第85話 コロの人間観察3・寝床
長亀爬竜レザバクを見事に倒したリンドウ。
あれから一日が経った。
レザバクが死に、帝国は混沌とするかと思われたが、残りの衛竜二頭があっさり混合竜の群れを片付け、竜にとっての平和が戻っていた。
楽園潰しは一旦保留となった。得体の知れない敵が潜んでいる以上、下手に動けば被害を拡大してしまうという判断だ。
すべては帝国の主であるファフニールの帰還まで現状維持のままだ。保守的な二頭の衛竜らしい判断と言える。
衛竜達は、中央塔の守りを固めて動く気配は全くない。そして、何事もなかったようにどの竜もいつもの日常を過ごし始めた。
リンドウとしては、助かったとも言えるし、そうでないとも言えた。しばらく追手がなくなるのは良いが、王竜討伐のために衛竜をもう一頭倒しておきたかった。
倒そうにも天井のない場所で二頭同時討伐は極めて難しい。守備固めに入った現状、こちらから藪をつつくのは得策ではない。ということで、リンドウはコロのいる北西の隠れ家へ戻り、眷属作りの実験を行なうことにした。
(ダメだ……やはり上手くいかない)
水で薄めた血をコウモリに飲ませてみるも変異した後、すぐに破裂してしまった。割合を変えても変異しないか、せいぜい変異までの時間を伸ばせるだけ。
これが完成しなければ王竜を倒すすべがないと言ってもいい。にも関わらず、ここまで大胆に動き過ぎたせいで、時間はもう僅かしか残されていないだろう。
リンドウは大きく息を吐いた。焦燥は、視野を狭くさせ、大きな失敗を招く。猶予のない時こそ、冷静に思考しなければならない。
気持ちを落ち着かせ、試行錯誤を続けていると、隣の部屋から物音が聞こえてきた。
『ふぃー、やっと準備が整ったべ』
コロは、人間達の住処を作成していた。
『家には個性が出ると思うべ。その辺の徒竜のように小汚い竜巣もあれば、オイラの隠れ家のように美しく高貴な雰囲気の竜巣もあるべ』
どこが高貴だ。と、リンドウはだだ漏れの信号を聞きながら呆れる。
「ヂューヂュー!」
ネズミ型の眷属竜チューボーが鳴いた。
『そうだべそうだべ。チューボーもそう思うべな。んじゃ早速、檻の模様替えをするべ』
コロが檻の中に入る。人間二人は臆病な草食動物のように隅っこへ。
「く、食われるぞ……!」
「私を、盾にしないで、よ」
怯える二人をよそに、コロは住居造りを開始した。
『人間は体が弱いべから柔らかい素材を用意したべ。鼈爬竜スポポンのビヨンビヨンした体を利用したベッドだべよ』
竜の素材を使用することに、同じ竜のコロは抵抗がないようだった。死ねば石や木と同じなのだろう。その点は特に珍しくもない獣らしい価値観といえた。
コロの眷属、チューボーとその仲間達が列を成して材料を運び入れる。
「ひいっ」
二人は虫の大群を見たような嫌悪感に顔をしかめた。
そんな人間達をよそに作業は進み、ベッドが完成した。といっても、大工が作ったような形式張ったものではなく、子供が作った雪玉っぽく歪な丸型をしている。ただ、スポポンの体のお陰で反発があって寝心地は悪くないだろう。
『それから帆立貝水竜の枕だべ。ここらでは手に入りにくいべが、ドゥエに言ったらすぐにくれたべよ。ホント、都合のいい女だべ』
色男が言いそうな台詞回しをするコロ。泥団子みたいな見た目の癖に。
ともあれ作業は進み、羊毛を詰めた上掛けをベッドに広げる。最後に檻へ目隠しの白いカーテンを掛けて完成。
『ふっ、完璧だべ。相変わらずオイラは才能の塊だべな』
したり顔をしながら、人間達を見つめる。
「……み、見てるぞ。どうすんだ」
「うーん、この変な白い塊で遊べってこと、かな?」
女は、恐る恐るベッドの上に足を乗せて感触を確かめた後、ぴょんぴょんと跳ねてみる。
「あ、面白いよ、これ。ふふっ」
「ば、バカだろ……」
男が呆れる一方、コロは瞳をキラキラと光らせていた。
『おお、まさか喜びの舞だべか? 満足してくれたようでよかったべよかったべ』
微妙に勘違いが起きていた。
その後、コロは一通り遊んだのを見届けた後、満足して出ていった。
残った人間達は静寂に安堵を覚える。
「なぁ、この竜達の目的は何なんだろうな? 食事と服を用意して、檻まで小綺麗にして、どういう意図があるんだ」
「うーん、私達が家畜を育てるのと同じ感じ、かな? 豚さんに良い環境を整えたら肉付きが良くなって美味しくなる、よね? そんな感じ、的な?」
「じゃあ結局、食われて終わりじゃねぇか」
「そだね。でも、頑張って猫を被れば、情が湧いて、あのネズミっぽい眷属竜みたいに、愛玩動物として飼ってくれる、かも?」
女の視線の先、鼠眷属竜のチューボーがつぶらな瞳で人間達を見守っていた。
「愛玩動物だって? ぜ、絶望だぁ……」
男は項垂れて、その場に膝をついた。
一方、女はどこか楽観視していた。どう考えても、人を食べてしまうような竜には見えない。人間に良い人もいれば、嫌な人もいるように、竜にも個性があってもおかしくないのではないか、と思っていた。
「うん、きっと、大丈夫、だよね」
女は、この居心地の良くなった鳥籠がほんの少し愛おしくなっていた。
それから少しして、コロが隣の部屋からリンドウの元へやって来た。
『リンドウ何してるべ?』
『ちょっと遊んでいただけだ』
『食べ物で遊んだらダメだべよ。ってドゥエが言ってたべ』
また余計なことを吹き込むな、と、ここには居ない彼女に悪態をついた。
『人間のことだべが、二人とも肉付きが良くなってきたし、いい子供を産んでくれそうだべ』
『そいつはよかったな』
『なぁ、リンドウ。人間に名前を付けてくれねぇべか? ホントはオイラが付けたかったべが、やっぱり良いのが思いつかなかったべ』
相当名前を付けるのがお気に入りのようだ。竜には娯楽も少ないし、仕方ないともいえる。
面倒だが、リンドウは名前を考えてみた。
『なら、女はニーン、男はゲーンでどうだ』
相変わらずクソみたいな名付け方である。
『おいおい、リンドウ、そいつは……流石だべぇ!』
こちらも相変わらずクソみたいに単純だった。
それから、あっという間に時間が過ぎて昼頃になった。
『ニーンとゲーン、ご飯だべよー』
コロが人間の元に昼食を持ってきた。今度の肉は割と上手く焼けていた。こっそり練習していたのは秘密である。
男ゲーンは、相変わらず無愛想でコロが遠ざかるまで食事を取ろうとしない。
やれやれとため息をつくコロ。
しかし、女ニーンの方は慣れたのか、ゆっくりと近づいて皿を受け取った。
「あ、ありがとう」
その言葉にコロは目を丸くする。ドゥエに人間の言葉をいくつか教えて貰っていたので、それがお礼だと何となく察した。
相当嬉しかったのか、コロはニッコリと笑いかける。
「ひっ」
後ずさりするニーン。残念ながら人間には恐ろしく見えたようだった。何にせよ関係が進展したのがコロは嬉しかった。
『ずっと、このままも悪くないかも知れないべな』
コロは、人を食べるのを辞めてずっとこのままでもいいような、そんな気持ちになりつつあった。
リンドウは、その独り言に微笑を浮かべ、コウモリなどの実験動物集めと、気分転換を兼ねて外に出ていった。
◇
紅鷲団工作員ダイニンは、脱出の準備をするため足早に神殿の隠れ場所に移動していた。
(急がなければ……王竜が戻ってくる前に)
その時、周囲を大きな影が差した。雲が太陽を隠したのかと思い、なんとなく空を見上げる。
だが、予想していたものはそこにはなく、にわかに信じがたい頭上の光景に、口を開けて唖然とする。
何が起きているのか分からない。ただ、無理矢理に感想を述べるなら“黒い月”が出ている。ということだけだった。




