第90話 帝王竜の財宝
ファフニール帝国の中心に聳える祭壇のような中央塔の真上で、リンドウと帝王竜の死闘が繰り広げられていた。
コウモリと眷属竜で作られた檻は、いつのまにか球形になり、全方位逃げられないようになっていた。外にいる他の竜達はただ固唾を呑んで事の成り行きを見守るだけ。
コロはというと、集団から外れた物陰で必死に眷属を操作していた。リンドウの足場を作り、コウモリを眷属に誘導させる。
『クッ、同時多重操作は難しいべ……でも、やってやるべ!』
魔法に関して今までは頭が悪いこともあり、壁を作って気配を消すことにしか使っていなかった。だが、リンドウの助言もあり、こうして王竜討伐に役立っている。そのことが無性に嬉しかった。
『ニーンとゲーンの仇、必ず討つべ!』
この戦いが終われば自分も追われる身になるだろう。だけどリンドウと一緒ならどこまでも羽ばたける。そんな気がしていた。
◇
コウモリの球体檻の中、リンドウの鱗が変化していく。薄赤からルビーと見紛うような真紅の体へと変化した。
鱗変化応用【鱗変化・竜鏖型改】。
通常の竜鏖型は鱗の内側に血を流し、攻撃を当てるとともに中の血液を打ち込むものだった。それに対して改は、血を体外に出して鱗表面に塗布するものだ。この形態ならば範囲ブレスも防げる。竜殺しの血の弱点を克服した型だ。
先ほど眷属がやられたような血だけを残して死ぬという事態も防げる。だが当然、血は酸化や蒸発していくため体力の消費が激しく、超短期決戦でしか使えない。
『行くぞ』
眷属を足場に縦横無尽に駆け回る。足裏のみ血を纏っていないので眷属が溶けることはない。
『良いぞ。そうでなくては面白くない』
まだ右腕に傷を負っただけのファフニールは、王の余裕か、焦りを一切見せない。
(その強者面を歪ませてやる)
ファフニールの背後の眷属を足場にした瞬間、一直線に斬りかかる。しかし、見切られて避けられた。
(逃がすか!)
リンドウは器用に体を捻ると、腕を振って空を切る。すると手先の鱗が外れ、血を撒き散らしながら手裏剣のごとく飛んでいく。
対して、図体の大きい帝王竜は回避が間に合わず、翼が一枚溶けた。
『ククッ、器用だな』
ファフニールは、体の一部が削れようとも余裕の笑みを崩さない。すぐに手の先から重力波が放たれリンドウを包む。
それを腕を縦に一振りし、いとも簡単に引き裂いた。が、同時に横から拳大の重力玉が飛来してくる。重力波を目隠しに、帝王竜が密かに飛ばしていたのだ。
瞳に向かってくるそれをリンドウは咄嗟に左腕で防御する。衝撃で落下する彼を、コロの操る眷属がカバーに入った。
『ククッ、眼は守れぬようだな。それに魔法も完全に効かぬというわけではなさそうだ』
ファフニールの言う通り、血は魔法自体なら防げるが、その周りに付随する空気や塵芥によって少しずつ削れていくのだ。
『さらに言えば、眷属の反応の遅さから察するに貴様が術者ではないな』
リンドウの動きと眷属の動きのズレを見抜かれてしまう。
『となれば、檻の内かあるいは外にいる奴か。いずれにせよ檻を壊せば終わりだな』
やはり付け焼き刃の策は簡単に看破されてしまった。
『さて、終幕としよう。晩餐の余興としては悪くなかったぞ』
直後、ファフニールの周りに数百本の重力槍が顕現した。
(クッ……!)
このままでは檻が破壊されて終わる。
(ならば、これで決める!)
リンドウは次の一撃に全てを賭けることにした。
一直線にファフニールの胸元へ飛び込む。
同時、重力槍が全方位に射出された。リンドウは血を削られながらもそれを破壊していき、一気に距離を詰める。そして体を捻り、【デスロール】。全身の血の【鱗手裏剣】を回転に合わせて投擲。
『無駄だ』
ファフニールは、器用に回避していく。
当たらずともリンドウの攻撃は止まない。尻尾を【自切】し、吹き出した血ごと敵に飛ばす。
『悪あがきを!』
軽くいなそうとする帝王竜。しかし、リンドウの切れた尻尾に違和感を覚えて一瞬だけ動きが鈍る。
尻尾にはカメレオンのような長い“舌”がくっついており、リンドウ本体と繋がっていた。それにより射程が伸び、鞭のようになった尻尾がファフニールを襲う。
『チッ……!』
横薙ぎに振るわれたそれを頭を擡げ、翼を折り畳んで回避しつつ、爪で舌の鞭を切り飛ばした。
(今だ!!)
リンドウは大口を開け、胃から血に塗れたコウモリを吐き出した。
『何!?』
そのコウモリをコロが眷属経由で操作し、翼に体当たりさせて一枚破壊。
(コロ、完璧だ!)
帝王竜が瞳に焦りを浮かべる。さらに翼が二枚ない事でバランスを崩した。
(これで最後だ!)
リンドウは竜殺しの血を塗った腕を相手の腹に突き立てた。
「ガァァ!」
それは王竜の鱗だろうと容易に貫通していく。
『ファフニール様!』
配下のキンクーブラの焦燥の叫び。しかし助けは間に合わない。
完全にリンドウの勝利。と思われた。だが。
『な!?』
途中で硬い何かに当たり甲高い音を立てて勢いが止まる。
『くくっ、惜しかったな』
隙間から琥珀色に光る何かが覗く。
それはファフニールの財宝にして古の九つの武具の一つである琥珀色の盾“ニヴルシールド”だった。
王竜の攻撃すら防ぐといわれるその盾は、リンドウの爪も容易に防いだ。
『堕ちろ、貴様に空は似合わない』
ファフニールの一撃により、リンドウの右腕が捥げ、吹き飛ばされる。
(くそっ……!)
落下していくリンドウ。
『我が血の対策を怠っていたと思ったか? 読みが甘かったな』
帝王竜は、口から血を滴らせながらも口端を上げて愉悦に浸る。
(くっ……)
毒味をさせていた時点で何か対策を取っていると思ったが、まさか体内に仕込んでいるとは完全に想定外だった。
『ま、不味いべ……!』
不足の事態にコロが一瞬、動揺を見せた。
不運にもそれをファフニールが気取る。
『そこか』
指先から小型の重力球が放たれた。
『コロ! 逃げろ!』
リンドウが急いで信号を飛ばす。だが。
『え、あっ』
高速のそれに回避は間に合わず、コロの腹に大穴があいた。




