第82話 紅鷲団団長と混合竜
リンドウと竜巣潜入工作員の紅鷲団団員ダイニンは、足早にドラテオン神殿を移動する。
『警告! 警告! 北側一帯より混合竜の大群出現! 至急対処に当たられたし!』
音蛇爬竜ガラガラの広域信号がリンドウに届く。
『どうやら動き出したようだぞ』
リンドウが右腕に文字を刻んだ。
「来たか。我々の計画は衛竜か王竜が飛び立った後、混合竜を率いてファフニール帝国を攻撃。その混乱の最中、中心の塔に爆弾を仕掛ける手筈になっている。つまり、中央に来る団員が爆弾を持っているはずだ」
ダイニンは矢継ぎ早に続ける。
「それから衛竜の情報を教えておく。猛毒蛇爬竜キンクーブラは“浮遊魔法”を使う。山椒爬竜ハジカミイヲは“分解魔法”。この二頭は余程のことがないと中央の塔から動かない。殺鰐爬竜ギュスタブは——」
リンドウが手をかざして制止する。
『そいつはもう殺したからいい』
「な!? どうやって……いや、今は聞いている場合じゃないな。なら最後の一頭、長亀爬竜レザバクについて教えておく。
レザバクは“廃魔法”。風化や腐敗、退廃させる魔法だ。それと“潔癖”なところがあってな。帝国北東の大衆浴場で頻繁に体を洗っている。倒す隙があるとしたらそれだろうな」
『なるほど』
神殿の隙間から北東方向を見ると大きな山とそこから流れ出る滝が目に付く。その下付近に大衆浴場があるのだろう。
頭の中で策を組み立てていく。
「他に聞きたいことは?」
『お前はどうする?』
「私は一度、雲隠れして機会を見て脱出する。竜教の奴らに捕まれば竜の餌だろうからな」
『北西の地下水道に人間が二人、竜に捕まっている。折を見て救出できないか?』
右腕に地図を描くリンドウ。
「難しいが、やってみよう。ここは定期的に物資搬入のための荷馬車が出入りするから、そこに紛れ込めば人里へ逃げられるはずだ」
『頼んだ。それと、蟻蟲竜の魔臓爆弾をいくつかくれ』
「ああ、だが気をつけろ。強い刺激を与えると簡単に爆発するぞ」
『大丈夫だ。似たものを使ったことがある』
爆樹竜の魔臓を胃に入れていたこともあったので爆発物についてはお手の物だ。
リンドウは、ダイニンと別れて行動を開始した。
◇
北側一帯を埋めるように、翼を片方切られて機動力を削がれた混合竜の群れが押し寄せる。
混合竜とは、二種以上の王竜の血が混ざってできた個体のことだ。普通は二種も混ざれば拒絶反応が起きて死んでしまうが、稀に生き残って複数の竜の特性を持つ個体が出来上がる。
その混合竜を先導するように竜器を着せた馬に騎乗する赤い鎧を着た集団——紅鷲団ブラッドイーグルがいた。
大陸北東のペルロシア王国二大兵団の一つで、青熊騎士団と双璧をなす紅蓮の集団だ。
彼らは、眷属竜の獲物を見ると襲って来る習性を利用して、自らを餌に竜を連れて来たのだ。
爬樹、爬獣、爬蟲、鉱樹、鉱獣、鉱蟲、水樹、水獣、水蟲型の混合竜が目の前の餌を我先に喰わんとして襲い掛かる。
「ハァ!」
紅鷲達が当たれば即死の攻撃を手綱で馬を操ってかわす。その紙一重の回避を気が遠くなるほど続けてここまで来たのだ。
「団長! ファフニール帝国が見えてきました!」
「やーれやれ、ようやくか。財務大臣のご機嫌取りも楽じゃないねぇ」
紅鷲団団長“アーツ・サーム”。赤毛でタレ目が特徴の四十五歳。好きなことは草原に寝っ転がって雲を数えること。
青熊騎士団団長ポルスタ・フラズグズルの友人であり、剣の腕もほぼ同等だ。
「ホント、運が悪いねぇ」
彼は竜が出現する以前、ポルスタの推薦により団長になった。本当は辞退したかったが、周りの圧力により渋々了承したのだ。
団長とはいえ平和な世界であったし、適当で良いだろうと楽観視していた時に竜が現れてしまった。その頃から“運が悪い”というのが彼の口癖となった。
アーツは、巧みに馬を操って竜の攻撃をヒョイとかわす。
「お、来た来た」
進行方向にあるファフニール帝国からワラワラと両爬竜が出て来る。
それに合わせて団長が、自身の象徴たる愛剣“柘榴竜剣ガーネット”を抜く。紅き剣身を持つその武器は、見た目の美しさから宝石の名を与えられた。
さらにとある名剣士が好んで使ったことにより、強者が使うものとして竜器使いの憧れの武器となった。
その名剣士こそ、この男アーツ・サームである。
「さぁて、総員、簡単には死んでくれるなよ!」
「応ッ!」
◇
リンドウは中央塔の北側にある少し崩れた塔で事の成り行きを見ていた。
(爆弾を持ち運ぶとしたら南の可能性が高いが……)
北で騒動を起こしている隙に手薄になっている南から運ぶのが常套手段だろう。
とはいえ、他の方角や北から来ないとは言い切れないためこうして高台で見張っている。だが、当然すべての場所を観察できるわけではない。
ただ、爆弾の仕掛け場所は中央塔でほぼ間違いないので、相棒であるコバコを地下に潜入させており、もし見逃しても大丈夫だろう。
もうすぐ混合竜の群れと両爬竜の防衛軍が激突する。挟まれる紅鷲団が生き残る可能性は限りなく低い。
(……少しだけだ)
すべての人間を助けることはできないが、ただ見殺しにするのも性に合わない。
リンドウは、真北にいる団長らしき人物を少しだけ援護することにした。
◇
「ありゃりゃ、ここまでかな」
紅鷲団団長アーツは、混合竜とファフニール傘下の両爬竜に囲まれてしまう。
側近の部下は死に、愛剣のガーネットも折れ、もはや万策尽きたのであった。
「まさかポルスタより先に逝くとはねぇ」
両手を上げ降参のポーズを取るが、竜が許してくれるはずもない。
「グオォン!」
竜が団長の頭を噛み砕きにかかる。
恐怖より安堵する自分に驚きつつ、死を受け入れた——瞬間。竜の首が飛ぶ。
「……なんだ?」
視線で動く影を追う。
そこには左半身が深緑色で、右半身は紫水晶のような鱗、さらに瞳も右だけ紫色になっている竜——リンドウがいた。
【体色変化】+【鱗変化】でこのような姿に変装したのだ。すべては混合竜に見せかけるため。
なぜ紫色かというと、黒や赤はすでに使っているし、緑系だと現在の鱗の色と被って混合竜と分かりにくいため却下した。そこで使用しておらず、目立たないが印象に残りそうな紫を選んだのだ。
団長は手を上げたまま、リンドウの曲芸のような殺戮光景を呆然と眺めていた。すると“偶然”足元に剣が刺さる。
「不自然、だねぇ」
ファフニール側の竜を狙って倒しているが、時折団長を助けるかのように混合竜も殺していた。
「こっそり助けてくれているとしたら、とんだ大根役者だねぇ」
その様子は見るものが見れば滑稽で下手くそが使う操り人形のような歪さだ。何にせよ助かった命。手を下ろして足に力を込める。
「ホント、運が悪いねぇ。ま、もう少し頑張りますか」
団長アーツは、足元の剣を抜き、今一度瞳に光を宿した。
◇
リンドウが、混合竜の首を刎ねた。
「ウサァァ!」
その様子を見ていた小型の竜が威嚇してくる。
——水蟲型兎混合竜キメラアルミラージ。ウサギが水棲竜と蟲竜の竜血で変化したもの。鰓と半透明の水っぽい鱗と虫のような多腕を持つ——
他にも鉱獣型と爬樹型の兎が現れた。
鉱獣型は、鉱石の鱗と獣の毛のようなフサフサした鱗を持つ。爬樹型は、兎と爬虫類を合わせた見た目に、体中から植物のツルのようなものが生えた竜。
(雑魚狩りってのは面倒だな)
やれやれと思いつつも、飛びかかってくる子供のラクガキの詰め合わせのような奴らを屠っていく。
「グォォ!」
異変に気付いた竜が次々とリンドウを狙い出す。
(そろそろ引き際か)
自分が狙われ出すということは、目立つということ。こうなると強敵や衛竜を呼び寄せてしまう可能性が高まるためよろしくない。
紅鷲の方も団長を中心に盛り返し始め、目的を達成した団員がちらほら脱出を試みていた。撤退には丁度いいタイミングだろう。
機を見て踵を返した——その時だった。
ファフニール帝国内部北西方向で轟音が鳴り響く。そちらに視線を送ると、見たことのない巨大なカエル型の竜が出現していた。
(くっ、こんな時に……!)
現れた場所はコロの隠れ家のすぐ近くだ。
リンドウは周囲の雑魚を片付けると、急いで北西へ向かった。




