第84話 長亀爬竜レザバク戦
長亀爬竜レザバクは、ファフニール帝国北東の岩山の下にある大衆浴場で混合竜襲撃に備えていた。
『む、像が汚れておる』
潔癖である彼は、浴場中心にある女神像の汚れが気になり、竜教から貰った手拭いで急いで拭き取る。
『これでよしじゃのぅ……さて、ゴライアス達は上手くやっておれば良いが』
北西の楽園に差し向けた部下の動向が気になる。相手は衛竜である殺鰐爬竜ギュスタブを殺した手練れだ。恐らくゴライアス達では勝てないと思っていた。
それなら自分で行くべきだったのだが、お気に入りであるここを混合竜から守らねばならないため無理だった。
『仕方ない仕方ない。ホッホッホ』
ヒゲをさすり、勝手に納得するレザバク。その様子を密かに見つめる視線があった。混合竜に扮したリンドウだ。
(やはりここに来ていたか)
紅鷲団団員ダイニンからレザバクは潔癖な性格だと聞いていた。潔癖となれば自分の寝床や日課を他者に荒らされるのを嫌う。
体の洗い場となればなおさらだろう。そのため、この場所を混合竜に破壊させないよう自ら防衛に当たると考えた。さらには王竜のいない今、物事の決定権はレザバク自身にあり、ここへ優先的に来る可能性は高かった。
リンドウは、読み通りの展開に安堵する。胸を撫で下ろした、その時。遠くからドンッ、と爆発音がした。
(……コバコの準備が整ったか)
今のは魔臓爆弾の音だ。
コバコが超圧縮爆弾を手に入れたのは、中央塔付近からした爆破の合図を聞いて知っていた。それとはまた別の計画が順調に進んだという報せだ。
リンドウは、徐にレザバクの前へ姿を現した。一瞥されるが、さして驚きもせず信号を飛ばしてきた。
『お主は、混合竜か?』
少し考えるレザバク。
『いや、あの時の小竜か』
色や鱗の形などは違うが、輪郭がどことなく似ていたのを気取る。
『ああ、湯を浴びていいか?』
『断る。お主がギュスタブを殺したんじゃろ?』
『だとしたらどうする?』
リンドウは、足先に力を入れて石畳にヒビを入れた。それを見てレザバクの眉根がピクリと動く。
『わしの聖域を荒らすな』
静かな怒りを向ける。最後通牒だ。次に何かすれば即座に殺しに来るだろう。
一触即発の雰囲気。だがしかし、それを打ち破るかのごとく発光と轟音。
『なんじゃ!?』
レザバクは、予想だにしない出来事に驚く。
断続的に続く地響きで建物全体が軋む。やがて、壁全体ににヒビが入り、ついに崩壊した。土砂の混じった汚水が大衆浴場へ流れ込む。
『アァァ! き、汚いぃ!』
潔癖のレザバクには耐えられない光景だ。発狂したまま、リンドウと共に大洪水に飲み込まれた。
絶えず流れ続ける水中で両者が対峙する。
『お主の仕業かぁぁぁ……!』
『ああ、ひと泳ぎしたくてな』
すぐ北側にある滝の流れる崖が崩壊していた。そこから水が流れ込んだのだ。
『長年掛けて作ったわしの聖域を壊しおって……生きては帰さんぞ』
レザバクが青筋を立てながら信号を飛ばした。
『それはこちらの台詞だ。お前はここで落ちろ』
リンドウは体を波打たせて泳ぎ、レザバクに接近、爪を振り下ろした。それを難なく受け止める敵。
『ほざけ、水中なら勝てるとでも思うたか?』
亀型なだけあって水での戦闘は苦手ではないのだ。
(計画通りだ)
飛べないリンドウにとって地対空が最も嫌う展開。特に衛竜以上の竜に飛ばれたらどうしようもない。なので水中戦に持ち込むべく、コバコに先に爆弾を手に入れたら崖を破壊するよう頼んでおいたのだ。
相手は亀型なのでそのまま水中戦に乗ってくる可能性は高かった。さらにリンドウは偽の翼を付けているため敵は飛べると思い込んでいるのも良い思考誘導になった。
ここまでは順調。あとは勝つだけ。
『まさか止められるとはな。亀の癖にやるじゃないか』
『ギュスタブとは違うでのぅ。水での戦い、後悔したか? 今さら泣いても許さんぞい』
くだらない会話をしながらもリンドウは、思考する。
水中戦で大事なのは、水の流れを読むこと。
リンドウは、上流を取っていた。こちら側なら水流で加速して攻撃できる。使用できる力が制限されている中、地形の有利は大きい。決めるなら一撃だ。
戦術を整え終わり、一切の逡巡なく突撃する。
『ふん、猪が』
レザバクの腹が膨れたかと思うと勢いよくブレスが吐き出された。
竜巻のような水流ブレスがリンドウに迫る。それをウミイグアナのように優雅に泳いで回避する。
敵は、手をかざして固有能力“廃魔法”を使用した。水が腐り、ギリギリ見えていた視界を完全に遮る。だが。
(とれる!)
視界を塞がれたとて、感知に優れるリンドウは別の力で敵を捉えていた。鉤爪がレザバクの体を貫く。そして血を注入しようとした刹那。
『甘いわ!』
敵は“脱皮”した。皮の残骸を盾に防いだのである。
『ふぅ、危なかったのぅ』
少し出血をしつつも、距離を取るレザバク。位置が入れ替わり、上流へ。
『こちら側は良いのぅ』
レザバクは、上流から流れてくる木切れなどが甲羅に当たっても気にしない。
『慢心は身を滅ぼすぞ』
不利な状況に置かれたリンドウは、敵の背後に“あるもの”が流れてくるのを感知していた。
(ここだ!)
逆流に若干体が重く感じるも、全力でレザバクに迫る。
『遅い、遅いのぅ!』
水流ブレスが放たれて体を切られる。
(ちっ、脆い体だ)
それでも少しずつ近付いていく。ついに後、数歩分の距離まで近付いた時。
『後ろに気をつけたほうがいいぞ』
と、リンドウが信号を飛ばした。
レザバクは、くだらない手を、と思ったが、一応視線を背後に送ると——大衆浴場にあった女神像の一部が流れてきていた。
『な』
自分が大切に磨いて来た女神像に、ほんの一瞬だけ気を取られる。が、そんな場合ではないとすぐに正面を向いた。しかし。
『……いないじゃと!?』
上下左右どこを見ても存在しない。焦るレザバク。
件の男リンドウは——“水上”にいた。敵が目を離した一瞬に水上へ飛び出たのだ。そして足指の間に水かきを出して水面を走る。
能力【水上歩法】。
——バシリスクは、水面を走ることができる——
助走をつけなくても走れるようになったリンドウは、高速で駆け抜ける。そして感知により獲物の位置を正確に掴み、真上から水中の敵へ強襲する。
レザバクは、水音でリンドウに気付く。
『舐めるな!』
焦りはあったもののそこは衛竜、簡単にはやられまいと上にブレスを放とうとする。
だが、突如として背中に衝撃が走った。
『ぐっ!』
気泡を吐き出すレザバク。見ると背中から腹まで黒い棒切れが貫いていた。その黒い棒切れは——コバコだった。
崖を爆破した後、洪水に乗ってここまで来たのだ。それを視認して知っていたリンドウは、コバコなら上手くやると信じて真上に注意を引いたのだ。
そして敵には、背中に甲羅があることで絶対安全という慢心もあった。二つの条件が上手く重なり、良い結果をもたらしたのだ。
『な、これは、どういう……!』
レザバクは、何が起きたのか分からず反射的に棒を引き抜こうとする。しかし、そのコバコに気を取られている間にリンドウが接近して首に噛み付いた。
『があああああああ!!』
容赦なく歯の間から血を注ぎ込む。
——コモドオオトカゲは、歯の間に毒管を持ち、噛んだ時に毒を注入する——
その応用で血を注入している。ただ、竜全般が眷属作りのために使用出来るので、ほぼ無意味な特性だ。
『う、が』
レザバクの瞳から光が消える。そして、首周りが溶け、やがて千切れた。
リンドウは、分離した敵の頭部と体が洪水に流されていくのを見届け、コバコと勝利を分かち合ってその場を後にした。
◇
中央塔で寛いでいた衛竜の猛毒蛇爬竜キンクーブラは、突然の大爆音に飛び起きた。音のした北東方角を望むと、崖が壊れ、大洪水が起きていた。
『何が起きたのです?』
近くにいるもう一頭の衛竜、山椒爬竜ハジカミイヲに尋ねる。
『わからヌ。突然崖が爆発しタ』
キンクーブラは、ふと、そちらにはレザバクお気に入りの大浴場があったことを思い出した。
『……ここは任せます』
嫌な予感がして、塔をハジカミイヲに任せて、北東へ。
すぐに到着したキンクーブラは、惨状に顔を歪めながら浮遊魔法で水を浮かせた。驚異的な魔力で空に湖が出来る。そして、汚泥にまみれた地上を観察する。
『っ……!』
目に付いたのは頭部が千切れたレザバクの死骸。
『ギュスタブに続いてレザバクまで……一体何が起きているというのでしょう……?』
得体の知れない何かが帝国を荒らしている。怖いもの知らずの竜でさえ怖気が走った。
キンクーブラは、なるべく高く飛び、土砂や洪水の処理をおこなった。
そのすぐ後だった。
“南西のアマゾ大森林で翼のない竜が樹王竜の配下を半壊させた”という情報が入ったのは。




