第91話 路傍の石
コロの腹をファフニールの重力球が貫いた時より、少し時間が遡る。
竜教教祖ウーノは中央塔の片隅で帝王竜ファフニールと劣等竜リザードマンの戦いを固唾を呑んで見守っていた。
「何をしておるのだ……そんな雑魚竜、早く殺せ!」
勝てそうで勝てない、負けそうで負けない、そんな状況が繰り返されており心臓に悪い。どうにか手助けして恩を売りたいと思う一方で、余計なことをして殺されるのは避けたいという思いが交互に去来する。
賭け事をしている時のように、やきもきしているとファフニールの周りに重力槍が顕現した。どうやら状況が動きそうだ。
両者がぶつかる直前、重力槍が全方位に飛ばされる。
「あ」
その一文字を発する頃には槍がウーノをかすって中央塔に穴を開けた。
「あ、危なかった……」
あと半歩でも横に移動していたら死んでいた。
「こ、ここは危険過ぎる。退避せねば」
と思った矢先、バランスを悪くした中央塔の一部が崩壊を始める。一瞬だけ焦るが、竜衣を下に着ていることを思い出し、足に力を込めて跳躍しようとする。
しかし。
「か、体が動かん……!」
肩を見ると、祭服の下に着ていた竜衣に傷。重力槍がかすった時に欠損していた。
竜衣は、繊細で僅かな傷でも効果が発揮できなくなったりする。でっぷりと太ったウーノの竜衣は伸びきっており、特に壊れやすかったのだ。
竜の力を使えないウーノなど、ただの肉団子。壊れゆく足場を芋虫のように這っていくしかない。
「う、嘘だ、私がこんなところで死ぬはずが……!」
いつだって得意の話術と死に対する嗅覚で死線をくぐり抜けて今の地位まで上り詰めた。今回も変わらない。そう思ったのに。
「ああ、神よ! 私に救いを与え給え! 女神の血を分け与え給えぇぇ!」
その言葉を否定するように無情にも人骨の瓦礫の下敷きとなった。
◇
右腕と尻尾が無くなったリンドウは、塔を駆け降り、腹に大穴の空いたコロの側に近寄る。
『コロ!』
リンドウが、必死に信号を飛ばすが、コロの目の焦点は合っていなかった。
『りん、どう……だべか』
コロの目はかすみ、意識が遠のく。その最中、数々の思い出がよみがえる。楽園で過ごした日々、リンドウとの出会い、ドゥエとの会話、ニーン達との交流。
最も印象的な出来事は“名前”をつけてくれたことだ。
有象無象の路傍の石だった自分にリンドウが名前という色を付けてくれた。他者にとって取るに足らないことであろうそれも、コロにはかけがえのない出来事だ。
——ごはん、ありがとね。
ああ、そうだったのだ。
コロを助けた彼女、ニーンがなぜ感謝の言葉を述べたのか、今になってようやく理解した。死を受け入れることで煩悩も未来への憂いも消え去り、感謝の念だけが残ったのだ。
だから彼女は最期に“ありがとう”と伝えた。
ならば自分も述べることはひとつ。
『リンドウ、なまえ……ありがとだべ』
思いが言葉となり表出した。
そして満足したのか、コロの瞳から光が消えた。
(…………)
リンドウは、ほんの一握りだけ心が揺らめいた。コロはいずれ殺すつもりだった。だから殺されたところで怒り、悲しむことはない。しかし。
『俺の獲物を奪った罪は償ってもらうぞ』
見上げた先、ファフニールは裂かれた腹を押さえながら、リンドウを見下して笑っていた。
『まさかここまで我を追い詰めるとは、貴様を甘く見ていたようだ。だが、もう遊びは終わりだ』
最後の衛竜キンクーブラの浮遊魔法により、宙に浮いた瓦礫に乗るファフニールは、もう降りてくることはないだろう。矜持などと言っている場合ではないと悟ったのだ。
さらにコロの操っていた眷属とコウモリ達は、命令者を失ったことで戸惑い、分散していた。
こうなるとリンドウは、何もしなければ一方的に虐殺されるのみ。
だが、まだ最後の策が残っている。条件は揃った。衛竜が帝王竜を助けるこの場面、これを待っていた。
ファフニールがキンクーブラの真下に位置したその瞬間。
(やれ! コバコ!)
リンドウの喉元が膨らむと同時、甲高い音が辺りに響いた。
能力【鳴嚢】。
——カエルの雄は喉の袋を膨らませて大きな音を鳴らすことが出来る——
音の合図とともにキンクーブラの腹が突如として破裂した。
『な、なに!?』
慌てるファフニールにリンドウの血を携えたコバコが襲いかかる。
(良いぞコバコ、作戦通りだ)
キンクーブラは毒味をする時、必ず右腕を食べる。それを利用してコロの作った眷属竜の右腕に隙間を作り、コバコを忍ばせておくことで体内に潜入させたのだ。
ファフニール本体を直接狙わなかったのは、毒殺を警戒しているのでコバコが危険過ぎると考えたからだ。
それに対してキンクーブラは、蛇型なのもあってか、あまり咀嚼せずに飲み込んでおり、毒に関して警戒していないように見えた。
それだけなら、もう一頭の毒味役ハジカミイヲも無関心だったため、こちらにコバコを仕込んでも良かった。
だが、決定付けたのは、キンクーブラが“浮遊魔法”を使うこと。その後の展開次第では、魔法でファフニールを助ける可能性が高かった。
竜にとって空は安全地帯。もし、翼が捥がれるなどして逃げ場がなくなったら空へ救助するのが自然な流れだろう。
そして、浮遊魔法使いならば浮かしたものを監視、使用するためにそれらより高く飛ぶことは容易に想像できた。故に毒味役衛竜二頭の内、ハジカミイヲではなくキンクーブラを選んで忍ばせたのだ。
『黒い蔓か、いや何者だ!?』
焦るファフニール。踏ん張って飛ぼうにも、浮遊魔法効果の切れた瓦礫は落下し続けており、上手く力を伝えられない。
コバコの凶刃が迫る。避け切れない。
「ガァァ!」
リザードマンの血のついたコバコの渾身の一撃により、残り一枚しかなかった翼の左半分がすべて切り落とされた。追撃でファフニールの頭を潰しにかかる。
『ぐぅ! させぬ!』
しかし、そう何もかも上手く行くわけもなく、体を捻られて回避された。
ギリギリ致命傷を避けた帝王竜だったが、翼が半分ないため地面に叩きつけられる。自らが作った中央塔に落ちたファフニールの見上げた先、リンドウが黄金の瞳に闘志を宿して見下ろしていた。
『我に土を舐めさせるとは……タダでは済まさんぞ』
『さっさと立て。終わらせてやる』
戦いは最終局面へ。




