+“重力魔法”だ。
『さぁ、付いて来い! リザードマン!』
両爬の力の応用と応用の合戦。奇術の撃ち合いで変化について行けなくなった方が負ける。これはそういう戦いだ。
『言われなくとも——!』
リンドウは、呼応するように手を思い切り振り、鱗を飛ばして撃ち落とす。
『さぁ、次だ!』
間髪を容れず、横から【尻尾変化・剣型】により刃のように鋭く変化した尻尾が急襲。
リンドウが防御態勢を取った瞬間——【尻尾変化・木の葉型】により線から面の攻撃に変わる。まともに当たれば血がごっそり削られるだろう。
(面白い、だが!)
リンドウは【鱗変化・竜速型】を使って足のみを部位変化し、瞬間的に速度を上げて回避した。さらに、爪で敵の尻尾の根元を叩き切る。
『フハハハッ! いいぞ! この痛み! むせ返る血の臭い! 命のやり取り! これこそ我が渇望していたものだ!』
ファフニールは、欠損を気にも止めず、口から重力砲を放った。暗黒の光線がリンドウを狙う。
リンドウは焦るそぶりも見せず【鱗変化・亀甲型】で左腕を六角形の盾にする。そこには【粘液】と血を混ぜたものが塗られていた。
重力砲が盾に直撃。が、かき消すのではなく逸らした。血を粘液で薄めたことにより血の効果が弱まり、魔法無効化処理が間に合わず起こった現象だ。これをする事で血の消費を抑えられる。
逸れた重力砲が衆愚の竜達に当たり、何頭か消滅させた。有象無象の竜からすれば大惨事だが、そんな“些事”など戦闘狂と化した二頭には視界の端にも入らない。
リンドウは敵を見据えて一気に距離を詰める。
『やるな、だがこれならば!!』
ファフニールが目を見開くと、突然リンドウに脳をかき混ぜられたような激痛が走る。
信号技“絶対服従”。基本的に下位の竜は上位の竜の命令に逆らうことはできない。王竜のそれは強力で、逆らおうとすれば脳に激痛が走るのだ。
(チィ!)
リンドウは竜の理から外れているため完全に支配されることはないが、一瞬だけ動きが止まってしまった。その隙をつくように上部の空間に歪みが生じていた。直後、銀色の鱗の雨が降り注ぐ。
【体色変化】の応用で鱗を鏡面にしたのだ。
(クッ!)
リンドウは、気付くのが遅れたものの、血液付きの腕を振ってかき消した。
だが、敵の真の狙いは鏡面鱗で視界を遮ることだった。裏に隠れていた“眷属竜”の質量爆弾が降り注ぐ。
窮地に陥るリンドウ。
(負けて、たまるか!)
ここで負ければ全てが無駄になる。勝ちたい。勝たなければならない。妻ダリアのため、皆のため、コロのため、竜を討ち滅ぼし、英雄にならなければならない。
「グォォォォ!」
リンドウは、裂帛の咆哮と共に血の鱗ごと【脱皮】し、それを傘に眷属竜を退ける。そして、胃から“蟻蟲竜の魔臓爆弾”を吐き出すと手に取って突撃。
これでは王竜を倒せないだろう。しかし、“リンドウ”には致命傷となる。そうなれば自身は死ぬかも知れないが、竜殺しの血が撒き散らされ、帝王竜を討つことができる。
リンドウが左腕に力を込めると爆弾が発光を始めた。
『クッ! 小賢しい!』
ファフニールは意図に気付き、咄嗟に重力魔法で爆弾を潰しにかかる。
(かかったな……!)
これは賭けだった。
相手も相討ちでいいと考えていれば、そのまま共倒れだった。だが、敵の勝利への執念が爆弾破壊の一手を選ばせた。その一手の遅れがリンドウに隙を与えてしまう。
『これで堕ちろ!』
すれ違い様、ファフニールの左脚を切り飛ばした。敵はバランスを失い、体が傾く。だが、目は死んでいない。
『我は負けぬ! 絶対! 最強! 無敵の王なのだッッ!』
咄嗟に振り下ろした右腕で重力波を真下に放つ。すると、中央塔が轟音を立てて見る見るうちに崩壊していく。
あらゆる生物の骨と共に落下していく両者。
『さぁ、仕切り直しと行こうか!!』
帝王竜は、中空で目を血走らせながら牙をむき出しにする。
『いや、終わりだ』
ファフニール帝国の地下には——楽園と呼ばれている大空間がある。ほとんど破壊されていたが、帝王竜の巣がある中央塔の下だけは無事だった。そこには無数のコウモリ。血濡れのそれらが魔法を突き破り、空へと舞っていく。
『な、ま、さか……!』
リンドウが罠を仕掛けていない訳はなかった。竜殺しの血液まみれのコウモリ達がファフニールに当たり、穴を開けていく。
「グガァァァァ!」
あまりの激痛に叫びを上げる。
『こ、この我が負けるというのかっ……!』
血を吐き、意識が飛びそうになる。
それを見下す、黄金の瞳。
『お前の敗因は力で支配しようとしたことだ』
暴力での統治は恐怖や妬み嫉みを生み、楽園を生み、コロという反逆者を生んだ。そして最後の最後にその楽園により殺される。なるべくしてなった結末であった。
『お、おのれぇ! 劣等竜なんぞにぃぃ!』
顔を鬼神の如く歪ませて呪詛を吐く。だがしかし、怒りに反して体は動かない。瓦礫と共に落ちていく。
やがて、塔は完全に崩壊し、砂嵐でも起きたかのような塵埃に包まれる。周囲の竜達は、動くことも叫ぶこともせず、時の経過に身を委ねるしかできなかった。
悠久とも思える時間が過ぎ、ようやく晴れた煙の中心にはリンドウと息も絶え絶えの帝王竜がいた。
『……我を倒したぐらいでいきがるな。すぐに他の王竜が貴様を殺しに来るだろう。……未来はないぞ』
『望むところだ。どんな竜が来ようとも皆殺しにしてやる』
覚悟はとうの昔に決めてきた。
『フッ、面白い奴だ……匹夫の勇にならんといいがな。……地獄で待っているぞ』
そう言い終わるとファフニールは笑いながら息を引き取った。
目を疑うような光景に周囲に隠れていた竜達が騒ぎ出す。
『なんて事だ……帝王竜様がやられるなんて』
『竜を溶かすあの血液は厄介だ。他の王竜様に報告せねば』
『世界が、動くぞ!』
複数の竜が四方八方に散っていく。混沌とする場にリンドウを今すぐ殺しにかかるほどの気概に富んだ竜は居なかった。
(何とか勝てた……か)
倒れそうになるリンドウをコバコが触手のようになり、巻きついて支える。まだ油断は出来ない。隙を見せれば雑魚竜が襲い掛かってくるかも知れないからだ。
(ここからが始まりだ)
ようやく大陸を恐怖に陥れた破滅の六王と呼ばれる内の一頭を倒した。しかし、まだ王竜は五頭もいる。仇敵エスカーの問題も解決していない。やることは山積みだ。
(だが、一歩進んだ)
大きな一歩だ。これで世界が動くのは間違いない。
これから竜達がどう動くのか予想がつかない。ただ一つ言えるのは、身を隠さなければ殺されてしまうことは間違いないだろう。休んでいる暇はない。
リンドウは軋む体に鞭を打ち、コバコと共に“南西のアマゾ大森林”へ向かった。
——こうして、リンドウは誰も成し得なかった王竜討伐を見事達成し、竜勢力に大きな傷跡を残した。
そして、その日を境に竜殺しのリザードマンの存在は大陸中に伝わり、リンドウは一躍時の竜——“世界の中心”となった。




