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【完結】竜殺しのリザードマン 〜竜に支配された世界で自分だけ“竜殺し”の力を手に入れて“劣等竜リザードマン”になった男の逆襲物語〜  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第1章 ガーラ大迷宮編

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第8話 小さな勇者4・コバコ

「グルル!」


 残る一頭となった火凶竜ケラトは、怒り狂いリンドウを威嚇していた。


 リンドウは火竜に向けて【鱗手裏剣】を投擲(とうてき)。が、鱗のほとんどは敵の手刀で弾かれる。当たらなかった鱗は火竜の上へと逸れていった。


(よし、命中)


 リンドウが狙ったのは火竜ではない。その上の空中通路の裏側に張りついていた突然変異体“スライム”だ。


 いくつかのスライムが鱗直撃に驚き、剥がれ落ちた。通常ならちょっとした衝撃程度で落下しないが、鱗に食料として持っていた塩を塗り込んでおいたのだ。青いスライムの元はナメクジ。浸透圧の関係で塩や砂糖に弱いのは変わらない。


 スライムが火竜の頭に覆い被さる。落石ならぬ落スライムだ。まれに人間もこれで窒息死する。


「グガ、グガァ!」


 火竜は突然の出来事に混乱し、スライムを剥がそうと暴れる。その大きな隙をリンドウが逃すわけもなく、カエルのごとき跳躍力で距離を詰めて噛みつき一閃。火竜は首が吹き飛び、血しぶきを辺りに撒き散らしながら落下、絶命した。


 火竜の(しかばね)が他の二種の竜と折り重なって三種の竜の盛り合わせが完成した。リンドウが着地すると戦いの喧騒は止み、滝の流れる音だけが空間を支配する。


(これでひとまず安心か……)


 肩で息をするリンドウ。さすがに疲れていた。


 一方、彼の遥か頭上、黒髪くせ毛のワッパは隠れて一部始終を見ていた。


「す、すげぇ。なんだあの竜」


 何はともあれ今なら通り抜けられる。そう判断したワッパはアン達に合図を送る。


 空中通路を渡り始めたのを気付いていないふりをしているリンドウ。その時、肌がざわつく。


(竜! 上! マズい!)


 感知は平面的には使えるが、立体的に使うには修練不足だった。さらに疲れもあったため反応が遅れる。慌てて跳躍して上へ駆けのぼる。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 通路の先から出てきた泥凶竜ミクロがワッパへ襲いかかる。足を滑らせ逃げ遅れたワッパを鋭い爪が貫通しようとした瞬間——。


 少年バーニッシュが庇うように前に出る。無情にも竜の腕が彼の体を貫いた。


「バーニッシュ!」


 ねばつく笑みを浮かべる竜。しかし、次の瞬間血を吐き出した。泥竜は体中を黒い触手のようなもので貫かれていた。


 触手は——バーニッシュの体から生えていた。その光景に子供達は絶句していた。植物の根のような触手。生きているようにうねるそれに子供達は嫌悪感を覚えていた。


 静寂を裂くようにワッパが震えながら口を開く。


「バ、バケモノ……」


 その言葉にバーニッシュの顔に影が差したように見えた。少なくともアンにはそう感じた。


「キミ達! 大丈夫か!?」


 突如、背後から白い外套(がいとう)を羽織り、武装した大人が子供達に声をかけた。外套には獅子の紋章。ガーラ大迷宮を守るために結成された兵団——“白獅子団イノセントレオ”の一員だった。


 子供達の目に光が宿る。


「僕達助かったの!?」

「怖かったよぉぉぉ!!」

「うわぁーん!!」


 (せき)を切ったように子供達は泣き出した。喧騒の中、アンが振り返るとバーニッシュとリンドウは消えていた。



 七区避難場所。


「みんなよく頑張ったね。ここなら大丈夫だよ」


 そこには白獅子団団員と老若男女様々な人で溢れていた。その光景に安堵し、子供達はまた涙を流した。


「アン!」


 群衆の中からアンの両親が飛び出してきた。


「お父さん、お母さん!」


 三人はお互いの存在を確かめ合うように強く抱きあった。


「無事でよかった。ごめんね……助けに行けなくて……」

「本当に良かった、怖い思いをさせてすまない」


「う、う、うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 両親の温もりを感じ、アンは大粒の涙を零して人目もはばからず大声で泣いた。


 ずっと不安だった。恐怖で叫び出しそうなことも何度も何度もあった。だけど、自分が壊れてしまったら他のみんなも壊れてしまいそうで、ずっと気丈に振る舞っていた。彼女もたった十二歳の少女なのだ。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 大人達が子供達を優しく抱きしめていた。こうしてようやく小さな冒険は終わりを告げたのだった。


 それから小一時間泣いて涙が止まった頃、アンはここにいない仲間のことに胸を痛める。


 バーニッシュ。彼を助けられなかった。翼のない竜と触手の生えた彼。あれは夢だったのかとさえ思う。アンは心にモヤがかかったまま晴れることはなかった。


 その時、遠くで騒ぎが起こる。


「は、離せ!」


 ワッパが避難場所をこっそり抜けようとしていたようだが見張りに捕まっていた。


「お、俺バーニッシュに謝らないと! 助けてくれたのにバケモノなんて酷いことを……!」


 ワッパなりに気にしていたのだ。どんな姿をしていようともバーニッシュはバーニッシュなのに、相手の一番傷つくであろう言葉を口にしてしまった。


 どうしても会って謝りたい。その気持ちが彼を突き動かしていた。無我夢中で大人を跳ね除けようと暴れていると、足下に石が入ったボロボロの手袋が転がってきた。


「こ、れは!?」


 ワッパは暴れるのをやめ、それを拾う。


「それ、私がバーニッシュにあげた手袋だ!」


 アンが急いで近付く。ワッパと二人で頷き合い、奥に入っていたくしゃくしゃの紙を広げた。


 そこにはたった一言、子供の字で『ばーか』とだけ書かれていた。その言葉にいろんな意味が詰まっていることはバカなワッパでも理解できた。


「あいつ……」


 二人一緒に涙が溢れる。ワッパには彼が戻ってこないとが何となく分かった。だからせめて、ありったけの気持ちを込めて。


「バーニッシューー! ごめぇぇぇぇん!!」


 暗い通路にワッパの声だけが反響した。



 リンドウとバーニッシュは避難所から少し離れた暗がりの道を歩いていた。バーニッシュの足下はおぼつかなく、今にも崩れ落ちそうだった。フラついて体が壁にもたれかかり、そのまま座り込んだ。直後、全身が小刻みに震え、お腹の傷から芋虫のような形の黒い物体が這い出てくる。


 首に巻いていたマフラーが落ちる。首には紐で締めたような跡があった。バーニッシュはとっくの昔に死んでいたのだ。竜の恐怖に耐えられず自ら首を吊ってしまった。それを見た謎生物が体を乗っ取り今まで動かしていたのだ。


 謎生物は吐き出すように体から小さな箱を出した。まるでお気に入りの住処を見つけたヤドカリのように箱に素早く入り込む。虫の足のような黒くて細い触手を四本、箱の外に出して四足歩行になる。そのままウネウネと動く謎生物にリンドウは壁に文字を書いて尋ねる。


『なぜ体を乗っ取った?』


 謎生物は地面に文字を書く。


『たすけたかった』


 子供達を助けたかったようだ。


『いい理由だ』


 難しい理由などいらない。助けたい気持ちだけで充分なのだ。リンドウは薄く笑った。


『死体は俺が埋葬しておく。お前はどうする?』


 謎生物はリンドウを指して触手をツンツン突き、一緒についていくという(むね)の動作をした。


『戻らなくていいのか?』


 迷いなく縦に頷く。


 コイツも分かっているのだろう。すべての竜を倒さない限り、人間を本当に救うことはできないと。留まってアン達を守っても一時しのぎに過ぎないと。


 謎生物は雑魚竜とはいえ、竜を一撃で倒すほどの力を持っている。連れて行ってもいいが、リンドウには確認しておくことがあった。


『聞いておきたいことがある。お前に夢はあるか?』


 謎生物は即答するように地面に書く。


『せかいせいふく』


(……フッ)


 リンドウはわずかに口角を上げた。くだらない答えなら連れて行くつもりはなかった。しかし、こいつはもっとくだらない答えを提示してきた。


 夢なんてのは、あやふやでくだらなくて誰かに話せば馬鹿にされるようなものばかりだ。それでも叶うと信じて突き進むものだけが掴み取ることができる。


 英雄を目指すリンドウと世界征服を目指す謎生物。似た夢を持つ者同士共に行動するのも悪くないとリンドウは思った。


『お前、名前は?』


 体全体を横にブンブンと振る。謎生物はリンドウと自分を交互に指差す。名前を付けろということだ。リンドウは腕を組んで考える。


『ゴキブリはどうだ?』


 謎生物は触手をグーにしてプンスカ怒っている動きをした。気に入らないようだ。


(どうも名付けってのは得意じゃないな。ダリアならいい名前を付けてくれるんだがな)


 リンドウは、謎生物を値踏みして箱に注目する。


『じゃあ“コバコ”ってのは?』


 小さい箱を意味する。まんまである。


 謎生物は顎をさするような動きで思案した後、親指(?)を立てる。どうやら気に入ったようだ。


 リンドウは内心安堵する。他には、スバコ、デブバコ、キタナイハコ、ブタバコくらいしか思いついていなかった。


『じゃあ行くぞコバコ』


 コバコが肩に乗る。これから先さらに厳しい戦いになるだろう。だが、仲間がいれば乗り越えられるかもしれない。そう思いながら二匹は先へ歩を進めた。

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